後悔
ソファで眠っていた壮人を起こし、自分も部屋へ引き上げて眠ろうとすると、携帯が光った。着信の相手は“久峨有里”こんな時間まで起きてるなんて、有里も随分大きくなった。
「はい」
『お父さん?寝てた?』
母親似の有里の声。でも、話し方は少しきつめで、どちらかといえば、俺に似ているのかもしれない。
「今寝るところだった。どうした?」
『どうもしないの。ただ、どうしてるかなって思って』
有里は時々思い出したように電話をかけてくる。時間は大体夜、寝ようとしてひとりで寝室にいるとき。
「壮人も俺も元気だ。有里と壮乃華は?」
『こっちも元気。お母さんは一昨日から展示会でパリに行ってる』
壮乃華は華道の先生をしている。壮人と有里の母親だ。まあまあ有名な華道家として名をはせている。海外での仕事も多く、有里は一人での留守番もなれている。そういえば、有里が電話を寄越すのは、大概壮乃華が海外に行っているときだ。これは、やはり寂しいということなのか。俺を頼ってくれているということなのか。
「そうか。戸締りと火の元には気をつけろよ」
『はい』
「いつ帰ってくる?」
『あと十日』
壮乃華のことは今でも有里や壮人と同じくらい大切に思っている。だが、お互いに海外での仕事が多く、気が強いこともあって、一緒に暮らしていた頃は衝突が絶えなかった。子供達の面倒をどちらが見るか、どちらが仕事を諦めるか、そんなことばかりでうまくいかなかったのだ。
「ひとりで大丈夫か?」
『いまさら?慣れてるわ』
「そうだったな」
そんな姿を見せてきたせいか、壮人も有里も他の子供よりも一足先に大人になってしまったような気がする。なんでも自分でやり、反抗期も未だにきていない。俺たちに迷惑をかけまいとするふたりに、俺はつい最近まで気がついていなかった。
『仕事忙しい?』
「まあまあだな。月末から二週間ロンドン出張だ」
『お母さんは月末からニューヨークの展示会よ。反対同士ね』
「合わないんだな。俺たち」
昔はそんなこと思わなかった。壮乃華と出会ったのは大学時代。あの当時でも珍しくなり始めていた着物姿と、その凛とした立ち振る舞いに惹かれたのだ。最初に声をかけたのは俺だ。次にデートに誘ってくれたのは壮乃華。そんなふうにして付き合いが始まった。最初に壮乃華を見かけた日のこと、その日に壮乃華がきていた着物、締めていた帯。声をかけた日のそれも、初デートの日のことも、俺は鮮明に覚えている。壮乃華は、覚えているだろうか。
『でも、お母さん、今でもお父さんのこと好きだよ』
「そうか?」
そうならいい。有里がこういってくれるたびに、俺はいつも、そう願っている。もしも壮乃華が、今でも俺のことを好きでいてくれるのだとしたら、いつか、やり直せるかもしれない。
『うん。だって、お母さんと付き合いたがる人はいっぱいいるけど、誰とも付き合わないもの』
確かに壮乃華は美人で、頭も良くて、優しくて、俺から見ても最高の妻だった。それでも別れたのは、お互いにやりたいことが違ったから。でも壮乃華と別れたことは、今もって尚、俺の人生最大の後悔だ。
「壮乃華は強いから、きっと誰の手にも負えない」
気が強く、自分をしっかりと持っている壮乃華。だからひとりでも、有里をちゃんと育ててくれている。俺はといえば、壮人のことは、ほとんど放っておきっぱなしだ。壮人は一人で成長したようなものだ。
『でも、たまに優柔不断になるわ』
「有里のことを決めるときだろ?」
『うん』
自分のことは即断即決だが、家族のこととなると、最良のことを選ぼうとして考えすぎてしまう。壮乃華はいつもそうだ。でも、その考えている優柔不断ささえも、俺は好きだ。今でも。
「十二時過ぎたぞ。有里もそろそろ寝ろ」
『はい。おやすみなさい』
「おやすみ」
有里との電話では、大概壮乃華のことを話す。壮人もたまに壮乃華に電話している。そのときふたりは、俺のことを話しているのだろうか?そんなわけないか。今も昔も、俺の片想いなのかもしれない。
寝ようと思って電気を消すと、急に部屋がしんとした空気に包まれた気がした。そして、耳をすませると、隣の部屋から声が聞こえる。こんな時間に壮人も誰かと電話している・・・違う、声に出して本を読んでる。ふたりの男が扉を順に開けていく・・・扉にはそれぞれ注意書きがあって・・・注文の多い料理店か。これは壮乃華と別れたばかりの頃、壮人が毎日読んでいた話だ。どうして今、読んでいるのだろう?
離婚するとき、壮人と有里はちょうど小学三年生に上がるときだった。それまで住んでいた家を売り、壮乃華と有里は壮乃華の実家である京都へ移り、俺は壮人を連れて、このマンションに引っ越してきた。あのとき、有里は壮乃華を、壮人は俺を選んだ。俺はずっと不思議に思っていた。なぜ壮人は、誰よりも厳しくしてきた俺についてきたのかと。だが、今考えればすぐに分かる。有里と相談したのだ。壮乃華は有里に華道家としての跡を継がせたがっていたし、俺は俺で壮人に武道を続けさせたかった。だからふたりは相談して、それぞれに付いてくることにしたのだ。子供ながらのふたりの気遣いだった。親である俺と壮乃華は、そのことにさえ気づけなかった。
それから何年か経ち、壮人と有里が中学に上がるとき、壮乃華は京都から神奈川へと引っ越してきた。東京に近くて、自然が多くて空気の綺麗なところに住みたかったのだ。
そういえば、有里にもしばらく会ってない。神奈川に越してきたばかりの頃は、月に一度くらいの頻度で会っていたが、ここ一年ほどは、出張が多くなり、家を空けている時間も長いので、会う暇がない。時間を作ろうとしなければ、同じ家に住んでいながら、壮人とゆっくり話をする時間さえもないほどだ。
「一時か・・・」
パリは今何時だろう?壮乃華は何をしているのだろう。仕事は終わっただろうか?夕食は食べただろうか?誰と一緒にいるのだろう?展示会は成功しているだろうか?
考え始めたら、壮乃華のことが頭から離れなくなった。メールをしようかと思ったがやめた。別れてから壮乃華のことは有里と壮人を通す以外は、たまに雑誌のコラムで顔を見るだけだ。直接会ったことは一度もない。会えばまた衝突するような気がしてずっと避けている。俺は臆病で、壮乃華は勇敢だ。
壮乃華はたまにメールをしてくるが、俺のほうからしたことは一度もない。壮乃華がくれたメールに返信するだけ。電話をくれることも何度かあるが、一緒にいた頃のように言い争いになるのが怖くて出たことはない。ここ一年ほどは、有里の進路の相談などがメールで送られてきて、そのメールだけはまじめに返していた。だが、有里も壮人も高校受験が終わり、どちらも無事に志望校に合格した・・・壮人の学区外の公立高校への進学には反対だったが、一度も逆らったことのない、壮人の初めての頼みだったから、三年間だけはと思って見逃した。受験が終わったから、しばらくメールは着ていない。次にそんな相談がくるのは、大学受験の頃か・・・。三年後も、壮乃華は俺を頼ってくれるのだろうか。
「いい加減に寝るか・・・」
壮乃華のことばかり考えている間に、二時になった。いざ眠ろうと目を閉じると、また携帯が鳴った。今度も電話だ・・・着信相手の名前は“久峨壮乃華”。カラフルなライトを点滅させ続ける携帯を手に、しばらく考える。壮乃華の着信は、必ず7コールで切れる。付き合い始めたときからずっとそうだ。
4コール、5コール、6コール、7・・・。
「はい」
7コール目が鳴り終る前にボタンを押した。
『でた!』
電話の向こうから、壮乃華の驚いた声が聞こえた。懐かしい声・・・。
「壮乃華がかけたんだろ?」
『一度も出てくれたことないじゃない』
確かにそうだ。
「でないほうが良かったか?」
『そんなこと言ってない。今、どこにいると思う?』
「ムーランルージュの前」
『有里からきいたのね』
「ああ」
『有司の好きなワインを見つけたの。お土産に買って帰るわ』
有司・・・久しぶりに呼ばれた自分の名前は、なんだか自分のものの気がしない。今の生活では、名前で呼ばれることなど、ほとんどないから。
「ありがとう、楽しみにしてるよ」
別れたあとも、壮乃華は仕事でもプライベートでも、海外に行くと、必ず俺の好きなものを土産に買ってくる。そして、有里に持たせて寄越すのだ。壮乃華の買ってくるそれは驚くほど正確に俺の好みを見抜いており、毎回毎回驚かされる。
そんな壮乃華だから、俺も海外へ行ったときは壮乃華が好きそうなものを買って帰る・・・だが、一度も渡したことはない。彫金のペンダントも、カメオのブローチもイタリア製の革細工の鞄も、フランス製の香水も、ミルフィオリの小物入れも、全部買ったときのまま、昔壮乃華がくれた細かい彫刻入りの大きな木箱に仕舞ってある。その木箱ももういっぱいだ。今度のロンドン出張の土産はどんなに小さなものを選んだとしても、多分もう、箱には収まらないだろう。
『壮人は元気?』
「ああ」
『高校のこと、なんか言ってた?』
「まだ二日目だからって・・・弓道、やり始めたぞ」
『剣道、やめたの?』
「そうらしい」
『有司はそれでいいの?』
壮人に剣道を習わせ始めたのは俺だ。俺も小さい頃から大学時代まで、ずっと剣道をやっていた。そのせいもあって、壮人にも同じことをさせたかったのだ。逆らうことを知らない壮人は、ずっと黙って俺の剣道に付き合ってきてくれた。だが、今ようやく、自分自身でやりたいことを見つけたらしい。だから俺は、壮人が剣を置くことに、反対はしなかった。
「壮人が決めたことだからな」
『しばらく話さないうちに、随分寛大になったのね』
「そうか?」
言いながら、そうかもしれないと思った。剣道をやめるなど、昔の俺だったら、許していないのかもしれない。俺は壮人を、自分の思うとおりのことをさせて、俺そっくりに育てようとしていたのかも・・・。
もしも昔の俺に、今くらいの寛大さがあったら、壮乃華といまも、夫婦でいたのだろうか。そんなことをふと考えたが、壮乃華には言わなかった。答えを聞くのが、怖かったから。
『有里も、華道はやめるって』
そして壮乃華も、俺と同じように、有里を華道に縛り付け、自分の思うとおりに育てようとしてきた。壮人と同じで逆らわない有里は、ずっと黙ってそれに従ってきた。だが今、ついに壮乃華に反旗を翻したらしい。
ただの兄弟以上に双子は似ている。壮人と有里は、同じ時期に、自分のやりたいことを見つけ、親である俺たちから、少しずつ離れていこうとしている。だが、これでいいのだ、きっと。
「今度は、何をやるって?」
『茶道』
「茶道?」
あまり変わらないじゃないか・・・そう言いかけてやめた。素人の俺には変わらなく思える二つは、プロの華道家である壮乃華からしてみれば、きっとまったく違うものなのだろう。この一言を言わないことで、ひとつ衝突が回避できた気もした。
『でも良かった。有里は私に似て、着物が似合ってるから』
「そうだな」
結婚していた頃、壮乃華はほとんど毎日着物姿だった。今もそうだろう。職業柄でもあり、着物を着て花を活けることが、壮乃華の信念のようでもあった。俺はびしりと着物を着ている壮乃華が好きだった。多分、今でも好きだ。
『今いる部屋、夜景がすごく綺麗なの』
「夜景なんか好きだったか?」
俺の知っている壮乃華は、夜景には興味がなかった。人口の光よりも、天然の・・・星や月を眺めるのが大好きだった。
『ううん、ただ、有司だったらそういうかと思って』
「そうか」
そう、夜景の綺麗な場所にデートに連れて行くのは俺の役目だった。でも、今考えるとあれはほとんど自己満足で、壮乃華は全然楽しんでいなかったのかもしれない。むしろ、上から夜景を見下ろすよりも、下から星空を見上げている時間のほうが多かったのかも。もしかしたらあの頃から、俺たちは既に行き違っていたのかもしれない。ただそれに、気づかなかっただけで。
『今でも、夜景を見に行ったりする?』
「いや」
夜景はひとりで見に行くものじゃない。一緒に見に行ってくれる人がいないと・・・そしてその相手は、俺の場合には壮乃華以外は考えられない。少なくとも、俺はそう思う。
『どうして?』
「ひとりで見に行けって?」
また言ってしまった。この俺の言い方がいけないのだ。
『そんなつもりじゃないわ』
そしてこの壮乃華の答え方。目の前にいたら、喧嘩に発展しそうな始まりだ。危ない。やっぱり、俺はまだまだだめだ。そう思いつつも、俺はもうひとつだけ意地悪な質問を重ねた。
「じゃあ、壮乃華は今でも、星空を眺めに行くか?」
俺の質問に、壮乃華はしばらく考えていた。行くとしたら、誰と?俺はそう聞きたかった。
『しばらく行ってないわ。きっと、有司と北海道で見て以来』
北海道に言ったのは、離婚する一年前の結婚記念日。壮人と有里を俺の両親に預け、二泊三日で久しぶりのふたりきりの旅行だった。旅行は好きだし、それは壮乃華も同じだった。だから、大学時代は金がたまればすぐにふたりで旅行に出掛けた。だが、仕事を始めてからは、ふたりとも度重なる海外出張に疲れ、旅をすることに少し、うんざりしている部分もあったのかもしれない。あまり旅行には行かなくなった。
「そうか」
壮乃華の答えに、自分がすごく安心したのがわかった。やっぱり、今でも壮乃華のことが好きだ。誰にも取られたくないと、今でも思っているのだ、俺は。
『じゃあ、今度行きましょ』
「どこへ?」
『きれいな夜景と、星空が見えるとこ』
そんなに都合のいい場所が、あっただろうか。日本を出れば、もしかしたら見つけられるかも・・・もしそれを見つけることができたら、もう一度壮乃華と・・・。
『両方一度にじゃなくてもいいわ』
俺が考え込んでいると、壮乃華が助け舟をくれた。昔と変わらない感じ。今すぐ、壮乃華と会えそうな気がした。
「探すよ。きれいな夜景と、星空が同時に見える場所」
『楽しみにしてるわ』
俺もだ・・・でも、その言葉は、いまはまだいえなかった。
「壮乃華、俺、そろそろ寝るぞ」
二時半・・・明日は五時起きだ。このままでは朝起きられなくて、また壮人に起こしてもらうようだ。離婚してから、俺は起きられなくなったと思う。昔は壮人よりも早く起きて、壮人に素振りをやらせるのが日課だったのに。
『もう寝るの?』
「もうって、真夜中だぞ」
起きられなくなったんじゃない。どちらかといえば、きっと眠れなくなったのだ。
『そんなに長く話してた?』
「いや。でも、壮乃華が電話をくれたときから、日本は既に真夜中だったよ」
『やだ!ごめん』
時差のことをすっかり忘れているのも、壮乃華らしい。
「いいよ。じゃあ、寝るぞ」
『おやすみなさい。久しぶりに声を聞けてよかったわ・・・次に電話したときも、出てもらえる?』
出られる自信はなかった。でも出ようと努力はする。
「仕事じゃなければ」
言いながら、これは出る自信がなかったときの言い訳なのかもしれないと思った。
『なるべく夜にするわ・・・真夜中じゃなくて』
「わかった。おやすみ、無事の帰国を待ってる」
電話は壮乃華が先に切る。電話が切れたあとのあの音を聞くのが嫌いだからだ。
寝ようと思って電話を切ったのに、かえって眠れなくなった。久しぶりにきいた壮乃華の声が、俺の目を覚ましてしまったらしい。眠れないまま二度三度と寝返りを打つと、隣の部屋から、まだ壮人が注文の多い料理店を読むのが聞こえた。
「・・・いつまで読んでるんだか・・・」
離婚したばかりの頃、最初は壮人を学校の学童へ預けたが、壮人はそこへ上手く馴染めなかった。友達は多いが、他の子供達のように、特別に仲の良い子はいなかった。他の子供たちよりも先に大人になろうとした壮人は、他の子供のように子供らしい遊びをすることもなく、今思えば、あの歳の子供にしては異常なまでに、勉強ばかりして、教科書ばかり読んでいた。
あれは、誰かにかまってもらいたかった心の現われだったのだろうか。あの頃の俺は、ただ壮人のことを勉強ができて、大人の言うことをとてもよくきく、素直で自慢の息子、としか思っていなかった。あのとき、壮人が素直すぎることに気づいてやっていたら、何か変わっていただろうか。
あの頃の俺には、壮人を普通の子供と比べる余裕などなかった。自分のことで、本当に精一杯。あの頃、壮人にしてやったことなど、多分、一つもない。むしろ、壮人が俺にすべての事をしてくれた。朝は起きられない俺を起こし、危ない手つきで朝食を用意し、俺にコーヒーを淹れてくれた。俺が仕事に出掛けるのを見送って、自分は朝食の食器をきれいに洗って片付け、一人で鍵をかけて、後から学校へ出掛ける。その日がごみの日であればごみも出してくれる。壮人とふたりで暮らし始めてから、俺がごみ出しをしたのは、壮人が小学校の二泊三日の修学旅行で家を空けたときのたった一回だけだ。中学の修学旅行のときは、ごみを出し忘れた。壮人は当然それに気づいたはずだが、何も言わなかった。
授業参観はもちろん、運動会に行ったのも一度だけだ。家庭訪問さえ、二度も忘れた。二度とも壮人は何も言わなかったから、俺は自分が家庭訪問をすっぽかしてしまったことを、後になって、担任の先生から聞いた。だが、それでも先生には褒められた。壮人のもてなしは完璧で、学校での態度も良く、成績も良く、友達も多く、問題は何もない。子供にしては出来すぎた、その完璧さが問題だということに、俺が気づいたのはつい最近のことだ。
中学三年生のときの三社面談。俺は当然、壮人を私立の高校に進学させるつもりだった。だが、壮人が事前に担任の先生と進路指導の先生に提出していた進路票には、第一志望校は“神奈川県立秋沢高等学校”と、壮人のきれいな字で書いてあった。俺は心底驚き、壮人をその場で怒鳴りつけた。担任の先生が慌てて止めに入るくらい激しく、壮人を問い詰めた。だが、そのとき初めて、壮人は俺の言うことをきかなかった。そして、なぜその学校に進学したいのか、その理由さえも、俺は聞きだすことができなかった。そして、それはいまも続いている。壮人が三年間を過ごし終える頃、俺にその謎は、解けているだろうか。
そんなことを考えている間に時計は三時に・・・壮人はもう、寝てしまったようだった。
その夜・・・短い眠りの間に、俺は夢を見た。それはおかしな夢だった。
夢の中に兄が出てきた。今の俺よりも、ずっと若い兄。兄の年を越えて、もう何年経っただろうか。
兄は度々俺の夢の中に現れる。そしてそれはいつも、仕事が上手く行かなかったり、人間関係に悩んだり、壮人のことを心配したり、そんな、俺が行き詰って弱っているときだ。そしていつも、俺がどうすればいいのかを教えてくれる。・・・どれがよくない、これがよくない・・・あれはよかった、これはこうしたほうがいい・・・仕事のことも、家庭のことも、何でも知っていて常に的確なアドバイスをくれる。兄は、俺の守護神なのだ。
でも、今日の兄は何も言わずに、心配そうな顔で俺を見ている。俺が声をかけても、何も返してはくれない。いつもの兄なら、俺に何か話しかけてくれるのに・・・でも、今日の兄は、何も言う気がないらしい・・・俺はどうしていいかわからずに、ずっと兄の前に立っていた。この夢は、いったいどういう意味なのだろう。