兄達との一夜
楽しい夜は更けて行き、宴も終焉となった。
国王と騎士達は風の騎士達の手で、王宮へと送られ、残ったのはアーネベルアとレナフレアム、ラングレート兄弟だけであった。
神殿の敷地内の為、アーネベルアとレナフレアムは左程心配無いが、ラングレート兄弟の方は、明日の仕事に、支障があるのではないかと心配された。まだ彼等といたいが、彼等の仕事の邪魔だけはしたくないリシェアオーガが、意を決して尋ねる。
「義兄上達は…その、明日の仕事は、大丈夫なのですか?」
心配そうな顔で尋ねられ、微笑みながらバルバートアがそれに答える。
「大丈夫だよ。
予定では、べルアの所に泊まる筈だったんだけど、オーガさえ良ければ、ここに泊まる心算だけど?ハルトは如何する?」
「俺も、べルア様の所に泊まる予定だったし、オーガが良いんだったら、ここに泊まる事にするが…。」
質問された長兄と次兄から告げられた言葉で、精霊達はほっとし、まだ一緒にいられる事を知ったリシェアオーガは、嬉しそうな顔をした。
「じゃあ、今晩は義兄上達と、べルア達と一緒だね。」
極上の微笑と共に宣言された言葉に、兄弟は頷き、炎の騎士と光と炎の精霊剣士は苦笑している。
勿論、周りの精霊達は彼の意見に賛成であったらしく、彼等の言葉を聞くと、一部がいそいそと部屋の支度を始めていた。
その様子を見ながら、苦笑していた炎の騎士が尋ねる。
「オーガ君、私達の意見は、訊かないのかい?」
「え…べルア達は、一緒にいてくれないの?
義兄上達が一緒なら、いてくれると思ったのに…。」
悲しそうな顔になる少年に、慌てた精霊剣士が口を挟む。
「そんな事はありませんよ。
べルア様…悪戯を仕掛けられたからって、意地悪をしてはいけませんよ。」
「その心算はないよ。只、私の事を良く判っているなと思ってね。
バート達が泊まるなら、私も此処に泊まるって事をね。屋敷の者には既に、その旨を伝えてあるよ。
…しかし、オーガ君も変わったね。
リシェア様と判った時は驚いたけど、私相手でも、バート達と同じ対応をするようになるなんてね。何だか、弟が出来たみたいで嬉しいよ。」
以前の国の、建国祭の時の出来事を思い出しながら、偽りで無い今の対応に、アーネベルアは心底喜んでいた。
言われた本人は首を傾げ、不思議そうな顔をしたが、理由に思い至ったらしい。
「リーナの影響なのかもね。
僕が余り両親や実兄に甘えないからって、煽る事をするんだ。で、つい、乗ってしまう事が多いんだ。」
双子の兄弟の事を思い出しながら告げる、リシェアオーガに、育ての兄であるアンタレスが軽く頭を叩く。
「…オーガは、根っからの負けず嫌いだったからな…。
まあ、良い意味での方向へ向いているだけ、ましだな。」
兄として対応する大地の精霊に、そうなの?と返すリシェアオーガ。
暫く何かを考えていたが、それを行動に示した。
「今夜は兄上達とべルアと、精霊達を独り占めだね。
……リーナが羨ましがるかな?」
己の両手で、義理の兄達と炎の騎士の腕を捕えながら告げられた言葉に、黒き龍が主に視線を向け、寂しそうな表情で口を開く。
「…我が君…僕達と神官殿は、除外扱いなんて…」
今にも泣き出しそうな声で告げる神龍のコウに、リシェアオーガは、不思議そうな顔をして返事を返す。
「コウ達やカルディは、元から僕の独り占めだよ。
リーナが割り込めないだろう?え?違うの?」
心の底から、そう思っている彼の言葉に、ノユが微笑み掛ける。
「クス、違いませんよ。
コウ、我が王は、私達と神官殿が自分の独占出来る者達として、認識しておいでです。
心配しなくても、大丈夫ですよ。」
彼女の言葉で神龍達が納得し、自分達の王の傍に集まる。全ての神龍が集った事に、気が付いたハルトべリルは、彼等から受ける力の強さに歓喜していた。
其々別の属性を持つ彼等が、一堂に集まるのは圧巻であった。
精霊と神龍は区別し難いが、彼等の意思で混じる龍の気配によって、印象も違って見える。大いなる神から創られた存在故に、その身に龍以外の気までも纏える彼等は、自らの気配を自由に変える事が出来る。
それ故今は、精霊の気を纏い、神龍と判らない様にしている。
彼等が集ったのは、一人の神の許と知られている事から、これを隠す為だけに今の状況を作り上げているのだ。
自分達の主であり、王であるリシェアオーガが動き易い様に──この一念で彼等は、自分達の正体を隠しているのだった。
大勢の兄達に囲まれ、光の屋敷の夜は更けて行く。
屋敷の精霊達と神龍達、光と炎の精霊の混血であるレナフレムは、あまり眠りを必要としない為、用意された部屋へは戻らなかった為、部屋に残った彼等の間で、色々な話が飛び交った様だ。
リシェアオーガはというと、珍しく我儘を言い、バルバートアとハルトべリル、アーネベルアと一緒に眠る事を希望した。しかし、大の男が三人も同じ寝台に眠るのは、無理という事となり結局、ラングレート家の兄弟のみとなる。
アーネベルアは休暇中という事なので、機会が幾らでもあると、アーネベルア本人がリシェアオーガを説得した。
その時はレナフレアムと一緒と、希望を示した神子に、苦笑しながら承諾する。
アンタレスの方は、これから屋敷にいる間、ずっと一緒という事で、心置き無く甘える事に決めたようだった。
精霊達から見れば、リシェアオーガは幼子…その子が大人に対して、大いに甘えている様子に諌める事は無いが、人の迷惑だけは掛けない様、注意をする事を心掛けている様子が伺える。
まあ、リシェアオーガ自体も甘える相手に、迷惑を掛けない事を念頭に置いているので、左程支障は無かった。
この場に実の兄達がいない事だけが、至極残念であったが、多くの兄達に囲まれたリシェアオーガは、騒動が始まるまでの、束の間の安らぎを堪能していた……。