建国祭への誘い
大人達がそんな会話をしている一方、まだ成人したばかりの子供達は、新しい祭りの事を話していた。
前の国が無くなった事から、新しい国の建国祭が今年から始まる事を告げる。その話にリシェアオーガは、目を輝かせ、聞き入っていた。
以前体験した初めての祭りも楽しかったが、今回の祭りも楽しそうだなと思った。出来れば、エニアバルグ達と一緒に、普通の子供の様に参加したいと考える。
彼の考えを察してか、エニアバルグが、悪戯っぽい微笑を浮かべる。
「祭りの日に、オーガも来るか?
また、前の様に露店を回ったり、出し物を見るのも楽しいぜ。」
魅力的な誘いだったが、ふと、兄弟の事を考えた。
「…参加したいけど、父上達の許可がいると思うし、兄上達を連れて来たいな。
特にリーナを連れて…危ないかな?」
普段から女性の姿を取っている、双子の兄弟の事を思い、その事を尋ねる。
女性の姿だと、まだ危険な事もあって、あまり推奨出来ないと告げるファムトリアの意見に、リシェアオーガは考え、ある事を思い付いた。
「もし、父上達から許可が下りてリーナも来れるなら、リーナに無生体か、男性体になって貰えば良いかも。
だけど、剣は扱えないから、私か、兄上が護れば良いし……それに……一緒にいるなら、エニア達にも、護衛を頼めるよね。」
考えた妥協案を提示すると、エニアバルグとファムトリアが同意する。
「まあ…確かに、それなら大丈夫か…。」
「妥当な線ですね。」
二人の言葉に安心たリシェアオーガは、この話を帰ってから、家族と相談する事に決める。楽しみだな~と思っている彼等の耳に、レトヴァルエの不安そうな声が聞こえる。
「……オーガの兄弟ね……何か、物凄く嫌な予感しかしないな…。」
彼の反応にカルダルアは、袖で顔を覆い、忍び笑いをしていた。
神官であるが故、リシェアオーガの兄弟が誰であるか、知っていたし、レトヴァルエの嫌な予感は、ある意味正解であった。
リシェアオーガの実兄である知の神は、かなりの毒舌家であり、手より先に口が出る方である。故に、御莫迦認定されているレトヴァルエなら、かの神の良い玩具にされるであろう事が想像出来た。
馬鹿に対しては、容赦無い御仁…それが、リシェアオーガの兄であった。
「君達、楽しそうだね。何の話をしてるのかな?」
彼等の話に、バルバートアが話し掛けて来る。一瞬、無言になったが、エニアバルグが真相を話す。
「バルバートア様、今年の祭りの事を話してました。
オーガも来ないかって、誘ってたんですよ。」
楽しそうに話すエニアバルグへ、バルバトーアも微笑んで賛同する。
「それは良いね。
オーガは、ルシフの祭りでは、あまり楽しめなかったみたいだしね。」
少し前にオーガと再会を果たした、ルシフでの生誕祭の事を思い出し、あの時の様子を彼等へ教える。
「え…ルシフのと言うと、生誕祭ですか?!」
ファムトリアの質問に、バルバートアは頷き、先を話す。
「あの時、この子は開催の方に回っていたから、純粋に楽しめなかったと思うよ。
…如何だった?」
不意に話を振られたリシェアオーガは、少し考えてから答えを返す。
「……確かに、祭りを盛り上げる事や、色々と雑務があったから…前みたいに楽しむより、忙しかった気がする…。
う~ん、やっぱりエニアの誘い、受けたいな。」
楽しそうな祭りの、一般参加に心が揺れている光と大地の神子──光地の神子──へ、一人の精霊騎士が近付き、声を掛ける。
「受けたら、宜しいのでは?
リシェア様の御願いなら、ジェスク様も反対なさらないでしょうし、寧ろ御自身が、一緒に行こうとおっしゃるでしょうね。」
乱入して来たのは、銀色に変化した髪を持つ、光の騎士だった。
ジェスク神の懐刀とも、一番の側近とも、言われている彼の言葉に神子の方は苦笑し、人間の騎士達は唖然となった。
「ルシェの言う通り、父上なら率先して、家族で行こうって言いそうだね。
……有難う、ルシェ、兄上と相談してから、提案してみるよ。」
神子の嬉しそうな微笑に、光の騎士は満足し、エニアバルグ達へ向き直る。
「この国の騎士の方々、我が神の神子様と親しくして頂き、有難うございます。
我が神に代わって、感謝いたします。」
微笑を湛えながらも、真剣な眼差しで告げる光の騎士へ、王宮騎士二人は驚いた様な、慌てたような表情で答え、後の一人は真面目な表情で答える。
「えっ…あの…お・お礼を言われる程の事じゃあな…ありません。
俺…いや、私達は、オーガの友人です。当前のことを、しているだけです。」
「そうですよ。私達にとって、オーガは友人であり、放って置けない存在です。
目を離したら、何を仕出かすか、判ったものじゃあ、ありませんから。」
「私は、只の知人です。感謝される程の者では、ありません。」
三者三様の答えに、リシェアオーガが反応した。
「エニア…緊張の余り、言い方が変になってるよ。
……ファム………僕は、ファムが心配する程、危なっかしいかな?そんなに、騒動を起こしてない筈だけど。
レト…酷い。僕の事、知人だなんて…色々知った仲じゃないの!」
リシェアオーガの、からかい交じりの言葉に、レトヴァルエが思いっ切り、言葉の反撃をする。
「誤解を招く言い方は、止めろ!!
お前は操ってたから、私の事を知っているだけで、私はお前の事は、何も知らないじゃあないか!!知人扱いで、当たり前だ!!」
彼の受け答えを聞いたエニアバルグは、ある事に気が付き、それを尋ねる。
「…オーガ…もしかして、レトって、からかい易いくて、操り易かったのか?」
エニアバルグの問い掛けに、リシェアオーガは頷き、言葉を添える。
「それもだけど……何時も一人ぼっちって感じで、頑張って威勢を張ってたから、ちょっと哀れで…ね。
王宮では取り巻き達が周りにいたけど、彼等とは一線を引いていて、友人というより知った顔程度だったし、仲間認識も無かったんだ。
鬱陶しい存在、馬鹿で低能な奴らって、扱ってたしね。
それに……両親や兄弟、親戚から全く見向きもされないなんて、可哀そうだな~とは思ってた。」
リシェアオーガから告げられた言葉で、レトヴァルエは、己の真実を他の者に晒され、成す術を失う。
彼の様子に気が付きながら、リシェアオーガは先を続ける。
自分には義理とは言え、兄達が構ってくれていたし、失ったと思い込んでたいたとはいえ、家族同様の存在達にも溺愛されていた為、尚更彼に、無意識で同情してしまったのだと。
家庭の内情を暴露されたレトヴァルエは、再び無言になった。唖然としているで無く、怒っているのでも無い、何とも言えない表情でリシェアオーガを見ている。
彼の視線を受けて、リシェアオーガは、微笑みながら彼に近付き、抱き締める。リシェアオーガの微笑に釘付けとなった彼は、思わぬ行動に出た神子に驚く。
「レトは、立派な騎士に成る可能性を秘めている。
只、愛情に飢えて、それを補う為に身分を翳すしかなかった。一人でいる事に耐えられず、身分を使って人を集めるしか、術を知らなかった。」
彼のこれからと、今までの彼の事をも暴露したリシェアオーガは、腕の中の存在を愛おしく思って微笑み、更なる言葉を掛ける。
「…でも、もう大丈夫だ。エニアもいるし、ファムもいる。それに…我もいる。
我等はそなたの友人、本音を言える仲間だと思うのだが…
レトにとっては、違うのか?」
口調が変わったリシェアオーガに戸惑いつつも、抱き締められている腕に暖かさと安らぎを感じる。
今まで欲しかった愛情という名の物、友愛という物を得たような感覚をレトヴァルエは受け取り、思わず、リシェアオーガの服を掴んでいた。
騎士であるが故、気配に敏感な彼と周りの人間は、リシェアオーガのそれが、神子の物で無く、神龍王の物でも無い事に気付く。
暖かな神々の気配…慈愛を含んだそれに、レトヴァルエは包まれ、心が満たされていく感覚に身を委ねていた。