XX 11 XX 人魚の葛藤
「――――――」
一瞬、誰かの声が聞こえたような気がした。ふと目を開けると、目の前に満天の星空が見えた。真っ暗闇に赤青緑の綺麗な星々が瞬いている。前世とは違う色の星々も多く、表現しがたい色のものもあるが、とても綺麗だと思った。
(……てか、攻略対象と関わって早々に亡くなったじっちゃとばっちゃと会うなんていうイベント発生しちゃったよ――これ、普通ゲームとかなら最後らへんにこない? こう、ダメだと思ったら復活ッていう感じでさ。だって、さすがにこれ連発出来ないでしょ? もしかして、私、瀕死状態になる度にまた来たのかー的な感じでばっちゃ達におもてなしされるの? そもそも、デッドエンドやそれモドキは全力で回避したいんだけどっ!?)
「あ、ルチアーノ、良かった……目が覚めたんだね」
「ッ――シアン?」
思ったほどかれた声が出て驚く。先程から一人でグルグル考えていただけだったから、自身の声がこんなに酷くなっているとは思わなかった。
シアンは一瞬罪悪感に駆られた顔をした後、ふいっと私から目線をそらした。
よく見ると、シアンはずぶ濡れ状態だ。仰向けに寝転がっている私の隣で正座をして、背中を丸めている彼はまるで悪いことをしてしかられている子供のようだった。
そんなシアンの様子をボーッと見ていると、ようやく祖母達に会う前の出来事を順を追って思い出し、驚きに目を見開く。
「シアンが――助けてくれたの?」
その言葉に、シアンはビクリと反応した後、俯いてしまった。
「……ありがとう。助けてくれて」
「僕は――僕は……」
ギュッと強く握り締めたられた彼の手をそっと握る。今まで冷たいと思っていたシアンの手の方が温かく、自分がどれほどマズイ状態だったのかが分かった。
「解毒してくれたんだよね?」
シアンがバッと私の顔を見つめる。その顔は今にも泣き出しそうだった。
「ありがとう。おかげで助かったよ」
「でも――これは全部僕のせいで……」
「シアンは何も悪くないよ。どちらかというと、昼寝草取りにこようって言った私の浅はかな考えが悪かったんだから。気にしないで」
「で、でも――ッ!?」
手を握っていない方の手でシアンの額に軽くデコピンをお見舞いしてやる。シアンが背中を丸めていてくれたおかげであまり腕を伸ばさなくてもデコピンは余裕でとどいた。あ、もちろん、私の怪力だと重症になりかねないから、かなーり手加減してとびきり軽いデコピンだ。
「でもって言わないの」
赤くなった額をさすりながら瞳をうるうるさせている彼に思わず笑いがこみ上げてくる。
川に落ちる前に出来ていた彼の額の傷は無事に塞がっているようだ。
「ねぇ、シアン見てみてよ。空、めっちゃ綺麗だよ?」
「???」
キョトンとした顔でこちらを見てきたシアンにイタズラ心がわき、握っていた手を引っ張る。
「!?」
バランスを崩したシアンが横の草原に倒れる。
「ほら、見てみてよ」
上を指さした私に、彼は一瞬何か言いたそうな顔をしたが、そのまま私の指の方向にある満天の星空に目を向けた。
「わあ――スゴイ……初めて見た」
彼は目を輝かせて星空を眺めている。
ベッタベタなカップルイベントのようなものを素でやっちゃってる気はするが、命の危機の後だと思うと気が抜けすぎてこんな馬鹿なことでも生きてる実感が沸いてきて嬉しく感じる。
「あのね、私、シアンが私を助けたいって思ってくれたことが何よりも嬉しいよ。それに、実際こうやって助かって、こんなに綺麗な星空見れて、このプチ冒険も良かったって思うんだ。もう助かったんだから、難しいことはいいよ。だからさ、もう一度ちゃんと言わせて?」
くるりとこっちを向いたシアンの顔があまりにも近くにあって、一瞬ドキリとしたような気がするが、私は気にせずニッコリと笑う。
「助けてくれて、ありがとう」
握っていた彼の手の体温がゆっくりと高くなっていく。それに合わせ、彼の顔が徐々に赤くなっている。
(???)
そのうち、シアンの頭から湯気が出始めてきた。あ、比喩ではなく、本当に湯気が出てきてます。
人魚は体内の古い水分を植物のように外へと放出し、新鮮な水分を周囲から体内に入れやすくすると聞いたことがあるが(もちろん、この世界で何かの本で読んだ)、それの一環なのかもしれない。まあ、今の彼の姿は人型ではあるんだけど……。
「と、とと、とりあえず、か、帰って、花達のためのく、くくく、薬必要だよね!? あ、あああと、着替えとか!!」
「あ、うん。そうだね?」
顔を真っ赤にして湯気を発している彼が茹でダコならぬ茹で魚にならないか心配しながらも、私は彼と一緒になんとか惑いの森を抜けた。
川で流されてどうなることかと思ったが、流れの先が森の入口に近いところだったらしく、そんなに歩かずにすんだ。どうも、私が惑いの森に足を踏み入れて最初に聞いた水音が、私達が落ちた川の下流の音だったようだ。
★ ★ ★
「シアン、貸してくれてありがとう」
シアンから予備の白衣をかりて着た。
一度寮に戻っても良かったが、シアンの研究室のほうが距離的に近く、服が乾くのを待つ間に魔薬の生成をやったらいいのでは? と私が言い出したため、こうなった。シアンからかりたタオルを首にかけ、少し長めの白衣の袖をたくる。
(……少し下がスースーする)
実は下着もずぶ濡れだったため、さっきシアンの研究室の魔力洗濯機(エネルギーが電気か魔力かの違いだけで見た目と性能もただの乾燥機付き洗濯機)に自身の軍服と一緒に突っ込ませてもらった。
(早まったか……)
下が少し落ち着かない気がし、クイッと白衣の裾を下へと引っ張る。
(まあ、洗濯機入れちゃったし、今更だよね)
気を取り直し、金色の無毒の実を中央に窪みのある船っぽい器具に入れ、すりつぶしていく。すり潰す器具は黒い円盤状の石の真ん中に握り手となる棒を突き刺した形状で、これを前後に動かすことによって実を細粉にしている。私にもできる仕事ということで、シアンがこの作業を与えてくれたのが嬉しい。
(ぶっちゃけ、魔薬の知識のない私って役立たずだし)
ちなみに、昼寝草はシアンが腰に付けていた黒いポーチの中にきっちり収まっていて、今は彼の手で新たな魔薬品になろうとしているところだ。そして、彼は今、何故か研究室の隅にいる……。
「ねぇ、シアン――」
「な、な、何かな!?」
「距離遠くない?」
「そ、そそそ、そんなことないよ!?」
研究室の隅っこで壁と対峙しながら魔薬品を生成中の彼。その彼を追いやるような形で中央の机を占領している私。彼の半端ない動揺ぶりから見ても、態度がおかしいのは一目瞭然だ。
(下着つけてないのばれたかな? いや、そもそも、崖事件の時、私の胸に顔押し付けちゃったことで動揺しちゃってる?)
「シアン、疲れてるなら明日でも大丈夫だよ? 別に私に合わせなくても――」
「ぜ、全然疲れてないよ!? むしろ元気すぎてマズイというかですね!?」
「ああ、そうなの?」
シアンの動揺ぶりになんとなく笑いがこみあげてくる。
(やっぱり、胸が原因かなあ……シアンも初心よのう)
しばしの間ニヤニヤしながらシアンの可愛らしい反応をうかがっていたが、シアンが顔を真っ赤にしながらも頑張って薬を作っている姿を見て、私も薬のもととなる実をすり潰すのに集中することにした。力を入れすぎないように注意しながら金色の粉ができていく様子を見ていると、なんとなく達成感が得られる。
☆ ☆ ☆
~???視点~
…………何かに集中すると周りが見えなくなるのは彼女の良いところでもあり、悪い癖でもある。
だって、彼女は彼がジタバタと可愛らしい反応を見せてくれていたのにまったく気付いていないのだから……きっと、本当は見たいと思ってるだろうに――。
まあ、彼女が気付いても気付かなくても……事態は変わらないだろうけど…………。
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