新しい神官と神龍達
神官達の困惑が一段落し、目の前の神が微笑を戻した頃、件の神であるリシェアオーガが彼等に、自分がここへ来た訳とその用事の為にとある事の相談を持ち掛けた。
「ちょっとした用があって、暫くこちらに滞在したいのだが、
何処か、滞在出来る所を教えて欲しい。」
ここへ来た理由を述べると、神官達は口々に光の屋敷を進めた。元々光の神の祝福を受けた者が住まう場所であり、今現在は無人である。
先の大戦と国の改革の終結後暫く、光の神の家族が滞在していた所でもあり、リシェアオーガにとっても、馴染のある佇まいでもあった。
神官達の申し出に少年神は有難くそこを使う事にしたが、世話をする者がいない事に大神官が気が付き、尋ねる。
「リシェアオーガ様、あの屋敷は今の処無人ですから、此方から神官の誰かを、世話をする者として御付け致しましょうか?」
「いや、良い。神龍達も共に来ているし、精霊達が後から来ると言っていた。
…リンデル、カルディを、屋敷に連れて行きたいのだが、良いか?」
己の神官を連れて行きたいと望んだ神に、大神官のリンデルガレは喜び、微笑みながら承諾の頷きをした。
神々は時に、己の神官を傍に置きたがる。
然も、初めての神官と思われる者を傍にと望むのは、当たり前と判断したのだ。
神としての無自覚の行動と思えるが、それもまた神官にとっては嬉しくもあり、微笑ましいものでもある。
…たった3年間で邪気に犯されてたとは言え、あの大戦と混乱を引き起こした人物と同一だとは考えられない程、成長されたと神官達は感じた。
彼等に案内され、再び光の屋敷に足を踏み入れたリシェアオーガは、感慨に耽っていた。以前は意識が無い状態で、父親に抱かれて入った屋敷だったが、今は自分の足でそこへ赴く。
三年振りの場所であったが、屋敷の内部の構造は未だ覚えていて、何処にどの部屋があるのか、外からでも判っていた。
屋敷の門を通り抜けて、門と屋敷の鍵を渡した案内の神官が帰ると、リシェアオーガは虚空に向けて声を掛ける。
「皚龍・エルア、黄龍・ユコ、緇龍・コウ、そこにいるのだろう。
もう、出て来ても構わないぞ。」
呼び声に反応して、何も無い場所から三人の姿が現れた。
白い髪と虹色の瞳の青年と淡い金の髪と薄金の瞳の少女、漆黒の髪と闇色の瞳の少年…風の神龍と光の神龍、闇の神龍であった。龍人の姿で無く、人間に近い姿をした彼等三人は残念そうだが、それでいて嬉しそうな顔をしている。
「…我等の穏業も…我が君には通じ無いのか…。」
「わたしのは当然気付かれると思ったけど、エルアのまでとは思わなかったわ。
流石、リシェア様。」
「残念だけど、当たり前だよな。僕達の気配をリシェア様が判らない訳がない。
ああああっ、緋龍…あ、いや、フレアとの賭けは完敗だ~。」
三人の神龍の声を聞いたリシェアオーガは、笑いながら話し掛ける。
「エルア、ユコ、そなた達の想った通りだ。
隠しているとは言え、私がそなた達の気配を感じない訳が無い。それとコウ、フレアと何を賭けたのだ?」
唯一人、質問をされた闇の神龍・コウは、素直に答える。
「特に物は、賭けていません。…只、滞在時の服装を何にするか、賭けただけで…でも…ドレスは嫌だ~~~!!」
本音が只漏れの彼に、リシェアオーガは更に笑っていた。
そして、彼に滞在時の服装を言い渡す。
「その賭けは無効にして於こう。今回の事に関してコウは、精霊騎士服姿で私の従者として、傍に居て欲しいからな。
それと、一部始終を見ていたであろうが、一応紹介しておく。
この者は我が神官、ファムエリシル・リュージェ・ルシアラム・カルダルア。
カルディ、彼等は我が臣下であり、友人でもある神龍達だ。」
リシェアオーガから紹介をされた新しい神官は、神の後ろに控えていたが、己が神の手で前に導かれて神龍達へ挨拶を告げる。
「初めまして、この度リシェアオーガ様の神官となりました、ファムエリシル・リュージェ・ルシアラム・カルダルアと申します。
神龍様方、宜しく御願いします。」
真剣な眼差しで、深々と一礼をする神官に、神龍達も挨拶を返す。
「初めて、御目に掛ります。
私は風の神龍の皚龍・エルアです。我が神の神官殿。」
「初めまして、リシェア様の神官殿。私は光の神龍のユコです。
今後とも、よろしくお願いしますね。」
「初めましてだね。僕は闇の神龍、コウ。
カルダルア殿だっけ?仲良くやって行こうよ。」
それぞれ特徴のある挨拶を返され、カルダルアは嬉しそうに微笑んだ。彼等は他にも神龍がいる事を神官に教え、共に屋敷の中へ入って行く。
挨拶の間三人の神龍は、リシェアオーガから、友として紹介された事を喜んでいた。
臣下である事には自覚があったが、リシェアオーガにとって掛替えの無い友人として存在しているとは、思っていなかったのだ。
彼等は、その事実が嬉しかった。
傲慢で無い王と判るリシェアオーガの態度が誇らしく、この方が我等の王だと自慢したい気持ちでいっぱいになっていた。
余談だが、その犠牲者になるのは、後から来る精霊達であった……。
光の屋敷に入ると直ぐに、何も無い空間から翆龍のノユと緋龍のフレア、碧龍のネリアが彼等の許へやって来た。
彼等もまた竜神の姿とは違い、人間に近い姿で現れる。
神官との挨拶を交わした彼等の後ろには、幾つかの荷物があった。必要最低限であると思われるそれを、屋敷内へ運んでいく神龍達と己の荷物を運ぼうとする神官。
彼に気が付いた緑の髪の神龍・ノユが、神官へ声を掛ける。
「カルダルア神官殿、お荷物はこれだけですか?
それなら私達がお運びしますよ。」
「神龍様の御手を煩わせる訳には参りません。自分で運びます。」
ノユの提案を断った神官だったが、その荷物を強引に取り、運ぶ者が出た。
青い髪の神龍・ネリアであった。
慌てて自分の荷物を取り返そうとする神官へ、彼は表情の見えない視線を送る。
「カルダルア殿でしたね。我が神の神官殿に、重い物を持たせる訳にはいきません。
荷物を運ぶのは我等の仕事。…御断りとは…言われませんよね。」
確信犯の言葉にカルダルアは抵抗が出来無くなり、仕方無く荷物をネリアに任せた。彼等の様子に、リシェアオーガは微笑み、自分の神官へ話し掛けた。
「カルディ、遠慮はしなくて良い。
神龍達も我の神官が誕生したので、嬉しいと同時に構いたくて仕方ないのだ。
迷惑だったら止めさせるが…。」
困惑顔で告げられた言葉に神官は首を横に振り、自分の意見を述べた。
「いいえ、迷惑ではありません。只…私の様な者がオーガ様の神官だなんて、神龍様方には嫌悪されるのではないのですか?」
今まで見習いだった事を思い、そう告げる彼へ大地の龍が口を開く。
「そんな事はありません。リシェア様が精霊に擬態されていた頃から、仕えたいと願っておられたカルダルア殿程、我が神の神官に相応しい方はございませんよ。
…あ、リシェア様、神官殿の服も持って来ましたので、後でお渡ししますね。」
即座にノユに諭され、新しい神官服が用意出来ているとまで言われて、呆気に取られたカルダナだったが、リシェアオーガに促されて割り当てられた部屋へと入っていた。