俺の教会 後
だがまだ食っていくには足りなかった。
当然だ、聖水といっても水は水。それに何回でもやれるように料金は低めだ。
俺はさらなる一手を進めた。
そう食事だ。
っつうのも聖水はそん時には既に、ただの飲料水となっちまってたからな、寝起きの聖水、食後の聖水、喉が乾いたら聖水と。
あまりにも人気が出て聖水作るのにおっつかねえもんだから、川の上流から定期的に十字架を流して、この川は聖水ですなんてやったぐれえだ。
勿論アイリはキレたが、羊たちのすげえ喜んだ顔を見て十字架と一緒に怒りも流されちまった。
アイリは本当に貧しい奴らには弱い奴だ。
俺としては困りもんだが、まあ親分としては誇らしいかな。
というわけで聖水は定期的な収入にはなったが、その額はやはりしょべえ。
アイリの監視の目もあるから完全定額制だしな。
くそっ、すげえ手間かけてんのに。
それでパンだ。
聖体拝領って奴だな。
食物を自分の主神の一部とし、それを食う事によって主神と一体になるっていう儀式だな。
まあこれも自分への恵みが増えるっつうことかな。
すげえ人気だ。
これもお手軽かつ何度でもやってやった。
勿論アイリはキレたが、羊たちの笑顔で以下略だ。
こうなると流れは止められねえ、アイリは賢い奴だが一人だ。
俺は馬鹿だが仲間はいっぱいいた。羊達だ。
あいつ等は儀式の意味とか重みなんかはどうでもいい、ただ明日の心配してるだけだ。
ド貧民なんかは今日のてめえの心配だ。
そんな奴らにとって、めでてえことは何回でもやりてえだろ。
皆幸せになりてえからな。
稼ぎは間に合うようになったが、この流れは止めたくねえ。
今度は主神の血、つまりワインだ。
俺はそうやって徐々に扱う品を増やしていったんだ。
一気にはやらなかった。
というのも人が足りねえ。
この時働いていたのは、俺とアイリとビアナだ。
マーシェはサボってた。
まあ協会の片隅で本でも読んどいてくれりゃあ、団の空気が和らぐからそこまで文句はなかったんだが。
それでも俺はこの流れをビックウェーブにしたかった。
金が稼ぎたかったんだ。
だからマーシェに仕事をさせる事にした。
断られた。
あんな野獣共に近づきたくないとな。
俺がマーシェにさせたい仕事は、アイリの説法に行くまでの繋ぎなんだ。
今の教会のシステムは、俺が飲食の準備に会計、ビアナが案内と配膳、アイリが説法だ。
俺とビアナの仕事はサッと終わるが、アイリの説法には時間がかかっちまう。
だからアイリ待ちの奴が出来ちまうんだ。
俺は説法なんか失くして、パンと水やってさっさと会計したいがアイリがそれを許さねえ。
困ったことだ。
そのお蔭でせっかくの客を逃しちまうことだってありやがる。
マーシェに客の相手をしてもらえれば、客も待ち続けるだろうと思ったんだがうまくいかねえなあ。
どうマーシェを説得するか悩んだ、悩み続けた。そして答えは出た。
やはりマーシェにはこれしかねえ。
マナ(男の生理現象)を接客に絡めて伝えたんだ。
扇情的な衣装になり野獣共をわざと煽る、そしてその暴走する野獣のコントロールがマナの妙技に繋がると教え込んだんだ。
あいつは納得した。
前回の俺の助言は、マーシェの子分共にも影響を与えるほどの内容だったらしいからな。
マーシェにしては驚くほどにすんなり仕事を受け入れた。
そしてこいつは凄かった。
既にマナの妙技を持っていやがった。
はっきし言ってアイリの説法が霞んだんだ。
羊は堅く小難しいアイリの話より、柔らかくエロい恰好のマーシェとの話を望んだ。
まあ当然だよな。
説法に種類があるっつっても、みんな似たような話だしとにかく詰まらねえ。
もっと砕けて笑ってくれるなり、笑わせてくれりゃあいいんだが、アイリにはそれはできねえ。
そのうえ格好に隙がねえ。まさにお堅い司祭様だ。
だが、マーシェは客の詰まらねえ話に笑いもするし、山賊時代の話をボカして笑い話にしてる。
そして何より恰好がエロい。
これが二人の明暗になった。
羊がマーシェとの話で満足して寄付を置いて帰るようになりやがった。
アイリは何も言えなかった。
俺が強制したんじゃなくて、羊自身がそれを望んだからだ。
それからは徐々にマーシェの人気がでちまって、ついには二人の売上の差がハッキリわかるようになっちまった。
俺達は、マーシェで食っていた。
マーシェの人気が出た事で人が足りないかと思ったが、人は足りた。
アイリがマーシェの繋ぎをするようになったからだ。
繋ぎゆえに途中で切り上げられる説法、マーシェを見て説法を聞かない羊、説法拒否の羊。
そう、説法を否定されちまったようなもんだ。
そしてさらに広がる売上の格差。
アイリは焦っちまったのかな。
皆にすげえ認められていたのに、この落差だ。
こりゃ効いちまうな、俺でもつれえ。
お堅く丁寧なのは相変わらずなんだが、…ほんの僅かな媚びと軽蔑が生まれたように見えた。
無邪気な羊に丁寧に応対しているが、今までと何かが違った。
もしかすると、自分を否定する羊を値踏みするようになっちまったのかもな。
たまに黒いオーラを感じるぜ。
それからのアイリは手強くなくなった。
そう、俺のビックウェーブを遮るものはいなくなったわけだ。
俺は計画を最終段階まで進めた。
子羊の位階分けだ。
今までは単純に金の有る無いだけだったが、これからはちげえ貰える奴からはもっと絞るぜ。
始める上で大きな障害だったアイリはもういねえ。
説得に苦労することはないだろう。
むしろ進めるかもしれん、自分の売上を伸ばすためにな。っま、これはアイリを舐めすぎか。
ともかくこの位階分けが進めば金に余裕ができるようになる。
親分の仕事は大変だぜ。
それじゃあ頑張りますかい。
それからは順調だ、いや最高だ。
お手軽な儀式で主神の恵みを授けるってんで周辺からドンドン人がきやがる。
ドンドンだ。
俺達は休むことなく働いた。
飛び散る汗、増え続ける売上、うるおう懐。
アイリもすっかり落ち着いた。
新しい客はアイリの説法を望んだし、ちゃんとした懺悔をしたがったからだ。
自分の行いを認められる、こりゃ嬉しいもんだぜ。
そのお蔭ですっかり以前のアイリに戻れたみてえだ。
まあ価値観はちょっとかわっちまったみてえだが。
ニューアイリは、客を見てどの程度の福音なのかしっかり伝えるようになってくれた。
以前とは違いアイリは成長した、子羊には色んな迷い方があると理解したんだ。
そのニューアイリと、客を手玉にとるマーシェの二人が競うことで俺達はウハウハだった。
俺はいつものようにフライパンで肉を焼いた。
かなり上等な肉だ、焼き加減に気を付けながら素早く香辛料を振りかける。
俺はゆっくり獲物を見定め所定の位置に着いた。
シェイクフォーメーションだ。
フライパンを前後に振り、飛び上がった肉を熱した鉄皿で受け取るのだ。
俺も慣れたもんだぜ。
この陣形を使うようになってからは、食中毒が減った。
俺は信奉する飽食の神タラティスに祈りを捧げた。
肉の中まで火が通ってますようにってなあ。
「当たりたくなきゃ、レアで食うのは止めときな!」
いつもの口上、いつもの陣形、いつもの獲物。
俺は笑みすら浮かべ奴に迫った。
これは俺の美学だ。四回連続で客から苦情を貰った時は落ち込んだけれど、俺はこの調理場が好きです。
俺はいつものように木皿に乗っている鉄皿を構え、いつものように子分に合図を送る。
そうするといつものようにビアナが俺から鉄皿を受け取り迷える子羊に配膳。
「お待たせしました。羊肉のフィレ・シャラスナ風、天界の絶叫になります」




