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お助けキャラは変態ストーカー!?  作者: 雪音鈴
1章 女王様は勘弁して
3/55

XX 1 XX お助けキャラは変態だった


「ルチア……俺のこと、思う存分踏んでくれないかな?」


 夕暮れ時の講堂、授業が終わったここには椅子に座っている私と私の目の前に立っている金髪、金眼、スラリと伸びた手足に無駄のない引き締まった体という恵まれた容姿を持ったイケメンの彼しかいない。


 だから、今の言葉は私に向けられたものであることは分かる。


 そう、分かってはいるんだよ? 頭では……

 けど、けどね、言わせてください――


「ああ、いい――いいよ、君のその汚物を見るようなマゼンタ色の瞳! もう、最高だよ!」


(……どうしてこうなった?)


 ハアハアしながら頬を上気させ、心なしか瞳までうるませている目の前の残念イケメンな彼。長い髪を後ろで緩く結び、長い金色のまつ毛を少し伏せ、薄く濡れた唇を開くたびに出てくるのは、どう考えても【変態】としか思えない内容。


 正直、学校指定の黒い軍服すらも彼が着れば王子様の礼服か何かにしか見えないほどのキラキラ王子様っぷりを出している彼だが、私達は設定上、友達――いや、ただのお助けキャラ(?)だったはずだ。だから……


「ねぇ、もっとその蔑んだ目で俺を見て」


(どこをどう間違ってこうなったんだよ、マジで)


 私は彼の美貌から視線を外し、うつろな目で窓の外の鮮やかな夕日を見る。


 闇に飲み込まれながらも屈せずに赤々と燃えている夕日は、皮肉を言いたくなるほど綺麗だった。






 ★ ★ ★






 私、ルチアーノ=セレアンスロゥプは乙女ゲーム転生者だ。さっきも言った通り、設定というのはこのゲーム『kiss me on the pain(私の痛みにキスをして)』略して【キスイタ】の主人公へと転生を遂げたごく普通の――いや、普通よりも限りなく乙女ゲームオタク寄りの女子大生だった。


 私の乙女ゲーム好きが開花したのは大学一年の時で――っていうのは長くなるから置いておくとして、とりあえず結論から言うと、私はこのヤミゲーを愛していた。


 そう、このゲームは乙女達からヤミゲーと称されていた。つまりは病みゲー、闇ゲー……うん、皆さんお分かりだろうか?




 このゲームは【病んだゲーム】なのだ。




 それも、攻略キャラクター三人とも三人が全員だよ?


 ゲームの中では実質プレイヤーに痛みはないから普通にえげつないけど萌えるとか、監禁されたいとか思えたけど、あの仕打ちが実際自分の身に降りかかるとなると――逃げたくなりますよ?


  今の私みたいに……


 嫌なENDの例を挙げると、人魚様攻略時の毒薬で仮死状態にされての植物人間(?)監禁END(毒薬の知識を持つことで回避可能)。


 精霊王攻略時の夜泣草よなきそうっていうよく分からん花の蜜をとるために夜の森に一人で行かされ、姿が似た他の毒草と間違ってそのまま即死END(即死回避のためには毒草の茎に赤い斑点があることを知っておく必要がある)。


 魔王様攻略時での魔力の暴走を止められなかった魔王様に殺され、狂った魔王様がその後世界を壊滅させる崩壊END(魔王以外と仲良くならなければ回避可能)……などなど、ろくなENDがありませんよね?


 …………そうですね、とりあえず目の前の変態さんから現実逃避するためにもう少しだけこのゲームについて語らせてください。


 このゲームの世界観では、よくあるファンタジー世界に出てくる魔族や精霊、獣人、妖怪、龍族などなどが各領土で暮らしている。お互いに戦争なんかはしていなくて、むしろ種族関係なく混じりあおうZE☆って感じの世界観だ。


 どうも、ここら辺がご都合主義すぎてある方面の人達からは批判されていたが――まあ、前世でのことは今はさほど重要なことじゃないんで置いておきますか。


 とりあえず、この世界の中心には今私が通っている学校がある。学校――というが、大学のような所を想像してほしい。


 広大な敷地で必修科目と自分が取りたい授業を選択し、自分だけのカリキュラムを組み、必要単位を取って卒業する。それが、我らの【新世校しんせいこう】。


 ちなみに、この学校の真の目的は異種族間交流――いや、異種族間交配にある。そのため、全寮制で男女混合の宿舎が備え付けられていて、全ての部屋が完全防音となっている。職員も恋愛については何も言ってこない。いや、むしろ勧めてくる。


 そして極めつけは、今私達がしている細身の黒い腕輪。金属のように硬く、陶器のように滑らかで艶やかな光沢を持つこの腕輪は学生証と言う機能だけでなく、能力の制御装置にもなっている。この制御装置が機能しているおかげでどんな種族も人間のような形態になっている。つまり、どんな種族間でも恋愛を可能にしているのだ。


 あ、ちなみに、この世界に人間はいません。はい、全員人外でございます。私としては獣耳ヒャッホーイ! ってな感じで、存分にこの世界を満喫している次第であります。


 かくいう私も本来の姿は猫型の獣人。地元にいた頃の自身の長い髪の色と同じ黒いもふもふの耳や尻尾は自慢だったのです。そりゃあ、もう、毎日手入れを欠かせないほど丁寧に扱っていましたよ!


 まあ、もちろん、前世の記憶を思い出した時は恥ずかしかったけど……だって、猫耳に民族衣装だよ? どこのレイヤーさんですか? 私は見るの――いや、撮るの専門でしたが!? 可愛いなあってこっそり見てる専門ですが!?


 おっと、これは目の前の変態さんに負けず劣らずの変態発言でしたね。失敬失敬――


 あ、そこの人、おまわりさん呼ぶのだけは勘弁です。


 そうそう、話が脱線――もとい、前世の私が全面的にこんにちはしちゃったけど、このゲームの設定についてもう少し……あ、目の前の変態さんが何か話してるけど、気にしない気にしない。うん。


 私――いや、このゲームの主人公の設定は超が付く田舎っ子で一族の中でただ一人、その異常なほどの身体能力の高さだけでこの学校に入学できた。それゆえに、一族の弱体化を防ぐため、この学園で強いもしくは知力の高い伴侶を見つけるというのが、主人公の目的になっている。


 だからこそ、癖のある攻略キャラクター達にいくらひどい目にあわされたとしても屈しない強さがあり、嫌われたら困るから言うことを聞き続ける。


 正直、生粋の奴隷体質、あるいは、M属性なのが主人公である。これはあくまでも、この『ゲームの主人公が』ということを強調しておきたい。私はそんな奴隷のような生活は嫌です。普通に幸せに生きたいんです。前の人生は大学在学中にストーカーに何故か心中を図られたので、本当に普通に生きたいんです!


 だから、私は入学してから一週間、攻略対象との出会いイベントを全て華麗にスルーした。


 ネガティブヤンデレな天才学者人魚様がふらりと現れたら四階の窓から大ジャンプして誰かの上に着地。腹黒性悪な精霊王様が出てきたら後ろにいた誰かを吹き飛ばして全力疾走。冷酷孤高な魔王様との対面の際には近くにいた誰かにツッコミを入れる振りをして、みぞおちに一撃を入れて保健室に緊急搬送。


 うん。我ながら、完璧な逃げだったと思う。恋愛フラグも真っ青になって裸足で逃げるレベルの破天荒ぶり。それがどこをどう間違って、お助けキャラが目の前でハアハアいう変態になっちゃったの?


 そもそも、私、恋愛フラグ折るのに精いっぱいでお助けキャラとも一切関わってなかったよね?


 まあ、公式ではお助けキャラって言われてる彼だけど、乙女の間では当て馬キャラって言われてる可哀そうな立ち位置のキャラだ。ちなみに公式で名前すら発表になっていない……攻略対象の情報にやたらと詳しい彼は、主人公を心配して色々助言を授けてくれるんだけど――そのせいで攻略中のキャラは歪む。


 彼らいわく、自分以外の男と仲良くしてることが不満らしい。ゆえに、歪む。主人公を閉じ込めて逃げないように足を切断したり、契約を結んで主人公を下僕にして誰とも話せないようにしたり……とにかく、歪んだ方へと愛が深まる。






 ★ ★ ★






 これが、ヤミゲーと言われるゆえんだ。


 現実逃避でぼうっとしていると、いつの間にか彼は跪き、私の左足を両手で優しく包み込んでいた。


「ああ、ルチア――俺は、君にひどくされたい。もちろん、君には一つもひどいことなんてしないって誓うよ。だから――」


 ゆっくりと彼の美しい顔が私の足へと近づいてくる。


 途端、頭がクラクラしてきた。倒錯的な雰囲気に酔ってしまいそう? いいや、違う。理解が追い付かず、頭が痛くなってきたのだ。


「誰がそんな気持ち悪いことするか、ボケェ!」


 ガッ――メキメキメキ


 思いっきり足を後ろに引き、跪いている彼の腹部を蹴りあげる。鈍い音と共に彼は大きく咳き込んだ。


「あ――って、ごめん! あんまり気持ち悪すぎて思いっきり蹴っちゃった!」


 設定にもあったように、私の身体能力はかなり高い。今の具合だと、あばら骨までヒビが入ったかもしれない。基本的に皆さん人間ではないので治癒能力は高いが、痛みがないわけではない。


 思わず数メートル吹き飛んだ彼に走りよると、彼は私の右手をガシッと両手で包み込むようにして恍惚とした表情を浮かべた。先ほど咳込んだ影響なのか、口の端からはわずかによだれが垂れている。


 もちろん、私がドン引いたのは言うまでもないことだと思う。ゾワリと全身の毛が逆立ち、咄嗟に手を強く引く――が、何故か彼の手はビクともしなかった。


(!? な、なんで逃げたい時だけいつもの怪力が出ないんだよ! あまりの驚きに力が発揮できないとか、もうやめて!)


 心の中で泣きそうになりながら数歩後ろに下がり、彼と何とか距離を取ろうとする。


「ああ、やっぱり俺の運命はルチア、君だけだよ。こうして何かを感じられるのは初めてで、俺、俺――もう、どうしたら良いか」


「ハアハアするな! てか、それ感じちゃいけない新しい世界開けちゃってるから! そんな扉開けなくていいから! どうもしなくて良いから! とりあえず、その手を離せええぇぇぇ!!!」


「ああ、ごめん……あまりに嬉しくって」


 パッと私の手を離し、口から出ていたよだれをふき取った彼は、上気した頬のまま本当に嬉しそうにフニャフニャになりながら笑った。その笑顔があまりにも可愛くて騙されそうになる。私はイケメンだからってドキドキしてしまう己の心臓を呪いながら、いつも呟いていることを心の中で繰り返す。


(ここは乙女ゲーの世界。サブキャラですらイケメンなのはいつものこと。いつものこと)


 心を落ち着けて彼を見ると、彼はやはり跪いたまま胸に手を添え、恥ずかしそうに笑った。まるで大天使――いや、熾天使かもしれない……が舞い降りたかのような、そんな美しい彼の容姿と二度の人生を通してようやく訪れた初めての告白というシチュエーションに心臓が早鐘を打っている。


「俺はシェロン。君は気付いてなかったけど、君と初めて会った時からずっと――」


 彼の切なげな表情に、胸がキュッとなる。数々の乙女ゲーをやって来たが、こんなに苦しいのは初めてかもしれない……。やはり、画面の中の主人公を通して伝わる緊張感と私本来が体験する緊張感は違うということなのだろう。彼につられ、私まで頬が紅潮してきた気がする。


「ずっと――君のストーカーをやってた者です! どうか、俺の女王様になってください!」


「ッ――だ…………るか」


「ルチア?」


 小首を傾げる動作にさえキュンときてしまう私の心を振りきり、腹の底から声を出す。


「誰がなるか、この変態ストーカー野郎!!!」


(私のドキドキ返せこの野郎!!!)


 私の心の叫びと、彼へと飛んだ回し蹴りがヒットするのは同時だった。こうしてこの日、私は講堂の壁に大きな傷跡を残した。もちろん、私の心にも大きな傷跡ができた。


(ストーカーさんや変態さんはもう来るなあぁ! てか、なんで私は変人にしか好かれないんだよう!! バカァ!!!)


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