XX 41 XX ネガティブヤンデレは今日も彼女のために暗躍する
「ふんふんふーん♪」
軽くスキップしながら、私は最近、ご無沙汰だった訓練場へと向かう。少し早く着きすぎてしまったせいか、私が使用する予定の訓練場の扉はまだ赤い。
(えへへ、テスト返却後の毒華三姉妹の顔――フフフ、どうよ、これが私の実力だ!)
シェロンに勉強を見てもらうようになってから、格段にテストの点が上がり、毒華三姉妹はここのところ苦い顔をしている。
代わりに、私はニマニマが止まらない。
(ほんと、シェロンには感謝だね! 今度何かお礼しなくっちゃ♪ あ、でも、シェロンへのお礼って何がいいんだろ? うーん、シェロンが喜びそうなことか――…………どうしよう、今まで変態な所ばっか全面に押し出されてたせいで、ロクなものが出てこないんだけど!?)
思わず頭を抱えていると、訓練場の扉が透明になり、中から戦闘服姿のシアンが出てきた。
「あれ? シアン?」
「ルルル、ルチアーノ!? あわわわわ、く、くくく、訓練場に来るの随分早いね!?」
「うん、ちょっと張り切って早く着いちゃった。でも、シアンが訓練場にいるの珍しいね」
戦闘服姿の彼が珍しくて、思わずまじまじと見つめてしまう。髪をポニーテールにまとめ、ちょっと長めの袖口から覗く綺麗な指先――どう見ても、美少女にしか見えないその容姿に、そっと心のシャッターを切る。
(ああ、もう、シアンってば、可愛いなあ)
「え、あ、ぼ、僕は、その、あんまり戦闘向きじゃないけど、す、少しでも頑張ろうかと、おも、思って……」
「うん、そっか。シアンはやっぱり頑張り屋さんだね!」
私の言葉に、恥ずかしそうに首元に手をやった彼を微笑ましく見ていると、仄かな鉄の臭いが鼻を掠めた。
「ん? シアン――もしかして、怪我してる!?」
「え、怪我? 別にしてないけど――」
「でも、この鉄っぽい臭い……」
シアンの手首に鼻先を近付けようとすると、彼は弾かれたように跳びはねた。
「ぼぼぼぼ、僕のことは大丈夫だから!! 怪我なくピンピンだから!!!」
「そう? それなら良いんだけど、あんまり無理しないようにね?」
「ありがとう、ルチアーノ。でも、僕、君のためならいくらでも無理できるよ――」
不意に優しい微笑みを向けられ、一気に心拍数が上がってしまう。
(何、この可愛い生き物!!! 天使か!?)
「あ、そうだ! あのね、ルチアーノ! ちょっと、この訓練場、汚しちゃったから――その、他の番号使おうか!!」
「え、ああ、そうなの?」
「うん、その――他の番号、予約してあるから、そっちに行こう!!」
「あ、ありがとう?」
「ききき、君のためなら、これくらい……あ、その、ルチアーノ、他にも何か嫌なこととかがあったら何でも言ってね!! 僕、頑張るからね!!!」
何がなんだか分からないまま、私はシアンに急かされるようにその場を後にした。
でも、後でふと思ったんだ――
(私、シアンに訓練場に行くこと言ってたっけ……?)
☆ ☆ ☆
~シアン視点~
――ルチアが予約していた訓練場にて――
(ルチアーノには知られちゃいけない……)
「ねぇ、教えてよ」
「ヒッ――」
「死よりも辛い苦しみ――そんなの与えられたくないよね?」
毒霧を撒き散らしながら、僕は目の前で苦しむ男にニッコリと黒い微笑みを向ける。
(彼女は知らなくていい)
「彼女が使う予定の訓練所に何であんな仕掛けをしたの? 誰に頼まれたの? 教えてよ。そうでないと、僕――」
毒で蝕まれた罠に軽く力を入れると、ボロボロと黒い粉末が床へとこぼれ落ちる。
「加減を間違えちゃいそうだから――」
「あ゛が――」
「ねぇ、こんな罠じゃ、ルチアーノが怪我をしちゃうよ。しかも、彼女は魔力の感知能力がちょっと鈍いから、気付かない可能性が高い……まあ、そのちょっと鈍いところがまた、可愛いくもあるんだけどね。ああ、ごめん。ついつい話がそれちゃった――それで? 君達の目的は何?」
黒くなった床を踏みしめて、僕は男に笑いかける。もちろん、目は笑っていない。笑えるわけがない。ルチアーノを傷つけようとした相手だ。
胸にはドス黒い何かが渦巻いている。
「ねぇ、教えてよ。君は――誰に頼まれたの?」
声に魔力を込め、僕は男の耳元で静かに囁いた。
人魚特有の【魔性の声】の応用だ。
僕の声に1度ピクリと体を動かした男の目は、徐々に焦点が合わなくなっていく。うっすら笑みを浮かべ、だらりと体の力を抜き、男はある名前を呟いた。
魔性の声は一種の媚薬のようなモノだから、正直、あまり使用したくはないが、ルチアーノのためならばいくらでも使いたい。
(――あ、べ、別にルチアーノに使いたいとか、その、ハレンチな感じの考えとかはないからね!! あ、全然考えなかったわけではないけど、でも、妄想しかしてな――待って! 僕、落ち着いて!! と、とりあえず、この考えは置いておこうか!?)
男が力なく倒れた後、一息着いた僕は、腕に付着していた赤い汚れを隠すように袖口を引っ張る。もちろん、僕ではなく、相手の汚れなのだが……。
チラリと見た先には、消し炭になった罠。
(……彼女は知らなくて良いんだ。誰かが彼女に危害を加えようとしているなんていう事実は知らずに、彼女には、いつものようにただ真っ直ぐに微笑んでいてもらいたいから……)
2018/1/26 大幅修正




