XX 48 XX ルチアーノ☆ファンクラブ!?
~エンゼ視点~
窓から差し込んだ光を浴び、キラキラと眩しい笑顔を向けてくるルチアーノ=セレアンスロゥプの言葉が遠く聞こえる。
「えへへ、私、今回の小テストは結構良い点取れたんだよ!! どうかな?」
テストを掲げ、私の目の前に立っている彼女に対し、私は胸を張ってクイッと顎を上げる。
「その程度の点数に満足するなんて、おめでたい頭ですわ!!!」
それだけ吐き捨てるように言い、私はフラウとリコリスを引き連れ、教室から去った。
イライラしたまま足早に自室へと戻り、荷物を床に落とす。唯一、握りしめていた紙を余計にクシャクシャにしながら、私は叫んだ。
「なああぁぁんで、ルチアーノ=セレアンスロゥプの方が点数が高いのッ――ですわあああああぁぁぁ!!!」
吠えるように声を張り上げると、ホログラムで作製された無駄にキラキラした霧まで震えた。いつもは心を落ち着かせてくれる月夜の精霊の森を模した静かで優しい自室も、今日だけは効果を示してくれない。
「1点差ですけど、負けは負けですね」
リコリスの冷静な声に、思わず天蓋付きのベッドへと逃げるようにダイブする。
「ルチアーノ=セレアンスロゥプもかなり頑張っていましたし、エンゼの苦手教科ですから仕方ありませんの」
フラウに頭を撫でられ、思わず口を尖らせてしまう。
「苦手科目であっても私は手を抜いたつもりなんてありませんわ。なのに……あんな――たった数日頑張っただけの彼女に負けるなんて……あんまりですわ!!!」
「「エンゼ――」」
「そもそも、何なんです――あの、キラキラ笑顔わ!!! 幻覚で猫耳と尻尾まで見えてしまいましたわ!?」
「「…………」」
「私はあの笑顔に騙されたりしませんわ! 可愛いなんて思ったりしませんわ!! ああ、なんてイライラするのでしょう! もう!! こんな時は、お菓子作りで癒されるに限りますわ!!!」
言いたいことだけを言い、私は自作のピンクのエプロン――もちろん、フワフワのレースをこれでもかというほど付けた――を掴み、専用のキッチンのドアへと手をかける。
「エンゼって――ルチアーノ=セレアンスロゥプのこと、結構気に入ってますよね?」
「は? リコリス、何を言っているの――ですわ!?」
「まあ、無理もないですの。エンゼは可愛いものが大好きですし、その中でも猫は――」
「か、かかか、勘違いは止めてほしいですわ! 確かに猫は大好きですわ! それに、彼女の何にでも真っ直ぐに立ち向かうあの心意気も嫌いではありませんわ!! でも、でも……誰が、あんなあんな――【巨乳】を可愛いだなんてッ――私よりも身長だって大きいですし、戦闘能力だって可愛げがないくらいですわ!! 貧乳なめんなですわ!!!」
(あ、言ってて虚しくなってきましたわ……で、でも、貧乳は垂れ下がることもないし――いや、彼女、なんかやたら美乳でしたわ……こう、ボリューミーな――調査の一環とは言え、正直、彼女の入浴シーンなんて見なきゃ良かったですわ……)
「エンゼ、自分で言って自分で落ち込まないで下さいね」
「エンゼ、大きな胸は戦闘時に不向きですの。私はそぎ落としたいくらいですの……」
フラウが自身の大きな胸を下から持ち上げる様を見て、思わず自分のツルペタを見る。もはや、そぎ落とす所などないのではないかと思うほどの平坦さに、余計に気分が沈む。
(やっぱり、パッド仕込もうかしら――ですわ……)
「フラウも返しに困る発言は控えてほしいですね」
リコリスの呆れたような発言に、ようやく論点がズレていっていることに気付き、顔が赤くなる。
「と、とにかく、私はまだルチアーノ=セレアンスロゥプを完全に認めたわけではありませんわ!!」
「そう、残念ですの」
頬に片手を添え、困った表情をするフラウの言葉に、リコリスが朱ぶち眼鏡のブリッジを押し上げる。
「あと彼女を認めていないのは、エンゼだけですからね」
「どうせなら、もう少しだけ仲良くしたいですの」
「彼女に必要以上に辛く当たる演技は疲れますし、認めてしまってからは少し無理が出てきてしまいましたしね」
2つのため息に、少しだけ胸が痛む。
(う、それでも、私は彼女を簡単に花嫁候補だと認められませんわ。フェル様の今後のためにも、花嫁様には種族的地位の高さが大切になってきますから、彼女には足りないそれらを凌駕するほどの何かがなくては――)
「あ、でも、絶望的な表情の彼女も可愛いので、もう少しだけなら良いかもですの」
「フ、フラウ――? 私が言うのもどうかと思いますが、それはどうかと思いますわ!?」
頬を髪と同じくらいピンクに染めたフラウが、両頬に手を添える様子に、ただならぬ危うさを感じ、思わずツッコミを入れてしまう。
「フラウは案外いじめっ子ですよね。ああ、でも、彼女のシュンとした時の表情は可愛いですから、気持ちは分かりますね」
ほぼ無表情なリコリスにしてはかなり珍しい頬を緩めた表情に、思わず絶望的な声が出てしまう。
「リ、リ、リコリスまで――!? 二人共、正気に戻って下さいですわ!! そもそも、そんなに早くルチアーノ=セレアンスロゥプを認めてしまってどうするのですわ!? 最初に皆で決めたことを忘れてはいけませんわ!!」
「花嫁候補が現れたら、フェル様に相応しい相手か見定めるため、厳しくすること――ですの?」
「厳しくすることによって、相手の本質を見抜く――でしたよね? 」
真面目な表情へと戻った二人に、私は満足げに胸を張った。
「ええ、そうですわ!! その時のために、私は数々の決め台詞まで用意していたのですわ!!!」
「ああ、そういえば、華籠で彼女を送った時に言っていた『これから覚悟なさい――ですわ』は、悪役令嬢っぽくて決まってましたの」
「この間の抜き打ちテストの時も、いい感じに彼女にキツイ言葉を投げかけていましたね」
「ふふん、いつか来るこの日のために、何度も何度も練習していたので当然ですわ!! それなのに――貴方達が簡単に彼女に心を許してしまっては、花嫁候補の試練になりませんわ!!!」
「え~、だって、彼女、戦闘能力は私以上ですの。それに、あの真っ直ぐな心――彼女は昔からずっと変わらず、やっぱり私の憧れですの」
「私は彼女に心を許したわけではありませんが、彼女の努力や考えは認めてやっても良いかと思っているところですね。ただの怪力天然馬鹿ではなく、彼女なりに頑張ってきたことは分かったので……あと、彼女の性根、嫌いではありませんので――ね」
「フラウにリコリス!? すっかり骨抜きになってしまって――ま、まったく、ダメダメですわ!!!」
「あらあら、エンゼ、逆に何故そうまで反発するんですの? 確かにフェル様と並ぶには色々と足りない部分がありますが、彼女は努力することを知っていますの。それに、他者を魅了する心――あ、そういえば、エンゼにはまだ言っていませんでしたが、彼女の魅力に突き動かされて、生徒達の間にファンクラブができたんですの♪」
「ファンクラッ――!? ちょ、待ってくださいですわ!! それ、初耳ですわ!? い、いつの間にそんな――」
「ちなみに、私はファンクラブNo.002ですの」
「フラウゥゥッッ!? な、ななな、何をしているのですわ!?」
「あと、リコリスはファンクラブNo.001なんですの」
「リコリスまで何やっているのですわ!?」
フラウにファンクラブメンバーだと暴露されたリコリスが、少しだけ気まずそうに目をそらす。
「…………何事も、やるのであればNO.1になりたい性分でしてね」
「そ、そんな所でそんな性分を発揮しないでいただきたいですわ!? そもそも、No.001とNo.002ということは――」
「お察しの通り、私達がファンクラブ創設者ですね。後で入る可能性があるのならば、先に創設してしまえと思いまして……ね」
「はいはい、リコリス、遠い目しないでくださいですの! あと、実はNo.000っていう――」
「こ、こここ、この裏切り者おおおおおぉぉぉぉ、ですわあああああぁぁぁ!!!」
こうして私は、フラウの言葉を遮り、半分泣き叫びながらキッチンへと駆け込んだのだった……。




