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ひとりの帰り道  作者: 本田
3/12

兄妹

 高校に通い始めてから二週間。特に何事もなく、クラスでまあまあ話すくらいの友達はできた。これがいつも先生たちが言う、俺の“たくさんいる友達”なのだろう。学校内だけで仲良くする友達。

 昼休み、継亮はうちのクラスにきて、葵木や尾野、あの、幼馴染みと一緒にお昼ご飯を食べてる。継亮の周りはいつも幸せそうで楽しそうで、やっぱり俺の目には、眩しく見える。羨ましく思っても、絶対に手に入れられないものも、世の中にはある。俺は多分、誰よりもそれをよく知っている。

 授業はゆっくりと進み、放課後は部活に行く。有里の誘いで生徒会に入り、週に一度は有里と学校で会う時間もある。至って充実した高校生活だ。平穏で、これでいいと思いつつも、もう一方では、何も変えられない、変われない自分をもどかしくおもっている自分がいる。このままこれで、中学や小学校のときと同じでいいのか。もっと何か、変わりたかったんじゃないのか・・・。いま、答えは見つからない。

「これじゃだめかな?」

「んー・・・もうちょっとここを・・・」

「こう?」

「ちょっと違うな」

「じゃあ、お兄ちゃんやってよ」

 生徒会室で全校に配る広報を作っていたとき、有里が思わず俺に言った。

「あ、ごめん」

「いや」

 その場にいたみんながどっと笑った。有里が俺に間違って“お兄ちゃん”と呼びかけたことで。でも、有里と俺の間では、それは間違いではない。昔はいつもそう呼ばれていたし、今だって、学校を一歩出れば、電話でもメールでも、有里の俺に対する呼びかけは“お兄ちゃん”だ。有里と俺は、正真正銘の兄妹だから。

「久峨ちゃんお兄ちゃんいるんだ?」

「あ、はい」

「いくつ違い?」

「双子なんで同い年です」

「どんな人?」

「久峨ちゃんのお兄ちゃんならめっちゃイケメンでしょ?」

「普通ですよ」

「久我ちゃんと似てる?」

「似てないですね」

 有里が女の子同士で盛り上がってる。有里と俺は確かに似てない。だからこそ、こうやって同じ学校にそ知らぬ顔して通っていられる。有里と俺が兄妹だということは、多分、まだ誰も知らない。これから先も、特に言う必要はない。

 俺が片道二時間もかけて、この秋沢に通う理由。それは、毎日有里に会うためだ。小学二年の終わりに両親が離婚してから、年に何度か会うだけで、有里に堂々と、ゆっくり合う時間なんかなかった。普段は父と、月に一度は母と、俺は過ごしていたし、有里はその逆だった。高校受験を控えたある日、俺たちはたまたま会った。気晴らしに新宿で買い物をしていた有里と、学校帰りの俺。そして俺たちは、同じ学校を受験することを決めた。

 志望校を伝えたとき、父は反対だった。だが、俺は今度ばかりは譲らなかった。そして、ついには父が折れた。

 本当は俺も有里も、家族に戻りたい。そして、それは無理なことではないと思っている。父は今でもきっと母のことが好きだ。母もきっと同じはずだ。子供の頃は無理だったが、今の俺たちになら、ふたりを元に戻すことができるかもしれない・・・そんな考えは、虚しいだけだろうか。

「本田くん」

「・・・ん?」

 学校で有里に呼ばれるときの“本田くん”という呼び名。なかなか慣れなくて、いつも反応するのが遅れる。むしろ、さっきの“お兄ちゃん”のほうに早く反応してしまった。

「これでいい?」

「ああ、いいよ」

「じゃあ、印刷に回すね」

「あ、有里、これも」

 最初は“久峨さん”と呼ぼうかどうしようか迷ったけど、いつもと学校とで呼び方を変えるなんて、俺にそんな器用さはない。だから、そのまま“有里”と呼んでいる。

「そういえば、本田君と有里ちゃん、付き合ってんの?」

「へ?」

 そばで聞いていた先輩の一人に訊かれたことは、予想外だった。でも、普通に考えたら、そう見えるか?いや、見えないだろ?

「いえ、違いますけど。私、好きな人いるし」

「は?」

 有里の言葉に、俺が反応してしまった。好きな人?誰?いつから?何で?兄としてはその場で問いただしたかったが、それではますます誤解されるだけだし、有里も可哀想だと思って押さえた。

「だれだれ?やっぱり鬼藤先輩?」

 鬼藤さんは毎年行われる秋沢の美男美女コンテストで二年連続優勝しているらしい。俺からみれば、どちらかといえば、洲鎌さんの方が美男という言葉がしっくり来る。

「違いますよ」

「じゃあ、洲鎌くん?」

 あのふたりは秋沢の女の子からの人気をほとんど二分しているらしい。ふたりともタイプは違うが、いうなれば、鬼藤さんは武士で、洲鎌さんは騎士。そんな感じだ。まだ言葉を交わし始めてから何日も経っていないが、俺からすれば、どちらも尊敬できて、かっこいい人だ。

「さあ、どうでしょう」

 有里がにこりと笑う。でも、多分洲鎌さんじゃない。有里は嘘はつかないが、なかなか本当のことも言わない。話をはぐらかすのが上手いのだ。そんなところは、母に似ているかもしれない。

「教えてよ」

「秘密ですよ」

 女の子は恋愛話が好きだ。生徒会室の話題の中心はあっという間に有里の好きな人になる。

 小さい頃からそうだが、有里はなかなか本当の自分を出さない。学校ではおっとりと振舞っているが、本当は誰よりも気が強い。ただ、母に似た有里の見た目がそれを感じさせない。

「じゃあ、年上なのか、タメなのかは?」

「それも内緒です」

「先輩の言うことがきけないのか」

「きけません」

 有里は先輩たち相手にも物怖じしない。一見柔らかで大人しそうに見えるが、誰にでも自分の意見をはっきりという。即断即決、自分をしっかりと持っていて、強いのだ。兄として俺は、少し有里に負けているかもしれない。と思うこともしばしばある。

「じゃあ、お先に失礼しまーす」

 そしてなぜか誰よりも先に帰る。

「ちょっと有里!お先に失礼します!」

 生徒会の用事がある日は、大概有里と一緒に帰る。これだから、カップルに間違われるのかも。でも、特に気にならない。そのために、ここに通っているのだから。

「有里、さっきの・・・」

「え?」

「好きな人の話」

「お兄ちゃんも興味あった?私の好きな人」

「そりゃあ・・・」

 ないといったら嘘になる。

「でも、まだ好きなのかどうか、自分でもはっきりわからない。ただ、気になる人ってだけなのかも」

「同じクラスの奴?」

 頷く有里。誰だろう・・・ふと、継亮の顔が浮かぶ。有里と継亮は確か、同じクラスだ。有里の好きな相手がもしも継亮だったら・・・。

「半沢くん」

「半沢・・・匡弥?」

 またしても頷く有里。継亮じゃなかった・・・でも、継亮の幼馴染みだ。確か、野球部で背が高い。

「授業中ね、ふと気がつくと、なんかいつも見ちゃうの」

「恋だな」

「本当?」

「いや、分からないよ」

「気のせいかしら?」

 でも、有里のいっている言葉の意味が分かる気がした。俺も、授業中にふと気がつくと目がいっているのだ。葵木と、尾野と、枚田・・・継亮の幼馴染みの3人の誰かに。輝いているから、見ているのだ。どうしたらあんなふうに輝けるのかと、いつも思ってしまう。断っておくが、俺のは恋ではない。断じて。

「お兄ちゃんは?」

「え?」

「いないの?好きな人」

「いないな・・・というか、今はまだ、自分のことで精一杯で、人を好きになる余裕なんかないよ」

 これは嘘なのかもしれない、と思う自分がいる。自分のことで精一杯なのは本当かもしれないが、人を好きにならないのは、余裕がないからではなく、親しくなるのが怖いからなのかもしれない。優等生で、誰からも嫌われないように、そういう外側を取り繕ってきた俺だから、自分のすべてを話せる相手もいない。人に嫌われない代わりに、好かれることもない。

「そっか」

「うん」

「そういえば、お父さん、ゴールデンウィークにロンドン出張だってね」

「ああ。せっかくの連休だったのにって、残念がってた」

「でも、連休でもどうせ旅行に行くんでしょ」

「多分な」

「いいじゃない。ロンドンを楽しめば」

「仕事をしに行くんだぞ。そうは行かないよ」

 出張に行く父はお世辞にも楽しそうではない。建築の仕事は好きだといっていたが、年々重くなっていく期待や仕事量に、少し疲れてしまっているのかもしれない。

「そう?お母さんはいつも楽しそうよ」

「母さんはね。そういうところは楽天的だよな」

「この間のパリの展示会だって、すごく楽しそうだったし」

「そういえば、今度の土曜日、会うんだった」

 母からのメールを思い出した。


パリからのお土産があるから週末に会いましょう。


日曜日は父と買い物に・・・行くかどうかは父の予定次第だが、とりあえずはあけておくことにして、会うのは土曜にした。午後はバイトだから、会うのは午前中。きっと、母が好きないつものイタリアンレストランでランチだ。そう考えると、俺の味覚は母に似ている。母の好物は、大概俺の好物だ。

「あら、私はお父さんに会う予定よ」

「土曜日?」

「うん。日曜日はお兄ちゃんと買い物に行くからって」

「そうか」

 やっぱり、今週は日曜日をあけておいてよかった。当日に何が起こるかはわからないけど、とりあえず、今のところの予定で三週間ぶりの日用品の買い物に行けそうだ。三週間もためていたせいで、買わなければいけない物がたくさんある。家に帰ったらリストを作らないと。

「じゃあ、また明日」

「バスが来るまでいるよ」

「でも、まだ十分もあるわ」

 時刻表と携帯の時計を見る。

「たった十分だろ?」

 有里は俺より気が短い。やっぱり、父に似ている。

「お母さんとどこ行くか決まってる?」

「いや、いつも母さんが決めてくるから」

 会おうというメールに、いつも“どこか行きたいところがあったらいってね!”と書いてはあるけど、俺は一度も行きたい場所を選んだことはない。母が行きたい場所なら、どこでもいい。母の好きなところへ行って、母の好きな料理を食べる。そして、母の好きな景色を見る。いつもそうだ。

「お母さんらしいね」

「うん。有里は?」

「ん?」

「父さんとどこ行くか、決めた?」

「ううん。いつも会ってから決めるの。こっちは、大体私が決めてるかな」

 女に譲ってしまうのは、どうやら遺伝らしい。

「そうなんだ。どこ行くことが多い?」

「動物園」

「昔から好きだな」

「うん。動物って見てると面白いんだもん」

「魚のほうが面白いよ」

「そんなことないわ」

 まるで小さい頃の言い争いのようだ。有里は動物園が好きで、俺は水族館が好きだった。だから、週末が来ると、どちらに行くかで、よく喧嘩になっていた。そしてやっぱり、あのときも譲るのは俺のほうが多かったような気がする。でも、俺が譲っても、最終的には父が『交互に行く約束だろ?』といって有里をなだめ、毎週交互に動物園と水族館に連れて行ってくれていた。今考えると、毎週随分金のかかる週末だった。でも、金がかかるという理由でどこかへ行くのを断られたことは、一度もなかった。

「お母さん、絶対今でもお父さんのこと好きなのに」

「何でわかる?」

「他の話してても、いつの間にかお父さんの話してるもん。お父さんは?」

 そういわれても、離婚してから、父が母の話をするのをきいたことはない。話の中心はいつも俺のことと、出張先、旅行先のこと、どちらかと言えば、母のことを避けているような気もする。

「全然だめだな」

「問題はお父さんね」

「そうなのかな・・・」

 幼い頃からそうだが、俺はいつも、どちらかといえば父の味方をしてしまう。そして、有里はいつも母の味方をする。釣り合いが取れているといえば、取れているような気もするが、結果的に意見が二分してしまって、上手くいかないこともある。

「お兄ちゃんどうにかしてよ」

「無理だ。あの父さん相手だぞ?」

「お兄ちゃん優しすぎるのよ」

「有里は厳しすぎるぞ」

 そうこういいあっている間にバスが来た。ほら、十分なんて、すぐだろ?

「続きは夜ね!電話するから」

「夜?」

 明日でいいだろ・・・俺が言う前に、バスの扉が閉まる。有里は笑顔で手を振っている。俺は頷き返し、ひとりで駅に向かう。このパターンにも、だんだん慣れてきた。





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