知己の者達との再会
彼女の補足に納得したレナフレアは、アーネベルから書類を受け取り、仕事場に戻ろうとしたが、扉の向こうが騒がしいのに気が付いた。
彼は足取りを止め、傍に居るアーネベルアに尋ねた。
「ベルア様、表が騒がしいようですが…如何したのでしょうか?」
精霊剣士の問いに、笑いながらアーネベルアは即答した。
「恐らく、光の館に人が入ったから、それを確認しに来たのじゃあないかな?
神殿へ行けば良いのに、私の所へ来るという事は……彼等だろうね。」
楽しそうに言う炎の騎士に、リシェアオーガも軽く噴き出していた。
神殿嫌いの王宮騎士と言えば、懐かしい面々の姿の中にある。
特に毛嫌いしている騎士は、リシェアオーガの顔馴染でもあった。
来た早々、会えるとは思わなかった彼等を思い出し、嬉しく思う反面、如何対応して良いか、悩む処でもあった。その為か、レナフレアムの時と同じく、無言で佇むリシェアオーガに、炎の騎士と精霊剣士は苦笑いをしていた。
程無くして、騒ぎの大元がこの部屋へ訪れた。
屋敷の主の許可を得て、扉まで来たのは二人の王宮騎士。
一人は、長めの直毛で銀色の髪を後ろで結び、鋭い眼光を持つオレンジ色の瞳の青年。もう一人は、肩までの長さで切り揃えている、緩やかな癖毛の薄紫の髪で、優しげな薄緑の瞳の青年。
彼等は開口一番に、アーネベルアへ挨拶をした。
「「アーネベルア様、御休暇の処、申し訳ありません。
火急の用事で、参りました。」」
声を揃えて言う彼等に、アーネベルアは頷き、今いる部屋へ通した。そこには、側近のレナフレアムと、その後ろにちらりと、金色の髪と紅い髪が見えた。
彼等の姿に、客がいる事を悟った紫色の髪の青年が、申し訳なさそうに告げる。
「御客様がいらっしゃるとは、思いませんでした。…御邪魔でしたか?」
「いや、別に構わないよ。火急の用とは、光の屋敷の事かな?」
尋ねられた二人は頷き、上司の答えを待った。すると彼は、部下の二人を部屋の中央へと招き、ある人物と会わせる。
先程ちらりと見えた、金髪の少年と少女、そして紅い髪の女性。
二人の女性に挟まれて座っている少年は、青い瞳をしていた。
無関心な態度で、二人の騎士の方を見ない少年と、警戒をしていると思われる女性剣士…いや、騎士だろうか。そう考えて、改めて少年を見る。
真昼の光を受けて、輝いている見事な金髪…光髪と言えそうな髪と、昼間の空の様に青い瞳…。
「アーネベルア様、こちらのお客様は、光の神の祝福を受けたお方ですか?
もしかして…光の屋敷に住まわれる、お方ですか?」
銀髪の青年の質問に頷く事も無く、曖昧な微笑を浮かべるアーネベルアとレナフレアムの様子で、薄紫の髪の青年が少年の服を凝視した。
そこには小さいなれど、銀色の月と金色の太陽、そして、紫の葡萄の粒が飾られていた。それが意味するのは、光の神と大地の神の子供。
「…光と大地の神子様?…でも、リルナリーナ様では、ありませんね…。」
無意識に青年から洩れた言葉に、少年の顔が彼等へ向けられる。感情を隠した青い瞳で見られ、青年騎士達は息を呑んだ。
見覚えのある表情と、髪型…そして何より、彩が違うだけで、見覚えのある顔。
「…オーガか?もしかして、お前、オーガか?」
「え…オーガですか?まさか…でも…この顔は…。」
告げられた言葉で、少年の押し隠された感情が表に出た。楽しげな微笑がその顔を彩ると、漸く口を開いた。
「御久し振りです、エニア殿とファム殿。
見ない内に、随分背が高くなって…成長されたのですね。」
憂いの無い微笑みと共に、優しげな声が少年から聞こえる。それに逸早く反応したのは、銀色の髪の青年だった。
「お前…全然背が伸びてないな…。っていうか、どうして帰って来た!」
銀髪の青年・エニアバルグの叫び声に、少年・リシェアオーガは、真面目な顔となって首を横に振る。
「帰って来た訳ではありません。訪問しているだけですよ。
私の帰る場所は、此処ではありません。父と母がいる場所…光と大地の神が住まう場所か、光の聖地のあるルシフです。」
きっぱりと答えるリシェアオーガに、エニアバルグは反論出来無かった。真剣な眼差しで告げられ、疑う事が出来無かったのだ。
しかし、エニアバルグの横でファムトリアが、疑いの眼で彼を見つめている。邪気を内に秘めていた少年騎士だった彼が、未だ信用出来無いと判断していたのだ。
そんな様子を晒している薄紫の髪の青年に、リシェアオーガの両脇に座っていた騎士達が立ち上がり、話し掛ける。
「そちらの騎士殿は、まだお疑いのようですね。
でも、このお方はもう、邪気を寄せ付けはしません。」
「何事にも、疑って掛るのもいいけど、ちゃんと真実を見抜いて欲しいね。」
少年を擁護する二人の女性騎士の服を見て、ファムトリアは驚いた。如何見ても剣士の服では無く、騎士服、然も精霊騎士の服だったのだ。
紅の髪の騎士は、炎の模した縁取りと紅と青の精霊剣、もう一方の薄金の髪の騎士は、月と太陽の縁取りの服と白と金銀の精霊剣。二人共、神仕える精霊騎士の服装だったのだ。
然も炎と光…邪気に対して、強い耐性と攻撃力を持つ精霊。
邪気に染まり難く、逆に邪気を滅ぼす力を持つ彼等が、目の前の光と大地の神子を護っている。…いや、従っていると思える。
その可笑しさに気付いたファムトリアは、ある可能性を弾きだし、彼等へと剣を向けようとして、アーネベルアに止められた。
「ファム、神子に剣を向けるのは、感心しないな。然も、光の神の祝福の特徴を持っている者は、邪気を寄せ付けないと、忘れた様だね。」
言われて気付き、剣を収めるが、疑いが蟠っている様に見受けられた。すると今度は、リシェアオーガが立ち上がり、彼等の前へ歩みを進める。
彼等の前に来ると、ファムトリアに声を掛ける。
「ファムが疑うのも、無理は無い。以前の私は、邪気の…邪悪なモノでしかなかった。
でも、今は違う。」
そう、口調を変えて言った彼は、自らの上着を脱ぐ。
下から出て来たのは騎士服、白地に金色の長龍が描かれ、金色と紫の線で縁取られた物。
光と大地を表す彩と共に右腰からは、様々な長龍が描かれた長剣が現れた。
神々しいまでの装いに、息を呑むファムトリアとエニアバルグ。
アーネベルアとレナフレアも、その装いに驚いていた。
長龍の剣に、長龍の装飾の騎士服、それが何を示すのか、炎の騎士は勿論、精霊にも判った。そして、一番先に口を開いたのは、炎の騎士だった。
「ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガ様、
……それが貴方の、正式な装いですか?」
正式な名を呼ばれ、頷く彼は、脇に控えている騎士へ合図をした。すると、彼女等の装いと剣も、精霊騎士から神龍の物へ変った。
「我が名は、ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガ。そして、ルシム・ラムザ・シュアエリエ・リシェアオーガ。
…ファムトリア・グレナ・クートガルニ、この二つの名の意味が判るか?」
先程の口調のまま問われた青年は、教えられた名前で大いに驚きながら答える。
「…戦の神と…神龍王…?!まさか、あの出来事は全て…。」
思い当った事柄を告げる青年・ファムトリアへ、リシェアオーガは、真剣な眼差しで頷き、答える。
「我が、生まれ持った役目に目覚める為、必要な事柄。
……そなた達に辛い想いをさせて、済まない。」
最も重い口調に変り、悲しそうな顔をするリシェアオーガを、ファムトリアは驚いた目で見つめた。その無言の隙にエニアバルグが、リシェアオーガへ張り手を喰らわせた。
「何で、早く教えない!お蔭でこっちは、お前の心配ばかりしてたんだぞ。」
「…色々あって、連絡出来なかったんだ。
ったく、エニアは相変わらず、手が先に出るんだな。」
叩かれた頭を摩りながら、昔の友人用の口調で喋る少年を、エニアバルグは、強引に引き寄せた。この国に住んでいた時から全く変わらない背丈の彼は、今のエニアバルグより遥かに小さい為、すっぽりと腕の中に納まる。
「ほんと、心配掛けやがって…もう、大丈夫なんだな。」
心配そうに囁かれた言葉に、微笑んだリシェアオーガは、素直に答える。
「大丈夫だよ。一人じゃあないし、護りたい者達もいるから。
ところでエニア、仕事は如何したの?」
質問を返された為、一瞬で我に返り、リシェアオーガを放したエニアバルグは、それを問おうとしたが、真相が目の前にある事に気付いた。
リシェアオーガが、光の屋敷に滞在しているのだと、判ったのだ。
その為、この事実を如何するかが問題になったが、彼等は上司であるアーネベルアへ判断を仰いだ。