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お助けキャラは変態ストーカー!?  作者: 雪音鈴
2章 深海の檻が軋む時
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XX 8 XX 毒を紡ぐ人魚(後編)


 震えるシアンを自身の右手で持った【鞭】ごとギュッと抱きしめる。


 この際、シェロンの【下僕一週間記念プレゼント】が鞭であったこと、私がシェロンからのプレゼントをもらってしまったことにはツッコミをいれないでほしい。


(ぶっちゃけ、これのおかげでシアン引き寄せられたし)


「ルチア――」


「黙って口閉じてて!」


「ムグッ――」


 大声で叫び、次に私がやろうとしている衝撃に備え、シアンを落とさないように右手に少し力を込め、自身を彼に押し付ける。シアンが何かモゴモゴ言っている気がするが、聞いている暇はない。


 私は左手に渾身の力を込め、切り立った崖の壁面へと拳を突き立てる。腕が折れるかもしれないことよりも、このまま落ちれば確実に待っているであろう死への恐怖の方がまさった。


(こんなところで死んでたまるかあ!!!)


 ガガガガガッ――


 柔らかかったのは崖の上部だけだったらしく、崖の表面は固くて痛かったが、私はその痛みに歯を食いしばって耐えた。ようやく落下の衝撃が殺され、なんとか川の300mほど上で止まる。


(痛い――けど、折れてはいないみたい……)


 左腕の感覚に、少しホッとする。黙っていると重みでズルズルと落ちていってしまうので、左手でガッと崖の中に出来た突起のような岩をしっかりと掴む。


「シアン、ごめん、もう話しても大丈夫だよ?」


「…………」


「? シアン?」


 自身の右腕――ぶっちゃけ、下にいるシアンの方を見下ろすと、私の胸に頬をこれでもかというほど押し付けられた状態の彼が真っ赤な顔をして固まっていた。彼の額は先程私が崖に拳を突き刺したときに飛び散った崖の破片ででも切ったのか、少し血がにじんでいた。ちなみに、彼の体は鞭で簀巻き状態である。


「シアン!? ご、ごめん! 力強かった!? 息してる!? 生きてる!?」


「あ、う、うん、力はだ、だ、大丈夫というか、体勢というか!?」


「体勢? あ、ごめん、引っ付いちゃって! でも、こうするしかなくって……」


「いやいやいや、引っ付くのは大丈夫だし、むしろ助けてくれてありがとうだし、た、た、た、ただ、位置がちょ、ちょっと、柔らかいというか、ヤバイというか!?」


「?」


(位置?)


「ッ――!?」


 あまりに危機的状況のせいで頭が回ってなかったけど、もう一度状況を整理しよう。


 シアンの頬は私の胸にひっついている。


 そう、シアンは簀巻き状態で私の胸にダイブした状態なのだ。


(こここ、この状況は!? いや、まあ、私のせいなんだけど、そうだけども!?)


 そんな感じで混乱していると、体に妙な違和感を感じた。


(?)


 ……左腕に感覚が無い。


 人間ならば出血多量の線も考えられるが、獣人である私はいくら能力を抑えているといっても傷の治りはわりと早く、この程度で感覚がなくなるほど出血多量になることもない。


 そこまで考え、ある考えに辿り着き、背筋が凍る。


(神経毒!?)


 原作ゲームでは、主人公が昼寝草トゲで神経毒を受け、崖の下の川に真っ逆さまに落ち、溺れ死ぬ。でも、今回私は昼寝草に触ってないはずだ。しかも、崖も中間あたりの側面を狙ったから、昼寝草の毒もなさそうなのに……。


「ルチアーノ?」


 いきなり青い顔をした私の様子の変化に気付いたのか、シアンが不安そうな声を上げる。


「ご、ごめん、僕、やっぱり足でまといで――」


「シア――ン」


(呂律も回らなくなってきてる!?)


 左腕の異変に気付いてからの進行が早い。昼寝草の毒はもっとゆっくり――非常にえげつないことだが死への恐怖と苦しみを感じながら死ぬものだった。展開が分かっているのにシナリオを読み進めていくのが辛すぎて、一思いに楽にしてくれと思いながら読んだのを鮮明に覚えている。


(じゃあ、これは――まさか、別の――)


「ど――く?」


 目の前の視界が歪む中、シアンに訴えかけるように声を絞り出す。


「ルチアーノ? 顔色が――ッ! まさか、そんな!? もしかして、君、体が痺れたりとか!?」


 シアンが言葉を発するたびに、全身の力が抜けていくような感覚を薄らと感じる。このままだと、間違いなく川に落ちる。


「ルチ――」


「シ――アンだけ――逃げ……て」


 私が決意を込めてそう言うのと左手から力が抜けるのは同時だった。ズルリと崖側面から左手が抜け、下へと引っ張られるように落ちていく。浮遊感を感じる感覚が鈍い。何度か崖の側面にぶつかりながらも、私はまだ辛うじて感覚の残る右手でシアンをしっかりと抱きしめ、彼を守るようにしながら川へと落ちた。


 真っ暗な川に放り込まれた瞬間、バッと右手で操っていた鞭を解き、シアンを解放する。


(あ、私……ここで死ぬのか――)


 毒の効果なのか、感覚がまるでない。さっき動いた右腕ももう動きそうにない。川に落ちたというのに、水の感触を感じられない。シアンの泣きそうな表情を見た後、視界も暗い。一瞬だけ名前を呼ばれた気がしたが、今は音もない――。


(シアンは大丈夫かな? まあ、人魚だし、彼特有の能力の『泡』で呼吸できれば大丈夫だよね。たとえ――泳げなくても……)


 そう、シアンは泳げない。


 人魚なのに? って思う人もいるだろう。そう、彼は人魚なのに泳げない特殊な体質の人魚なのだ。


 【シアン】という名前は、彼の髪色を表しているのではない。その身に宿した毒のことを指している。彼は生まれながらにして体内に毒を持っていた。体内で毒を生成できるフグなんかを思い出してほしい。


 体内に毒を宿しているシアンは、フグのそれとは違い、体の一部に麻痺という負の効果が出てしまっている。


 彼は毒により母体を蝕み続けて壊し、生まれ落ちた後もその毒のせいで人魚の魚部分、つまり、尾ひれを動かすことが出来なかった。尾ひれには大事なエラが付いていて、人魚は普通そのエラで呼吸する。しかし、尾ひれが麻痺している彼は最初から呼吸が上手くできず、魔力の泡の中で育てられた。


 人魚には肺もあるため、シアンはずっと空気があるその泡の中で生活していくことになるのだが、この呼吸器官の麻痺が、毒であるシアン化合物を服用してしまった時の症状に似ていることから(この世界でも解毒しなければ毒で死ぬ。もちろん、体力があり余っている分、長く苦しんで死に絶える)、皮肉をこめて【シアン】と名付けられたそうだ。


 もともと、群青色の瞳は色素の薄い瞳の多い人魚にとって不吉な色、毒素が強いあかしとされ、人魚達の間では【呪い子】と言われて嫌煙されている。彼の長い前髪の下に隠れた群青色の瞳――あの綺麗な輝きを人魚達は嫌っているのだ。


 人魚達に嫌煙されるには十分すぎる理由。それでも彼が生きてこられたのは、ひとえに彼が人魚の姫の子供だったからだろう。それでも、【シアンの血に宿る神経毒】は消えない。即効性が高く、全ての神経を使えなくする最強の毒。彼に流れる血は、どんな種族にだって通用する毒だ。そう、たとえ、最強と言われる龍族でさえ敵わない。


 暗闇の中、それでも、私はなんとなくホッとしていた。


(昼寝草の毒で苦しむより、シアンの毒で感覚が無いまま死んだほうが苦しくないよね? ……本当は死にたくなんかないけど、シアンが無事なら、まあ――)




  ―― いっか ――




 意識が沈んでく。なんだかとても温かい。




  ―― ああ、私は ――





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