XX 40 XX 君を想う理由
「ねぇ、なんで――私なの、シェロン」
「急にどうしたんだい、ルチア?」
キョトンとした顔でこちらを見つめてくる彼を睨み付けるように見つめ返す。
「私は正直、あんたに何かしてあげた覚えもないし、あんたより勝ってる所なんて一個もない――いや、まあ、変態ストーカーではないから、世間様的にはまともさで言えば上なのかもしれないけど……と、とにかく――」
心臓の音がやけに煩いが、ギュッと掌に力を込めて心を決めた。
(こんなぬるま湯に浸っていてはダメ。頼ってばかりではダメ。しっかりと聞かなくてはいけない)
「どうして私だったの、シェロン……」
(居心地が良くなり始めてしまった今だからこそ、聞かなくちゃ)
「なんでこんなに……私に尽くしてくれるのよ――」
「君が好きだからだよ」
「いや、うん、えっと……」
真っ直ぐな金色の瞳に面食らってしまうが、なんとか心臓を落ち着ける。
「私、シェロンにそこまで好かれた理由が分からない……あの変態的な告白(?)してきた時なんか、話したことすらなかったよね? なのに、どうして――」
「ああ、そっか、ルチア――君は知らなかったね」
「知ら、ない……?」
優しく微笑まれ、困惑してしまう。
「うん、君は俺にとって特別な存在で、唯一絶対で……そう、あの時から俺は――」
「あの時って……」
(もしかして、私、覚えてないだけで、シェロンと何かあった――?)
真剣な瞳を一度閉じたシェロンの姿に、心臓が早鐘を打つ。
(私、転生したのに気付いたのって確か10歳くらいだったよね? それ以前の記憶ってちょいとおぼろげなんだけど、その時会ったりしてる?)
転生に気付いた瞬間、しばらくは混乱していたが、次第にこの世界に馴染んでコスプレみたいな獣人ライフを楽しんでいくようになった私――まあ、ハゲなのに獣耳付いてる村のおじさんにはちょっとした衝撃を覚えたが……。
でも、未だに転生に気付いた以前の記憶をたぐり寄せようとしても、この世界で過ごしたであろう思い出の数々は霧がかかったようにおぼろげだ。
(でも、知らないって言ったよね――? 私、何を知らないの?)
シェロンが過去を振り返るようにゆっくりと目を開く様を、ゴクリと唾を飲み込みながら見つめる。
(まさかと思うけど、幼い頃に何か約束事とかしちゃってたりっていうベタな展開ではないよね!? 実はそれがシェロンの種族では重要な意味を成すモノでした――とか!?)
何かとんでもないことをしでかしてはいなかったかと、必死に記憶を呼び起こそうとするが、やはりただ頭が痛くなっただけで何も得るものはなかった。
「そう――君が上から降ってきたあの時から、俺は君の虜なんだ」
「…………は――? 上、から? 私が???」
(どこのジ○リ作品だ?)
予想の斜め上から変化球が飛んできたような彼の返答に、開いた口が塞がらない。
「覚えてないかい? 入学した次の日に、君が窓から飛び降りてきて俺の上に着地したことをっ!!」
「窓から…………」
(飛び降りたりしたっけ?)
「ああ、心配しなくても大丈夫だよルチア。たとえ君が忘れていても、俺はあの時の衝撃をしっかりと覚えているから安心してくれ! そう、あの時感じたんだ頭を殴られるような衝撃をっ!!」
頬を染め、目をキラキラと輝かせる彼に自然と視線が冷ややかになってしまう。
「まあ、実際に飛び降りてきた人の下敷きになったんなら物理的にすごい衝撃だろうからね」
「俺はあの時、今まで知らなかった感情が――新しい感覚が芽生えたことに気付いたんだ!!!」
「いや、芽生えんでいいから。たとえ芽生えちゃっても、そんなモノは即刻、枯れさせてくれないかな?」
「ああ、ルチア、良い――すごく良いよ!! 君のその絶対零度な視線と言葉に、俺は、俺はッ――」
ハアハアしながら自身の体を抱く彼の姿とその変態的な内容の数々に色々なツッコミが言葉にならず、口の端がひくひくしてしまう。
「そうそう、その後もね……君には突然吹き飛ばされたり、みぞおちに一撃を入れられたり――最初のうちは俺のちょっとした思い違いかと思ったんだけど、あの感覚は消えなくてッ! いや、どんどん明確になっていって!! それで俺は――ああ、もう、これは君しかいないって思うように!!!」
うっとりと熱に浮かされたように語るシェロンとは反対に、サアッと自身の血の気が引いていくのを感じる。
(あ、あ、あの時かああああああぁぁぁぁぁッ――!!!)
ようやく思い出した行動の数々に頭を抱えたくなる。
(そういえば、新世校に入学したばかりの頃は攻略対象から逃げるのに必死で……)
シアンがふらりと現れたら四階の窓から大ジャンプして誰かの上に着地。フェルが出てきたら後ろにいた誰かを吹き飛ばして全力疾走。魔王との対面の際には近くにいた誰かにツッコミを入れる振りをして、みぞおちに一撃を入れて保健室に緊急搬送……。
とっっっても思い当たる節がある。
(まさかその被害者が全て同一人物だったとは思わなかったよ……それにしても、フラグを折ってたつもりが、変態フラグを立てていたとは――ね)
「うん、私のせいだったのは色々分かったけど、そんなに迷惑を被っておいてよく好感度上がったね……」
「君のことで迷惑なんて思ったりしないよ! むしろ、もっともっと甘えてくれて良いんだよ!! 俺なしじゃ生きられないくらい俺は君をドロドロに甘やかしたいんだ!!!」
「それ、全力で拒否していいかな?」
「ルチアが全力で拒否しても俺が全力で甘やかすから安心して拒否してくれて大丈夫だよ」
「いや、なんか色々根本的に違うというか、それのどこに安心できる要素があると!?」
「ルチア――俺は君のことが好きだよ」
不意に切なく目を細める彼の姿に、心臓が尋常じゃない速さで動き出す。
「な、何、いきなり――」
「いきなりなんかじゃない。ずっとずっと愛してる。君こそが俺の絶対――それは変わらないし、変えられない」
「……そ、そう」
熱烈な愛の告白に顔が火照る。無駄にイケメンなのが余計に質が悪い。
(変態なのに、ストーカーなのに!! ドキドキするな、私のポンコツ心臓!!!)
「ところで、ルチア――」
「な、何かな!?」
「ケーキ、もう一つあるけど食べるかい?」
「良いの!?」
「もちろん、君のために買ってきたんだから」
「うわああ、ありがとう!!!」
再びケーキに心を持っていかれた私は、一心不乱にケーキを頬張った。
「ルチア――君こそが俺の光だよ……」
「ん?」
いくらケーキに夢中だったとはいえ、耳が良い私は彼の小さく掠れた声をキャッチした。
ふと、彼の顔を見上げると、泣きそうな顔をした彼の金色の瞳と目があった。
「シェロン?」
「ルチア、ココアのおかわりはいるかい?」
「あ、うん……」
彼の表情の理由が分からない。
ただ、あんなに苦しそうに呟く彼に、胸が痛くなった。
――光――
私、【ルチアーノ】の名前の由来でもあるその単語の響きが、何故かやたらと頭に残った……。




