俺の船旅
おう俺は山賊だ
今は優雅な船旅の最中だぜ。
ここは最高だ、俗世の振り回されることはねえ。
芳しい潮風を浴びながら飛び跳ねるイルカ達を見る、心が安らぐぜ。
ああ、船室に戻りたくねえ。
アイリがなあ。
なんかなあ。
なんだかなあ。
ちょっぴり様子がずっとおかしいんだよな。
『私が頭様にお仕えしているのは道に迷った私を照らしてくださったから、この御方となら私は、私の信じた道を歩んでいけると確信したからです』
まさかとんでもない道を照らされるとはアイリも思わなかっただろうな。
信じた道(笑)になっちまったし。
悪い事しちまったな。
俺達はアイリと懇意になっていた騎士団長の手引きで国外脱出をした。
隣国も怪しいってことで手配してもらったのが、遠くまでいける船便だ。
あの団長大丈夫なのか?
いや俺としてはすげえありがたかったし、命の恩人ではあるんだが、正気を疑っちまうぜ。
今やアイリは稀代の悪徳詐欺師だ、発想と僅かな言動だけで国中を引っ掻き回しと思われている。
そのアイリに手を貸すッつうのは下手したら共犯扱いだ、そんなリスクを騎士団長ッつう守るもんがたくさんある奴が犯すなんてな。
捕まっちまったら族滅の可能性もあるのに、あいつは漢だな。
俺の子分に欲しいぐれだが…、今はあいつの無事をリーファイス様に祈るくれえか。
俺は子分を眺める。
船上にはマーシェが竿を垂らして釣りをしている姿しかねえ。
ビアナはアイリの介護だ。
他はいなくなっちまった。
まあそうだよなぁ、いきなり国外にまで鳴り響く極悪人が団内に誕生しちまったからな。
しかも元聖職者だし。
俺でもブルっちまうかもな、ましてやあん時はアウトローな仕事をしていた訳じゃないから、あいつ等も覚悟は無かったろうし、しょうがねえか。
「カシラ、何考えてんのさ?」
俺がマーシェを呆けて眺めていたら、居心地悪そうに身じろぎしてマーシェが話かけてくる。
「いや、アイリがなぁ」
「アイリかぁ、…ちょっと可哀想だったね」
「そうなんだよ、子分にも逃げられちまったしな」
元シスターのユーシェルと元流民のシェスナはすげえアイリを慕っていた。
アイリもそんな二人を可愛がってたし、まるで三人は姉妹みてえだった。だが現実は怯えて逃げられちまった。
「え、そっち?」
え、どっち?
「どういう意味だ?」
「いやね、やりたいことから遠ざかったほうが可哀想じゃん」
マーシェは竿を振り上げ獲物がかかっていない事に舌打ちすると、また投げた。
「それもあるけどよ、子分に逃げられたのは可哀想じゃあねえのか」
「だってあれは臨時みたいなもんだったじゃん」
だから別にどうでもいいよ、と呟くと海を見つめた。
新人が入ってきた時こいつは姑の如くの反応だからなあ。もしくは無視か。
あの子分ども入ってきたときも苦労したぜ。
新人に優しいアイリ、厳しいが愛があるビアナ、姑のマーシェ。
まさか新人をこいつ等三人と同列に扱う訳にはいかねえし、さりとてどう配分するべきかで悩んだ。
経験で考えるならビアナに全部投げても良かったんだが、アイリの手前それも厳しいしな。
かといってアイリに全部任せると団のカルマが善に傾いちまうし、マーシェは論外だ。
俺が全員下っ端として扱ってもいいんだが、今既に手一杯だから、できれば女の直属の子分はちょっとね…。
しょうがねえから玉虫色の答えをだした。
ビアナに旅芸人の二人をつけて、アイリには元司祭と流民、マーシェは無し、俺が元盗賊だ。
できれば回避したがったが腹をくくって俺の直属の子分にした。
いやあ、嫌がったがやっぱり子分は可愛いもんだぜ。それに複雑な事情がないのもいいな、久しぶりになにも考えずに子分と触れ合えたぜ。
盗賊のクセに脳筋なのも良かった、気持ちよく頭を叩けたからな。
だが辞めちまった。
…なんか悲しくなってきたぜ。
まあそれはしょうがねえ、それよりだ。
あの時の新人共は、やっぱり団内の微妙な関係に戸惑っていやがったな。
自分の直属の姉貴と別の姉貴の仲が微妙とか、同じ新人同士もやりづらくなるだろうなあ。
やっぱり上下関係はしっかり作りてえなあ。
「今度は何考えてんのさ?」
と声を掛けてきながら、釣針の餌がないからつけろと要求してくる。
俺は深い溜息を吐くと糸をたぐり寄せ、餌を付けてやった。
「団の規律をびしっとしたくてな」
「ふーん、ビアナんとこみたいに?」
竿を振り、釣り針を海に投じると興味なさそうに聞いてくる。
「っいやあれはいき過ぎだろ。そうじゃねえよ、もっとこう俺を敬いつつ団の人間関係がすっきりしねえかなあ、とな」
「無理じゃない?」
「おいおいあっさり言うなよ。っつうか俺を敬えよ」
「カシラはちょっとね~」
マーシェは手をヒラヒラと泳がせた。
「まあお前はそういう奴だよな。っそういやお前んとこはどうやってたんだ?」
こいつの賊団もビアナの賊団と同じぐれえの襲撃をしてたから相当な規模な筈だ。
っつうか俺よりデカい規模を率いていた子分達って……あんまり考えるのはよくねえな。
泣きたくなっちまう。
「私のトコ?はっきし言って参考にならないと思うよ」
「まあいいじゃねえか、教えろよ」
「しょうがないなぁ、迷える子羊にもう一つの道を示してあげるか。私のトコはね、みんな同士なんだ」
マーシェはこちらに向き直ると胸を張り偉そうに喋った。
「は?どういう意味だ」
「だからさ、みんな同列なんだ」
「…そんなんでどうやって維持できんだよ」
「みんな魔術の深淵を覗きたいからね、それに深淵は早い者勝ちじゃない。だから競争や蹴落としは起きない。で、一番近かった私が自然とトップさ。カシラには感謝してるよ、私のマナが急成長できたのはカシラの言葉のお蔭だからね」
それにまた増えたしね、と付け加えた。
なんであんな助言で伸びたのか、魔術の神に問い詰めえところだぜ。
「むう、よくそんな寄り合い所帯でビアナとやり合えたなもんだな」
「魔術師を舐めないでよね、ウチは人数こそ少なかったけど皆魔術を使えたからね、何発かかませば停戦だよ」
マーシェは少しムスッと頬を膨らませ言った。
「ビアナが停戦なんかすんのか?」
「アイツのとこだって下っ端には跳ねっ返りがいたのさ、大体ちょっかい掛けてきたのはそいつらだよ、アイツがいないところでね。」
「そうなのか、ビアナのとこになあ」
あの騎士団みてえな山賊団でも抑えきれねえやつがいたのか。
ビアナにしちゃあ以外な手抜かりだな。
「だから本気でやりあったのは一回だけ、子分たちの手前あいつも引けなくなっちゃったんだろうね。…あの時は焦っちゃたよ、私のマナが逃げろと囁いたくらいだからね」
さすがビアナ。
マーシェのトンズラセンサーを働かすとはすげえな。
「だけど同士がいるから私も引けなかったし、本気で魔術を打ち込んだよ。で、これからってところで帝都騎士団の介入があってお終い」
「…お、おう」
今だに帝都騎士団の話は俺の良心を刺激しやがるな。
「別にカシラを恨んでるわけじゃないから安心していいよ。そのお蔭でカシラにまた会えたのあるし。っそういえば、カシラはなんで逃げた時にアジトに戻らなかったの?」
おめえ達と別れたかったからだっつうの!
とは、さすがに言えん。
今のマーシェは、親分の度量を示せば付き合いやすい奴になったからな。
「子分の逃げる時間を稼ぐのが親分だろ」
「それは嘘でしょ、いつも真っ先に逃げようとするじゃん。あの時は本当にわからなかったんだよね、アジトで待っても来ないし。いつもなら直に合流してたのに」
「いや、それ―――」
「あのあと凄い苦労したんだからね、ご飯もデザートも洗濯もマッサージもする人がいなくなったから私達ですることになっちゃたし、カシラの料理が舌に合うようになってたから同士の作るご飯は合わないし、私は本当に苦労した」
「…」
「それもこれもカシラのせいなんだけど、ぁぁああああ!っなんか言ってて腹立ってきた!」
おいおい勘弁してくれよ。
俺はおまえの守役じゃねえっつうの!
とりあえず懐に忍ばせていた干し果実をマーシェに無言で差し出した。
「あああ―――っやっぱカシラといると楽でいいね、野蛮人だけど私専用の使用―――」
「魔術は使える様になったのか?」
それ以上は聞きたくねえっつうの。
「…む。…まあいいか、まだだよ。っただマナの増大は感じるんだよねえ。きっかけが何か欲しいかな」
マーシェは胡乱な目になり頭をかくと表情を改め、眉を寄せ思案顔になりながら言った。
(はあっ、まだ無駄飯ぐらいか)
「ん?なんかいらない事考えた?」
「な、なにも考えてねえよ気にすんな。それよりきっかけか、山賊ができれりゃあ幾らでもあるんだがな」
「アイリが許したらね」
しれっとマーシェが言った。
うーん、特にアイリに思うところはないのか。
「だよなぁ、…まあ今はビアナの足も治ってねえし、まだいいか」
「だね、さすがに今のアイツを置いて逃げることになると私も気まずいからね」
「お、お前でもそんなふうに思うことがあるの―――ッグ!?」
魔術師パンチを食らった。
だが意外だな、むしろ囮が増えて喜ぶのかと思ったが、意外と良い奴なのか?
「あのね、私だって仲間だと思っている奴は大事にするの、そこらへんはカシラとは違うの」
「おいおい、人聞き悪い事言うなよな俺がいつ大事にしなかったよ、ああ?」
さすがに今のはイラッときたぜ。
「だって私と一緒にいた時は逃げまくってたじゃん」
「あのな、あれは子分どもが逃がしてくれたのもあるんだぞ」
「そうじゃない時だってあったじゃん……そういう時はカシラの事わかんないかな」
最後はふてくされたように小さく呟いた。
なんてこった!こいつも意外と繊細な奴なのか!?
ぐおおおおおお、めんどくせえええ!
そんなのしるかっつうの、命の危機なら逃げるわ!
逃げるに決まってんだろうが!!
とはさすがに言えんな。
「あのな、俺はお前の親分だ。で、お前は可愛い子分だ。だから安心しろ守ってやる」
「嘘じゃん」
一瞬で切り捨てられた、もうなんなのコイツは。
「…まあいいよ、けど魔術が使えるまではちゃんと守ってよね」
そう言い終わると釣に集中したいのか、波間をたゆたう浮きを見ているだけだった。
俺はいつものように揺れる廊下を歩くと部屋の中に入った。
奴は一人だった、ベットに仰向けに寝ており、手で顔を覆っている。
俺はゆっくり獲物を見定め所定の位置に着いた。
トラストミーフォーメーション2だ。
獲物の正面から忍び寄り、気付いた瞬間には完成しているのだ。
留まる事を知らない罪悪感を謝罪の力に変えた、俺の後ろめたい気持ちを消すための陣形だ。
この陣形を使うようになってからは、俺の体重が減った。
俺は信奉する悪徳の神リーファイスに祈りを捧げた。
悪徳だけじゃなく、慈悲とか思いやりにも力を入れて下さいってなあ。
「アイリ!お前は俺の子分だ!俺の大事な子分だ!だから元気になってくれ!!」
いつもの口上、いつもの陣形、いつもの獲物。
俺は鬼気迫る表情すら浮かべ奴に迫った。
これは俺の美学だ。マジでそろそろ元気になってください、俺も元気になりたいです。
俺はいつものように膝を折り床に着くと、いつものように子分に合図を送る。
そうするといつものようにアイリが手をどけて、焦点の合わない瞳で俺の後ろを見つめた。
「頭様、私はいつも元気ですよ、ほら、ほら」
っいや、俺を見ずに誰に返事をしてるんだよ。




