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ひとりの帰り道  作者: 本田
4/12

記憶

「おはよう。いつもながらいいお天気ね」

 有里が車に乗り込む。よく晴れた今月最後の土曜日。有里と会うときは、いつも晴れている。壮乃華と会うときもそうだった。壮乃華がそうであるように、有里も太陽に愛されているのかもしれない。有里と会うのは三ヶ月ぶりだ。有里の高校受験や、俺の出張が重なって、お互い時間がなかったのだ。

「高校入学おめでとう」

 壮人にも定期入れをやったから、有里にも似たような金額の定期入れをやった。双子だからと、幼い頃からいつも同じようなものを買ってきたが、この考えはそろそろ改めたほうがいいかもしれない。

「ありがとう」

「さて、今日はどこに行きたい?」

「上野動物園」

 有里は迷わない。俺に似ている。

「この前も上野動物園じゃなかったか?」

「じゃあ、六義園もつけて」

「結局、動物園行くんだな?」

「うん」

 動物園は有里の好きな場所だ。水族館は壮人の好きな場所。一緒に住んでいた頃は週末になると、交互に連れて行ったものだ。そういえば、有里のことは今でもこうして動物園に連れて行ってやっているが、壮人を最後に水族館に連れて行ってやったのはいつだっただろう・・・もう、水族館って歳でもないか・・・。

「どうしたの?」

「いや・・・じゃあ行くぞ」

 午前中に上野動物園を回って、そのあと美術館に少し寄り、それから駒込の六義園まで足を伸ばした。ここはいつも静かだ。喧騒の中にありながら、ここだけはゆっくりと時間が流れている。都内にはいくつかこんな庭園があるが、俺は六義園が一番好きだ。

「もう桜散っちゃったね」

「ちょっと遅かったな」

 あと5日で4月も終わり。桜はほとんど散ってしまっていた。

「残念」

「桜が見たかったのか?」

「そうじゃないけど、咲いてたらきれいかなって」

 桜を見るのが好きなのは、どちらかといえば壮人のほうだ。でも、離婚してから、花見にも連れて行ってやったことはない。

「でも、これでいいか」

 緑の葉桜。ところどころの虫食い穴から、きらきらと光がこぼれている。

「そうだね。ふたりだけできれいな桜見たら、お兄ちゃんに悪いね」

 有里もやっぱり、壮人のことを考えていた。

「そうだな。今度は桜のきれいなときに来るか、壮人も一緒に」

 そういえば、離婚してから、壮人と有里と、3人で会ったことは一度もない。3人いて、壮乃華がいないのがおかしいというか、家族を仲間はずれにするようで、そうできなかった。やっぱり俺は、4人家族に戻りたいのかもしれない。

「せっかくなら、4人がいいな」

 有里もやっぱり、家族に戻りたがってる。何もいわないけど、それは壮人も同じだ。多分、家族ではなくなったあの日から、ずっと。

「・・・じゃあ、壮乃華も一緒に」

 いつかまた壮乃華と会う日・・・そんな日はくるのだろうか。きれいな夜景と星空を見る・・・壮乃華は、あの約束を本気で信じているだろうか。そうだとしたら・・・。

「無理しなくていいよ」

 有里が笑った。こうして会うとき、いつも思う。有里の笑顔はどこか寂しそうに見える。幼い頃はそんなこと感じなかったのに・・・やっぱり、この笑顔は俺たちが家族ではなくなったからだろうか。

「そろそろ帰ろっか」

「そうだな」

 ふたりで会うとき、帰りの時間を決めるのは有里だ。有里が帰ろうといえば帰る。

「どこで降ろす?」

「新宿で買い物してから帰る」

「わかった」

 帰りの車の中で、有里は何も話さなかった。ただ黙って外を眺めていた。

「じゃあ、また」

 有里が車のドアを開ける・・・何か忘れている。

「ワイン・・・」

 壮乃華がフランスで買ったワイン・・・いつもだったら有里に持たせて寄越すはずなのに、今日の有里はバックひとつだった。

「ワイン?」

「この間壮乃華が・・・」

「そういえば、今日はおみやげ持たされてないな。でも、今日お兄ちゃんに会うって言ってたから、お兄ちゃんに渡してるかも」

「ああ・・・」

「違うかな?・・・お母さん、忘れちゃったのかな?帰ったら聞いとくね」

「いや、聞かなくていい」

「どうして?」

「壮乃華のことだから、気が変わったのかもしれないし」

 壮乃華は気分屋で自由だ。だから、いつも捕まえられない。そこがまた、未だに俺を惹きつけているのかもしれない。

「そうかもね。じゃあ、黙っとく」

「ああ」

「じゃあ、またね」

「気をつけて」

 手を振って、有里が人ごみの中に溶けていく。

 今日は言わなかったな。いつもの有里だったら、最後に必ず『お兄ちゃんによろしく』というはずなのに。俺が変に引きとめたからか?

 帰り道で、俺は考えた。壮人のこと、有里のこと、そして壮乃華のこと。もう一度4人で・・・やっぱり無理だ。新しいものを作るのならまだしも、一度壊したものをそっくり元通りにするのは不可能に近い。家も、人も。まして、相手は人間で、壮乃華が俺のことをどう思っているのかも分からないのに。

設計図を描くのは得意だが、俺には材料を集める能力も、それを組み立てる能力もない。今だってその状態だ。家族の設計図は、もう、ずっと昔に完成している。でも、俺にはそのための家族を集めることも、家族を組み立てることも、できる自信はない。

悩んでいて、ふと気がついた。そういえば、あの、何も話さなかった夜以来、兄は夢枕に立つことはない。俺が毎日家庭のことでこれだけ悩み考えているのだ。いつもだったら今頃、夢に出てきて。俺の話をきいて、何をどうしたらいいのか、人生のヒントをくれるのに・・・いつまでも、兄に頼るのはよくないのだろうか。いい大人なのだから、そろそろ自分ひとりで考えろといいたかったのだろうか。それならそうで、ひとこと言ってほしい・・・この考えも、ただの甘えの気もする。

「ただいま」

「お帰り。夕食は?」

 壮乃華と会っていた壮人のほうが先に帰っていた。

「有里と食べてきた」

「そっか」

 壮人も何も訊かない。いつもだったら『有里元気だった?』くらいのことは訊くのに。今日はいろいろなことがいつもとほんの少しずつ違っていて、俺はその小さな変化についてゆけなくなっている。そして壮人もやっぱり、壮乃華からワインは預かっていないようだ。

「明日、買い物行く?」

「おう」

 明日は日曜日。ここ何週間か行けなかった日用品の買い物に行く日だ。壮人が明日の買い物のために必要な日用品リストを作っている。

「あと、何かいるかな?」

「洗濯用洗剤は?」

「この間新聞屋さんが持ってきたばかりだよ」

「そうか・・・シャンプーは?」

「一本あるから大丈夫」

 家のことは、ほとんど全部壮人任せだ。だから俺は、何がどれくらい必要なのかさえわからない。俺に分かるのは、家庭用プリンターのインクの残量くらいなものだ。時にはそれさえ、壮人のほうが詳しくなっていたりもする。

「壮人・・・」

「なに?」

 返事をしながら、壮人はリストにまだまだ追加している。しばらく行っていなかったから、買うものがたまっているのだろう。それを管理している壮人はすごいと思う。一人暮らしだったら、必要なものさえ分からなくて、俺は今頃大変なことになっているはずだ。

「水族館、行くか?」

「え?なんで?」

 壮人が顔を上げて、思い切り眉を寄せて、不審がって俺の顔を見た。

 一応訊いてみたが、予想通りの反応だった。

「いや、なんでもない」

「そう・・・行ってもいいけど、日曜日は混んでるよ」

 昔は混んでいようが何だろうが行きたがったくせに。

「そうだな・・・またにしよう」

 またっていつだ?俺は心の中で自分に突っ込んだが、壮人は特に突っ込まなかった。

「うん」

 結局、壮人は今でも水族館が好きなのだろうか?





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