XX 25 XX ケンカを売る相手にはご用心
「……で? なんで席が一つなの、シェロン?」
北の食堂に着き、シェロンが確保したという席の場所に着いたのは良いが、その席の両隣は完全に埋まり、ただ一つの椅子だけが魔力の結界に阻まれて座れない状態になっていた。
「根暗野郎の席を俺が確保してるわけないからね」
悪びれもせず、肩をすくめる彼を殴り飛ばしたくなったが、グッと堪える。北の食堂は回転寿司のような形式で料理が回ってくる仕組みで(今回シェロンが確保していた丸椅子が並んでいるゾーンだけでなく、テーブル席もちゃんとある)、それぞれの皿には時間凍結の魔力術式が組み込まれ、皿をレール上から取り出した時に術式が壊れて出来たての料理にありつける。また、その料理の質や量が料理人の気分次第で大幅に変わるため、少々博打要素が高いのが良いところでもあり、悪いところでもある。
今回はシェロンが言うように料理人の気分が絶好調のようで、どの料理も素晴らしいできだった。流れていく煌びやかな料理と、モニターに映し出される予約席の番号の多さにため息をつく。席が空くのを待っていては、夕食にありつけるのは深夜になりそうな勢いだった。
ちなみに、この予約席の番号、学生証にもなっているブレスレットで予約することも可能だ。たいていはここまで混み合わないため、あまり使用しない機能だが、先に時間を指定しての予約や席が空き次第呼ばれる順番待ちの予約ができる。順番待ちの場合は席が空きそうな20分前くらいに呼び出しの通知が届く仕様だ。正直、私はほとんど使わないが、よくできた機能だと思う。
「自信満々に言わないでくれるかな。まったく……とりあえず、今日は学生多いし、学食は諦め――」
「ルチア、諦める必要なんかないだろう?」
「は? 私だけ座ってシアンを立たせたまま食事する――なんて言う気ならぶん殴るからね?」
「ああ、ぶん殴られるのも捨てがたい! だけど、ルチア――椅子ならここにあるだろう?」
バッと片手を胸に当てながらニコニコと笑うシェロンを見て、なんとなく次の言動が予測できてしまい、げんなりする。
「さあ、ルチア!! 俺の上に存分に座ってくれ!!!」
四つん這いになり、無駄にハアハアと熱い息をあげている変態から目をそらし、深いため息をつく。
「シアン、行こうか」
「う、うん……」
食堂の学生の多さにオドオドしていたシアンだったが、シェロンのおかげで今は冷静さを取り戻したようだ。彼は、私と同様にシェロンへとゴミを見るような冷たい視線を送っていた。
「おい、根暗野郎、俺はお前にそんな視線を送られても全然嬉しくないんだが? そもそも、ルチアのために椅子にもなれないような奴が、俺にそんな視線を送れる資格などない!」
「なっ! 僕だってルチアーノのためなら椅子にだってなれるよ!」
(……ん? シアン、なんか色々と方向性間違ってない?)
「じゃあ、ルチアに相応しい椅子がどっちか勝負だな。もちろん、俺が勝つに決まってるけどね」
「ぼ、僕だってルチアーノに関することなら頑張るし、負けないよ!」
「いやいやいや、シアン。これ負けて良い勝負だからね? むしろ、勝ったら色々と負けな気がするっていうか……そもそも、相応しい椅子って何よ」
「相応しい椅子――それは、ルチアが座り心地がいいと感じる方を選んでくれれば良いだけだよ! ほら、俺に存分に座って!!」
「四つん這いのままこっちに来ないでくれるかな!? それから、ハアハア言ってる椅子になんか座りたくないよ!? あと、シアンも四つん這いにならなくて良いからね? 頼むから今、話の主旨が変わってることに思い至ってね!!」
「あ、ああ、うん、ごめん、ルチアーノ。でも、僕、君が望むなら椅子にもなれるからね!」
「そんなの望まないからね!?」
純粋なシアンがシェロンから悪い影響を受けている気がしてならないが、なんとか場を納めて食堂を後にしようとする。しかし、混み合う食堂で何やら揉めている集団を発見して足を止めた。小柄な学生3人を囲むようにして大柄な男子学生5人が何やら話しているようだが、席の取り合いだろうか?
聴覚に意識を集中させて会話を聞いてみると、どうやら男子学生が予約席を取れないのに、さっき来たばかりの学生が食事をすませることが出来たことに何やらいちゃもんをつけているようだ。周囲の学生は我関せずという感じで遠巻きにこの状況を見ている……。
(なんか、不穏な空気だな……)
ガラの悪そうな連中に囲まれた可愛らしい学生3人は、互いに顔を見合わせて困っているようだ。そんな態度にしびれを切らしたのか、とうとうガラの悪い緑頭がパンチを繰り出す。
「ッ――」
その瞬間、私の体はすでに動いていた。
ほぼ反射的に目の前にいた生徒達の頭上を軽く飛び越し、スタッと小柄な学生を庇うように着地した私は、男子学生のパンチを受け止める。男子学生は容赦なく拳を振るったらしく、なかなかに重いパンチだった。私の後ろにいる学生3人に当たらなくて本当に良かったと思う。
(…………で? これからどうするよ、私?)
危ないと思った瞬間に何も考えずに飛び出していたため、この後のことを考えていなかった。目が点になっているガラの悪い生徒達を前に、タラリと冷や汗が流れる。
(前に出ちゃったんだから、やっぱり何か言うべきだよね!?)
「お…………お兄さん達、そこまでにしておいたら?」
……うん。何というか『ヒーローが登場するお約束の展開』のような気がしてならないけど、私、一応、乙女ゲームの主人公――OK?
(普通、乙女ゲームの主人公って現在私の後ろで震えている女子学生ではないのん?)
ちょっとだけ遠い目をしながら、まだ受け止めたままだった男子学生の大きな拳に力を加えて、足をなぎ払うと、彼は大げさに痛がりながら転がった。……彼にはスタントマンとしての才能があるかもしれない。
「あ? いきなりなんだよてめー」
低い声を発したのは、一際大柄な男子学生だった。身長は2メートル以上はありそうで、盛り上がる筋肉のせいか、軍服が今にも破けそうなほどパツパツ――赤に黒いメッシュが入った髪をオールバックにし、鋭く血走った赤い目つきで私を見下ろしている。
(この男子生徒、ワイルド系イケメンというか……うん、これはこれでありかもしれない――)
ちなみに、さっき私が転がした学生も同じようなワイルド系イケメンで、緑に黒いメッシュが入った髪をオールバックにしていた。ようやく立ち上がった彼の身長は赤髪よりも少し低いくらいで、他の3人の青、黄、桃色の髪の連中と同じくらいだった。もちろん、全員、髪に揃いの黒いメッシュを入れてのオールバック。……正直、その髪の配色からして、どこぞの戦隊ものかとツッコミたくなったが、事態をややこしくしないよう、触れないでおく。
(……というか、なーんか、こいつら見たことあるような?)
妙な既視感に首を傾げていると、青髪が一歩前に出てきた。
「おい、いきなり出てきて挨拶もなしか?」
「あ、ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事してて――っと、それよりも、可愛い子達捕まえて暴力行為とか、かっこ悪いよ。お兄さん達、見た目はかっこいいんだし強そうなんだから、そんなことしてたらモテなくなっちゃうよ?」
私の言葉に、キャーという黄色い声が後ろから響いた。
(…………はい?)
「ねぇねぇ、可愛いって! 私、可愛いって!」
「『子達』ってことは私も可愛いってことでしょ!」
「ああん、もう、ステキ!」
何故、こんなにも黄色い声が後ろの3人から聞こえてくるのか分からないが、どうやら、怯えて震えているわけでなかったようなので、ひとまず安心する。何やらハートマークが飛び交っているようなこの空気にちょっと引いてしまいながらも、目の前の男子学生に意識を集中する。
「うるせーな! あんたにはカンケーねーだろ! 引っ込んでろ!」
いつの間にか空間から斧を取り出した黄髪が私に向けて攻撃を仕掛けてきたので、腰に装備している鞭に手を伸ばした――が、私がそれを使う前に赤髪以外の全員が意識を失って床に倒れた。
(ええと……この行き場のない手、どうしよう?)
私は持ち前の動体視力のおかげで何が起きたか把握出来ていたが、何が起きたか分かっていないらしい赤髪が呆然と立ち尽くしていた。
「なっ――!」
言葉を発しようとした赤髪が床へと倒され、首元に長い針を刺される。
「……この針の毒は遅効性なんだ。ゆーっくりと体の内側から溶け出していく毒だから――長く苦しめるよ?」
床に倒れ込んでいる赤髪の横にしゃがみ込み、ニッコリと笑ってそう言ったのはシアンだった。いつもの可愛らしい笑みとは違い、その瑠璃色の瞳にはドロリとした暗い色を灯していた。
「ヒッ――おまえ、何を――」
慌てて針を引き抜いて首を押さえた赤髪の鼻先に、シアンは赤い液体が入った小瓶を差し出す。
「解毒剤……欲しいよね? 欲しいなら、もうルチアーノに酷いことしないって誓ってくれる?」
彼の言葉に、赤髪は誓いも立てずにシアンの持つ小瓶をぶんどって飲み干す。シアンはというと、小瓶を取られたのに相変わらず口元を歪めて笑っていた。
(……シアンさん? なんか、ちょっと怖いんですけど?)
私がビクビクしながらことの成り行きを見守っていると、さっき青髪と黄髪に打撃攻撃を加えて倒していたシェロンが横にきて、小首を傾げた。
「ルチア、大丈夫だった?」
「え、ああ、うん――」
ちなみに、残りの緑髪と桃髪はシアンが倒したようだ。針を刺した形跡はなく、他の方法で2人を沈めたようだが……彼らの蒼白な表情を見る限り、毒薬の類であろうことは予測できる。
「ギャ、ガ! ガアアアアァァァ! ぐる、じッ――!」
(わあ、ビックリした! ――てか、私よりもむしろ、今、目の前で突然もがき苦しみ始めた赤髪さんの方が大丈夫じゃなさそうなんですが!?)
床を転がりながらもがき苦しむ赤髪さんに、ニコニコ笑うシアン……正直、もう、どっちが悪役だか分からないんですが?
「アハハ、せっかく遅効性の毒にしたのに促進剤なんか飲むからだよ」
「お、おま、え――」
「もう二度とルチアーノに酷いことしないって誓うんなら――解毒剤、あげるよ?」
「誓う! 誓う、がら!」
息も絶え絶えに誓いを立てた赤髪はようやくシアンから本当の解毒剤を受け取って飲み、他の仲間を起こしながらフラフラと去って行った。……結局、緑髪と黄髪が目覚めなかったようだが――
「ルチアーノの手を握るなんて、あの緑の奴め、もっともっと苦しんだらいいんだよ――」
ボソボソと小声で言うシアンだが、私の万能な耳はそんな小声もクリアに拾ってしまった。
(手を握ったわけじゃなく、私が拳を受け止めただけなんだけどね! とんだとばっちり……。友達想いなのは嬉しいけど、シアンの場合引きこもり歴が長いせいでちょっと過剰すぎるんだよねぇ――うん、緑、強く生きろよ)
「ルチアに斬りかかるなんて、本当に馬鹿な奴だよね。ああ、でも安心して、ルチア。あの黄色い奴の体内機能は魔力で念入りに壊しといたから!」
(わお、これまた、まったくもって安心できない内容だよ!? 黄もヤバイ状態なの!? むしろ、私のせいで被害大きくなってない!?)
タラタラと冷や汗が流れるが、とりあえず助けてくれたみたいなので(おそらく、2人がいなくてもなんとか出来ていたことはこの際置いておく)、シアンとシェロンの袖口を軽く引っ張る。
「えっと……2人とも、ありがとね?」
「え、えと、その、ル、ルルル、ルチアーノのためなら、別にこれ、これくらい……」
「ああ、ルチア! 君のためなら、たとえ火の中、水の中、女子更衣室の中だって!」
「うん、シェロン。もう女子更衣室云々の話題はいらないからな!?」
顔を真っ赤にするシアンに恍惚とした表情を浮かべるシェロン――ほのぼのとしたこの日常に、なんとなく温かい気持ちになっていると「あのう……」という控えめな声が後ろから聞こえた。ハッとして振り返ると、先程私が庇った学生3人がモジモジしていた。
「あ、放置してごめんね! 怪我はない? 大丈夫?」
(正直、忘れてた……)
心の声を飲み込んで質問すると、3人は頬を染めて目を輝かせた。3人とも、フワフワの茶髪にくりくりとした黒い瞳が可愛らしく、リスのような学生だった。
「ありがとうございます!!」
「こんな私達を助けて下さるなんて、本当に嬉しい限りです!」
「ええ、もう、なんて凜々しくてかっこいいのでしょう!!!」
わらわらと、シアンとシェロンを押しのけて絡みつかれ、もう何が何だか分からない。
「えっと……?」
「ああ、すみません。ついつい、テンションが上がってしまって……あの、よろしければ――」
3人が目配せをし、頷く。余計に意味が分からず首を傾げていると、彼らはニコニコしながらキラキラと光る黒いカードをくれたのだった……。
2016/9/19 加筆修正




