炎の屋敷への再来訪
フレアの力で門を素通りし、炎の屋敷の入り口に着いたリシェアオーガ達は、その扉の前に待っている人物を見つける。燃える様な紅い髪を持つ人物は、リシェアオーガをその目で捉えると、微笑みながら駆け寄る。
「ようこそ、我が屋敷へ。お久し振りですね、光の神子様。」
「御久し振りです、炎の騎士殿。生誕祭以降ですね…息災でしたか?」
優しい微笑を添えて昔の口調で返すリシェアオーガに頷き、屋敷へ招き入れる炎の騎士。炎の神に祝福された身で炎の剣の担い手でもある彼は、神子であるリシェアオーガ達を自ら案内し、客間へと連れて行く。
そこには既に、人数分のお茶が用意してあった。
「…フレア、べルア殿に、こちらへ向かう人数を教えたのか?」
尋ねられた彼女は首を横に振り、驚いた顔をしていた。彼等の様子で炎の騎士・アーネベルアが、笑いながら答えを言う。
「門前の炎の精霊が、教えてくれたんですよ。
こちらへ三人程、向かっておられると。」
炎の屋敷ならではと言うか、炎の騎士ならではと言うか、この屋敷には炎の精霊が幾人か仕えている。彼等がリシェアオーガの動向を知り、主であるアーネベルアに伝えた為、人数分のお茶等を使用人が用意出来たのだ。
連携行動が上手くいっている、典型的な屋敷であった。
炎の騎士に席を進められたリシェアオーガは素直に座ったが、この二人の女性騎士は座らなかった。騎士として、主と同じ席には座れないと主張したのだ。
「お二方も、私にとってはお客様ですよ。
リシェア様を護る為と言われるのなら、心配は要りません。この屋敷は炎の結界がありますし、緊急事態には炎の精霊剣士達もいますから。」
「フレア、ユコ、邪気はこの屋敷に近付けない。…私が体験済みだ。
内にある邪気を封じなければ、入れない屋敷だ。普通なら邪気を持つ者が、それを封じる術を持たぬ故、この屋敷に近付く事も出来ぬ。」
アーネベルアとリシェアオーガの説得で、彼等は渋々席に着いた。
長椅子の両端へ別れ、真中にリシェアオーガを挟んで座る彼女等にアーネベルアは苦笑し、先程のリシェアオーガの言葉を思い出した。
「…リシェア様、前に来た時は、邪気を封じていたのですか?」
「そうですよ。体が変調をきたしたので、邪気を何とかしようとして、無意識に封じたようです。今思えば、神龍の王として生まれたから出来た様なものです。
それはそうと、急に来てしまって…御迷惑ではありませんでしたか?」
昔の口調のまま喋るリシェアオーガに、アーネベルは答えた。
「丁度、長期の休暇を言い渡されて、暇だったのですよ。
それはそうと…リシェア様、オーガ君の時の口調で喋られると、何だか変な気分ですね。懐かしくはありますが、今の貴方は光と大地の神子であり、神々のお一人なのですから、私の方が敬語を話さなければいけない相手なのですよ。」
「では、御言葉に甘えて…と言いたい所ですが、べルア殿も敬語を止めてくれれば、こちらも止めますよ。」
にっこりと笑って返されては、アーネベルアも折れざる負えない。
彼が軽い溜息を吐くと、リシェアオーガの両脇の騎士達が肩を震わせていた。
「…フレア殿、黄龍殿「ユコで良いですよ。」…ユコ殿、リシェア様は本当に、ジェスク様の御子なのですね…。判りました、昔のように話しましょう。
但し、敬称は取らないけど、良いかな?」
妥協案を出されたリシェアオーガは、微笑んだまま頷くしかなかった。敬語で一線を引かれるより、敬称付きで砕けた対応をされた方が良いと判断したのだ。
お互いの対応の仕方が決まり、彼等の話が始まった。
「リシェア様は何故、この国に来たのかな?」
リシェアオーガがここに来た目的を尋ねるアーネベルアに、例の理由を述べる。それに納得した炎の騎士が、何かを考えるかの様に光と大地の神子を見つめた為、何事かと思った神子本人は彼に話し掛ける。
「べルア…何か、変な所があるのか?服装が似合っていないとか…。」
「いや、そんな事はないよ。只…リシェア様が変わったな…と思って。
以前は、そんな優しい微笑が見れなかったからね。無邪気な微笑は何度か見た事あるけど、表面を繕う微笑み方が多かったと思うよ。
まあ、今の方が良いんだけどね。」
以前、この国にいた時の事を思い出し、しみじみと語るアーネベルアに、自分の手元に視線を落としたリシェアオーガが答える。
「あの頃は…何もかも失ったと思い、憎しみだけが心を支配していたからな…。
満たされない心が何かを求め、悲しみと孤独を恐れていた。それを隠す為の物が殆どだった。
でも、今は違う。
満たされていると感じるし、孤独では無い。
家族は勿論、神龍達、精霊達…それに…べルアやバート兄上達がいる。護りたいルシフの人々もいる。」
紅茶の入っているカップを両手に持ち、一旦膝の上に置いて、ゆっくりと瞳を閉じ、再び優しい微笑を浮かべるリシェアオーガ。
生誕祭以前ではアーネベルが見た事の無い、慈悲の籠った笑顔。
神として、神龍王としての自覚が目覚めていると感じられるそれに、アーネベルアも神龍達も暫し見入っていた。