精霊剣士との再会
その静寂が扉を叩く音で破られた。
新たな訪問者の訪れを告げるそれは、アーネベルアの許へ舞い込んだ。それは、彼の部下の訪問であった。
使用人の案内で部屋に来た人物が入室すると、アーネベルアに話し掛ける。
「べルア様、御客様がいらっしゃるのに、申し訳ありません。
如何しても今日中に、目を通して貰わないといけない書類がございまして…。」
聞こえた声は、リシェアオーガにとっても、聞き覚えるのある声。
アーネべルアの側近であり、光と炎の精霊の混血の騎士の声。
動揺は見せず、何食わぬ顔で、左手に持ったカップに口を付ける。この姿では到底、オーガと判らないであろうと、推測しての行動であった。
リシェアオーガの態度に気が付いたアーネベルアは、その騎士をこの屋の中心部へ招いた。
「そうだ、フレアム。時間はあるかい?」
「はい…少しならば。」
「じゃあ、書類に目を通す間、あの方の相手をしてくれないか?」
アーネベルアに示された人物へ、フレアムと呼ばれた騎士は目を向ける。
金色の髪と青い瞳…光の神・ジェスク神の恩恵をその身に受けていると思われる、容姿の少年。その傍には、少女の姿の光の精霊剣士と女性の姿の炎の精霊剣士が、彼を護る様に寄り添っている。
この少年が自分の上司の客人と悟り、アーネベルアに促されて少年の前へ出て、目線を合わせるように跪き、挨拶をする。
「初めまして、光の神の祝福を受けた御方…??神子様?」
フレアムの声に顔を上げた少年を見て、彼はそう言った。
両脇の女性達からは、剣士と言うより騎士と言うのが正しいと思われる気を受け、その少年の顔は、光の神に似ていた。
その特徴を持つ光と大地の神子は、リルナリーナという名を持つ少女と、行方不明のリシェアという名の神子だけ。
行方不明の神子が親元へ帰った事は、聞き及んでいたが、目の前の少年がそうである確信は無かった。
光の神子なら両親の影響で、光と大地の属性のみをその身に宿している筈…。
しかし、この少年から受けるのは、光と大地と…内に秘められた様々な属性。
フレアムは少しの間、続く言葉が出せず、少年を凝視してしまっていた。
「…若しかして…オーガ君なのですか?」
数分の沈黙を開けて彼から出た言葉に、少年の表情が変わった。我関せずの無表情から、花が綻ぶ様な美しく、優しい微笑へ。
そして、そのまま言葉を告げる。
「御久し振りです。レナフレアム殿。御変わり無くて、何よりです。」
聞こえた声と言葉にレナフレアムは驚いて、少年へと震える手を伸ばした。
「本当に、本当に、オーガ君なのですか?夢ではないのですね。」
「夢ではありませんよ、光と炎の精霊剣士殿。
この方は嘗て、オーガと呼ばれた方です。」
少年の傍にいる光の精霊騎士に言われ、彼は伸ばした手で少年を抱き締めた。その様子を精霊騎士達は、微笑ましそうに見つめる。
抱き締められた少年は、無抵抗でその腕に収まり、彼の心を受け止めていた。
「心配していたのですよ。オーガ君がジェスク様の預かりとなったあの時から、貴方が何かと不自由をしていないかと。
まさか、本当に…行方不明の神子様が…貴方だなんて…。」
「御心配を御掛けして…申し訳ございません。色々ございまして、今まで連絡が出来ませんでした。」
返された言葉に、レナフレアムはゆっくりと彼を離し、
「オーガ君、いえ、光と大地の神子・リシェア様。
私に敬語と敬称は不要です。私は精霊、元は貴方々の御両親である御方々に、創られた存在なのですから。」
と諭す様に告げる。それを受けて彼は、口調を今の物に戻した。
「…レナフレアム「フレアムと呼んで下さい。」…では、フレアム、一応紹介しておく。この二人は、私に仕えてくれる者達だ。
金髪の方がユコで、紅い髪の方がフレアだ。」
リシェアオーガの言葉を受けて、彼の両脇座る女性剣士達が挨拶を始める。
「初めまして、ユコと申します。リシェア様がお世話になりました。」
「初めまして、あたしはフレア。…フレアムって真面目なんだね。」
神龍である事を隠して挨拶を返す彼女等に、少年・リシェアオーガは内心苦笑していた。それを見抜いてか、レナフレアは、彼女等に言葉を掛けた。
「…神龍様方、私が精霊だという事を御忘れですか?
同類の者か否かは、判断出来ます。それに…貴女方が一人の神の許で、御集りになった事も知っていますよ。
只、その御方が誰なのかは、誰も教えてくれませんでしたが…。」
レナフレアムの言葉に悲しみが宿ったが、それにフレアが返した。
彼の親や他の精霊騎士達が、この事を知れ渡らない様に厳戒命令を出した事。
それはレナフレアム自身が知る様にとの配慮と、リシェアオーガがこの国で動き易くする為だった。
これから光の神子が遣らなければならない事を考えると、自身の正体が知れ渡っていたら、支障が出てくると考えられた為でもあった。
「だ・か・ら、誰も、意地悪で教えなかった訳ではないの。判った?」
説明の最後の付足しにレナフレアムは、残念そうな顔になった。
「え…訳有りだったんですか?そうだったなら、そう言ってくれれば…。」
「フレアムだけで無い。ここの精霊達にも知らせていないぞ。
べルアは、生誕祭の折に知っただけだ。」
リシェアオーガからも、仲間外れでは無いと知らされたレナフレアムは一瞬驚き、次の瞬間、真っ赤になって慌てた。
彼の素直な反応をリシェアオーガは、一際優しい微笑で見つめていた。
そんな彼等を横目にアーネベルアは、書類に目を通し、署名を書いた。完成した書類を手に彼等の許へ行き、レナフレアムに話し掛ける。
「フレアム、これで良いか。…何だか随分、リシェア様に遊ばれたみたいだな。」
「…べルア様…本当に、リシェア様は、ジェスク様の御子ですね。悪戯好きにも程があります。」
二人の騎士の言い草と、父親に似ていると言われた神子は、自分の事を真剣に考えて返事をする。
「………フレアム、私は…父程では無いと思う。
正直言うと、フレアムには私の正体を判って欲しかった。フレアム自身の力で、私を見つけて欲しかっただけだ。」
少し拗ねた様に言うリシェアオーガに、両脇の神龍が反応した。
「ほんと、リシェア様って、可愛いんだから。」
「そうですよね。リシェア様の我儘は可愛いくて、わたし達も和みます。」
彼女等の言葉に、炎の騎士も精霊剣士も頷き、微笑んでいた。不意に大きな手がリシェアオーガの頭に乗り、撫で始めた。
「久し振りに、リシェア様の本当の姿を目の当たりにしたよ。
そう言えば、バートとハルトには、連絡したのかい?」
この国にいる義理の兄達の事を聞かれた彼は、怒られると思ったのか、少し困惑顔になっていた。
「…驚かそうと思って、まだしていない。」
リシェアオーガの頭を撫でながら、尋ねるアーネベルアに彼が答える。
その答えに、レナフレアムが溜息を吐く。
「リシェア様、やはり、先程の私の見解は、正しかったようですね。
御姿だけでなく、性格も似ておいでですよ。」
「フレアム、私は、父上達程、慈悲深く無いと思う。」
表情を失くし、ぼそりと告げるリシェアオーガの言葉に、ユコが付け足しをする。
「リシェア様は、敵と見做したモノと神々へ牙向ける輩に対して、容赦無いだけです。
それでこそ我等が神です。」
敢えて、神龍王という事を伏せ、あの黒き髪の王の事を踏まえて言う彼女に、反対側にいるフレアも真剣な顔で頷く。
敵に対して、情けは無用。
それが神龍の心情である。
そうで無ければ、邪悪なモノを倒せない。
心の隙を突くあのモノと対峙するには、当たり前の事だった。