XX 34 XX 画面越しに見るのが一番
「それじゃあ、今日は童話【大食いバクと眠り姫】を題材にして講義を進めていくぞ」
ハティ先生が黒板に書く文字を私はノートに書いていくが、私の左隣に座る精霊王、フェル様は何もせずに黙ってハティ先生の燃えるように赤いしなやかな髪が揺れるのを退屈そうに眺めている。ちらりと後ろを見ると、親衛隊の皆様が真剣にノートを取っているようだった。
(あ、うん……やっぱりここも原作のゲーム通りなんだね)
フェル様は自分でノートを取らなくても成績優秀だ。それは彼女達、親衛隊のお姉様の皆々様のたゆまぬ努力の末、彼にノートを献上したり、彼のために宿題をやったり、勉強を教えたり、過去問を入手してきたりするからだ。それだけじゃなく、常日頃から自分の外側を磨きに磨き上げている彼女達のことを私は尊敬に値する者達だと思っている。これは本当に素直な気持ちだ。
主人公はあまりにも場をわきまえずにその中に入っていき、持ち前の根性とそのバカみたいに真っ直ぐな心で己のことしか信じていなかったフェル様の信用を勝ち取り、メイド(奴隷に近い)としておそばにいますって感じで何があっても離れなかったから余計にフェル様に気に入られた。
でも、主人公でそれが出来たんなら、親衛隊の彼女達の方がフェル様の信用を勝ち取りやすく、常に傍にいるような気がするんだよね……つまり、私が何を言いたいかっていうと――主人公パワーっていうのはなかなかに酷いってことだ。
(だって、彼女達はあんなに必死に頑張ってきたのに、突然やって来た意味の分からない女に尽くしてきた男をかっ攫っていかれちゃうんだもん……)
私が逆の立場だったらと考えると、半狂乱になって主人公を殺害に来た毒華三姉妹の気持ちも少し分かってしまう気がする。もちろん、それで殺されるのは勘弁してほしいのだけれど……。
じゃあ、その親衛隊のお姉様達にフェル様が心を許してなかった理由は何か――それは単純に彼女達が花の精霊だったからだ。花の精霊は総じて寿命が短く、魔力量が小さい。つまり、私のような精霊ではない種族にも見えるよう、具現化できる彼女達は花の精霊としてはかなりの魔力を持っているってことだ。もちろん、そんな彼女達の寿命はかなり長い。それこそ魔力さえあれば、半永久的に生き続けられるほどだ。
では、その魔力の源は何か?
答えは簡単だ。精霊王としての【恩恵】――フェル様の親衛隊……いや、従者だからこそ彼女達はあの力を得ているのだ。フェル様もそんな彼女達が自分から離れていけないことを知っている。そう、フェル様は彼女達が精霊王としての自分を必要としていて、『フェル』という個人を必要としていないという結論に至っているのだ。
(本当に、難儀な性格だなあ……)
確かに花の精霊達には精霊王だけが生成できる【恩恵】による特殊な魔力が必要だ。しかし、だからと言って精霊王じゃないフェル様はいらないなんて極論すぎる――まあ、フェル様が精霊王じゃなくなったら花の精霊達は寿命をまっとうし、消える運命っていうのも理由としてはありそうだけど……。
なんとなくそんな考えを巡らせてぼうっとしていると、ハティ先生が鋭い視線をこちらに送ってきた。
「夢魔一族の悪夢はバクでも食べられない。永遠の悪夢にうなされたくなかったら、居眠りなんてものはしない方が身の為だぞ?」
ニコリと笑ったハティ先生だが、彼の黄色の目は全然笑ってない。私は、必死にコクコクと頷いた。
(な、なんか今日のハティ先生、めっちゃ怖い!?)
「さて、その夢魔一族が見せる悪夢だが、この悪夢のことを特別に【ナイトメア】という。これは、夢魔一族が昔【メア】と呼ばれていたことに起因しているんだ。また、【ナイト】には【夜】という意味と【騎士】という意味がある。夢を見るのが夜だから夜というのは少し分かりやすいかもしれないな。騎士という意味があるのは、夢魔一族が操る悪夢がしばしば馬の形をしていて、それを消し去る際、騎士のように馬の手綱を握って御する必要があるため、このような名が付いたと言われている」
(へぇ、ナイトメアは知ってたけど、この世界だとそんな意味があったんだ……確かに騎士って馬に乗ってるイメージだもんね)
ハティ先生の授業はやっぱり毎回分かりやすいし面白い。
「それじゃあ、大食いバクの話に戻るぞ。バクっていうのは普通、一時間の悪夢を食べるだけで一日はもつ。しかし、この大食いバクは自分が起きてるだけの時間の悪夢を食べなければ動けなかった。じゃあ、普通のバクとこの大食いバクの違いはなんだったのか」
童話の挿絵に書かれた耳の尖った黒いマントを羽織った少年の絵が黒板に貼られる。たぶん、あれが大食いバクの絵だろう。そして、本来の姿ではなく、人型の変身した姿なのであろうことも分かった。この世界の者達は、総じて人間に近い形になる場合が多い。どうも、それが一番美しい――らしい。私としては嬉しい限りだが、この設定はただ単にイケメンを増やすためだけに作られたのではないかと思う。主に、ゲーム制作スタッフに……。
「答えは簡単だ。他のバクが普通に行っていたことをこの大食いは行えなかったんだ」
先生は黒板に【使い魔】と書く。トリップしていた頭で、私も急いで黒板の字をノートに書く。
「皆も使い魔については聞いたこと、もしくは、もうすでに使っている者もいるだろう。バクもこの使い魔を操って、日中も他者が考えた後ろ向きな考えをちょっとずつ食べているんだ。バクは夢魔と同じく魔の一族。心が抱える闇が好物だ。まあ、夢魔一族と違い、悪夢を食べてくれる分、いい印象を持ちやすい者もいるかもしれないけどな」
(あ、バクって精霊の類じゃないんだ)
なんとなく、精霊っぽい神聖なものを想像していたため、魔の一族と聞いた途端、邪悪なもののように思えてしまった。
(ああ、偏見ってダメだね。魔の一族でも良い奴らはたくさんいるだろうし。そもそも、獣人ってだけで野蛮って言われて嫌な思いしてるのは私だ。偏見はなくそう)
私がそんなことを考えていると、ハティ先生が機嫌よく笑った。
「ああ、そうそう、今回、この【使い魔】についてレポート書いてもらうつもりだから、今日の授業では軽く触れるだけにしておくぞ」
(げっ――レポートか……)
未だにレポートやテストと聞くと拒絶反応が出てしまう。
(でも、使い魔については面白そうだよね。だって、これぞ魔法使いって感じの単語だから! まあ、実際は結構違うだろうけど……)
今までの経験上、この世界では何かと理論やら、専門用語やらが多い。正直、前の世界と何ら変わらない気がしてならない。
(もっと、ファンタジーを満喫したいのに……)
「実はこの大食いバク、使い魔を上手く生成できなかったために、夜のうちに大量に食べるしかなかったんだ。でも、悪夢だけじゃ足りなかったこのバクは、好物ではないけど、普通の夢や良い夢まで食べるようになった。だから、皆から嫌がられて、どの家からも追い払われていたんだ。そのバクが辿り着いたのが、呪いで眠り続ける【眠り姫】の元だ」
バクと同様に童話の挿絵が黒板に貼り付けられる。天蓋付きのベッドの上で眠る可愛らしい西洋風のお姫様の挿絵だが、その表情は苦悩に満ちており、なんとなく、げっそりとしていた。
「彼女は呪いのせいで一日のうち二十時間も寝てしまう。その間に見るのも全て悪夢で、彼女も彼女の父の王様も困っていたらしい。それは、バクにとっては好都合の餌だった。姫は悪夢を見なくなり、バクも美味しいご飯にありつける。こうして、二人は幸せに暮らしたというのが、この童話の結末だ」
姫が笑顔で眠り、その姫に寄り添う笑顔のバクの挿絵が黒板に貼り付けられる。
「この童話になぞられて、互いの利益になる関係を希に【癒夢関係】とも言う」
(へぇ、初めて聞く関係だな……たぶん、この世界特有のものだろうな)
「あまり聞かないかもしれないが、この癒しの夢と書いた癒夢の関係は、夢のような関係という意味もある。なぜなら、このバクと眠り姫は後に恋人関係になったことで、姫の呪いが解け、バクが死んでしまうからだ」
(え――バク、死んじゃうの!?)
「この童話ではそこまで書かれていないが、眠り姫の日記に最後が記されていてね。まあ、もともと、呪いには期限や制約があるから当然といえば当然だろう。今回の眠り姫の場合は、本当に心から愛する者を見つけた時に呪いが解けた。その愛する者がバクだったんだ。バクも眠り姫を愛していた。だからこそ、彼女以外から夢を奪えず、衰弱死してしまったんだ。愛っていうのは本当に、面白いものだね」
先生はニヤリと笑い、月のように澄んだ黄色の瞳をスッと細めた。
「ハッ――愛だって?」
左隣から小さく聞こえた低い呟きに、ビクリとする。おそらく、獣人だからこそ聞こえてしまったのだろう。私の他に反応を示した者はいないようだ。とりあえず、フェルの方を見ないようにしながら、彼へと全神経を研ぎ澄ませてみる。
……どうやら彼はあのゲス顔で口角を釣り上げているようだ。
(はい、間近でのゲス顔ありがとうございます!! それにしても、愛――か)
前世で私がフェル様愛を語った時『正直、現実であったら惚れなんかしないよ、このゲス顔は』と言い切った友人の言葉を思い出す。そして、まだあどけない表情を残した美少年が目の前で悪どく笑う様を思い返し、思う……
(友よ、目の前にいても、やはり美少年のゲス顔いいですよ? うむ、私の愛に偽りはなかった!!!)
おもわず心の中で友人にドヤ顔を披露する。そしてこの時、私は改めて思った。私はこのゲームのキャラクター達を嫌いになどなれないのだということを……。
まあ、やっぱり離れた所――画面越しに見るのが一番だけどね。
(そもそも、ゲームの話だったら宿題とか関係ないから楽でいいよね…………ああ、後で図書館行って【使い魔】について調べなきゃなあ……)
この伝承学の後、自分がどこに行くはめになるのかを知らない私は、いつの間にか宿題レポートのことで頭がいっぱいになっていた……。
うん。出来れば、知らないまま関わらないまま授業後も過ごしたかったです――はい。




