XX 46 XX 油断は禁物
自室の扉を開き、軍服の上着を椅子へと投げ捨て、そのままベッドに倒れ込むように直行する。
頭を巡るのは、さっきの男子学生の言葉――
『嫁候補には充分すぎるくらいだと思いますよ? あの戦闘能力と怪力は潜在的なモノのようですし、うちのコミュニティにぜひ欲しいところですね。まあ、それよりも、天然モノは競争率が高いのが難点ですが……あれほどの逸材なら、一妻多夫になるんじゃないですか?』
(さっきは、フラウへの侮辱とそれを黙って聞いてるだけのフラウにしか意識向けられなかったけど――)
「何あの超っっっっっ絶、高評価!!!」
冷静になった今、顔が真っ赤になった。
(嘘でしょ!! ゲームじゃ、そんな描写1つもなかったよ!?)
「もしかして、私の怪力って――モテ要素だったの? え、何それ、何その情報! 聞いてないし、知らないようぅぅ……」
(私、前世と同じようにモテない人生――ま、まあ、変態とかストーカーとか、変な人種(?)や一部の特殊な方々にはモテてたような気がしなくはないけど……と、とにかく、ただのイケメンに欲しいって言われるほどのモテ力が今の私にあるとは!!!)
ベッドの上で一通り悶えた後、私はそこでハッとした。
(あれ? でも、ちょっと待って、よく考えて私……)
ゴロンと大の字になり、ベッドの上のピンクの天蓋を見つめる。
「なんだ……私自身じゃなく、私の潜在能力がほしいってだけで、私自身が好きでほしいって訳ではないのか?」
高揚していた気持ちが一瞬で鎮火する。
(ああ、なんか、これ……漫画とかでよく見かけるやつ? 地位や権力、容姿――そんなモノに惑わされないで、私自身を見てほしいとか、あんな感じのやつなのかな?)
「うーん、まあ、いっか。潜在能力も私の一部だし――とにかく! "普通”のイケメンに私が魅力的に映ってるのは良いことだよね!!」
(普通って素晴らしい……)
「さっっすがルチアッス!!」
「どわああぁぁぁ!!!」
普通という言葉を噛みしめていた私のすぐ傍で唐突に響いた声に驚き、飛び跳ねるようにバク転をしながらベッドから少しだけ遠ざかる。
反射的に武器を構えてしまったが、声の主に気付き、ため息が出た。
「ちょっとリヒト、毎度毎度唐突に現れるのやめてくれない? まったく、シェロンといい、あんたといい……何? 新世校ではそうやって気配消して突然現れるのが流行ってんの?」
「驚かせちゃってごめんッス~。でも、前と違ってすぐに殴らずに距離を取れるようになってて、俺、感激ッス!!!」
「殺気もなかったからね……」
武器をホルダーに納めると、リヒトがスルリと傍に近寄ってきた。
「ホント、成長したッスね~。あ、さっき、君自身も言ってたけど、潜在能力なんてただのアクセサリーッスよ。君はその輝きを引き出し、君の魅力を存分に発揮できている。だからこそ――今、様々な輩が君を欲しがっているッス。この結果は全部、君の長年の努力が実ったからなんスよ」
三つ編みを揺らし、ニッコリと笑った彼は、そっと私の頭を撫でる。
「本当によく頑張ったッスね~」
「あ、うん、ありがとう?」
(……てか、さっきはフラウとあの男子学生達しかいないと思ってたんだけど、なんで知ってんの? え、正直、怖いんだけ――)
「でも――」
「ん?」
「気を緩めすぎッスよ?」
「ファッッッッッッッ!?!?」
一瞬で足払いを受け、身体が反転する。
抵抗を試みようとした結果――
軋むベッドのスプリング、ボタンがはじけ飛んで胸元が全開になった乱れた軍服、サイドテーブルに置いていた水が倒れたせいで濡れてしまった身体――
うん、何故かとんでもなく、あられもない姿となってしまったリヒトがそこにいた……。
もちろん、彼に馬乗りにまたがっているのは私だ。完全に私が彼を襲っているようにしか見えない構図に絶望した。
(え、何これ?…………何故、この態勢に? 普通、リヒトが上になっちゃって、私が『男の人の力ってやっぱり強い――』とかなんとか、ほら、ちょっとした恐怖やらトキメキやらをね、うん、何かしらを感じるイベントとかだったんじゃないの?)
「イヤン、ルチアのエッチ~」
自身を守るように両肩に手を置き、身体をクネクネする彼にげんなりする。
「リヒトも茶化さないで……今、気が緩んでてもこれぐらいできちゃう私って――って落ち込んでるんだから」
「あはは、ルチア、そう落ち込まないで下さいッスよ~」
屈託なく笑う彼に、深いため息を返す。
「ああ、もう、そもそも、あんた何がしたかった――」
カシャン――
「ん? カシャン……?」
右手に突然触れた硬質な手錠の感覚に驚いていると、耳に彼の熱い息がかかった。
「本当に不用心ッスよ? ルチア」
「ッ――!?」
(この手錠!! 私が寝る時に使ってる怪力制御装置!?)
いつもはこの手錠に掛かっている魔力術式のおかげで、寝ている間に近くの物や壁を壊さなくて済むから、快適な睡眠をサポートしてくれるグッドアイテムなんだけど――今はマズイ!!!
急速に身体の力が抜け、崩れ落ちるように彼の腕の中へと飛び込んでしまう。
「ちょ、何す――」
(こんなに力が抜けるなんて――手錠に何か細工されてる!?)
「ほら~、君がいくら強くっても、気の緩みは命取りッスよ~」
ギュムギュム抱きしめられ、身体――というか主に私の大きな胸が、ぴったりと彼の身体に密着し、ギュムギュムされる度にタユンタユンしている。
(え、わ、ななな何これ!? 今度こそ、何この状況!? え、どうしよう、これどうしたら良いの!!!???)
「――ってか、あんた、スイートハニーとやらがいるんでしょ!? こんなんして、誤解でもされても知らないからな!!!」
「マイスイートスイートハニーとの絆はこんなことじゃ切れないから安心してほしいッス☆ あ、もしかして、妬いちゃったんスか? わあ、俺ってば罪作り~♪ ――って、あれれ、殺気? もう、そんなにからかいがいあると、逆に離したくなくなっちゃうじゃないッスか~」
「こ、の――身体が動くようになったら覚悟し・と・け!!!」
「熱烈な歓迎ありがとうッス♪ ま、これに懲りたら、鍵の閉め忘れなんかしないことッスね~」
「鍵――?」
「あ~、やっぱり気付いてなかったッスか……。扉なんスけど、閉めただけで施錠されてなかったッスよ~。最近物騒なんスから、気をつけないとダメッスよ? まあ、抜けているところも可愛いッスけど――」
一度ギュッと強く抱きしめられた後、両頬をそっと包まれ、息がかかるほど間近に彼の真剣な顔が迫った。
「君は魅力的なんスから、もっと危機感持って下さいッス」
「ゴ忠告、ドウモアリガトウ」
身体は口くらいしか動かないが、恥ずかしさを隠すように精一杯の殺気を込めて睨みつけると、彼はニッコリと微笑んだ。
「どういたしましてッス――っと、そろそろ、君の騎士達が戻ってきちゃう頃ッスから、俺は帰るッスね」
「え、ちょ、これ、本気でこのまま――」
スルリと私の下から抜けた彼は、にんまりと笑った。
「じゃあルチア、また今度ッス~」
「うおおおぉぉぉい!? 手錠外してから行けえええぇぇい!!!」
暴れ回ったせいでうつ伏せになってしまい、無情にも扉が閉まる音が聞こえたが、窓から飛び込んできた第三者が、私の叫びに反応してくれた。
「大丈夫!!!??? ルチア!!!」
「――え? あ、シェロン???」
「待ってて、今、外してあげる」
「う、うん……あり、がとう?」
いつも通り不法侵入だが、今日ばかりは助かった。うつ伏せ状態で彼の姿はまだ確認できないが、息の乱れ具合から本当に急いで来てくれたのだろうことに、少しだけ胸が熱くなった。
(もしかして、異変を感じ取って駆けつけてくれたの……?)
異変を感じ取った手段がなんであれ、そこまで必死に私を心配し、私のために来てくれたという事実が少しだけ嬉しかった。まあ、異変を感じ取った手段はなんであれ、うん……。
「ごめん、ちょうどシャワーで血を流してたから、来るのが遅れた――」
「え、シェロン怪我したの!?」
「ルチアッ――!! 俺の心配をしてくれるだなんて!!! ああ、でも安心して。ぜーんぶ、返り血だから☆」
「ええと、うん…………相手の心配をするべきだったかな? そもそも、何があって返り血なん――」
手錠を外され、振り返った瞬間、思考が停止する。
濡れた金髪に、細身なのに意外と逞しい胸板、火照った頬に、潤んだ金の瞳――
「ぎ――」
「ルチア?」
コテンと小首を傾げた彼は――下半身に1枚の白いタオルしか身に纏っていなかった……
「ぎゃあああああぁぁぁ!! この、変っっ態!!!」
私は驚きのあまり、全力で彼の顔面を殴ってしまった。その瞬間、ハラリと舞ったタオルを残し、変態は開け放たれたままだった外へと飛び出していったのだった。
☆☆☆
「うぅ、後で手錠外してくれたお礼はするけど、このタオル、どうしよう――てか、見ちゃった……シェロンの見えちゃったよううぅぅ、あああぁぁ、今だけは自分の身体能力の高さを呪う……」
シェロンが全裸のまま来ないよう、シェロンを吹っ飛ばした方角へとタオルを全力で投げ捨て、窓に鍵をかける。正直、まだほんのり温かいタオルを触った瞬間、顔から火が出るほど恥ずかしかったけど、ようやくさっきの衝撃から立ち直った私は、リヒトのせいで濡れてしまった軍服を脱ぐ。
「ああ、もう、ちょっとカッコイイかなって思えばすぐに変態チックな何か出してくるもんなあ……」
ため息混じりに呟き、レースがふんだんに使われた黒いブラジャーに手をかけた瞬間――扉が開いた。
「ルチアーノ、大丈――ふあああああぁぁ!!!」
突然登場した白衣姿のシアンに驚き、少しかがんだ状態で動きが止まってしまう。
(ええと、私は今、ブラにショーツの下着姿でして――? あ、でも、下着って水着っぽいし、水着は普通に見せて大丈夫なものだし!? で、でもでも、一応、扉は閉めてもらわないと!!!??? ――ってか、そもそも、ドアの鍵、また閉め忘れてるだなんて、私、なんて不用心!?)
「え、ええと、シアン、扉なんだけど――」
「ああ、扉! 閉め、閉めるね!!」
大慌てのシアンが、急いで扉を閉めた。
何故か、私の部屋に入ったまま。
「「…………」」
(えっと、シアンさん? なんで、一緒にこっち側に来ちゃったのかな? 私にどう対処しろと!!??)




