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ひとりの帰り道  作者: 本田
7/12

再会

 最悪だ。いま、俺の人生の中で、最低最悪のことが起きている。

「どうしても今すぐ帰らなければならないんです!」

 日本だったら、すぐにどうにかなるはずなのに・・・英語でまくし立てても、上手く伝わらない。俺の英語が下手なのか、混乱しているから使い方を間違っているのか・・・どっちにしても、この緊急さが相手に伝わっていないのは確かだ。

 壮人からの連絡を受け、ヒースローから、日本へ一番早く着く便のチケットを一枚取った。だが、その一枚は最悪なことにダブルブッキングだった。搭乗手続きの締め切りまで十五分をきってる。もう、諦めて次の便に・・・。

「私の席、代わりますよ」

「え?」

 搭乗口のカウンターに立ち尽くす俺に、飛行機の中からトランクをひいて出てきた一人のイギリス人。喋っているのは、日本語。

「あなた、本田有司?」

「はい、そうです」

「私の働いているレストラン、あなたの写真あります」

「俺の写真?」

「あなた、私の働いているレストラン、設計した人」

 それはもう、ずっと昔の話だった。まだ、壮乃華と離婚をする前、俺は半年間イギリスで過ごし、一軒のレストランを設計した。ある意味で、あの仕事が離婚の原因だったとも言える。半年間家族を捨てた俺を、壮乃華は許してはくれなかったのだ。

「わたし、日本に行く理由、あなたに、会うこと」

「え?」

「早く乗って。次の便で、あなたに会いに行きます」

「ありがとうございます」

 男は一枚の名刺をくれた。俺もとっさに自分の名刺を渡し、ろくに話もできないまま、俺は飛行機に乗った。

帰りの飛行機の中で、貰った名刺を何度も眺めた。名前も、電話番号も、見覚えがない。記憶力には自信がある、だが、俺があの人に会ったのは、今日が初めてだ。

 人生では、ときとして不思議なことが起こる。あのとき、あのレストランの設計を引き受けなければ良かったと、俺は何度も後悔した。だが、あのレストランの設計を引き受けていなかったら、俺は今、この飛行機には乗れていない。どちらが良かったのか、今の俺には判断できないが、人生とは不思議なものだ。

 成田空港に降り立って、タクシーを拾う。壮人に聞いた総合病院の名を告げて、病院の病室に駆け込むと、そこには、さらに不思議な光景が俺を待ち受けていた。

「壮人!」

 病室の中には、ベッドをまくらに、疲れて眠っている壮人。でも、父は起きて話をしていた。その相手は母でもなく、有里でもなく、壮乃華。

「親不孝者だな・・・一番面倒を見てやったのに、一番最後に来おったな」

「本当」

 父と壮乃華は疑うような眼で俺を見て、それからふたりして顔を見合わせて楽しそうに笑った。

「壮乃華・・・どうして・・・」

 本当なら今頃、壮乃華はニューヨークでの展示会のはずだった。華道家としての“久峨壮乃華”を売り出す、人生にまたとない、絶好のチャンス。

「有司よりずっと早く着たわ」

「展示会は・・・」

 言いかけた俺に、壮乃華は怖い顔で首を振った。言うなというのだ。

「親父・・・大丈夫なのか?」

 壮人からの電話のときは、意識が途切れがちだと聞いたが、今ははっきりして、壮乃華とふたりして俺に文句を言う気力もあるようだ。

「壮人と有里に助けられたよ」

「壮人と有里に?」

 俺はまったく知らなかった。連休の間、壮人と有里が本田のあの家に泊まりに行っていたことなど。出張中、毎日一度電話をかけていたが、壮人は一言もそんなことは言わなかったし、俺は、壮人はちゃんと、あのマンションの家にいるものだと思って疑わなかった。

「私だって知らなかったわ」

 隠し事は、壮乃華がもっとも嫌いとするもの。でも、壮乃華は怒っていなかった。

「でも、良かった。壮人と有里が一緒にいるときで」

「そうだな」

 壮乃華は家で待つ母と有里に俺の帰国を知らせに、電話をかけにいった。

「何か、ほしいものは?」

 俺の問いに、父は首を振る。

「意識がないってきいたから、心配したよ」

「一時はな・・・でも、眠っていたら、壮乃ちゃんに呼び起こされた」

「壮乃華に?」

 父は眠っている間、夢を見ていたという。その夢の中では、俺も、壮乃華も壮人も有里も、4人で昔のように、楽しそうに暮らしていたという。本当に夢だ。そして目を覚ますと、壮乃華がいた。

「ふたりともすぐ来るわ・・・有司、チョコレート」

 壮乃華が手を出す。

「は?」

 そういえば、結婚していた頃、ヨーロッパ出張の土産は、トランクの片側いっぱいのチョコレートだった。別れてからは、買ったことはない。俺も壮人も甘いものはあまり食べない。

「ロンドンに行ったなら、チョコレート買ってきてくれなきゃ」

 意味が分からない。こんな緊急事態なのに、悠長に土産なんか買っている時間があるわけない。

「緊急事態で、しかも帰りのチケットがダブルブッキングで・・・」

 壮乃華の言っていることがめちゃくちゃだとは思いながら、俺はチョコレートが買えなかったことを壮乃華に説明しようとしている自分に気づく。何で俺が言い訳するんだ。

「そんなこと訊いてないわ」

 壮乃華は、おそらくきたときから置きっぱなしだろう旅行鞄から、アメリカの包み紙に包まれたチョコレートを出した。

「よくチョコレート買う時間なんかあったな」

「空港での待ち時間の間に買ったのよ」

 俺は混乱していてまったくそんな余裕はなかった。いざというとき、男よりも女のほうが本当に強いのかもしれない。

「お義父さんの大好物も」

 菓子以外のものは入っていないのか?というくらい、次々にベッドにひろげる。昔米軍基地で働いていた父は、アメリカの菓子をよく食べていた。壮乃華は、そのこともちゃんと覚えていたのだ。

「元気になったら、みんなで食べようと思って」

「壮乃ちゃん、ありがとう」

 こうしてみていると、まるで、父と壮乃華が親子で、俺が婿・・・別れた婿の立場なのか、という疑問さえわく。出会った頃からそうだったが、壮乃華は誰とでも分け隔てなく、明るく付き合う。その天真爛漫さが好きだ。

「有司?」

 母と有里がきた。

「んん・・・あ、父さん!」

 眠っていた壮人が起きた。このメンバーで会うことがあるなんて、俺は思っても見なかった。こうしてみれば、普通の家族。

「壮人、疲れただろ」

「いや、母さんが早く帰ってきてくれたから」

 それでも、相当無理をしてきたはずだ。

「頼りにならない父親で悪かったな」

「そんなこと・・・」

 ロンドンで受けた電話越しの、激昂した壮人はいなくなっていた。いつもどおり穏やかで、優しい、壮乃華に似た壮人がいるだけ。

「本当よ!」

 代わりに怒ったのは、有里だった。有里は俺に似ている。どちらかといえば短気で、怒りっぽい。

「有里、こうしてちゃんと帰ってきたんだから、いいじゃないか」

 怒りだした有里をなだめる壮人。

「よくないわ!連絡がつかない間、お兄ちゃんがどれだけ大変だったか・・・」

 壮人が途中で有里の口をふさいだ。子供の頃、急な仕事で休日の予定をキャンセルすると、いつもこんな風に有里が怒り、壮人がなだめていた。

「俺のことはもういいの」

 壮人は大人だ。有里よりも、俺よりも、そしてきっと、壮乃華よりも。

「でも・・・」

「ごめん、有里」

「じゃあ、この間の言ってたこと、やってくれるって約束して」

「ああ。約束するよ」

 この間言ってたこと。4人で六義園の桜を見に行くこと。

「人数は6人変更。それなら、許してあげる」

 強情な有里に、俺はこの条件を飲むしかない。

「この間の約束って?」

「当日まで秘密。お父さんが計画して、みんなを誘うのよ」

「わかったよ」





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