神子の存在と今後の予定
彼等がこの場にいる上司であるアーネベルアへ判断を仰いだ為、当面の問題は、彼の身分を如何するかに変った。
神とか、神子という事を隠し、祝福された者として公表するのか、それとも神子と公言するのか。
これまでのリシェアオーガの態度で、神と神龍王である事は隠すのだと、彼等は悟ったが、今、神子としての装いをしているので、こちらは判断をしかねている。
彼等の様子にリシェアオーガは、神子が来ている事を、公表しても構わない、その方が動き易いかもしれないと告げる。
この言葉に紅の騎士は、公表した場合の懸念を示唆する。
「だけどね、リシェア様に取り入ろうとする輩が、屋敷へ押し掛けると思うよ。
そんな輩は前より減ったけど、まだこの国に存在しているからね。」
神子と公表すると、起こり得る可能性を示唆したアーネベルアの意見に、神龍達と本人が反論した。
「べルアの心配は最もだが、そんな輩は、屋敷に近付けないだろうな。
父上の結界もある事だし…。」
以前、光の神に祝福された者の身に起こった事を考慮し、更に強化されている結界の事を思い描き、そう告げると、続けて神龍達が己の意見を言う。
「そうですよね…。わたし達もいますし、後から来る精霊達もいますから…。
特にルシェとアレィ、ネリアは、強敵でしょうね…。」
「あたしは、ランも、レアも来ると思う。…強敵が揃うね~。
これで、カーシェイク様も来たら、大変だわ。
あ、そうだ、リシェア様が結界を張ったら、簡単に弾かれるね。」
最終手段を提示する炎の神龍へ、それはしないと、少年神の制止の声が掛る。
後から来る精霊騎士達の、馬鹿を窘める楽しみを奪ってしまうと理由を付け、もう一つの可能性をも示す。
「それと……ライアムを陥れようとする輩や、あの穢れた国の残党共も、屋敷に群がって来そうだ。」
楽しそうに意見を交わす彼等に、アーネベルア達は苦笑したが、リシェアオーガの最後の意見には、同意した。
すると付足す様に、少年神が言い放った。
「まあ、その様な輩は、我が直々に相手をしてやってもいい。
…慈悲を乞うても、無駄だがな。」
不機嫌そうな顔で切り捨てる彼に、ファムトリアは唖然となった。エニアバルグは感心し、アーネベルアとレナフレアムは、然も有らんと言う顔をしていた。
この国の国王は、彼に護る者として認識されている為、ライナスに牙を剥く者は、彼の敵として見做される事となる。
いや、彼を含む神々を、敵に回す事になる。
それは生誕祭の時に、嫌という程目の当たりにしたアーネベルアは、滅多に見せない、不敵な笑みを浮かべた。
「という事は、リシェア様、いざとなれば、神としてあ奴等と対応する事ですか?」
「その通りだ。恐らくはルシェを始めとする、神々の精霊騎士達が、あの屋敷に滞在する事になる。
後、七神の精霊騎士と共に、他の精霊達も来るだろう。」
神々に仕える精霊騎士と聞いて、少し考えながらエニアバルグが意見を述べた。
「オーガの監視役…じゃあなさそうだな。」
友人である彼の言葉を受け、リシェアオーガは溜息を吐きながら、監視役と言うより、お守り…保護者だと己の考えを答える。加えて、構いたいからって、いう理由の者もいると告げ、ついでに言えば、神々との連絡役でもになっている事も教える。
精霊騎士が来る事に関して、考えられる正当な理由を暴露する神子に、炎の神龍が悪乗りをした。
「前者の筆頭がルシェとアレィで、後者がレアとフレルだよね。特にフルレは、前会った時に、構えなかった~と嘆いていたから、絶~対に来るね。」
焔の騎士を思い描き、楽しそうに言うフレアに、リシェアオーガは頭を抱えた。光の精霊騎士を始めとする彼の過保護な保護者が、増える事を感じたのだ。
フルレが来るという事は、必然的に水の騎士・ウォーレも来るという事となり、あの時、初めて会った精霊騎士が揃う事となる。
また子供扱いされると思うと、リシェアオーガは、困惑した表情を浮かべた。
今後の対応が決まった所で、彼等は王宮に戻る事となった。
その際、アーネベルアが、リシェアオーガ達と王宮騎士達にある提案をした。彼がここに来た事を祝って、歓迎会をやらないか、という事であった。
場所は炎の屋敷か、光の屋敷のどちらかでとなったが、それなら光の屋敷でと、リシェアオーガが提案した。
「光の屋敷に、神子がいるという事を、知らしめるのにも良いかもしれない。
後…ハルト義兄上とバート義兄上も、誘いたい…けど…。」
少し困った様な、悲しそうな感じの複雑な顔になる神子に、炎の騎士は微笑みながら、件の兄弟の予定を教える。
「今夜来る予定だから、場所の変更っていう事で、ここに集まる様に伝えておくよ。
フレアム、頼めるか?」
アーネベルアに言われ、頷くレナフレアムと、リシェアオーガの言い難そうに俯いた態度で、忍び笑いをするエニアバルグとファムトリア。
昔の兄を慕う、偽りの無いオーガの姿を思い出し、可愛らしいと思った様だ。
急な提案だったが、丁度いい塩梅に、リシェアオーガの滞在する屋敷には精霊達が集まっていたらしく、この部屋の窓を突く者がいた。音に気が付いたユコが窓を開けると、小さな小鳥が、リシェアオーガを目掛けて飛んできた。
「カナナか?如何した。」
自分の肩に乗った、緑の小鳥に語り掛けると、ピューイと鳴き声がして、その小鳥が声を出す。
「リシェア様…ピ、みんな集まったピ。
レア、言った。炎の騎士の提案、今夜からでも、用意できます…ピピ。」
可愛らしい声に微笑み、風の精霊が、先程の提案を屋敷の者へ教えた事を知った。言伝を言終えた小鳥は、そのままリシェアオーガの肩に乗り、髪を啄んでいた。
何かを強請る仕草に彼は、小鳥の頭を撫でて、
「今、持ち合わせていないから、このままで待ってて欲しい。」
と、小鳥相手に話していた。彼の様子を、不思議そうな目で見ていた王宮騎士二人に、精霊剣士が教えた。
「あの小鳥は、カナナと言って、木々の精霊達の伝書鳥なのですよ。
という事は、ランシェ様がいらっしゃるのでしょうね。」
緑の騎士の事を言うレナフレアに、小鳥が首を傾げた。
「ランシェ、違う、ランナ、一緒に来た。ピピピ。」
自発的に言葉を喋るカナナに周りが驚き、リシェアオーガはその小鳥を右手に移し、そっと小鳥の首筋を撫でた。そこには金色の羽毛が、首を一巡するように一筋あり、その事が何を意味するか、彼には判った。
「兄上のカナナだ。ランナが気を利かせて、連れて来たんだな。
…まあ、ランも当然、一緒だろうな…。」
知己である木々の精霊の行動を想像し、その身内である緑の騎士を思い描く。すると、その精霊騎士の、もう一人の身内の事をカナナは語る。
「ピピピ♪リシェア様、レス、元気、カーシェ様が鍛えてる。
リュー様、言った、レス、来れないけど、ランナ、とランシェ、よこす。ピ♪」
詠う様に告げる小鳥を優しく指で撫でる彼だったが、小鳥の方は満足したらしく、再びリシェアオーガの肩に移動した。
そのまま微動だにせず、乗り続ける小鳥に、彼等の笑いが起きる。
余りにも、今のリシェアオーガに似合い過ぎで、可愛らし過ぎたのだ。彼等の笑いで、キョトンとして首を傾げる仕草も、小鳥と同時にするものだから、余計だった。
理由の判らないリシェアオーガは、怒るで無く、不思議そうな顔で、何かやったかなと考え込んでいた。
笑いが止まった彼等は、今夜の予定で歓迎会をする事となった。
王宮騎士の三人は職場へ帰り、アーネベルアも幾つかの入用な物を準備する為、屋敷の人々に指示をしていた。荷物運びは精霊達が担う事となり、何人かの風の精霊が炎の屋敷へ赴いている。
急な事とは言え光の屋敷では既に、精霊達が準備を始め、リシェアオーガ達の帰宅で来る人数を確認していた。
「王宮騎士が最低でも五人と、貴族の方が御一人で、宜しいですか?」
女性の姿の大地の精霊に聞かれ、リシェアオーガはとある事を予想し、後2・3人分、増やして欲しいと告げる。
飛び入りで来そうな人物が、約一名。
その御仁の護衛を含めての、増加人数の追加だった。
「…リシェア様、若しかして、ライアムが来ると思ってるのかな?」
神子自身の知己の風の精霊騎士・エアレアに問われ、彼が頷くと、ライアムと言う人物を見知っている精霊達と神龍達も、同じ様に頷いていた。
「そうだ、忘れない内に、このカナナ…エレインに木の実を上げて欲しい。
ランナ、兄上から預かって来ていないか?」
「預かってま~すよ。おいで、エレイン。」
ランナと呼ばれた木々の精霊騎士は、カナナの名を呼び、小さな箱から、ご褒美の木の実を取り出していた。
その実を小鳥は啄み、お腹いっぱいになったのか、再びリシェアオーガの許へ飛んで行った。彼の肩に乗り、甘えるように、その頬へ頭を摺り寄せる。
流石、リシェアオーガの兄が世話をしている鳥だけあって、その兄弟に懐いたらしい。彼の肩が自分の定位置とばかりに止まる姿は、精霊達と神龍にも微笑ましく映った。
「リシェア様、相変わらず、動物達に好かれるのですね。
カーシェ様のカナナでさえ、傍を離れようとしないなんて…。」
「ラン、兄上のカナナだからこそ、だと思うぞ。
実家では何時も、兄上に言われたのか、リーナと私の後を二羽で付いて来ていたから、ここに来たがったのかもしれない。」
リシェアオーガの言葉が理解出来たのか、彼の肩に乗っている小鳥が、嬉しそうに言葉を喋り出す。
「ピピピ♪エレイン、何時もリシェア様と、一緒がいい…ピ♪。
エレイムは、リーナ様と一緒、ピ♪カーシェ様、お願い、聞いてくれたピ♪ピ♪」
カナナの言葉に、リシェアオーガは唖然となり、周りは納得してしまった。懐き倒しているというより、傍で仕えたいと、言っているようにも聞こえる小鳥の言葉に、彼等は更に和んでいた。
一部精霊達は、彼が光と大地の神の住まいを【実家】と称した事に喜んでいた。
一人になった寂しさと悲しみに心を支配されていた、幼き木々の精霊だと思っていた者が、光と大地の神を両親と認め、神子としての己が存在を認めている。
もう、彼は寂しさに苛まれる事は無い。
家族の許で、愛情に包まれていると、彼等に知らしめていた。
……まあ、特に身内等からの溺愛と言う、行き過ぎた面もあるかもしれないが、それは敢えて考えない事にしていた様だ。