俺の新境地
おう俺は山賊だ。
今は念願叶って山を根城にしてる。
この山にはダンジョンがあってな、それに向かう道が美味い。
この道を通るのはまだベテランとはいえねえ冒険者くれえだからだ。
こいつ等は結構良い武器や防具を身に着けて、そのうえ金に食糧も持ってやがる。
まじでうめえ。
ここの冒険者はケツの殻がとりきれてねえクセにプライドだけは一丁前だ。
こっちが逃げ道を塞がなくても、勝手に斬りかかってきやがる。
猪は相手にしやすいぜ。
俺はあれから順調に稼いで移動した。
ただ一つだけ誤算があった、それはこのダンジョンのある山に来てしまった事だ。
冒険者共が腐るほどいやがる。
今はうめえと感じているが、来た当初はどう仕事をするか悩んだもんだ。
来ちまったからには稼がずに場所を変えるのは俺の山賊道に泥を塗っちまう。
それだけはできねえ。
だから俺は考えた。
どうやったら奴等が山狩りを行わない様に山賊行為をするか。
これは悩んだ。
あいつら血の気とプライドだけはマジですげえからな、山賊に冒険者が襲われましたなんて知れ渡っちまったらすぐに山狩りが始まっちまう、ひよっこぐれいなら大丈夫だが、やべえ奴等が加わるかもしんねえからな。
あいつ等を刺激しないでうまく商売する方法。
…俺は見つけたね。
これなら絶対にばれねえ、襲撃されているところを見られてたとしても全然問題ねえ。
そんな夢のような方法を俺は偶然見つけた。
それじゃあ新しく入った子分を紹介するか。
ゴブリンのイチローにジローにサブロウ、コボルトのぺスにタロにハナ、オークのブタロウにブタコ、そして期待の新人のシャーマンゴブリン、サエルだ。
魔物が俺の子分なった。
こいつ等とのきっかけは山で子分たちと飯を食っていた時だ。
そこにイチローが表れた。子分たちは随分慌てたが俺が一喝して落ち着かせて、イチローの様子を見ることにした。
どうも腹が減っているらしくな。
俺は反対する子分どもを押し切り飯を分けてやった。
するとどうだ、奴は俺に跪いて古ぎたねえ剣を捧げやがった。ちゃんとした意味は分からなかったが、俺の事を親分だと思ったみてえだ。
そっからはトントン拍子で子分が増えやがる。
俺は考えたね、こいつ等なら山狩りをされねえんじゃねえかってな。
現場にはこいつら足跡が残るからちょっとした猟奇的な事件の匂いはするが、別に不自然じゃねえ。
むしろ冒険者としての仕事を全うしようとした奴等の誇りを汚すような山狩りはしねえだろ。
俺の商売のプランは決まった。
そしてここに来て感じたことがある。
山を根城にしたことにより俺のカリスマが力強くなったことだ。
魔物すら敬いたくなる俺の度量、漢気よ。
見よ、俺の背中がひたすら熱く燃えている、この背筋を伸ばす炎は天上にすら届き、世界を俺の度量で覆いつくすだろう。
ただ、問題が発生した。
俺の元々の子分達が新しい子分達を嫌がりやがった。
ケツの穴の小さい奴らだと説教したが、駄目だった。
あいつ等はどうにも魔物とは暮らせないらしい、同じ俺の子分だってのに。
山に着いた俺のカリスマは魔物達を魅了するほどになったが、人間の子分たちには届かなくなったようだ。
秤と一緒だな、どちらか浮けばどちらかが沈む。
まあそれでも秤自体が浮いちまえばいいだけの話だ。届かない思いは明日の俺に任せよう。
今は決断だ。
ジョス、ダイン、タイル、こいつ等とは別れた。
初めてだ、こういう形で子分達との別れ。
俺は泣いた子分達も泣いてくれた。
だが次の瞬間には皆笑顔だ、それが漢の別れ方だからな。
俺はその日の夜、一人でまた泣いた。
そして俺の新たな山賊道が始まった。
フォーメーションが理解できねえイチローにジローにサブロウ。
獲物から回収したお宝を地面に埋めちまうぺスにタロにハナ。
保存食を一日で食べつくすブタロウにブタコ。
僅かな知性が光るサエル。
マジで苦労の連続だった、まあこれはこれで可愛い子分達よ。
前に子分にした密入国者のライトを思い出すな。
単純な気持ちしか見えねえから、世話のしがいがありやがる。
素直に喜ばれると俺も嬉しくなっちまうぜ。
俺は時間を掛けながらじっくりこいつ等を鍛えた。
じっくりな。
そして……。
喋りてぇええええええええええええ!
人とお喋りがしてえええええええええええええええええ!!
頼むどいつでもいいから「フゴッフゴ」「ギャアッギャ」「ワンワン」以外を話しかけてくれ。
マジで辛い、こんなにも良い子分に囲まれているのにすげえ孤独を感じるぜ。
なんなんだほんと、俺間違ってたんじゃね?とか最近思い始めている。
俺は自分の痕跡を消すために、商人との取引にも沈黙交易で応じてるからマジで誰とも話してねえ。
冒険者共を捕まえた後にも姿を見せない徹底ぶりだから誰も俺の事は知らねえ。
誰もだ。
魔物と物々交換ができるって噂を聞くぐれえだ、俺は消えたと思っていいだろう。
まあ襲撃時の客の声ぐらいは聞けてるが、それは俺に話しかけているわけじゃあねえしな。
ああ、話しかけてもらいてえ。
自分が透明人間になったみてえだ。
マジで辛い。
しかもサエルが中途半端に喋ろうとするから余計につれえ。
「ギャブン、」「ギャアレ」「ギャネ」「ギャアアル、ギャアーギャーギョン」
多分言いたいのは、親分、黙れ、金、トライアングルフォーメーションの事だろう。
俺は初めて聞いた時にはこれはいける、と思ったがどうもちげえくせえ。
ブタコに親分と話しかけ、俺に黙れと言い、イチローを指して金といい、飯を食っている時にトライアングルフォーメーションと言っていたからだ。
俺はその時、真の自分の状況を理解した。
一番頭の良いコイツの理解がコレなのだ。
つまり他の奴は、俺の事を厩務員のオッサンぐれえにしか感じていないのかもしれん、と。
俺はいつものように山道を歩く冒険者を襲った。
奴等は三人だった、意気揚々と険しい道を上っている。
俺はゆっくり獲物を見定め所定の位置に着いた。
インビジブルモンスターフォーメーションαγだ。
獲物にともかく突撃し、弓と魔術で援護する。
この面子でなんとかできる俺の努力の陣形だ。
この陣形を使うようになってからは、うっかり獲物に留めをさす事が増えた。
俺は信奉する悪徳の神リーファイスに祈りを捧げた。
弓を射る俺の存在に気付いて声を掛けますようにってなあ。
「命が惜しけりゃ、俺に言葉を置いてきな!」
いつもの呟き、いつもの陣形、いつもの獲物。
俺は笑みすら浮かべ弓を射った。
これは俺の美学だ。大自然と子分に囲まれながらも潤う事のない俺の心の叫びだ。
俺はいつものように愛用の弓を構え、いつものように子分に合図を送る。
そうするといつものように獲物の前面から子分が飛び出し殴りかかる。
いつものように獲物が倒れ――――――イチローが倒れた。
「やっと網に掛かったかそれじゃあ死んでくれや、弓使いテメエもだ!」
奴等は強かった。
子分たちは皆やられちまった。
よく騎士ごっこをしたイチローにジローにサブロウ、根城にマーキングをするぺスにタロにハナ、何度も俺達を餓えさせたブタロウにブタコ、そして、最近ようやく俺を親分と呼ぶようになったサエル。
皆、皆死んじまった。
俺は話しかけられた事に歓喜に震えると、リーファイス様に感謝してトンズラした。
奴等は怒りを声で叫んだ。
「テメエ逃げれると思ってんのか!必ず殺して晒してやるぞ!」
俺は後ろをチラッと横目で確認しながら逃走し、気付いた。
冒険者の中にダインが混ざっている事に。
俺は内心複雑な感情になった。
俺の事を冒険者に売り裏切った奴だが、この状況から解放したのもまたダインなんだと。
「ふくざつぅううううううううう!」
俺は走った。
ありがとうございました