首謀者と神龍王の攻防
彼等の遣り取りを見据えていた、ダイナダルクであったが、リシェアオーガが剣を持っていない事に気が付く。
以前、対峙していた時にあった剣は、彼の許には無い。
「リシェアオーガ神でしたね…精霊の枷を付け、剣を持たない無力な貴方が、我等相手に敵うのですか?」
力を制していると思って掛けられた言葉に、リシェアオーガは微笑を浮かべる。
「ああ、この玩具の事か?
こんなもの直ぐにでも、無くせる故、気にもしなかったな。
それに…我の剣なら、呼べば済む事だ。」
そう言って、先程の神龍達と同じ仕草をする。
右手を前に掲げ、心で己が剣を呼ぶ。
主の呼び声に応じた剣は、一瞬にしてその手の収まる。現れたのは緑の精霊剣では無く、さまざまな長龍が舞い踊り、金と銀の長龍が持ち手を飾る剣。
以前彼が持っていた精霊剣より、遥かに強い力を感じるそれに、ダイナダルクは恐れ慄く。
「…な…精霊剣ではない??これは……神龍の剣?」
「正確には、神龍王の剣だ。
これが我の剣、我、ルシム・ラムザ・シュアエリエ・リシェアオーガの剣だ。」
少年神の言葉でダイナダルクは、何故、神龍達が付き従うのか、理解出来た。
神々に護衛を頼まれた訳で無く、己が王の許で控えているだけ。
以前出会った時に彼から感じた王の気配は、神龍王の物であり、自分達の王族で無かった事も思い知った。
だが、ここで命果てる事は、良しとしない。
己の念願であり、野望を遂げるまで、死ぬ事を望まなかった。
「神龍の王でも、神子でも、神でも、関係ない!
私の念願を阻む者は、全て排除する。」
吐き捨てる様に告げられた言葉に、リシェアオーガは楽しそうに微笑む。
「くくく…それでこそ、神々を冒涜した輩らしい態度だ。
騎士なれば、我、戦の神の手によって、命果てる事を光栄に思え。」
ファムエリシル・リュージェ・ルシムの意味を知ったダイナダルクは、己の無知に叱咤したが、時、既に遅かった。
戦の神の剣は抜かれ、彼に向かって向けられている。
利き腕の左による、制裁。
己が大切な者を傷つけた輩に、神々の慈悲は無い。
後の世で、無慈悲な神と囁かれるこの少年神は、敵と見なした者に対して、一切の手加減をしない。
罠を周到に張り巡らせ、追い詰めた上で、己の手加減の無い攻撃を喰らわす。
その一面が、今、顕著に現れようとしていた。
左手での剣技…ダイナダルクが以前受けたよりも、遥かに強いそれに晒され、体の彼方此方に傷が増えて行く。
ダイナダルクの方も、己が命を掛けた全力の剣技であったが、相手の方が遥か上の腕前を持っていた。
精霊達の指導と、守護神達の指導…その結晶とも言える物が、リシェアオーガの身に着いている。それでも尚、神龍王の本能で剣の腕を欲する彼は、未だ守護神達の指導を受けている。
父親と伯父の指導に加え、従兄弟や極稀に兄の指導をも受ける。
これを土が水を吸うかの如く、己が力として吸収して行く為、並大抵の精霊騎士では、彼に勝てないのだ。
数分経ち、良く持ち堪えた方であろうが、無謀にも神と対峙したダイナダルクの体は、既に無数の軽傷を負い、床を血で染めていく。
彼の様子にリシェアオーガは、終焉を告げる。
「…バート義兄上とケフェルナイトの分を、返させて貰ったぞ。
そして…これが我等と精霊達の分だ。
ダイナダルク・ファムル・ディエアデーントよ、今ここで命果て、転生にて、最も苦しい運命を永遠に繰り返すが良い。」
振り下ろされる一撃に、躱す力も、受け流す力も、ダイナダルクには残っていない。
無数に付けらた傷の痛みと、失った血によって霞んでゆく視野。
その瞳に映るのは、表情を失くした美しい神の顔。
性別を定めない体と、強靭な力を秘めた神の姿。
最後に見たそれで己が最後を悟り、野望が潰された怒りだけを心に残すが、それすら神の手で消される。
大いなる神に創られた、神龍王の剣が持つ、浄化の力。
全ての想いを無に帰された魂は、他の者の魂と同じ様に、戦の神の創る青き輝石に封じられた。
丁度同じ頃、周りにいる雑魚を制し終わった神龍達と紅の騎士は、目の前で繰り広げられるリシェアオーガの剣技に見入っていた。
光の神龍以外、初めて見る本気のそれに、目を奪われる。
「黄龍から聞いていたが…此れ程の物だとは…。」
「ほんと、我が王の剣技って、綺麗だね。」
「これが…ファムが見たオーガ君の剣技か……
まるで、ジェスク様を見ているみたいだね…。」
二人の神龍の言葉に、紅の騎士の言葉が連なる。炎の騎士であるが故、共に戦った経験のある紅の騎士の言葉に、光の神の剣技を知る者達は頷く。
「本当に…良く似ていらっしゃる…
我が君は、光の血筋を余す処無く、受け継いで居られる。」
しみじみと呟く風の龍に、周りの者は納得して、目の前の剣技に魅入る。
まだ幼いながらも、剣豪への道を歩んでいると思われる、新しき神の剣を扱う腕に彼等は感心していた。
暫くして、相手を制したリシェアオーガが、その魂を封印すると、周りの魂をも共に封印した。そして、視線に気が付き、不思議そうな顔を彼等へと向ける。
「如何した?皚龍、緇龍、黄龍、べルア?何を見ているんだ??」
そこにあるのは、何時もの神子の表情。
青い瞳は赤く染まって、美しい顔に別の彩りを添えているが、不思議そうに尋ねるそれは、普段に見受けられる物。
彼の普段通りの表情に、緊張していた空気も緩む。
「いえ…我が君の剣技は、黄龍から聞いた通り御美しいので、我等一同、見惚れておりました。」
皚龍の正直な感想で、緇龍も口を開く。
「ほんと、我が王の剣技は、綺麗だった♪
黄龍ってば、二回も見れたんだもん、羨ましいよ。」
「……それはそうですけど、これからわたし達は、何度でも見れますわよ。」
緇龍の羨みに、つい、黄龍は突込みを入れる。何時もの遣り取りの中、紅の騎士も楽しそうに口を開く。
「ファムやライアム様から、良く聞いてはいたけど…オーガ君の利き腕での剣技は、本当に綺麗なんだね。
まるで、ジェスク様を見ているみたいだったよ。」
不意に、父親の名前が上げられた事でリシェアオーガは一瞬、キョトンとした顔になるが、直ぐに考え込む表情に変った。そして、何かを思い当たった。
他の神々や精霊達からも、良く言われる事柄であったが、自覚の無い光の神子は彼等へ尋ねる。
「本当に、父上の剣技と似ているのか?」
四人分の頷きが返ると、そうか…と嬉しそうに微笑む。
己が姿以外に、父親との血の繋がりを実感出来るそれは、リシェアオーガにとって、最も嬉しい事柄でもあった。




