俺の希望の橋
おう俺は山賊だ。
今は大河の畔を根城にしてる。
この川には建設中のでっけえ橋があってな、その橋が美味い。
この作りかけの橋を通るのは人夫や監督ぐれいだからだ。
こいつ等は建材や工事道具を持っているんだが、それが次々にくるもんだからすげえ忙しい。
それがうめえ。
マジで幸せ。
何かを作るってのはやっぱり良いもんだな。
それに人との会話に餓えていた俺にゃあ最高の癒しだぜ。
殺伐とした話しじゃねえ明日への希望に満ちたハートフルな会話だ。
俺の心はすっかり立ち直った。
「あ、監督こんちゃっす」
「おう、いつも元気だな」
「それだけが取り柄っすよ。ッオイ、てめえしっかり押さえやがれ、穴がずれるだろうが」
俺は橋を建設中だ。
あの山で冒険者どもに山狩りされた俺は、命カラガラここに逃げ着いた。
ここの奴らは温かった。
すっかり浮浪者になっていた俺に、一杯のスープを只で御馳走しやがった。
美味かった、人生最高の味だ。
俺は思ったね。イチローはこういう気持ちだったんだってな。
気付いた時には人夫になる契約書へのサインが完了してたぜ。うほほーい。
それから俺はこの希望の橋を建設する一人の人夫よ。
こいつはな、この地域に住むやつら皆の希望の橋なんだ。
この橋ができりゃあ皆が幸せになるんだ。
それを聞いた俺は奮起した、がむしゃらに働いた、誰よりも一番働いた。
そして気づきゃあ、俺には子分が出来ていた。
可愛い奴等だ。
重量運搬のガッドにバッド、左官職人のペールにカール、雑用のラチェットにライバーだ。
こいつら俺をすげえ慕いやがる、俺もそれに応えた。奴らの信頼を裏切らない様にってな。
そしたら親分と子分の関係になったのよ。
俺のカリスマに一点の曇りなしだな、やはり山は関係ねえ。いや、俺がいるところが山なんだ。
俺が山賊なんだ!
おっと話が脱線しちまった、今の俺は人夫だ人夫。
この橋はそろそろ完成する。
その前に次の仕事の算段をしないとな、おまんまを食い損ねちまう。
そういや風の噂で、魔術師だけの山賊団があるって聞いたな、貴族やでけえ商人襲って荒稼ぎしてるって話しだ。剛毅だぜ、俺もあやかりてえな。
まあとりあえず、工事で余った建材でも売っぱらっちまうか、どうせ河に流して捨ててるしな。
小銭にしかならねえが、今の俺には大事な積み重ねよ。
時がくりゃあ、いつかこの橋みてえにでっけえ希望になりやがるからな。
俺はそんな明日を見据える山賊になりてえ。
俺はいつものように舗装された石畳の先にある建設箇所を工事した。
こいつは難所だ、風の強い場所だから建材の固定がうまくいかねえ。
俺はゆっくり剥れ落ちるセメントを見定め所定の位置に着いた。
タイタニックダブルフォーメーションだ。
両手を広げた二人の子分が獲物の風上を塞ぎ、その献身の間に建材を固着させるのだ。
これは、古に伝わる悲劇の恋人の逢瀬を参考にした、哀愁の陣形だ。
この陣形を使うようになってからは、建材が河に沈むことがなくなった。
俺は信奉する建設の神ジャンジャンに祈りを捧げた。
仕事の成功と恋人の再会をってなあ。
「命が惜しけりゃ、テメエらもっと密着しやがれ」
いつもの口上、いつもの陣形、いつもの獲物。
俺は笑みすら浮かべ難所に迫った。
これは俺の美学だ。例え先の仕事が決まっていなくても、俺はこの仕事を迅速にそして完璧にこなして見せる。自分の事は考えねえ。あくまでお客様優先それが建設のプロだ。
俺はいつものように腰道具からコテを抜くと盛り板を構え、いつものように子分に合図を送る。
するといつものように子分達が隙間なく密着して風を遮り、ポールをゆっくりと据え付―――ポールが河に落ちた。
「ジャックゥウウウウウウウウウウ!」
「おい、なんの音―――ッありゃあこの橋の旗標用のポールじゃねえか」
奴は強かった。
子分たちはやられちまった。
口は早いが手は遅いペール、いつまでも道具の名前を憶えねえラチェットにライバー、そして最近雰囲気の怪しいガッドにバッド。
皆、皆日当を取り上げられちまった。
俺達は宵越しの金は持たねえというのに、奴―――監督めえ許さねえ。
怒りに震えた俺は頭を下げると子分たちの給金だけは勘弁してくれと泣きついた。
俺があっけなく言い負かされると、まだ金に余裕のあったカールが再度奴に訴える。
自分の日当はいらねえから親分たちのは頼むと叫んだ。
壮絶なつばぜり合いの末、罰金として僅かに持っていた金も没収された。
「アニキすまねえ」
子分の涙を見た俺は平静になると、横流しで作ったへそくりで酒を買い子分に振舞った。
それを見た監督は怒りに震えると、
「まだ金があるじゃねえかこの人夫共が!逃れられると思うよ」
全て取り上げられた、全てだ。
そして理解した。
この世はとるかとられるかだという事に。
「俺は山賊なのに」
ありがとうございました