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戦の神の片鱗

 父親の遺言の事を思い出した彼の表情は曇ったが、それに気付いたリシェアオーガが声を掛ける。

「ケフェル、そなたは…あ奴等に、全てを奪われたのだったな。

ならば、あ奴等に一矢報いたいのも当前だな。」

そう言うと少年神は、彼の腕に新たな腕輪を着ける。あの黒き枷では無く、黄金の龍が彼の右腕に巻き付き、ついでとばかりに、左の中指に黄金の指輪が填まる。

彼の身を案じて、保護用に贈られた輝石製の護符は、主の身を護る様にその輝きを増す。共に青き石を持つそれに、ケフェルナイトは目を奪われる。

「我が君、序にケフェルへ、新しい衣装を授けては如何ですか?」

不意に掛った風の龍の声に、頷いたリシェアオーガは、ケフェルナイトの方に手を置き、彼へ新しい衣装を纏わせる。

風を表す象牙色の下地に、黄金の長龍が裾に舞う、リシェアオーガに仕える者の為の衣装。

膝までの丈の上着の両肩には、鎌首を上げた金色の龍が座している。貴族の子弟の様な装いであるが、その装飾は全て、戦の神に仕える者を示していた。

正式な装いに変った事で、ケフェルナイトの内面にも変化があった。

以前、リシェアオーガから封印を解かれた時より、大きな力の兆し…体の中を風が巡る様なそれに、両手で己を抱かかえ、(うずくま)る。彼の様子にリシェアオーガは心配をして駆け寄ろうとするが、その肩をエアレアが掴み、それを制する。

「リシェア様、ケフェは、今、人間と精霊の混血児から、精霊に戻ろうとしてるんだよ。

貴女が彼を、真に神としての己に仕える者として認めたから、エリーの制約が完全に、解かれている最中なんだ。」

真剣な顔で告げられた言葉に、リシェアオーガも、紅の騎士も、目の前で起こる変化に、何も出来無くなった。

やがて、人間で在る筈の、精霊との混血児の気配が、風の精霊そのものの…空風の精霊の気配へと、変化する。

髪の色、瞳の色はそのままであったが、確かにそこに居る者は、紛れもない空風の精霊だった。変化したケフェルナイトの気配を感じた、アーネベルアは、やっと彼を信用する事が出来た。

あの国者達には、決して精霊が屈しない事を知っている紅の騎士は、あの国で虐げられた者として生きる事を、精霊ならば自ら喜んで選び取ると判っていたからだ。

似たような境遇に遭っている、精霊達を知っている彼だけに、目の前の風の精霊の行動は理解出来た。

特に、紅の騎士の直ぐ傍に居る精霊、あの精霊同士の混血児が辿っていた運命と、この風の精霊の運命が重なって見えたのだ。

認めざる負えない事実で、紅の騎士は口を開く。

「空風の精霊仕官・ケフェルナイト殿。

これからもオーガ君、いえ、リシェア様を宜しく御願いします。」

真面目な顔で告げられた言葉に、風の従者は一瞬驚いた顔になったが、直ぐに何時もの微笑を(たた)え、

「私の方こそ、宜しく御願いします。神に仕えるのは初めてなので、先輩である紅の騎士様には、教えて貰う事が、沢山あると思いますので。」

と返す。先輩と言われ、今度はアーネベルアの方が驚き、別段普通の主従関係と変わりないと答えるが、一つだけ思い出した事があり、それを教える。

「リシェア様に限った事じゃあ、ありませんが、神々は私的な場では、堅苦しい事を御嫌らいになられます。

その事に関しての許可が出ても、敬語が取れないのであれば、愛称で呼ばれた方が喜ばれますよ。」

この世界の神々の特徴を教えると、判りましたと素直な返事が返る。そんなケフェルナイトの姿に、アーネベルアの顔に自然な微笑が宿る。

炎の騎士から、警戒する者で無いと判断された空風の精霊は、体の変調が収まると、己が仕える神の許へ控える。

彼の様子を周りの精霊達と神龍、戦の神の神官と紅の騎士は、微笑ましそうに見つめていた。



 光の屋敷で人間と精霊の混血児が、完全に精霊として覚醒した為、その体力すらも元に戻った頃、あの忌まわしき輩達は、光地(こうち)神子(みこ)を攫う計画を実行しようとしていた。

それを逸早くリシェアオーガ達は察知し、敵の懐へ入り込む計画を実行する。

何時も通りに街中を歩き廻る際、風の精霊騎士達が姿を隠し、神子達を見守る。その中には、ケフェルナイトと皚龍(がいりゅう)の姿もあった。

リシェアオーガの意向で、護衛に加わったケフェルナイトであったが、剣を使う事が出来無い為に、皚龍と共に行動する事を条件をエアレア達から付けられた。

勿論、風の神龍である皚龍は喜んで承知し、風の従者であるケフェルナイトの護衛に就く。

エアレア達に言われなくても、そうしたであろう風の神龍は、大切な仲間である風の従者の傍を、片時も離れなかった。この様子にリシェアオーガも安心して、あの忌まわしき輩の排除する行動を起こし始める。

何時もの付き添いである闇の神龍と光の神龍と共に、穏業(おんぎょう)で姿を隠した風の精霊達を伴い、空の従者・イエットルスから聞き出した件の屋敷へと赴く。

紅の騎士を始め、王宮の騎士達へは既に、この屋敷の事を知らせてあり、何時でも踏み込めるよう、風の精霊の協力で身を隠し、待機している。

勿論そこには、神々に仕える精霊騎士達も一緒にいる。あの輩を一網打尽にする為に、人間だけでは無理と判断した、リシェアオーガの采配だった。

彼が騎士達に指示を出す際、誰からも反論は無かった。何故ならば、そこに居るのは、光と大地の神子では無く、神龍の王…いや、戦の神の姿があったのだ。

幼く無邪気な神子の姿が微塵にも見えず、的確に指示をする王の姿であり、神の姿が見受けられ、納得の()く命令に騎士達は従う。

中には、神子である彼を心配する者もいたが、この姿を垣間見た途端、心配より任務の遂行の方を重視してしまっていた。


神子ではなく、神々の一人。


彼等の年齢の感覚では幼いながらも、神として命を下す姿に、精霊騎士達だけで無く、人間の騎士達も真剣な眼差しで、彼の下す命を受けていた。

神龍達と言えば、己が王の指示を素直に受け止め、時には己の提案をも加える。

それを受けてリシェアオーガも考慮し、自分の意見を言うか、その意見を取り入れるかしている。王と臣下の関係を実感出来る遣り取りに、神龍達も、精霊達も、リシェアオーガと言う戦の神を受け入れてる様に見えた。



 神々に仕える彼等でさえ、こうなのだから、神々に創られた人型の生き物達は、尚更だった。

この国の王から神子に従う様、言い付けられている騎士達であったが、彼の行動や態度を見る限り、普通の十代の子供に見えず、只、一人の国王が、その場に居る様に感じられる。

まだ神とは思えないが、神龍の王がそこに居る。

彼等の認識は未だそれに限っていたが、傲慢な王では無い事に気付き、紅の騎士に至っては、自分の主と重なって見えていた。


現国王・エーベルライアムと同じ瞳を持つ少年神。


自ら周りの者達にとって、最良と思える道を選び取る彼等に、王たる資格が大いなる神から与えられている様に思える。

その反面、この二人からは全く異なる点も見えている。

己の主には無い、王たる自覚。

王として扱われても己の主の様に逃げはせず、真正面から向かい合っている目の前の神子は、生まれながらの王と言っても、過言では無かった。

いや、神龍王として覚醒したからこその、行動なのかもしれない。

王になる為の試練を越え、己が神の役目と共に王の役目をもその身に受け止め、己が護る者達を見定めた者故の姿。

己が役目は護りの剣と自覚し、その為に力を振るう事を厭わない。

あの生誕祭での出来事を思い出すと、この少年が神龍王としての歩みの開始と同時に、神としての歩みを始めていると判る。

戦の神…生きとし生ける者を護る、神としての重責を物ともせずに、歩み出した少年に紅の騎士は、もう一人の主である炎の神に仕える身として、頼もしさを覚えた。 

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