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俺の子分

 おう俺は山賊だ。

 今もまだ帝都近くを根城にしてる。

 道の噂はある程度落ち着いた、今はこんな感じだ。

 天国への降下、福音の絶叫、懺悔の韜晦(とうかい)、贖罪の犯罪

 一時の熱狂は冷めたんだが、混沌としちっまった。


 もう道の面影がないな。

 実際どの道がどうなのかは俺にも分からなくなっちまったし、客もどうでもいいらしい。

 今来る客はちゃんとした商人か旅人、後はハマっちまって抜け出せなくなった哀れな子羊だけだ。

 まあそいつらのお蔭で食えてるからありがてえんだけどな。







 ビアナだと気付いた時は驚いた。

 別れた時にはまだ顔にあどけなさがあったが、それがすっかりなくなってやがる。

 一目で気付かないほどに大きく成長しやがって。

 俺は戸惑いもあったがそれでも嬉しかった。

 手塩にかけて育てた子分だ、嬉しくないわけがねえ。

 噂を聞くたびに複雑だったが、喜んでいたんだ。

 だがそれがどういうわけか、目の前にいるこいつは体中に傷がありボロボロで、ひどく汚れた恰好してやがる。

 俺はアジトに連れて帰る事にした。

 抵抗したが、強引に連れて帰った。


  □ □ □ □ 


「懺悔か、私にはその資格はないよ」


 それを聞いた俺は十字架から手を離すと、目深くかぶっていたフードを外した。


「―――ッ!」


 ビアナは俺に気付くと目を見開き言葉を失った。


「おい、おめえどうしたんだ」

「……か、頭。な、なんでここに」


 信じられないとばかりに頭を振りながら呟くビアナ。


「おりゃ山賊だどこにでもいる。そんなこよりおめえはどうしたんだ」

「わ、私は頭に、恩を仇で……」


 状況が飲込みきれないのか呻くように喋るだけで、目の焦点も合ってねえ。

 俺は会話を諦め、落ち着かせるためにアジトに連れ帰ることにした。


「アイリ、今日はしめえだ。帰るぞ」

「…はい頭様」


 俺の言葉を聞いたビアナは、あっと呟くと俯いてしまった。


「おめえも来るんだよ」

「…ッヤメ」


 俺は抵抗するビアナの返事を聞かず強引に持ち抱えるとアジトに帰った。







 アジトに帰った俺はアイリに命じてビアナの世話をさせた。

 ビアナの怪我はそりゃひでえもんだった。

 特に足がひでえ、ありゃあもう走れねえかもな。

 くそっ。

 

 俺はビアナに話しかけた。


「どうだ、少しは落ち着いたか」

「…はい、またお世話になりました」


 ビアナは目を合わせようとせず、自分の手元ばかり見てやがる。


「どうしてそうなった」

「…帝都騎士団にやられました」

「…………」

「…か、頭?」


 叱られたガキみてえ顔で俺を見るビアナ。

 俺は心の中の汗を拭うためにとりあえず話題を変えた。

 

「なんでもねえ。それよりお前んとこはデカかっただろ」


 確かグロイア地方一帯だろ、っと付け加えるとビアナは驚き。


「ッ頭、知っていたんですか」

「当たり前じゃねえか、お前は俺の片腕だろ」


 悔しくて眠れなかったってのもあるし、自分を追い出した後ぐらい気になるだろ。 

 あんなとこまで帝都騎士団が出張ってたなんてな、マジで外はヤバかったな。

 

「…けど、私は頭を裏切りました」

「っおりゃ知らねえよ」

「頭っ!」

「行くとこあんのかよ」

「…」

「ほらな、おめえは俺が引き抜いた子分なんだからよ。黙ってついてこい、っな」


 正直みてらんねえよ。ボロボロじゃねえか、ああ、可愛い顔に傷までついちって。

 俺の心はもう決まってるこいつは俺の子分だ。

 そりゃ可愛さ余って憎さっつうのはあったが、あったんだが、もうねえ。

 …俺の子分をここまでボコボコにしやがって絶対に許さねえ。許さねえぞ帝都騎ッ…いや、都帝騎士団か。


「頭!私は…ッこれ以上頭からの恩は受けられません」


 急に気合いの入ったビアナが言った。

 おいおいなんだよ急に、


「いいから、お前は頷きゃいいんだよ」

「駄目です!私はいない方がいいんです。私がいる―――」

「っうるせええ!お前は俺の子分なんだ、親分いう事は絶対だ、忘れたのかてめえ!!」


 俺は、俺の子分が自分で自分をいらねえなんて言うのは絶対許さねえ。


「そ、それ―――」

「俺はお前の親父でもあるんだぞ!いいか絶対だ!さあ頷け今すぐ頷け!ってめえは俺の子分なんだ、いいから黙ってついてこい!!」


 アジトに俺の声が響き終わると俺の荒い息だけが聞こえやがる、誰もしゃべらねえ。

 ビアナは茫然としたかと思うと、泣きそうな面になりやがって口を開いた。


「…は、は―――」

「頭様」


 脇からアイリの声が、おいおいなんなだよ、纏まるところだったじゃねえか。


「なんだ」

「私もビアナさんの意見に賛成です。この方は頭様の傍にいない方が良いそう思います」


 アイリの表情に変化なく、ただ淡々と言いやがった。

 どういうことだ?


「…ぇ」

「おいおいなんだよ、今まで黙ってたのに急にどうした?」


 今度はビアナが黙りこくっちまった。


「私は頭様を裏切る事はありません」

「またずいぶん急な告白だな。それはありがてえけどよ、なにが言いたいんだ」

「この方は、頭様と子分の方達を天秤にかけたのです。そして頭様を捨てました」

「っそ、それは…」


 ビアナに視線を走らせると、言葉に詰まり俯いた。

 俺は溜息を吐いた。


「さっき聞いたのか?」

「はい、傷の手当をしながら少し」

「そうか……ビアナ」

「はっはい」


 ビアナは弱った声音を出し怯えた表情で俺を窺っている。


「よくやった」

「―――ッえ」


 戸惑うビアナを労わる様に、俺はできるだけ優しく声をかけた。


「詳しい事情は聞かねえ、だがな、よくやった」

「……ッィ…」


 ビアナは俺を見つめたまま声を詰まらせると嗚咽を漏らし始めた。

 俺はそれをただ見守った。 


「…それはどういう事ですか」


 アイリは少し間を置き、理解できないという声音で話す。


「お前とはずっと二人だったから伝わってねえのかもしんねえけど。親分ってのは子分の成長が嬉しいんだ、それになただの成長じゃねえ子分から親分への成長だ。こりゃあ仕事の成功より嬉しい事なんだぜ。……秤っつうことは、ビアナが子分を守るために選んだんだろ?」


 しゃくり上げながらビアナは頷いた。


「だったらいうことはねえ。最高じゃねえかっ」

「それでも」

「アイリ、おめえは俺の事を見くびってる」

「っそんな事はありません、頭様のことは私が―――」

「分かってねえ。いいか、ただの親分なら怒るだろうしお前が正しい。だがな俺は親分の親分なんだ」

「…私にはわかりません」

「もうわかってるだろ、おめえは頭が良い」

「っそれでも」


 それでも言い募るアイリに強く言いきった。


「おめえの気持ちはわかった!俺の事を心配してんだろ…大丈夫だアイリ」

「頭様…」

「それにな、お前は俺だけの子分だが、俺はお前だけの親分じゃねえんだ。悪いな」

「…はい、頭様」


   □ □ □ □


 ……一応アイリも納得したと思ったんだが、ビアナとは仲がわりい。

 まさかあんなに敵意剥き出しになるとは思わなかったぜ、元聖職者だし迷える子羊は~とか言って受け入れると思ったんだが誤算だったな。

 誤算と言えば、ビアナの足は誤算じゃなかった。

 右足はもう激しく動かせないんだと、医術の心得があるアイリの見立てだからなそういう事なんだろ。

 まあ不幸中の幸いなのか他の怪我は治るって話だ。

 足についても治す宛がないわけじゃあないんだが、金がなあ。これは気長に考えるか。

 

 ビアナは俺の傘下に収まったわけだが、まだ山賊働きはさせられねえ。

 傷が癒えてねえし疲れは残ってるだろうしな、それに今は説法で金をもらってる。

 当分ゆっくりさせて動けるようになったら何かやらせるか。

 とりあえず、俺は噂を落ち着かせる方法を考えないとな。







 噂は落ち着いた。

 なんというかすげえ神様を冒涜した気がする。

 俺がビビっちまった。

 俺のトークンの売買は可愛いもんだったぜ。

 アイリ、あの女はヤベエ。マジで聖職者だったのか?前職というか前世がリーファイス様の娘でも納得できるぜ。ま、まあ俺の可愛い子分よ。

 …俺が落ち着く為に、今一度振りかえってみるか。


 俺は考えたが結局思いつかず、ただ無駄に毎日を過ごしてた。

 そしたらビアナの傷が癒えた時にアイリが言ったんだ。

 ビアナにも説法をやらせましょうと、そして私は説法を休むとな。

 そうすれば噂が落ち着くらしい。

 俺は意味が分からなかった。

 アイリに詳しく聞いてみた。

 

 ビアナに説法をやらせ、お布施と引き換えにトークンを渡す。

 トークンが五個溜まったらアイリの説法を受けられる。

 アイリの説法を受けたら、お布施・トークン五個と引き換えにプチ免罪符を渡す。

 プチ免罪符五枚と引き換えに本物の免罪符を渡す。

  

 なんか結構面倒な仕組みだな、とりあえず25個のトークンがあれば免罪符が貰えるんだな。

 安い免罪符だな。

 …免罪符か、ッ随分あぶねえ橋だな。

 まあそれは分かった。で、これが噂の収束にどう関係あるんだ。

 まだあるのか。


 トークン・プチ免罪符・免罪符は引き渡しだけではなく別ルートで販売もする。

 販売用・引き換え用のトークンとプチ免罪符は簡単に偽造できる程度の品を用意する。

 最初数日はアイリとビアナの二人で説法する。


 なんとなくは流れはわかったが、やっちゃいけねえ事ってのも分かった。

 …アイリはマジで言ってるみたいだな。

 …………アイリの宗教観でどういう処理をすればこれをやろうとする気になるのか。恨み?除籍の恨みなの?ビアナも引いてるし。

 ま、ま、まあ俺の可愛い子分よ。

 ビビっちまったが、まあ俺は親分の度量を示すだけだな。

 でも大丈夫かな、免罪符なんて作ったら除籍どころか破門のうえ異端じゃね?

 むしろ騎士団よりこっちの方が恐ろしいな、教会勢力を敵にするのは親分ちょっぴりおっかないぞ。

 

「それでは私達が最後に渡すのは免罪符ではなく、トークンにしましょう」


 なるほど。


【トークン → プチ免罪符 → 免罪符 】



【トークン → プチ免罪符 → トークン】



 無限ループ?



「さすがにそれは…、いえ私が技巧を凝らして作るトークンです」


 それなら大丈夫か。

 まあ販売の仕方は工夫しないと詰むな。免罪符を売るし。

 けど、説法して直接渡すわけじゃあないしなあ、いくらでもやりようはあるか。

 よしやろう。






 アイリの狙った通り噂は落ち着いた。

 途中はヤバかったけどな。

 

 準備を終えた俺達はさっそく仕事に取り掛かった。

 アイリと一緒に説法したビアナは一応見習いとして認められた。 

 今まで一切とらなかった新弟子だから噂が回るのは早かったみたいだな。

 それからはもう怒涛だった。

 世の中には耳ざとい奴がいるもんだな、すぐにトークンの偽造が出回っちまった。

 そしたら目ざとい奴が接触してきやがった、そいつにトークンとプチ免罪符を売りつけてやった、免罪符を紛れ込ませてな。

 後はもう無茶苦茶だ。

 自称弟子がわらわら説法始めるわ、トークン屋・プチ免罪符屋・免罪符屋が出始めるわ。真の免罪符屋が現れるわ。自称大司教が説法を始めるわ。青空教会が建立されるわ。本物の教会も宗派ごとに商売を始めるわ。

 俺は唖然としたね。

 この山賊の俺がこいつらみんな異端で焼かれてしまえばいいのにと思ったぐれえだ。

 最終的にはここいら一帯が禁域に指定され掛かっていたみたいだな。

 まあ協会が商売してたからギリギリ免れたみたいだが、皇帝はおかんむりだ。

 そして、突然前触れもなく波が消えた。

 後は皆スーッといなくなりやがった噂と一緒にな。

 最後に残ったのは、本物の迷える子羊と、ビアナとアイリに参っちまった奴だけだ。

 

 それからはマイペースにやってる。

 俺達は無茶苦茶な時もアコギな事はせずに真面目に説法やってたからな、そのお蔭で今は隠れた名店みたいな扱いになってる。

 ビアナとアイリは交代で説法して俺はその十字架役だ。

 アイリは以前と変わらずの説法なんだが。

 ビアナは滅茶苦茶だ、まあ元々付け焼刃上に騒動の後はアイリが教えなくなっちまったからな俺が教えてる。

 山賊の、俺が、説法を、教えてる!

 


 



 

 俺はいつものように林道を歩く旅人を襲った。

 奴は一人だった、視線をあちこちに飛ばしながら歩いてる。

 俺はゆっくり獲物を見定め所定の位置に着いた。


 バンディット・チャペルファーメーションだ。


 獲物の正面を十字架で塞ぎ、そのあとゆっくり子分が飛び出すのだ。

 足の悪いビアナを思いやった愛の溢れる陣形だ。

 この陣形を使うようになってからは、ビアナのトチる回数が減った。

 十字架の脇にカンペがかかれている親切設計だからだ、登場しながら読める。 

 俺は信奉する善行の神シャラスナに祈りを捧げた。

 子分の緊張を解してくれってなあ。


「わ、私の説法を聞きなさい、ただしお布施は頂くよ!」


 いつもの口上、いつもの陣形、いつもの獲物。

 俺は笑みすら浮かべビアナを見守った。

 これは俺の美学だ。山賊の才能はあったが、聖職者の才能がない子分を優しく見守る、俺の度量が示す讃美歌だ。

 俺はいつものように十字架を地面に差し込むと、いつものように子分に合図を送る。

 するといつものように子分が出てきて厳しい顔つきで客に説法を始めた。


「心に気合…ッ愛がなければ、どんなに美しい言葉も相手の耳……ッ胸に響かない」 「愛だ」                     「胸だ」

会話文をここまで入れたのは初めてなので、違和感等ありましたら一言お願いします。

ありがとうございました。

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