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ひとりの帰り道  作者: 本田
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家族

「いったい何するつもりだ?」

今日は、8月31日。夏休みの最後の日だ。休みの間は東京のマンションと部活と本田の本家の往復で過ごしていた。祖父も祖母も落ち着いて、母も有里も本田の家にしょっちゅう顔を出している。来ないのは、父だけだ。でも、今日は一緒に連れてきた。

「ただ夕ごはん食べるだけ。夏野菜たっぷりのカレーを作るから」

 本田の庭で母が育てた野菜が、少しずつ実り始めた。つやつやに光るトマトと茄子は宝石のようにきれいで、きゅうりはしなやかに曲がっている。ジャガイモとか人参とか、カレーの定番の野菜は足りないけど、今日は母が作った野菜を中心に入れるつもりだ。料理をするのは、今日はきっと、俺と母さんの番。片付けは、父さんと有里かな。

「カレーならうちで作ればいいだろ」

 父は文句を言いながらも、運転し、俺達は確実に本田の本家に向かっている。

「カレーなんか作ったことないでしょ?」

 そう、ひと鍋にどんと作るものは、何日も食べ続けなければならないから作らない。

「じゃあ、作ればいい」

「ふたりしかいないのにひと鍋作ったら、何日もカレーだよ。だから、6人のほうがいいと思って」

「そうか」

 俺の言葉で説得できたのかどうかはわからないけど、言い合っているうちに本田の家に着いた。家の前には先にライムグリーンの車が停まっている。向こうのほうが先に着いたらしい。

「ただいま」

 最近は学校帰りによることも多いから、この家に入るときも“ただいま”になった。有里も母も、そういっているということが、俺はすごく幸せだ。

「・・・ただいま」

もちろん、父も。

「あら、お帰りなさい」

 出迎えてくれるのはいつも祖母。祖父は縁側か居間にいて、新聞や本を読んでいたり、母と畑の話をしていたりする。最初は違和感があその光景も、この一ヶ月の間に当たり前になっていた。

「珍しいわね?有司も一緒なんて」

「壮人がどうしてもって」

「だって、今日は平日だよ。俺だけここで夕ご飯食べても、家に帰ってまた父さんの分作らなきゃいけなくなるのは面倒だからね」

 これはもちろん口実だけど、そんなことはどうだっていい。今日、俺の大切な家族が、みんなで顔を合わせて一緒に夕食を囲むことが重要なんだ。それをするためなら、多少の口実は許される。

「さあ、もうふたりは着てるわ」

 母と祖父と有里は縁側に座っていた。3人で空を眺めている・・・並んだ後姿がとても微笑ましく見える。俺が空を眺めるのが好きなのは、遺伝なのだろうか?

「いい空?」

「うん、あの雲、お兄ちゃんは何に見える?」

 有里が指差すほうに、小さな雲がひとつ。それは俺の目には、何かふわふわした動物のようにも、魚のようにも見えた。

「魚かな。有里は?」

「仔猫。お父さんは?」

 俺と父、祖母も一緒に縁側に座る。

「さあ・・・雲は雲にしか見えないな」

「夢ないね」

 少しあきれて、小さく溜め息をつく有里。まあ、父さんなんてこんなもんだよ。

「よし、みんなきたから、収穫に行こう!」

 母は祖父からもらった収穫用のかごを手に、嬉しそうに笑う。母が自分の作った野菜を収穫して食べるのは、今日が初めてだ。いままでもいくつか食べられそうな茄子やトマトがなっていたが、母は“食べるときはみんなで”といって譲らないので、取らないで取っておいた。

「カレールーと鶏肉しか買ってないよ」

「大丈夫!結構たくさんできてるから」

 かごを抱えた母の後について縁側を離れた。

「お父さん!」

「3人で充分だろ」

 有里の呼びかけに、縁側から腰を上げようとしない父。家族行事に参加してもらわないと困るよ。

「いいから有司も来て!」

 母に呼ばれ、ようやく腰を上げた。ゆっくりとこちらへ歩いてくる。母の畑まで、あと三歩くらい・・・。

「みて!」

 自慢げに言う母は、子供のようだ。昔からだが、有里は大人びていて、母は子供っぽい。

「この前来たときより結構いい具合だね」

 夏らしくいい色に輝く緑の間に、赤や黄色、紫色の野菜がつややかに顔を除かせている・・・祖父の作った野菜にはまだまだ負けるけど、このまま食べても美味しそうだ。

「とらないのか?」

 しばらく畑を眺めたあと、動かない俺たちに父が言った。

「とって」

 母は鋏を父に手渡す。母は最初のひとつを父に収穫してほしかったのだ。だから今日まで、父がここに来るまでひとつも何もとらずに来た。それを知っていたから、有里も俺も鋏を手に、ただ眺めていた。

「鋏なんか要らないだろ」

 父は素手で茄子に手を伸ばした。

「痛っ」

「茄子のへたにはとげがあるのよ」

 悪戯っぽく微笑む母と、恨めしげに睨む父。

「だから鋏」

「いらない」

 結局、父は茄子のへたに顔をしかめながらも、素手で最初のひとつを収穫した。

「ほら」

 母の抱えたかごの中に放る。つややかな紫色の表皮は暮れかけた夏の陽を浴びてきらきらと光る。

「きれいだね」

「うん」

 最初のひとつの収穫が無事に終わったので、有里と俺もそれぞれ野菜に手を伸ばした。大きさの揃わないトマトと、曲がったきゅうり。店先に並ぶものみたいに揃ってないけど、どれもつややかできれいだし、きっとずっと美味しいだろう。

「なかなかの出来でしょ?」

「作った人に似てる」

 自慢げな母と、頷く父。

「どういう意味?」

 母の言葉に、父はからからと笑うだけだった。でも、俺にはなんとなくわかった気がする。

「見た目はきれいだけど、強情で扱いづらいって?」

 有里もそう思う?

「かもね」

 小さな畑の収穫はあっという間に終わった。でも、母が抱えたかごの野菜は結構な量になっていた。ひと鍋分のカレーには充分かな。

「さ、帰ってご飯にしよう」

 久しぶりに聞く母のこの台詞・・・家族と一緒に同じ家に帰って一緒に夕食を囲む。ある人には当たり前のことかもしれないけど、俺にとってはこれが、何よりも大切で幸せなこと。

「今夜は私と壮人に任せて」

「ああ」

 父は母から野菜のかごを取り上げて先に歩き出した。

「ちょっと待って」

 その後ろを母が追いかけていく。父が少し歩調を弱め、母が追いついて、ふたりは並んで歩く。

「我が両親ながら、素敵なカップルね」

「そうだね」

 有里と俺はその後姿を眺めながらゆっくり歩く。はしゃぐ両親と見守る俺たち。結構昔からそうだけど、我が家は親子が逆転してる。

「いい夏だったね」

「うん」

 暑い日はまだまだ続きそうだけど、とりあえず、今年の夏はいい夏だった。

「ほら、一番星」

 ようやく薄暗くなり始めた空。空気は太陽の灼熱から、月の静寂へと変わろうとしている。俺が一日の中で、一番好きな時間。移りゆく空の色を、空が濃紺になるまで、月と星が輝くまで、本当は次に太陽が顔を出すまで・・・ずっと眺めていたい。

「壮人!」

 縁側から父が呼んでいる。

「今行くよ」

「ビールが飲みたい」

 麒麟のジョッキを掲げる。ビールはもう、なみなみと注いであった。

「お好きにどうぞ」

 明日は始業式だけど、今夜は家に帰れそうもない。





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