楽しき語らい
暫くしてレトヴァルエは、自分の状況に気が付き、慌てて、リシェアオーガの腕の中から抜け出そうとした。しかし、彼の力は、この華奢な体の何処に、それ程の物があるか判らない位、強い物であった。
その為、レトヴァルエは仕方無く、口で抗議する事に決めて、何時もの調子で話し出す。
「オーガ、良い加減、離せ。苦しいし、窮屈だ。
女性やべルア様にされるなら良いが、お前にされると要らぬ誤解が生まれる。
迷惑かけるのは…い…や…だ。」
最後の一言を断言するのに苦労した彼は、やっと神子の腕から解放される。
自分が迷惑と言わず、相手に迷惑が掛ると言われ、その成長振りでリシェアオーガは更に微笑む。光地の神子で無く神の、慈愛に満ちた微笑に、レトヴァルエは無意識に見惚れていた。
だが、彼の様子に誰も揶揄しなかった。リシェアオーガの正体を知っている者達は、当たり前と捉え、中には羨ましそうに見る者もいる位だ。
その中の一人であるエニアバルグの、心の底からの羨んだ声が聞こえる。
「……羨ましいぞ、レト。俺だって、リシェア様の微笑を独占したい!」
「エニア…リシェア様は、レトを慰めただけでしょう?
貴方には、慰められる要因は無いですし、反対に貴方が抱き締めたでしょう?」
昼間の出来事を告げるファムトリアの言葉で、レトヴァルエは驚いた顔をして、エニアバルグを見る。
「エニア…お前、そう言う趣味か!」
先程までと違う、やや嫌悪感の浮かんだ引き気味の態度も加わり、正気に戻った事がはっきりと判るレトヴァルエの言葉をエニアバルグは、焦りと怒りの籠った声で、大いに否定をする。
「違う!俺は、弟分が心配だっただけで、そんな意味じゃあない!!」
彼の反論に周りが納得し、リシェアオーガはエニアバルグの言い分に、キョトンとした顔をする。
先程までの、神の顔が無くなり、年相応の少年の顔に戻った彼は、エニアバルグの方に向き、彼を見つめる。
「エニア…兄さん?」
ぼそりと漏れた言葉に、ファムトリアが反応する。
「…オーガ、それは良い呼び方ですね。
丁度今は二人とも同じ銀髪ですし、兄弟と扱っても、支障が無いでしょうね。」
リシェアオーガの髪は光髪故に、今はエニアバルグと同じ銀色をしている為、冗談交じりのファムトリアの言葉が飛び出した様だ。
これに兄と呼ばれた本人は、困り顔で答える。
「オーガ…それは勘弁な。
俺はこれ以上、弟分を増やしたくない。友人の方が良い。」
溜息序でに、本音を漏らすエニアバルグへ、リシェアオーガは不思議そうな顔をしたが、何かを思い当たったらしく、失笑する。
険だった見た目と違い、何かと世話好きなエニアバルグの様子を思い出し、あの頃より慕う者が増えたのだなと感じた。
「判ったよ、エニア。取り敢えず、年の離れた友人として、宜しくね。」
神子からの、己の年齢を考慮して告げられた言葉に、意外な返答が返ってくる。
「…オーガって、見た目だけは俺達より、若いからな…。」
返された言葉にキョトンとして、リシェアオーガは彼に質問する。
「??エニアって、幾つ?僕は、19になるけど…。」
「へ?オーガって精霊として、育ったんじゃあなかったのか?
19じゃあ、俺と同じ年じゃんか。」
「育ったけど…成長速度は、13まで人間と同じだったんだ。でも、精霊にとっても、神々にとっても、この10代の年は幼子なんだよ。
精霊や神々だと、最低でも60歳位いかないと、子供として見てくれないし……だから未だに、幼子扱いなんだよ。」
自分の成長速度を暴露し、少し不満げに今の扱いをも告げるリシェアオーガへ、精霊騎士達が口を開く。
「仕方ありませんよ。
リシェア様は、目を離すと何仕出かすか、判った物じゃあ、ありませんから。」
実体験を交えたルシナリスの声に、アンタレスも同じ反応する。
「ルシナリス殿の言う通りです。
リシェア様、いえ、オーガは、目を離すと、とんでもない事を仕出かすからな。」
自分の事を詳しく知っている精霊達の言葉に、リシェアオーガは反論を試みる。
「昔はそうだったかもしれないけど、今はリーナの方が酷い。
僕は、リーナを止めるのに必死なだけだ。」
しかし、神子の反論は空しく、二人の騎士達から更なる意見を告げられる。
「……止める心算が、何時も一緒になってしまうのは、何方でしたっけ?」
「レスの言う通りです。何時も止められずに、巻き込まれて御出ででしょう。
まあ、双子の御兄弟であるリーナ様を止める事は、幼いリシェア様には、まだまだ難解だと思いますが。」
無駄に終わった反論に、傍にいた三人の友人は笑い出す。リシェアオーガが振り回される様子が、想像出来たらしく、彼等の笑いは途絶えなかった。
…補足ですが、レトヴァルエは、エニアバルグ達の、オーガの呼び方の変化に、気が付いていません。