XX 32 XX サブ?モブ?いや、それ以外のキャラすらも病んでいる
『恋なんて一瞬で落ちるモノッスよ!? それが今日かもしれないし、明日かもしれない――そんなのルチア、君にすら分からないモノなんスよ?』
妖艶に微笑むリヒトの無駄な色気のせいで、次第に頬へと熱が集まってくるのが分かる。
(クッソー、イケメンの無駄使いめっ!!)
20年という歳月をこの【キスイタ】の世界で過ごしてきた私だが、この無駄にイケメンな男共や無駄に美しすぎる女性陣に対抗出来るだけの免疫力がつかなかったことだけが悔やまれる。別に今この瞬間恋に落ちたとかそんな話ではない。ただ、私のチョロインっぷりにさめざめと泣きたい気分になったのは、まあ、仕方のないことだ。
「そ、そんなこと言ってるリヒトはどうなのさ!? あんた、女の子と一緒にいたところ見たことないけど、す、好きな奴がいるとか、実は遠恋中の彼女がいるとか、結婚誓い合った幼馴染が――とか、なんかあるわけ!?」
恥ずかしさも相まって噛み付くようにそう言うと、彼はそれこそ頬を染めながら浮かれたように――いや、実際熱にでもやられているのだろう……緩んだ顔で、上機嫌に人差し指をピンと立てた。
「ああ、俺の心配は無用ッス♪ 俺のスイートハニーは何年何十年何百年後になるかは分からないッスけど、絶対に俺の手元に来てくれるんで☆」
「――は?」
私の頬に集まっていた熱は急降下し、途端、顔が青くなったような気がする。
「だ・か・ら、それからは永遠に一緒にいることになるんで、今はこうして時々他の奴にチャチャ入れながら見てるだけでいいんッスよ~」
デレデレのリヒトに対し、私は心なしか体が震えている。正直、彼の言動に狂気を感じる。
「……それ、あんたの脳内スイートハニーではなく?」
「まったく、ルチアってば、ちょいちょい失礼ッスよねぇ~、ちゃーんと実在するッスよ、マイスイートハニーはッ!」
「そ、そう……」
念のための最終確認をすませ、誰だか分からない彼のスイートハニーさんとやらをかわいそうに思い、彼からソッと目をそらす。
「いやあ、正直なところ、今から楽しみなんッスよねぇ~、マイスイートハニーと永遠に二人ッきりで過ごす日々――ああ、はやく俺の手の中に堕ちてきておくれッ! マイスイートスイートハニー!!!」
はい、分かります。この【キスイタ】の世界ではサブキャラ? モブキャラ? いや、それ以外のキャラだとしても病んでるってことですね。痛い奴なんですね、コイツも……。
「うん、盛り上がってるところ悪いんだけど、そのマイスイートスイートハニーさんとやらの意思もちゃんと尊重してあげてね、うん」
私は完全に死んだような目で彼を見つめたが、彼はなおもニコニコしている。
「もちろんッスよ! いやあ、首輪は何色がいいッスかねぇ~? なんの柄がいいッスかねぇ~?」
ハイ、アウト。
お巡りさん、コイツでーす。
って、この世界警察いなかったわ……どうすんだよ、コイツ……とりあえず、見なかった、聞かなかったことにしておこう。
(ヤンデレとか、下手すると殺されかねないからね……)
フッと前世で私を殺したストーカーを思い浮かべ、私はリヒトの名を自身の心にある【危険人物リスト】の中にそっと加えた。うん、触らぬ神に祟りなし――
(とりあえず、関わらないのが一番だよね……)
そんなことを考えていると、トリップ中だったリヒトがふと正気を取り戻したようだ。「そういえば――」と、浮かれた笑みではなく、いつものニコニコした表情に戻る。
「ルチア、君ってば【惑いの森】に行ったらしいッスねぇ?」
「え――それ、どこ情報!?」
「それは企業秘密ってことでよろしくッス♪」
彼はいわゆる情報屋だ。今の私にとっては、ゲームで攻略対象限定で活躍していたお助けキャラこと、シェロンよりもお助けキャラのような立ち位置で色々な情報をくれる。どこから入手したか分からないが、彼には知らないことがないのではないかと思うほどに情報が筒抜けでたまに怖くなる。
だからこそ、この新世校の投票制度の統括を任されているのだというのも納得できる。
(まあ、だからこそ、投票用紙にテキトーなことを書けないっていうのもある)
「まったく、【惑いの森】は魔物すら寄りつかない危険な場所だってちゃーんと知ってるッスか?」
「もう、危険な場所だってことは知ってるよ!」
「生きとし生きるモノ全てを惑わす魔障の森――そんな森にちょっと行ってみようかなッてノリで行かないでもらいたいッスよ~」
「え――あの森、そんな言われ方もしてるの?」
私の呟きに、彼は目をまん丸にして、呆れたように頭を抱えた。
「ああ、やーぱり、知らなかったんスね!? あの森、生き物はいるだけで膨大な魔力のせいで感覚がくるうんスよ!? だから精霊すら住んでないのに、まったく無茶苦茶ッスよ、君は!!」
「そ、そんなに危険な所だったの!? で、でも、別になんともなかった――よ? な、ななな、なんともないよね!?」
「今さら影響が出たりはしないから大丈夫ッスよ。まあ、森にいるだけでって言ったッスけど、基本的にずっといればっていう話ッス。まあ、力の弱い動物ならひとたまりもないッスけど」
私の慌てぶりに明るく笑う彼――だが、私の体からはサアッと血の気が引いていく。
「ど、どどど、どうしよう!?」
「へ?」
「あの森に美人さんがっ!! 美人様がああぁぁ!!!」
リヒトの胸ぐらをつかみ、ガックンガックンと揺さぶる。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと落ち着いてほしいッス!!!」
「これが落ち着いていられるか!? あの森には麗しき御狐様がいらっしゃるんだぞ!!」
その言葉に、リヒトはガッと私の両腕を掴む。途端、ピクリとも動かなくなった自身の両腕に驚いたが、彼の瞳が剣呑に光ったことにより強い驚きを感じ、押し黙る。
「狐を見たんスか?」
怒気をはらんだ低い声にフルリと全身に鳥肌がたった。コクコクと今までにないくらいのスピードで頷くと、彼は軽く舌打ちをしてボソリと呟いた。
「――あの、化け狐め」
(化け――狐?)
私の性能の良い耳は、しっかりとその言葉を拾ってしまい、彼が発するピリピリとした空気に少々足がすくむのを感じながらも、彼に掴まれている腕からこの怯えが伝わらないようにグッと足に力を入れる。
そんな私の様子に気づいてか気づかずかは分からないが、彼は一瞬でその気配を消し、ニッコリと笑った。至近距離で微笑まれ、一瞬ドキリと心臓がありえないくらいに大きな音を立てた。
……これが、吊り橋効果というやつだろうか?
吊り橋も目の前の彼だから、吊り橋いらずで効果発揮で便利だね☆
少し泣きそうになりながらもそんなことを考えて、先程の恐怖を拭い去る。
情報が筒抜けの彼にはもう見え見えかもしれないが、やはりあまり弱みを見せるようなヘマはしたくない。恐怖も胸のドキドキも勘づかれないように、私はやんわりと彼から距離を取る……が、腕は相変わらず掴まれたままだったので、ちょっとしか距離が空かない。
そんな状態に戸惑っていると、リヒトは何故か急に少し身をかがめて私の目線に合わせた。
(だから距離が近いって!?)
またまた心でワーワー喚いていると、彼はスッと目を細めて冷めた空気を放つ。
「ルチア」
「は、はひ!!」
(か、噛んだ!!!)
「――とりあえず、事態が収まるまで【惑いの森】に絶対近づいちゃダメッスよ?」
「イエッサー!!!」
(だから空気コロコロ変えんな!! 心臓に悪いんだってーの!!! つーか、噛んじゃったじゃん……)
思わず、心の中で思いっきりツッコミを入れながら、彼の「良い返事ッス」という満足気な笑みを見つめる。
その時、一瞬だけ美人な狐のことが頭をよぎったが、その狐が彼にこんな怖い顔をさせたのだとしたら、下手に何かを言わない方が懸命だ。それに、彼の反応から察するに、狐は生きているのではないかと思う……まあ、これはあくまでも勘だが。
「情報提供感謝するッスよ、ルチア」
彼はようやく私の腕の拘束を解き、その場を去っていった。
そしてその後、私が寮の自室に帰り着く頃には、全校生徒へ向けて『【惑いの森】への侵入禁止令』が出されていたのだった……。
リヒトはその膨大な情報を生かし、新たな制度の進言や校則の改訂などにも重宝されてるんだと自慢していたことがあったが、その片鱗をこういった形で早くも見ることになってしまったのは、なんというか、複雑な心境である。
(狐――か)
彼が何を知ったうえでこういった措置を取ったのかは分からないが、その夜、私はベッドの中で狐には気を付けようと胸に決め、そっと目を閉じた。
そう、この時の私はもっと他にも気を付けるべきことがあったことを知らないまま、眠りの世界へと身を投じてしまったのだった……。




