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精霊と人間の混血児

今回から少しの間、ケフェルナイトの視点となります。

 様々な花が一面に咲く場所に、彼等は到着した。花々の甘い芳香が彼の鼻を擽るが、自分の流す血の臭いが混ざり、ケフェルナイトは残念に思った。

右腕にある黒い枷が力を奪い、無数に受けた傷の為、立ち上がる事も出来無い彼へ、虹色の瞳の白騎士が声を掛けた。

「もう、大丈夫だ。怪我が酷い様だが、誰か呼んで………」

「如何した?エルア。怪我でもしたのか…?」

白騎士の声を遮り、少年の声が聞こえた。

その声にケフェルナイトは覚えがあり、声のした方向へ顔を向けた。そこには長い銀色の髪の、光の神の特徴を持つ少年がいた。

神子と判る装いだったが、それ以上にケフェルナイトは驚いていた。

自分の心が訴える物…胸を、体を、焼き尽くす様な、激しく狂おしいまでの想いが、目の前の少年を己の大切な主だと訴える。

「……オー…ガ…さ…ま…」

微かに出た言葉に少年が気付き、怪我をしているのは、エルアと呼ばれた白騎士で無い事が伝わった。

視線がケフェルナイトへ向けられ、白騎士・エルアへ少年が質問をした。

「エルア、この者が如何かしたのか?」

「申し訳有りません、我が主。あの馬鹿共に追われていた様で…。

偶然、嬲り殺しにされる処に、遭遇してしまって…我慢出来ませんでした。」

助けた事を伝えるエルアに、判ったと少年は答え、ケフェルナイトに近付いて来た。少年の視線に囚われた彼は、再び恋い焦がれる様な想いに満たされる。

ケフェルナイトの傍に近付いた少年が跪き、その美しい顔が己の目の前に来ると、彼は嬉しそうに微笑む。

「や…と御逢い…出来ました…。オーガ…様…これでもう、思い残す事は…いえ、神子様に…御伝えしなければ…。」

途切れ途切れに聞こえる声に、少年が心配そうな顔をする。

「それ以上、喋るな。傷に障る。…今、治す故、暫く我慢しろ。」

そう言うと少年は、傷付いた青年の体に触れた。

以前なら完治出来無い治癒の力も、この姿に戻り、神と神龍王の力を得てからは、完全に治す事が出来る様になっている。制限は付いているものの、今聞いた状況下なら使えると判断し、術を駆使する。

見る見る内に酷かった傷は、跡形も無くなって行った。全て治してほっとした少年は、立ち上がろうとする青年に制止を掛ける。

「傷は治ったが、失った血の方は増え切っていないから、まだ無理をするな。

…?そなた、その右腕にある物は、何だ?」

青年の右腕に填まる黒い物が、少年の目に止まったらしく不思議そうな顔になり、その腕輪を見つめている。

「これは…あの国にあった、精霊の力を失くす道具です。」

彼の返事に、白騎士も、少年も、怒りを覚え、憤りを感じる表情になり、その道具に少年が触れる。そして、何かを探った後、辛辣な言葉を()く。

「子供騙しだな。玩具(おもちゃ)に過ぎ無い。」

「ですが、我が主。力の弱い精霊でしたら、効果有りますよ。

まあ、此処に居る精霊達には、全く以て無意味ですが。」

目の前で繰り広げられる、主と騎士の会話に、ケフェルナイトは唖然とした。自分の力を制御していた枷を、無用の長物と判断した彼等を、改めて見つめる。

己の主である少年の方は、奥底に色々な属性を感じるが、今、前面に押し出されているのが、光と大地の気配。

対して騎士の方は、強い風の気配と風の神の祝福を受けた姿。

少年が巷で噂になっている神子と言うのは判ったが、騎士の方は精霊騎士と言うには、疑問が浮かび上がる。


ふと、頭を過ぎった言葉が、ケフェルナイトの口から出る。

「風の…神龍様…?」

聞こえた言葉に、少年と白騎士はお互いの顔を見合わせ、白騎士の方がケフェルナイトへと向き直して質問する。

何故(なにゆえ)()う思う?」

「精霊より、強い力を感じます。

皚龍(がいりゅう)様がおられるという事は、エアファン様が…?

そう言えば、先程オーガ様を主と呼ばれていましたね。??え?神子様?オーガ様は、精霊では無いのですか??」

混乱する青年・ケフェルナイトの疑問に、答えるかの様な少し高めの別の声が、彼等の後ろから聞こえた。

「そうだよ、この方が神子様だよ。

で、何故(なぜ)君は、この方をオーガ様って、呼ぶんだい?」

皚龍と呼んだ白騎士と、同じ彩の精霊…あの時会った風の精霊騎士の姿にケフェルナイトは、答えとは言い難い返事を返す。

「何故って…私には判ります。

この方は、私の主のオーガ様です。間違いありません。」

断言する彼の態度で、風の騎士は少し考えて、少年の方を向く。

以前、目の前の混血児と会った時に彼は、少年の事を我が主と言い、何者であろうと、その忠誠は変わらないと告げた。

それを思い出し、再び青年の方を向き、面白そうに話し掛ける。

「君とは…確か、あの王宮の制圧の時に会ったね。

あの時もオーガ君の事を、我が主って言ったけど、この方に初めて会った時、君はどう感じたのかな?」

質問の仕方を変え、再び問う精霊騎士へ、青年は正直に答える。

「如何って…恋い焦がれる様な…狂おしく焼けつく様な想いに満たされて…

ですが、恋人とは違って、独占欲は感じず、寧ろ尊敬出来る御方で…私の最も大切な御方…何者でも構わない、一生を掛けても御仕えしたい御方だと思って…?」

返って来た答えで、精霊騎士は、更に楽しそうな顔になり、風の神龍は頭を抱えた。彼等の行動の理由が、ケフェルナイトには全く判らなかったが、楽しげな精霊騎士が教えてくれる。

「君は、人間の中で生きて来たから、知らないだろうけど、それって、精霊が真の主と出会った証なんだ。勿論、主の方も、君を仕える者として認めていないと、君が主を見分けられないんだよ。

オーガ君てば、知らずに精霊と主従関係を結ぶなんて…流石、光の神で在らせられる、ジェスク様の御子(おこ)だね。」

「………レア、それは本当か?私は、この者の真の主となっているのか?」

不意に聞こえた少年の声に、精霊騎士と青年は振り向く。

銀糸の髪を一つに纏めた物と、白地に紫の実の房と、月と太陽の装飾の上着が風に靡き、夜空を映す瞳は、驚きを示したまま彼等を見つめている。

「本当ですよ、神子様。

しかも彼が感じている想いは、私達精霊が真の主を見つけた時にしか、感じ得ない物なんですよ。」

敢えて名を呼ばずに敬語を使い、神子として扱う風の精霊騎士へ、少年は苦笑しながら告げる。

「そうか…あの時の承諾が、未だ切れていないのか…。

ケフェルナイト・ディグア・フェーンディア…ああ、その名は捨てて、今はケフェルだったな。今の我の姿にも同じ事を感じる様だが、このままで良いのか?」

暗に主従関係を続けても、良いのかと問う少年に、ケフェルナイトは大きく頷いた。

「御忘れですか?我が主。

私の忠誠は、貴方様だけに捧げた筈です。然るべき目的を遂げた暁には、貴方様の許へ馳せ参じる事を、承諾されたのでは無いのですか?」

「神子様の負けだね。

ああ~、もっと早く君に会っていたら、オーガ君が行方不明の神子様だって、直ぐに判ったのに…。」

残念そうな声を上げる風の騎士へ、ケフェルナイトは不思議そうな顔をした。

彼の表情に気が付き、風の騎士は答える。

「若しかして、精霊同士が、主従関係を持てない事は、知らないのかな?

あっ、そっか、あの忌まわしき国じゃあ、精霊の事を教える者はいないよね~。

精霊の血が濃い程、さっきの感覚が強いし、精霊以外を主に選ぶんだよ。人間の場合は、神官殿と騎士が持つ感覚だけどね。」

後で精霊の事を詳しく教えると言って、風の騎士は終止符を打った。新たな従者の出現に、頭を抱えた風の神龍は、少年に声を掛ける。

「我が主、此の者の事を教えてくれませんか?

おっと、言い忘れる所だった、御初に御目に掛る、察しの通り我は、此の方を主とする風の神龍・皚龍のエルア。」

初見の挨拶をされたケフェルナイトは、反射的に挨拶を返す。

「…初めまして、私は、あの忌まわしき国の生き残りで、ディエアカルク・クェナムガルア・リデンボルグと呼ばれる者です。

国が無くなったので、貴族としての名を捨て、只のケフェルと名乗ってます。

あの国の貴族と、風の精霊との混血です。」

ディエアカルク・クェナムガルア・リデンボルグと聞いて、エルアの表情が暗く曇る。その名の意味を知っている風の神龍は、ケフェルに労いの言葉を掛けていた。


 彼等の遣り取りを、暖かく優しい目で見つめていた少年は、挨拶を終えた神龍に話し掛ける。

「エルア、済まぬが、ケフェルに肩を貸してやってくれ。

私が運んでも良いのだが、周りの者が心配する故にな。」

そう言って風の神龍に、風の精霊の混血児を託す。そして、自分の許に再び戻って来た従者へ、優しい微笑みを浮かべながら話し掛ける

「ケフェル、今の私の名はリシェアオーガだ。呼び名は、リシェアで良い。

……親が付けたケフェルナイトの名を、捨てる必要は無い。精霊なら、その名だけで十分通用する。

それと、先程の風の騎士は、エアレア。

他にも精霊達が大勢いるから、後で彼等に紹介する。」

主の言葉を受けた青年は、微笑みながら承諾の返事を返す。

「承知しました、我が主……リュージェ・ルシアリムド・リシェアオーガ様。

いえ、ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガ様。」

リシェアオーガの名を聞いたケフェルナイトは、彼の正式名称を告げた。

再び驚く少年に、風の騎士が告げる。

「やっぱりケフェは、風の精霊の血が濃いんだね。今のリシェア様の正体を知っているなんて、情報収集に長けてるって事の証だからね。

風の精霊の最たる特徴だよ。あっと、私の事は、レアで良いよ。」

さり気に、愛称で呼ばれる事を望む風の騎士に、ケフェルナイトは、はいと素直に答える。受け入れられていると判るそれに、何ら疑問が浮かばなかったのは、彼の事を同族と感じた所為だった。

リシェアオーガの正式名・ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガの名を知っていれば、彼等の対応は当たり前であった。

戦の神・リシェアオーガに仕える者。

周りにいる精霊達や神龍達を同じく、神に仕える風の精霊と人間の混血児。

それが、今のケフェルナイトの立場であった。

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