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ひとりの帰り道  作者: 本田
8/12

友人

 二日学校を休み、土日をはさんで月曜日。有里と俺の九日間にわたる長いゴールデンウィークは終わった。祖父はまだ病院だが、祖母と父と母が交代で見ているので、有里と俺は学校帰りの見舞いだけにしている。

 父はクライアントとの調整を取り、仕事を休んでいるが、母は大変なことになっている。ニューヨークでの展示会を直前で放り出して緊急帰国した母は華道界からバッシングを受けている。俺は責任を感じているが、それを口に出せば、母に怒られることが目に見えている。だから、あえて何も言っていない。

久しぶりに学校へ行くと、いつもと同じ景色が待っていた。ゴールデンウィークのあの何日かが夢だったかのような、いつもと変わらない現実。

「本田!」

 呼ばれて声の主を探す。体育館の屋根の上。

「登って来いよ」

「どうやって?」

 継亮に教えられて、体育館の屋根に上る。

「空、きれいだろ?」

「ああ」

 継亮も、空を眺めるのが好きなのだ。

「さあ、本当の事を言ってもらおう」

「本当の事?」

 五時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。継亮には、時間を知らせるチャイムなんか、聞こえていないらしい。今日は俺も、聞こえてないことにした。授業をサボるなんて、生まれて初めてだ。今日だけ、特別に許しいてください・・・って、誰に許しを請うているのか・・・授業をサボったことのしっぺ返しは、必ず俺に来るはずなんだから。

「久峨有里ちゃんと、いったいどういう関係なのか」

 訊かれると思っていた。継亮は俺と違って、思ったことをはっきり言うし、はっきり訊く。その自由さも、俺は羨ましい。

「何で有里と俺が一緒にいるって分かったの?」

「あの日さ、本田が部活に来なくて、何かあったのかと思ってメールしたけど、返事もないし、夜になってもなんもなくて、さすがに何かあったのかと思って、夜、電話したんだ」

 継亮は俺のことを心配していた。俺は思ってもみなかった。担任の先生以外の誰かが、こんな風に俺のことを心配してくれるなんて。いままでの俺には、絶対になかったことだった。

「それで?」

「ワンコールもしないですぐに出た。女の子が」

 あの夜、父から電話がくると思っていた有里は継亮からの電話に思わず出てしまったのだろう。

「どうして有里だって?」

 突然の電話に、混乱していた有里が名乗ったとは思えない。

「声が似てたから」

 継亮も、有里が出たことに驚いて、電話を掛け間違えたのだと思い、すぐに電話を切った。それから今度は間違えないようにメールにしたという。そして有里は、継亮からのメールに返事を送った。俺は有里と継亮くらいしかメールをする相手がいないから分からないけど、継亮は返信メールを打ったのが俺ではないとわかったらしい。

「それで?」

「メールしてる間に、やっぱりさっきの電話の女の子がメールを返してくれてるってわかって」

「どうしたの?」

「夜中ずっとメールしてた」

「夜中ずっと?」

「朝まで」

「朝まで?」

 有里はそんなこと一言も言っていなかった。継亮から電話が来たことも。

「おかげで俺は徹夜で登校したよ」

「じゃあ、有里も寝てなかったのか・・・」

「ああ・・・途中で、“そろそろ寝たら?”って送ったら、“誰かと話をしていたい”って」

「一人で家に帰したから、不安だったんだ」

「多分な」

「で、有里と俺はどんな関係だと?」

「わけありの兄妹」

「どうして?」

「どういう関係か知りたかったから、“彼氏の携帯で俺とメールなんかしてたら彼氏に叱られるぞ”って送ったら、思わぬ答えが返ってきた」

「なんて?」

 予想はできたけど、一応訊いてみた。

「彼氏じゃなくて、兄貴だって」

 やっぱり。

「小学二年のとき、両親が離婚して、父親ついてった俺は本田で、母親と一緒の有里は久峨」

 両親の離婚の話を自分から誰かに話したのは初めてだ。誰にも話す気はなかったし、何より、俺にはいままで、こんな自分の家族の話や家庭事情を話すほどの仲のいい友達など、ひとりもいなかったから。

「だからか」

「ん?」

「有里ちゃんと会うために、あんな遠くから通ってんだろ」

「うん」

 俺が自由の三年間の舞台にこの場所を選んだ理由。ひとつは有里に毎日会うため。もうひとつは、自由になるため。俺のことを何も知らない人の中で、俺は自由になりたかった・・・でも、結果的に言えば、俺はやっぱり、俺でしかない。

「で?」

「でって?」

「今回のことで、両親引き合わせられたんだろ?」

「うん、まあ」

 そう、父と母はどうなったかといえば・・・俺には、よく分からない。ただ、母も毎日病院にきている。それに、どちらかといえば、会うことを避けようとしているのは、父のほうみたいだ。

「うまくいくといいな」

「うん。でも、俺にできるのはここまでかな。あとは、本人たち次第」

 継亮は黙って頷いた。今まで誰にも一度も話したことがないことを、継亮に全部話した。どうしてだろう?話せる自分が、不思議でもある。

「で、継亮は?」

「ん?」

「有里とは、どうなった?」

 俺は少しだけ、期待していた。有里と継亮が、付き合うことを。でも、有里の気になる相手は、相変わらず半沢匡弥一人らしいけど。

「兄貴としては、可愛い妹が心配?」

「そりゃあ・・・継亮みたいな不良に引っかからないように守らないと」

「不良ね」

 本気で継亮を不良だとは思ってないよ。そんなこと、言葉にして言わなくてもわかってると思うから、あえて言わないけど。

「友達だな・・・いまのところ」

「いまのところ?」

「アドレスと番号もらった」

「珍しいな。有里、結構人見知りなんだけど」

「今日の帰り、デートだから」

 継亮がくっと伸びをして、すとんと身軽に屋根から飛び降りた。ちょうど、五時間目の授業の終わりのチャイムが鳴る。

「は?誰と?」

「有里ちゃんと」

 俺を残して、継亮は自転車置き場に姿を消した。あの継亮のチャリの運転で、有里を後ろに乗せるのだけは、勘弁してもらいたい。

「友達じゃないのかよ・・・」

 期待していたつもりだけど、一方で嫉妬しているような気もする。兄としては、複雑だ。

「っていうか・・・部活はサボるのか・・・」

 やっぱり有里の彼氏は、継亮より半沢のほうがいいのかな。

 体育館の屋根から下りて、部室に行く途中、継亮からメールがきた。


 部活サボるから、代わりに仁王像に怒られといて(笑)


「仁王像って・・・」

 鬼藤さんと洲鎌さんの顔が浮かぶ。先輩にこんなこというなんて、継亮は怖いもの知らずだ。

 俺はこのメールを保護メールにした。どこへいっても、結局俺は俺だけど、ここに来て、わかったことが一つある。本当に楽しく笑えて、俺のことを心配してくれて、自分のことを素直に話せる友達ができたこと。たった一ヶ月の間でも、人は変われる。





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