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お助けキャラは変態ストーカー!?  作者: 雪音鈴
3章 呪縛で歪む愛故に
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XX 44 XX 貴方に憧れる理由(前編)


~フラウ視点~


 トレーニングルームで槍を振るい続けるが、脳裏に焼き付いて離れないのは、ルチアーノ=セレアンスロゥプの流れるように美しい動きだった。


 もっと――もっと、滑らかに、速く、速く速くハヤクッッ!!!


「ハッ――ッッ――クッ――」


 いつも以上にペースを上げすぎたせいで、ばててしまった私は、槍に寄りかかりながらズルズルとその場に座り込んでしまった。


「はい!」


「?」


 突然、目の前に差し出された真新しいタオルに、いぶかしげに眉をひそめる。


「あ、話すのは息整ってからで良いよ?」


「なんで、貴方がここにいるんですの?」


 息を即座に整え、意識的に黒いオーラを出す。

 こういう時、自分のニコニコ顔が憎い。


 リコリスのように絶対零度な眼差しができれば少しは凄みを出せるのだが、どうもこの顔だと緊張感に欠けてしまう。


「ここ、フリースペースだからフラウが頑張ってるの見えちゃって、来ちゃった」


 今日はいつものトレーニング場が点検日のため、フリースペースでの鍛練を行っていたが、それが裏目に出たようだ。彼女に会うくらいなら、多少設備が劣っていても、自室のトレーニングルームを使うべきだった……。


「滑稽だと思っているんですの?」


 彼女のタオルを無視し、戦闘服たいそうふくの袖で汗を拭う。


「滑稽? フラウの動きは洗練されててすごく綺麗だよ? なんか今日はちょっと乱れてたけど、より上を目指して頑張る姿はカッコイイよね!!」


「――本気で言っているんですの?」


「え、本気だけど……?」


 キョトンとした顔をされ、思わず黒いオーラを最大限に出してしまう。


 彼女から見たら私の動きなんてちゃちなもんだ。型にはまったままの動きしか出来ない私は、彼女の本能的な――人を惹き付けて離さない躍動的な美しさ、強さには敵わない。そんなことはもう、とっくの昔から分かっている。


 だって、彼女は――

 彼女こそが、私の憧れだから……


「フラウ?」


「分かっていますの。自分が劣っていることは……」


 惨めだ。


 新世校しんせいこうに来て、成長した彼女の美しい戦いを間近で見た今、特に自分の無力さを感じてしまっている。この間の戦闘学の授業で、彼女に手も足も出ないで負けたことも、より惨めさをにじませる原因になっているようだ。


 そりゃ、彼女だって並々ならぬ努力の末、あの境地まで行き着いたのだろうことは分かっている。


 特に――猫獣人一族では、男が狩りに行き、女が住処を守る習わしがまだ強く根付いており、その中で男達と一緒に狩りに行くことができるほど強くなるのには、相当苦労しただろう。


 彼女のことは、フェル様に頼まれて調べる前から知っていた……。


 獣人の最強五部族――それを決定する大会で、まだ小さかった頃の彼女だけが、諦めず、不動の最強五部族へと挑もうとしていた。十年前のあの日から、私は彼女に憧れていた。


 獣人は種類が多く、数十ある部族全てに均等に大地の恵みを分け与えるのは、精霊王にとって大きな負担になる。そのため、五部族にのみ、土地の恵みを与えることになっている。強き者こそが栄光を手にする――それが、獣人達の総意。毎年、一族の代表がそれぞれ闘い、この五部族が決定するのだ。


 猫獣人族は、お世辞にも強いとは言えない。

 正直、肉食系獣人の序列では、下から数えた方が早い……。


 そんな中、諦めずに挑もうと声を張り上げていたのが彼女だ。


 誰もが諦めているのに、その光を絶やさず、燃やし続ける彼女――他の一族ですら、最強五部族は不動だと諦めているのに、何故、あんなにも頑張り続けられるのか、分からなかった。


『諦めたらそこで終わりだけど、諦めなかったら! ずっとずっと諦めずに続けたら――変えられるものだってある!! 分かりきった結果? 未来なんていくらでも変わるもんでしょ!? あんたの中だけの尺度モノサシで勝手に私の全てを決めつけるな!!!』


 彼女のあの言葉が……まだ鮮明に耳に残っている。


 誰に言ったのか分からない――けど、遠くで聞いていた彼女の声に、不覚にも感動してしまった。


 本当は諦めたくなんかない――

 自分がダメダメなのは分かってる。

 才能なんかないことなんか明確……

 結果なんか分かりきってる…………


 でも――今はそんな結果にしかならなくても、いつか、諦めずに続けたら……結果が変わる時がくる?


 希望を抱いても良いの……?


「何言ってんの!? フラウはすごくカッコイイよ!!!」


「カッコイイ?」


 眉をひそめ、彼女の正気度を確かめるため、そのマゼンタ色の瞳を見つめる。キラキラと輝く純真な瞳は、やはり、あの頃から変わっていない。


(この瞳は少し苦手ですの……)


 遠くから見つめる分には構わないが、自分に直接その瞳を向けられると、反応に困ってしまう。


 彼女のこの芯の通った真っ直ぐな瞳が、私はずっと好きだった。でも、私にはこの瞳を真っ正面から受け止められるだけの資格がない。


「敗者のどこがカッコイイんですの――」


 彼女が差し出していたタオルを払いのけ、固い声で吐き捨てるように言葉をぶつける。


(ほんと、こんな私のどこがカッコイイんですの?)


 彼女が何かを言い出す前に跳躍し、私はその場を後にした。今はどんな言葉も素直に聞くことができない。


 だって、私には貴方のように才能がない。どんなに頑張っても貴方には届かない。分かっている――でも、手を伸ばし続けてしまう。そんな愚かな自分が惨めで、貴方が素敵すぎて、どんな言葉も今の私にはねじ曲がって伝わってしまう。


(これ以上、憧れの人に八つ当たりの言葉を投げつけたくはないですの……惨めな姿を晒したくはないですの)


 廊下を悶々としながら歩いていると、休憩室から話し声が聞こえ、ふと足を止めてしまう。トレーニングルームを一望できるテラスのような休憩室。自室には、その休憩室の横を通過しなければ帰られない。いつもなら、話声など気にせず通り過ぎるのだが、私の足は動かなかった。動くどころか、気配を押し殺し、二人の男の声を追ってしまう。


「お、やっぱ、ルチアーノは良い動きするな~」


「僕らの代の入学者の中で、戦闘力上位者ですからね。学ぶところが多いですよ」


(本当、学ぶところしかなくて悔しいくらいですの)


 表情筋がピクリとも動かない男子学生の言葉に、思わず歯がみしてしまう。


「学ぶところねぇ。相変わらず、お前は硬いな~。それよりも、嫁候補に相応しいかどうかが重要だろうが」


「嫁候補には充分すぎるくらいだと思いますよ? あの戦闘能力と怪力は潜在的なモノのようですし、うちのコミュニティにぜひ欲しいところですね。まあ、それよりも、天然モノは競争率が高いのが難点ですが……あれほどの逸材なら、一妻多夫になるんじゃないですか?」


(確かに……彼女であれば可能かもしれないんですの)


 優秀な子孫を残すため、一族のため、皆、強き者を求める。そのため、強者であれば、一夫多妻、一妻多夫が可能なのだ。ただし、一妻多夫では子を成す妻が一人のため、子を成す順番が明確に決められている。序列上位から順に子を成していくため、妻のご機嫌取り必須……いわゆる逆ハーレム状態がこれだ。ちなみに、一夫多妻と一妻多夫の併用は、各種族間の問題を複雑化する原因になるため、禁止事項となっている。


 一瞬だけ、王座に足を組んで座る彼女とその周りに跪く男達――という構図が頭に浮かび、首を横に振る。


「僕は序列がどうのっていうのが面倒なので、嫁候補としては除外してますけどね。序列を少しでもあげようと必死に妻のご機嫌取りなんてご免ですし、何より他の誰かと兼用だなんて吐き気がします」


「相変わらず冷めてんなあ。ま、潔癖ってのもあるか」


「あなたがガサツで大雑把すぎるんですよ」


「あ゛ん? 馬鹿にしてんのか!?」


「いえいえ、あなたの器が大きいという意味ですよ」


「そうだ、俺様は器が大きくて偉大な存在なんだ!」


「ああ、はいはい、そうですね」


「んじゃあ、まあ、ルチアーノは置いといてだな。さっきまでいたあの精霊王の取り巻きの――あぁ、なんつったっけ?」


「フラウですか?」


 自身の名が呼ばれ、心臓が嫌な音を立てた。


(去らなくては――ここから……)


 足を止めてしまった自分を呪った。自分が裏でどう言われているかなんて、聞かなくても分かっていた。でも、今から出て行くことなんてできなかった。背を丸め、壁に張り付き、息を潜める。


「ああ、そうそう、そいつ」


「自分達の代の学生なんですから、名前くらい覚えたらどうですか? まあ、あれは論外ですけどね。正直、精霊王の傘下に入るのなんかご免です」


「でも、精霊王から切り離して妻に迎える方法もあるだろうが」


「なら、あなたが狙ったらどうですか?」


「ええ~、俺は嫌だよ。だって、あいつ――さっきのアレが限界だろ?」


 息をすることさえできなかった。

 笑う男の声に、手足の先が冷たくなっていくのが分かる。


「伸びしろなさそうだし、俺、自分の子供の潜在能力が貧しかったら泣いちゃ――」


 ドゴンッ――!!!


 突然の衝撃音と巻き起こった砂埃に、その場が凍った。

 何が起きたのか分からず、私はその場で身を堅くする。


 音の発信源は男達の方……。


「な、あ、あああ、危ねぇじゃねええええぇぇかああああぁぁぁ!!!」


 先程まで笑っていた男の怒声に驚き、背をピッタリと壁に付け、息を飲む。


「あはは、ごめーん、手が――いや、鞭が滑っちゃって?」


 トンッと音がして、やけにピリピリした声が響く。


「お、まえは――」


 状況を把握しようと気配を消して休憩室をのぞき込む。休憩室の白い手すりの上には、どす黒いオーラを放った満面の笑みの彼女ルチアーノが立っていた……。


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