XX 39 XX 魔力術式の扱い方
「わ、分かる……こっちの問題も、これも――」
「ね? 基礎さえ分かれば、応用なんてすぐだろ? あとは応用になれるために数をこなしていけば、テストなんか簡単さ」
シェロンに教えてもらったおかげで、さっきまでただの記号だった魔力術式が私の中で意味を成す式へと変化を遂げた。その感動に打ち震えながらも様々な応用問題をこなしていく。
(今まで勉強が楽しいなんて思ったことなかったのに……解けると次の問題も解きたくなる! 意味が分かるとすごく面白い!!)
気分がノリにノリ、一気に参考書の問題を解いてしまった。
「じゃあ、そろそろ実践に移ろうか」
「実践……」
思わず固くなってしまった私の表情を見つめ、シェロンは柔らかく笑った。
(あ……シェロンでもそうやって笑うこと、あるんだ――)
いつもの変態チックな頬染めや、熱い視線を含んだ甘い微笑みとは違う素直な彼の表情を直視しているのがなんとも気恥ずかしくなり、思わず目をそらしてしまう。
「そう身構えなくて大丈夫だよ。座学で覚えたことを実際に使ってみる方が楽しいし、より身になるってだけだから。まあ、とは言ってもここで大きな魔力を使うわけにはいかないからね……よし、これなんかで良いかな――」
「消しゴム?」
「うん、ちょっと紙もらうね」
シェロンが簡単な魔力術式を紙へと書いていく。内容は空間移動――出現座標は魔力術式の円の中心からx軸方向に-2cmの地点。
「これで魔力を流すと出る地点は――」
「だいたいここね」
魔力術式で定めた中心とx軸の方向から、出現する予測地点に指を置く。
ちなみに、魔力術式内で中心とx軸の方向を設定しないと、そもそも術式が発動してくれないという悲しい原理がある。まあ、確かに0地点と軸の方向定めなきゃ『どこがあんたが望んでる場所なんですか? あんたと私の基準、まず揃えてくれないと困るんですけど?』ってなりますよね……。
あと、y軸・z軸は記入しなくても、x軸さえ記入していれば術式は発動しちゃいます。最初は『なんでやねん!』って思ってたけど、よく考えれば、x軸(横軸)さえ決まっちゃえば、y軸(縦軸)・z軸(高さ)は方向が固定されちゃうからいらなかったんですねー、はは。
じゃあ、y軸とz軸が未記入の場合はどうなるか?
その場合は、y=z=0――つまりは、xの方向にだけ移動することになっちゃうんです。
はい――ってなわけで、そろそろお気づきの方はいると思います。
これ、実は最終的に方程式とか使っちゃうヤツです。y=ほにゃらら的なアレなんです。
しかも、正確な位置に目的物を出現させるためには、私が解いてる初級編に毛が生えた程度の応用問題よりも、もっと精密な計算が必要らしいんです。なんたって、魔法溢れるこの世界も地球と同じで綺麗な球体ではないですからね。それに、この世界特有の『魔力』っていうモノがこの計算式を更に複雑にしちゃってて、もう、大変なんです。
「うん、そうだね。それじゃあ、この消しゴムに魔力が付加されていた場合は、魔力術式に何式を加えれば良いか分かるかな?」
(おっと、いけない、今は実践中だった)
一瞬飛びかけていた意識を手繰り寄せ、シェロンの質問の意味を考える。
「速度――ああ、正確には【魔力速度式】だっけか――が必要なんだよね? 確か、偉い学者さんが最適化した式で、もはや固定式化しちゃってるってやつ!」
「本では固定式っぽい扱いだけど、この式のこの部分の数字を変えると――」
シェロンのキレイな手が式を変えていくのを見つめながら、案外、手が大きいんだなあとか考えてしまう。
(…………待て、なんだそれ。案外手が大きいんだなあとか、完全に乙女思考じゃん!! なんだかめっちゃ気恥ずかしいんだけど!?)
「魔力の出現速度を速くしたり遅くしたりできるんだ。まあ、物質の出現速度はそれこそ固定なんだけどね」
「あ、ああ、うん、そか、そっか!!!」
私は自身の乙女思考を無駄に明るい声で吹き飛ばし、目の前の式を睨んだ。
「ああ、でもさ、魔力の出現速度を速めると大気の魔力と反発して魔力の歪みが生まれるから危険だって、本に注意書きなかったっけ?」
「注意書きがある――つまり、それは裏を返せば……」
シェロンが魔力術式を作動させた瞬間、一瞬だけ室内の魔力灯が消えた。
「攻撃にもなるってことなんだ」
「今のって――」
魔力灯はその名の通り魔力の灯だ。空気中に存在する魔力を燃やし続けることで発光し続けるため、半永久的に使用できるはずのそれが、一瞬でも消えたことに驚く。
「まあ、少量の魔力量だと魔道具のちょっとした接触不良にしかならないんだけどね。知ってると面白いでしょ? まあ、理論的には魔力を使用している相手にぶつけて、魔力を一次的に使えなくすることもできる――ってなってるけど、魔力術式が複雑すぎて、実際の戦闘で使用するのは困難だけどね」
思わず、シェロンの『知ってると面白い』という言葉に強く頷いてしまう。
本の中だけじゃ分からなかった、いわゆる、余談的な話……そのおかげで、問題が解けて面白いという気持ちだけでなく、もっと知りたいという気持ちまで沸き上がってくる。
その時、ふと、今までの自分の勉強に対するやる気のなさと現在のやる気を比べてしまう。
(今までただただ意味も分からず頭に詰め込もうと奮闘してたけど……あの時間、もしかして、すっごく無駄だったんじゃ?)
「ルチア、頑張るのは良いけど、頑張り方を間違えちゃダメだよ?」
「あ、え――?」
「分からないからといってただ暗記するだけじゃ、それは本当の意味での知識じゃない。ただの情報であり資料であり、手段にはなりえない。知識は、理解をして初めて自分の力になるもの――」
シェロンの言葉に、自分がやっていた本の暗記がただのやっつけ作業に思えてきて、恥ずかしくなる。
「もちろん、何かを覚えたり真似たりすることは大切だ。そういった地道な努力があるからこそ、次へのステップアップができるからね。でも、そこで終わりじゃ勿体ないと思わないかい? そこから自分のやり方を見つけていくからこそ、その先の可能性を見つけられるからこそ、勉強は――知識を得ることは――楽しい……」
彼の考えがすごいと思えば思うほど、今までの自分の『ただテストのためだけに勉強を頑張ろう』という志があまりにもちっぽけすぎて、俯いてしまう。
「でも、自分の考えだけじゃ壁にぶつかる時もある。それを自力で超えられるのならスゴイけど、一人で頑張って超えるのに時間を浪費するんじゃなく、誰かに頼って壁を壊して――一瞬でそこに辿り着いても良いんじゃないかな?」
俯いていた頬に手が添えられ、ピクリと反応してしまう。いつものように殴り飛ばす気力が沸かない。それほどまでに自分の勉強に対する想いが小さくて投げやりで恥ずかしかった。
「だからさ、ルチア――全部を一人で背負い込む必要はないよ。誰かに教えてもらったり、甘えたりすることは恥ずかしいことじゃない」
至近距離で見つめられ、自分の惨めな顔が彼の金色の瞳に映り込む。
(情けないな、私。なんでここまで来たんだっけ? ただ、攻略対象を退けるためだけなら入学時期をもっと後にすれば良かっただけのに……私がここに来たのは何のためだったんだっけ? 嫌々勉強するためだった? いや、違う……私は――)
「もっと、頼ってくれたって良いんだ。いや――むしろたくさん甘えてくれ!! さあ、この胸に!!!」
いつの間にかハアハア言い始めたシェロンの胸を押し返し、私はジッと彼を見つめた。
ずっと疑問だったことがある――
ずっと目をそらしていたことがある……
シェロンは変態でストーカーだけど、学力・魔力の扱い・戦闘能力、どれにおいても今のところ、トップクラスの成績をとっている。
この選ばれた者しか入れない新世校の中で、どの科目でもトップクラス――様々なテストが重なってきた今のシーズン、その能力の異常さは周囲の女性陣のピンクな反応を見れば明らかだ。変態でストーカーだけど…………。
だからこそ、思ってしまう。
「ルチア?」
真剣な私の顔に、シェロンが首を傾げた。
「――ねぇ、なんで?」
少し声が震えたが、私はキュッと口を引き結び、決意を込めた目で彼のキラキラ輝く金色の瞳を見据えた。
「なんで、私なの――シェロン」
(だって、考えれば考えるほど分からない――シェロンが私にそこまで尽くしてくれる理由が……)




