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お助けキャラは変態ストーカー!?  作者: 雪音鈴
1章 女王様は勘弁して
5/55

XX 3 XX 変態さんはいつも一緒


(……よし、いないな)


 ビル5階分はあるであろう大樹のてっぺんからそっと周囲の気配をうかがう。大樹の大きなカサカサの葉っぱ達の間で息をひそめていた私はようやく安堵の息をもらし、スルスルとその根元まで降りた。


 大樹の根元には少し元気のない水色の花々が頼りなさげに花弁を揺らしていた。大樹に登って分かったのだが、この大樹はもう寿命をまっとうしたようだ。木独特の良い香りもしないし、幹も腐っている。そして、植物に付き物の精霊もいない……。


 少し寂しい気持ちでカサカサの大樹の幹をなでる。


「登らせてくれてありがとう」


 もう、精霊のいない大樹に、それでもそっとお礼を言う。地面に咲いた小さな花々が揺れ、ふわりと甘い香りが漂う。なんとなく、姿の見えない花の精霊達に受け入れてもらえた気がして嬉しくなる。小さな花に宿る精霊は総じて寿命が短く、魔力が微量であり、精霊という種族でない私には見えないし、意思疎通も難しい。でも、ちゃんと生きているし、彼女・彼らには意思も存在している。


 私は少し逸れてしまった意識をもう一度引き戻し、再度全神経を集中させた。むろん、再度周囲の状況を確認するためだ。周囲の気配を熱心に探り、ふぅっと詰めていた息を吐き出す。




 ここに来る理由になったアイツの気配は――ない。




 その結果にようやく、大樹の一番下の枝から飛び降りる。スタッと華麗な着地を決めた私は、いつのまにか額にじわりとにじみ出ていた汗を腕で拭う。


(よし……ようやく撒いたか)


 伝承学の講義が終わった後、アイツ――シェロンを撒くために必死に逃げ回り、ようやく大樹へと辿り着いた。


(まあ、大樹の上でのご飯の方が安全だとは思うけど……さすがに失礼だもんね)


 私は小さな水色の花々を見て目を細めた。懸命に生きる彼らはまぶしい。


(さて……と)


 私は手元でカサリと音を立てた購買の透明な袋の中身を見る。中に入っているのは私の大好きなシーチキンのサンドイッチとトロトロの温かいチョコレートが中にサンドされた私の大大大好きなサックサクのミルフィーユ――もう、心はほくほくだ。


(ご飯は至福の時だよね……さすがに毎回アイツが傍にいると落ち着いて食べれないし……)


 私がこんなに疲れている原因となってるアイツ――いくらイケメンでも、自分がストーカーされてるとなると気持ち悪いって。そりゃあ、逃げたくもなるよ。それに……


(殴っても喜ぶし、罵倒しても喜ぶし、何もしなくても放置プレイって喜ぶし――もう嫌! てか、結局私が何しても喜ぶんじゃん! はあ……正直、疲れる。私なんかのどこがいいんだ?)


 そもそも、あんなふうに私の全てを受け入れてくれる相手なんて、家族ぐらいしかいなかった。私の自慢は体力と怪力だけで、それ以外はからっきしだから、正直、この世界でもモテ女としての要素は持てていないみたいなのだ……。


 それが、なんかちょっとアレな方向ではあるけど、真っ直ぐな好意を向けてくれる異性――それもイケメンがいきなり現れたら、戸惑いもするだろう。


 前世で【ただし、イケメンに限る】っていう魔法の言葉があったが、それはあながち間違いではないかもしれない……イケメンでも犯罪は犯罪なのに、世の中本当に不公平だ。


 もちろん、イケメンというだけで変に浮かれている自分がいることにも、少し腹が立っている。


(まあ、ストーカーは本当に勘弁してほしいけど)


 一つため息をつき、手頃な石に腰を掛け、購買で買ってきたミルフィーユを齧り、冷えたイチゴ牛乳の瓶を横から受け取れば、さっきまでの疲れはすぐに吹き飛んだ。


 購買のミルフィーユにイチゴ牛乳は私の大大大(以下略……)っ好きな組み合わせ。これが至福の時だ。


「プッハー、生き返るぅ!」


「ルチアは本当にこの組み合わせが好きだね」


「うん! 大っっっ好き!!!」


 イチゴ牛乳を飲み干して上機嫌で言葉を返すと、ニコニコと笑う金髪、金眼の変態さんが何故か私のすぐ横に立っていた。


「ヒギャー!!!」


 思わず力の限り殴り飛ばすと、彼はさっきまで私が登っていた大樹にぶち当たり、その大樹が見事に倒れた。もう寿命を終えていたとはいえ、大樹への申し訳ない気持ちでいっぱいになる。その根元にあった水色の花々が無事だったことがせめてもの救いだ。気を取り直して変態を見やると、彼は上機嫌に起きあがっているところだった。


「いやあ、今日もいいパンチだね。惚れ直しちゃったよ」


「顔を赤らめて言うな! この変態ストーカーがぁ! つうか、怖いよ! 何、ホラーなの? 撒いたと思ったら隣にいるとか完全にホラーだよね!?」


 私のストーカーだと公言し、私に女王様になってとまで言った残念イケメンの彼は、頬を上気させ、嬉しそうに笑う。


「驚かせてごめんね。冷えたイチゴ牛乳の方が好きかと思って、ちょっと遠くまで買いに行ってたら遅くなっちゃったんだ」


「いや、別に待ってないし。むしろ、あんたを撒こうとしてたんだけど」


「え――ああ、ごめん、全然隠れられてないから、遊んでるのかと思ってた」


「悪かったですね。隠れるのが下手で!」


 思わずふて腐れてしまうのはしょうがない。私は上手く隠れていたつもりだったのだが、丸見えだったなんて面白くないし、何より恥ずかしい。


「ううん。そんな君も可愛かったよ?」


 その真っ直ぐな言葉に、ドクンと心臓が跳ねた。彼は――時折心臓に悪いことを言う。


(この、変態のくせに、変態のくせにぃ!)


 ドキドキする胸を押さえて上気した頬を隠そうと俯くと、彼が収納用の小さな異空間を空中に出現させ、そこから小さなランチバックを取り出した。


 収納用の異空間は、自身の魔力を網のように広げ、その口を紐で縛り上げるイメージで出現させることができる。個人の魔力操作の技量や用途によって様々な形態の空間を作ることが可能だが、彼の場合はその追加要素として低温効果を付け足したらしい。彼が開けた空間からはほんのりと冷気が流れ出している。


 ……ちなみに、この空間の形成、私は魔力量が不安定すぎてまだ使えていない。魔力を網のように広げる時、あまりに網目が雑だと、異空間から現空間へと物が零れ落ちてしまうのだ。たいていは物を入れた瞬間にほころび、異空間が裂ける。


(あれで何度上から物が落ちてきて被害をこうむったことか……)


「それに、ほら、たくさん走ったから喉乾いたでしょ? 遠慮しないでたくさん飲んでね」


 私ができないことを簡単にやってのけてしまう彼に、なんとなく悔しい思いが募る。


(わ、私だってすぐにできるようになるんだからな!)


 変な対抗意識を燃やして睨んでいると、彼は頬を染めてニッコリと笑った。


「大丈夫。君が苦手なブラックコーヒーとかは入ってないよ。君が一番に好きなイチゴ牛乳はもちろんあるし、二番目に好きな甘めの抹茶ミルク、三番目に好きなバナナミルクもあるから、好きなのを選んでよ! ああ、でも今日はそれで来るのが遅くなっちゃってごめんね。今度からは買いに行く手間を省くためにこの異空間冷蔵庫にちゃんと常備しておくから!」


「いやいやいや、なんであんたが私の好み知ってるんだよっ! それこそ、ホラーだよ!?」


「え? それはほら、俺がルチアを想う気持ち故にだよ。それに、自分の女王様の好みを把握できてないなんて論外だ」


「そもそも、私はあんたの女王様になった覚えはないからな!?」


 思わず盛大なため息をついた時、横に置いていたすっかりぬるくなってしまったイチゴ牛乳が目にとまる。私が逃げ回ってる間ずっと持っていたせいで、ぬるいどころか少し熱い……。


(理由はどうあれ、さっき隣からひょいっと出てきたのはこいつが買ってきたイチゴ牛乳ってことなんだよね……)


 私はおもむろに財布からイチゴ牛乳代分のお金を出し、グイッと彼の方へと差し出した。


「私がいくら田舎者でも、施しは受けないよ。特に変態からはね」


「――プッ」


「?」


「君ってば、やっぱり最高だよ!」


「ギャッ――」


 彼はいきなり私の両脇を掴み、赤ちゃんに高い高いするように持ち上げた。もちろん、この後、反射的に私の蹴りが彼の顎下から炸裂した。


「君ってなんやかんや言っても律儀だし、優しいよね。そうやって俺を突き放しきれてないのがまた――うん。やっぱり、俺は君がいいな。蹴りも最高だし! あとね、施しとかじゃなく、俺が好きでやってることだから気にしないで?」


 『君がいいな』とか――言葉だけ聞くと、まあ、ちょっとは嬉しいことを言っている彼だが……うん。彼は私に蹴られた後、ずっとハアハア言っているので、微妙に気持ち悪い。


 彼は一度息を深く吸い、真剣な面持ちでこちらを見つめた。イケメンの真顔っていうのは、どうしてこうも恰好がいいのだろうか? いつもの変態ぶりが嘘のように消え、私の目の前にいるのはまるで王子様のような錯覚を引き起こす。


「ねぇ、ルチア――やっぱり俺、君が女王様じゃなくていいや」


 先程まで、彼のイケメン容姿にドキドキしていたのに、何故かスッと心に冷たい息を吹きかけられたように体の芯まで冷え切った。


(さっきまで君がいいとか言ってたのに、手のひら返したみたいに……なんなのよ)


 胸がジクジクと鈍く痛み、いつものような怪力任せのパンチやらキックやらを飛び出せるような気力がわかない。


(一週間付きまとわれて、あんなに嫌がってたのに……私、まさか――?)


 気付きたくない心に気付いてしまいそうになり、鼻の奥がツンとなる。


「俺が君の下僕になるよ」


「…………は?」


 間抜けな声が出た。正直、予想の斜め上――いや、斜め下(?)に行き過ぎて、変化球でデッドボールを食らったような感覚だ。


「ルチア。今日から俺は君の下僕だから、好きにしてください!」


「誰が下僕なんか認めるかぁ! つうか、言い方少し変えただけで、立ち位置全く変わってねぇじゃねぇかあぁ!!!」


(心配して損したよ、もう!)


 そこでふと気付く。私は何を心配したのか……


(私は――彼の心が離れていくことが嫌だった?)


「ああ、ルチア、もっと言って! 君のその声をもっと聞かせて?」


「ハアハア言ってこっち寄ってくんな! この、変態!!!」


(こんな変態が離れていくのが嫌だなんて、私って私って――ただのチョロインじゃん! 意志を強く持てよ、私!! 変態の仲間入りなんてシャレにならないからっ!!!)


 もう、私はこの【キスイタ】の世界に毒されているのかもしれない。この痛々しいほどに、いや、いっそ清々しいほどに狂いまくった世界で、私は無事に生活――いや、恋愛(?)できるのでしょうか?


 まあ、一つ言えるのは、この変態さんは私に危害は加えないだろうってことかな?


 むしろ、私に危害加えられて喜んでるし……うん。


 なんか、微妙に複雑だけど、他の三人の攻略対象に比べたら、もしかしてかなりの安全牌あんぜんぱい


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