XX 24 XX 色気より食い気
「先生はね――どっちの派閥も信仰していないんだ」
その言葉に、思わずズッコケそうになる。
「変に含みあるような反応しないで下さいよ! 心臓に悪いじゃないですか!! 危うく先生殴って逃走するところでしたよ!?」
「いやあ、ごめんごめん――って、なんだか後半物騒だったねぇ。でも、君が聞いてきた質問なのに随分と興味がないみたいだったから、ついついイタズラしたくなっちゃった先生の気持ちも分かってもらいたいなあ」
「へ!? い、いや、べべべ別に興味なかったわけじゃないですよ! 決して! そう、苦し紛れの質問とかじゃ――」
(あ…………また、いらんことを――私ってバカなの!?)
「うん、そんなところだと思ってたし、そんなに焦らなくていいから。ああ、でも、さっきの答えに一つだけ修正を加えておこうかな……」
「??? 修正――ですか?」
「そう、修正。先生、実はちょっと最高創造主が嫌いだったりするんだよね」
「最高創造主って――博愛主義者で良い人そう……じゃなくて、良い創造主(?)そうな創造主様ですよね?」
「そうだね、確かに良い奴なのかもね……でも、博愛主義ってのは皆を愛していると言いつつも、結局は誰も愛していないのと同義だ」
「え――?」
先生の黄色の目が仄暗く光る。
「だってそうだろう? 皆等しく愛おしい。優劣がつけられないってことだから……ね。だから、先生は誰かを特別にしない博愛主義ってのは嫌いだよ。そう言った面では、その左翼や神の方と意見が合いそうだ」
「神……神様も博愛主義じゃないんですか? 神様は博愛主義者の最高創造主様に作られて――」
「フ、ハハ――神が博愛主義者とは面白いね」
先生がおもむろに立ち上がり、書類の横に置いてあった赤い缶を開けた。缶からわずかに漏れ出た魔力から、どうも時間凍結の魔術式を施していたらしい。高度な魔術式をおもむろに解除した先生の行動に首を傾げつつ、続く先生の話を大人しく聞く。
「神は偏った愛しか紡がない。自分の気に入った奴にだけ優しくって、それ以外は勝手にしてくれって思考の持ち主。神は――間違いなく独愛主義の狂った奴だよ」
「……まるで、神様を知っているみたいな言い方ですね」
「ああ、そうだね、神のことはよく知ってる……きっと今もお気に入りの誰かを見ていて、こうやって――」
「!?」
テーブルに軽く手を付き、グッと距離を詰めてきた先生にどう反応していいかわからず(先生なので命の危険がない限り殴るわけにはいかない)に驚いていると、無駄のない鮮やかな手際で先生の指先が私の唇に触れた。次いで、口の中に小さくて丸い何かが入ってきたことに二度目の驚きを感じる。
「特別に扱ってるんだろうよ?」
そう言って大人の魅力たっぷりに微笑まれたせいで(しかも、至近距離!)、そういったモノに耐性のない私の心臓が飛び出しそうなほどに急速な音を立てている。最後にオマケとばかりに唇をふにっと押され、一気に血が沸騰したように熱くなった。
「な、ななな、何やってくれひゃってるんでふか、先生!?」
「うん? 片付けを手伝ってくれたお礼と質問に来た勉強熱心な学生へのご褒美ってところかな?」
ニヤリと笑い、彼は指先をペロリと舐めた。
(だ・か・ら、何やってんじゃい、この先生は! それ、私の唇触りやがった指っしょ!? 変な色気出すなや、このイケメンエロ教師!!!)
「特別に――甘いだろ?」
その言葉に、ようやく口の中に入ってきた何かからじんわりと甘くて優しいイチゴミルクの味がした。
(こ、これは――!?)
舌の上で転がすと、ホロリと崩れるように溶けてしまったが、その絶妙な口どけ具合に思わず頬に手を当て、目を輝かせてしまう。
(わあ、めっちゃ美味しい!!! ああ、このイチゴの甘酸っぱさをまろやかに優しく包み込むミルクの甘さがもうたまらな――ん? あ、れ――? ちょっと待てよ。これ、前にもどこかで……?)
ふと、口の中に広がる味に懐かしさを感じてしまい、一瞬だけ思考がトリップしてしまう。
(前――前って……いつだ?)
「お気に召したようで良かったよ」
近くで聞こえたイケメンボイスに驚き、急いで思考を手繰り寄せると、優しげに目を細めた先生の綺麗な顔が目の前にあった。
(ハッ――今問題なのはどこで食べたかなんじゃない……)
「せ、先生――」
「ん――?」
小首を傾げ、甘い笑顔で返事を返してくれた先生に私はズイッと詰め寄る。
(そう、今問題なのは――)
「この飴の入手経路はどこですかっ!? 私、この味大好きなんです!!」
(今問題なのは、この飴が今後も食べられるかどうかだ!!)
私の言葉に先生がその長いまつげを何度か瞬かせている。うん、珍しいところを見た気がする。先生はどうやら驚いているようだ。
(――って、そりゃ、先生も驚くでしょ! 何聞いてんのさ、私!? そもそも食べ物に釣られちゃダメっしょ!?)
「入手経路ねぇ……そうだな、飴が欲しかったらいつでもおいで。先生がまた、特別に甘いのをあげるから――」
最後に間近で色気たっぷりに微笑まれ、またもや真っ赤になってしまったが(よくよく考えたらズイッと近付いたのは自分なのでただの自爆)、私の中では現在、あの甘くて美味しくて……何故だかすごく懐かしい飴の魅力の方が大きいようだ。先生の妙な色気さえ回避できれば、またあの味にありつけるのか――と本気で考え込みながら先生の部屋を後にした。
☆ ☆ ☆
(うーん、なんだかハティ先生にからかわれてばっかりだったような気が……まあ、とりあえず、聞きたい情報も聞けたし、いいってことにしよう! あ、でも、結局クレアいなかったなあ……)
お目当てのクレアの手掛かりが掴めず、これからどうしようかと考えながら廊下を歩いていると、見慣れたシアン色の髪が視界に映った。
「あ、シアン」
「ルチアーノ!」
頬を染め、長い髪を抑えながらこちらにかけ足で寄ってくる彼の可憐さに、思わず頬が緩む。
「あ、その、こ、こここ、こんな所で会うなんて、すごい偶然だね!!」
「こんな所って……ここ研究棟だから、シアンとの遭遇率は高いような気が――」
「そ、そうだね! 僕はこの棟にいる率が高いもんね! だから、会えるのは必然だよね!?」
「え、ああ、うん?」
(必然? そこまでいく――のか?)
シアンの言葉に妙な引っ掛かりを覚えたが、特に気にすることでもないだろうし、軽く聞き流す。
「そ、そそそ、それよりも、ルチアーノ、お腹空いてない?」
「ああ、もうすぐ夕飯の時間だもんね。言われてみればそうかも……」
(さっきの飴が引き金になって『もっと食い物よこせぇ』的な感じでお腹が鳴っているような気がする)
「じゃ、じゃあ、僕と一緒にが、ががが、学食行かない!?」
シアンのその言葉に、軽く感動を覚える。
(あの引きこもりがちだったシアンが食堂に!? ああ、本当に、本当に成長したんだね……)
まるで引きこもりの子供を持つ母のような気持で歓喜あまっていると、シアンがワタワタとし始めた。
「あ、もし、学食が嫌なら、何か注文するとか、買ってくるとかでも良いから、そ、その、僕と一緒に夕飯食べませんか!?」
「うんうん、もちろんだよ!! あ、あと、学食で大丈夫だから! むしろ、シアンの学食デビューをしっかりサポートさせてね!!!」
「う、うん! うん? 学食デビュー? サポート?」
「大丈夫、私に任せて! 夕飯はだいたい学食だからサポートはバッチリだよ! あ、そういえば、今日の日替わりメニューってなんだろう?」
「日替わりメニューかあ……ごめん、ルチアーノ、僕も分から――」
「南の食堂の日替わりメニューはルチアの好きな照り焼きチキンだったよ。でも、今日は北の食堂の料理長の機嫌が良いらしいから、北の方が美味しい料理が食べられそうかな」
「そっか、ありが――って、ぎゃ!!! いつの間にいたの、シェロン!?」
「今の間だよ、ルチア! ああ、いつもながら驚いていきなりパンチを繰り出してくる君は最高だよ!!」
身をクネクネとくねらせながら、私がパンチを食らわせた頬を愛おし気に撫でているシェロンに、一気に精神力が削られていく。
「いつものことだけど、いきなり出てきて驚かせないでよ」
(まったく気配が感じられないから、心臓に悪いんだってば――)
思わずジトリとシェロンを見つめると、彼は頬を上気させてジリジリとにじり寄ってくる。
「驚かせてごめんね? なんならハア、もう一発、ハアハア、殴って――」
「ハアハア言って上着脱がないでくれるかな、この変態!!」
いつも通りのやり取りをいつも通りに繰り広げていると、私を背に庇うようにシアンが前へと出た。
「本当にどこにでも沸いてくるんだね、変態さんは」
シアンがキッとシェロンを睨む横顔に、先程よりも感動を覚える。
(シアン……堂々と自分の言いたいことを言えるようになるなんて、本当に成長したんだね)
その心境はまさにオカンだ。心の中でホロリと流した涙を拭いながら彼の凛々しい横顔を見つめていると、シェロンがニタリと笑った。
「フッ、俺はルチアの傍ならたとえ女子トイレや女子風呂だったとしてもついていけるからな」
さすが変態と言わざるおえないその内容に、シアンのせいではないのに彼への感動がどこかに飛んでいってしまった。
「ただの変態丸出し発言を胸張って言わないでくれるかな!? つーか、トイレや風呂はマジで勘弁してね!?」
「トイレにお風呂……」
そう呟いたシアンの顔は真っ赤になった後、真っ青になった。
「シアンも本気で考えなくて良いから!! そもそも、そんな所までシェロンがついてくるの許したりしないから!!」
「そ、そっか……でも、ルチアーノ――困ったことがあったら遠慮なく僕に言ってね。僕、君のためなら頑張って――やれるから」
今日一番の笑顔で、爽やかに「やれる」と言い切ったシアンに底知れぬ闇を感じ、ゾッとする。
(いやいやいや、ちょっと待ってよシアンさん! 今の間違いなく【殺れる】って漢字変換だったよね!? 友達想いなのは嬉しいけど、物騒なのだけは勘弁してね!?)
「シアン、気持ちはすっごく嬉しいけど、大丈夫だから――お、おおお、落ち着いてね!?」
「うん、大丈夫、僕は落ち着いてるから」
「落ち着いたうえで出た結論がそれって余計に怖いんだけど!?」
「大丈夫だよ、ルチアーノ。君が心配することは何もないから――ああ、それよりも、そろそろ食堂に行かない? お腹減ったでしょ?」
「う、うん、と、とりあえず、移動しよっか……」
シアンに少々押され気味になりながらも、とりあえず研究棟の外へと向かう。
「あ、ちなみに、どこの食堂行く? 今日は北の食堂がオススメらしいけど、南と中央もいつも美味しいから迷うんだよねぇ」
「ああ、ルチア、今日は中央の食堂は整備中で閉鎖してるらしいよ。あ、でも、君がお望みとあらば、俺が中央と同じ料理を調達して――」
「いや、そこまでしなくて良いから」
シェロンの申し出をバッサリと断り、渋い顔をする。
「じゃあ、北も南も食堂混みそうだね……座れる場所あるかな?」
「そういうと思って、ルチアがどっちを選んでも良いように場所だけは確保してきたよ!」
ほめてほめてーというように、シェロンが満面の笑みをこちらに向けてくる。毎度のことながら、彼の下僕根性(?)とやらには余念がない。
「あ、ありがとう……でもシェロン、毎回言ってるけど、そこまでしてもらわなくても大丈夫だから。確かに至れり尽くせりで嬉しいっちゃ嬉しいけど、自分のことは自分でできるし、情報を知らなかった私が悪いから食堂が混んでたとしても待ったり他の場所で夕飯すませたり、色々やり方あるし――」
「俺が自分の自己満足のためにやってるだけだから、ルチアは気にしないで良いんだって。でも、そうやって俺のことを気にかけてくれるルチアも最高だよ! 俺、もっともっと頑張るから、我儘をもっともっともっと言ってね!!」
「だから、我儘なんて言わないって言って――ん? シアン?」
シェロンと不毛なやり取りをしていると、突然左手を強く握られ、驚く。
「ルチアーノ、ごめん、誘っておいて色々情報不足で、僕――」
「何言ってるの、シアン。情報不足は私も同じだって! 私は誘ってくれただけで嬉しかったんだから、そういうの気にするのはなしにしよ! ほら、とりあえず今回はシェロンが場所確保してくれたらしいし、一緒にご飯食べに行こう!」
シアンが曖昧に笑い頷いてくれた後、ボソリと「次はちゃんと調べてから誘おう……」という独り言が聞こえてしまい、なんともくすぐったい気持ちになったが、これ以上この話題を引っ張るわけにもいかないので、私はあえて聞こえないふりをした。
(……正直、耳が良すぎるのって困りものかもしれない)
よくゲームや漫画とかであるボソリといった大切な言葉が聞こえなかったというご都合主義的なあれが、私にはまったく通用しないのだ。ぶっちゃけ、そんなふうにしなくても私が困ることはないので良いが、単純に陰口や悪口なんかもバンバン聞こえてきてしまうというデメリットがある。
ちなみに、この手のマイナス情報は実際のゲーム内でも主人公の【正気度】を低下させ【狂気度】のパラメータを上げる要因になっていたので、マジで勘弁してほしい。獣人という種族に誇りは持っているが、この耳の良さはたまに制御しておきたいと思ってしまう。まあ、情報収集の役には立つから夕食時に毎回使わせてもらってるけど……その度にマイナス情報を聞いてしまわないように神経を尖らせるのは疲れる。
「――ってことで、シアンはどっちの食堂がいい?」
「ルチアーノはどっちが良いの? 僕は食堂についてはよく分からないから、ルチアーノが行きたい方についていくよ?」
「え、ああ、私かあ――うーん、じゃあ……」
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次回はようやく食堂出せます……前々から新世校の設備や魔力の属性について設定を練っていたのですが――出す機会がなかなか難しく(特に魔力関連はルチアが感覚でやってるところあるんで……)、ようやくちょこっと出せそうです(*´ω`*)
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