俺のシャラスナ教
おう俺は山賊だ。
いやーやっちまったな。
なんつうかアイリすまん。
もう俺とは一心同体ですね(笑)
本当に申し訳ございませんでした。
あれからの俺達の快進撃は凄かった。
そりゃもう国中で評判になったくれえだ。
驚いたのは騎士団の団長とかお貴族様がこっそりお忍びで来ていたことだな。
増え続ける迷える子羊達。
俺達は頑張って導き続けたが限界があった。
だから子分を増やした。
元流民のシェスナ、旅芸人のヤヤとユユ、元盗賊のパルナ、元シスターのユーシェル。
勿論みんな女だ。
我が教会に迷い込んでくる羊たちは皆、癒されに来ているからな。
無骨な男がエロい恰好をしても羊は喜ばんだろう。
新たな子分達を従えた俺は、さらなる躍進を胸に明日へ向かって頑張り続けた。
そして、うめえうめえとビックウェーブを夢中になって堪能していた俺達は、すげえ大事なことを忘れてたんだ。
教会がピリピリしていたことだ。
奴等はキレちまった。
この地域のシャラスナ教を統括している大司教という奴が直接乗り込んできやがった。
奴は武力鎮圧も辞さないっつう勢いで来たんだが、魅せられちまった。
俺の親分としての度量を示す教会にな。
奴はおれにかぶりついてきた。
どういう儀式の流れなのですかな?とな。
その時のウチの教会の儀式はさらに洗練されていてな。
大司教もびっくりってやつよ。
俺は言ってやった、コレは司祭アイリの薫陶の賜物ですってな。
正直内心はビビりまくってたから、素直にあることないこと言っちまった。
それから俺が教会の儀式を教えてやると、大司教はいたく感銘を受けたようでな。
満足そうに頷くと、俺達の活動縮小と引き換えにスゲエ重い皮袋をくれた。
後でみると大金が入ってやがった。
分かった時はすげえ怖かった、またおっかない事にかかわっちまったなと。
それからは、あっという間だ。
人民救済と銘打った青空協会がいたるところにできやがった。
まさに教会の財の大放出だ、悪評を塗り換えようとすげえ本気になってみてえだ。
聖水の無料配布に始まり、洗礼、堅信の無償化、聖体拝領の炊き出し。
アホみたいなお祭り騒ぎになった。
悪評はすぐに吹き飛んだ。
そしてそれだけじゃねえ、新たな信徒の獲得。
これが一番凄かった。
っつうのもな、普通教会はそれぞれの主神を崇めている、だから宗派が違うと、お前別だろってことで他宗教の信徒を助けたりはしねえ。
だがうちの教会は違った、どの宗派の羊も等しく導いたし、アイリはくそ真面目に他宗派の説法を勉強した。だから俺達の流れはどんどん大きくなった。
大司教はそこに着目した。
マジであまねく人々に平等に光を照らしやがった。
そしたらシャラスナ教の信徒は爆発的に増えた、元々どの国でも国教になるぐれえの宗派だったが、今回の救済はそんなのが霞むぐれえの大救済だ、まさに一教独裁と言えるほどの信徒の数になった。
皇帝も他宗派も面白くなかったみてえが、やっている事は清く正しい救済だ。
嫌味を言うぐれえで邪魔はできなかったみてえだ。
すげえ変化だった。
季節も廻らねえうちにそんだけの事が起きたんだ。
みんなビックリよ。
俺達はそんな噂を聞きながらも堅実に商売していた。
規模縮小が約束だからな、なんとか子分たちが食いっぱぐれないような儲けを出しながら、シャラスナ教の動向を見守ってたんだ。
そしたらやっちまたんだな。
今まで皇帝と騎士団相手に我慢し続けてた反動なのか、それとも一教独裁になったゆえの傲慢なのか。
シャラスナ教は姿を変えやがった。
種を撒いたら収穫するのは当然なんだが、奴等は種もみまで収奪する勢いで新しい儀式を始めやがった。
まずは河川の聖水化だ。
もともと水利権とかの税金はあるみてえだが、奴等その上にさらに聖水化による聖別料を要求しやがった。
驚く事にこれは大丈夫だった。
というのも安定(愛すべき馬鹿)の羊達だから、奴等は既に聖別されていない飲料水を飲めない身体になっていやがった。
むしろ喜んだ。
スゲエ奴になると、教会から十字架をわざわざ買ってきて井戸に投げ込む奴がいたくれえだ。
だから聖水化は良かった。
次が食物の聖体化だ。
既に麦を育てる水は聖水化されていたからな、もう薬漬けみてえなもんなんだが。っつうか、そもそも聖体っつうのは、パンを主神に例えているだけだから別に食物を聖別する必要はない筈なんだが、…シャラスナ教の奴等は一味違った。
あいつ等は農具や水車、農耕動物の聖別をしやがった。
これは幾らなんでも阿漕だろと俺は思ったが、さすが羊たち格が違ったね。
めっちゃ喜んでた。
噂を聞いた村の連中もアイリに頼み込んで聖別してもらってた。
アイリは顔を引き攣らせながら忙しそうに聖別してたよ。
正直それを見ていた俺達はドン引きだけどな。
しかしそれだけじゃあなかった。
新しい噂だと季節ごとに聖別しないと意味がないらしい。
アイリが忙しくなった。
それでも羊は喜んだ。
もうこの頃になると、国中のシャラスナ教の信徒が、シャラスナ様本人と言っていいくらい聖別漬けの身体になっていた。
そしてシャラスナ教の真の収穫が始まった。
ありとあらゆる物のシャラスナ化だ。
文字通り全てのものだ。
奴等は教団の全力を尽くして聖別を始めた。
木杯、木皿、鍋、スプーンの生活用品から、棚、机、椅子等の家具、厩舎、母屋、倉庫の建物に至るまで全てだ。
さらに行き着くとこまで行った地域では、道と空気も聖別されたらしく、ただ歩いて呼吸するだけで聖別料をとられたみてえだ。
国中の全ての物がシャラスナ化され、金持ちの定番の台詞である『自分の土地だけを通って駅(定期馬車)まで行ける』が、信徒達の間ではもじられ『シャラスナ化された物だけに触れて一日を過ごせる』という言葉が作られたくれえだ。
国中が狂乱の渦に呑まれた。
ここで真打ち登場の免罪符である、これがまた売れに売れた。
今度はシャラスナ教の一人勝ちだ。
他の宗派の免罪符はとんと売れなかった。
もう国中がシャラスナ一色だ、異常だ、気持ち悪いぐれえシャラスナだ、国中が乱れに乱れた。
だが、さすがにここまでくると羊達が目を醒まし始めた。
自分達をシャラスナにした神父達が金の亡者だったことに気付いたんだな。
そして皇帝の大激怒。
今度は他宗派達も大激怒だ。
シャラスナ教はやり過ぎてちまった。
もはや羊達は手から離れ、全ての勢力が敵に回り、教会内部も腐りきっちまってた。
皇帝によるシャラスナ教の禁教令が発布され、
その発布を聞いた他宗派は、全会派一致でシャラスナ教の追放を決めた。
それからが凄かった。
騎士団が派遣される前に信徒たちが教会への討ち入りだ。
もはや帝国臣民の過半数を超えたであろうシャラスナ教信徒達が暴走を始めた。
国中のシャラスナ教の教会は壊され焼かれた。
魔女狩りも真っ青な狩り具合に、さすがに皇帝からのストップがかかった。
というのも、その騒ぎに便乗し強盗等の犯罪が横行したからだ。
そこで帝国法に則り正式な裁きでシャラスナ教を解体すると宣言し、事態の鎮静化を図った。
…が、駄目だった。
貴族や騎士団にもシャラスナ教の信徒がいたからだ。
独力での事態収束を諦めた皇帝は他宗派の力を借りた。
それでようやく狂乱が収まった。
始まった裁判に呼ばれたのは、帝国でのシャラスナ教のトップと、あの大司教だ。
詳しい話は知らないが、大司教はアイリの名前を出したみたいだな。
あとはお察しだ。
ブルーバードを超えた、禁忌の強欲司祭アイリ様の誕生だ。
一部では免罪符様とも呼ばれているらしい。
裁判では今回の騒動が二度と起きない様にあらゆる情報が精査された。
その為か、前回の免罪符騒動と今回のシャラスナ乱心騒動が同じ人物によって引き起こされた事に気付いた者がいたんだ。
さらに仲間にブルバードがいた事も大司教の証言で発覚ちまった。
これは後で知ったが、俺のお蔭で栄転した衛士が客に居たらしい、後はそいつ経由でばれた。
まあ幸運を呼ぶ教会として客を呼べていたみたいだからいいが。
アイリと俺は、禁忌の強欲司祭・免罪符様と従者のブルーバードとして世間に親しまれているみたいだ。
なんか俺がアイリの付属物みたいになっちまったがしょうがねえ、アイリの名声は他国にまで鳴り響いたからだ。
国教にまで指定される宗派を禁教にまで追い詰めた女として、リーファイス様系列の信徒たちからは熱い眼差しが注がれているらしい。
もう立派な山賊だな。
俺達はそんな裁判になっていたとは知らず相変わらず働き続けいた。
だんだん噂が怪しくなっていくにつれて、移動しようかとも思ったが行くあてがなかったし、村人との関係も良かったからな。
俺達は安心しきっていた。
シャラスナ教の信者の暴走は怖いがそれは帝都に近づけばだ。
この辺りはそんなにひどくひどくねえ、まあ教会自体が無いんだが。
金はできたし、ビアナの足でも治しに行くかとか暢気に考えていたんだ。
まじで危なかったぜ。
捕まって死刑になるところだったが、アイリの宗教に対する真摯な想いが俺達を救った。
世の中なにが幸いするかしれたもんじゃねえな。
客の一人だった騎士団長が裁判の内容を教えてくれたんだ。
まだ結果が出たわけじゃあねえが、どうも内容が不穏な方向に行きそうだとな。
それを聞いて直ぐに逃げ支度よ。
村人には簡単な状況を伝えてあとはドロンだ。
ほんとヤバかったぜ。
俺はいつものように軋む廊下を歩くと部屋の中に入った。
奴は一人だった、俺に背を向け、椅子に座り机に伏せている。
俺はゆっくり獲物を見定め所定の位置に着いた。
トラストミーフォーメーションだ。
獲物の背後から忍び寄り、気付いた瞬間には完成しているのだ。
偽りのない気持ちを十二分に伝えることができる、俺の誠意の溢れる陣形だ。
この陣形を使うようになってからは、俺の威厳が減った。
俺は信奉する悪徳の神リーファイスに祈りを捧げた。
新しい信徒のご様子はいかがですかってなあ。
「アイリ悪かった!ついお前の名前を言っちまった!だが悪気はねえ信じ得てくれ!!」
いつもの口上、いつもの陣形、いつもの獲物。
俺は憔悴した表情すら浮かべ奴に迫った。
これは俺の美学だ。俺の名声を超えようと子分は子分だ。だからアイリさんそろそろお気を確かに…。
俺はいつものように膝を折り床に着くと、いつものように子分に合図を送る。
そうするといつものようにアイリがこちらに振り返り、濁った瞳で俺を見つめた。
「頭様、私はなんの問題もありません。お気になさらないで下さい」
いやめっちゃ気になるんですが…。




