悪戯の終焉
会場に着くと案の定、彼女は義理の兄達の許へ、大地の騎士を伴い走って行く。
途中、大地の騎士が危ないと声を掛けるが、転ぶかと思われた少女は難無く交わし、兄達の許へ到着する。
以前の様に、兄として接する彼女に、国王と共に来た騎士達は頭を抱える。
神子と人間…その差は歴然としていたが、彼女は平気で、それを越えている。人間が敬うべき者が親しげに語り合う姿を見て、レトヴァルエは驚いている。
彼の様子にエーベルライアムは、ある事を教えた。
「レト、我等の神々は、私的な会合なら、あの様に親しみを持って接した方が、喜ばれるんだ。だから、敬称呼びでも、愛称で呼ばれる事を望むんだよ。
後、敬語は駄目って、言う神々も多いよ。」
ルシフの国での体験を彼等に話し、納得させようとするが、当の本人であるレトヴァルエには、無駄に終わったようだ。
未だ固い彼の口調は、リシェアオーガという、目の前の光と大地の神子の呼び方を主に訪ねている。
「では陛下、神子様を如何呼べば、良いのでしょうか?」
「リシェアで構わないわ。レニアとレトも、ライアム達と一緒に、楽しんでね。
…あ…その前に、べルアの御説教?」
リシェアオーガの言葉を受けたアーネベルアは、怒りを秘めた表情で、ゆっくりと自分の仕える主の前へ歩み寄る。
「相変わらず、御察しが良いですね、リシェア様。
陛下…危険だから御忍びを控えるようにって、私が忠告しませんでしたか?
止められなかったレニアも、レトも同罪ですが…貴方に、もしもの事があったら、如何する気でしたのか、御教え下さい。」
厳しい声で尋ねる紅の騎士へ、国王は憮然として答える。
「ここならべルアもいるし、精霊騎士達もいるから、安全だと思ったんだよ。
まあ、途中色々あったけど、何故か相手が、突然倒れたりしていたんだ…………リシェア様、何かおやりになりました?」
国王の言葉に、ばれたと肩を竦めた少女は、真相を語る。
「この光の館で歓迎会をやるって決まった時、絶対ライアムが此処へ来ると思ったから、風の騎士達と光の騎士達に護衛を頼んだの。
本当は風の騎士に、送迎をして欲しかったのだけど、それをやるとべルア達にバレバレだから、止めたの。だから妥協策で、護衛を付けたのよ。
勿論、帰りは風の精霊に送らせるから、心配しないでね。」
少女の言葉に他の2人の青年騎士が、同じ年の騎士へ声を掛ける。
「それって、俺達と一緒に…って事だよな。レト、よろしくな。」
「…レトヴァルエ殿、御愁傷様と言って、良いでしょうね。
その分だと、リシェア様の悪戯の犠牲になったのでしょう?」
「ま…な。」
レトヴァルエの態度で、的を得た答えを口にしたファムトリアへ彼は、肯定の頷きと共に返事をする。
彼等の遣り取りでリシェアオーガは、不機嫌そうな顔となって文句を言う。
「ファム、酷い!私はまだ、悪戯はしてないわ。只、真実を暴露しただけで…。」
口を尖らせて言う少女へ、若き騎士は怒りの反論を返した。
「それが余計だ!!お蔭でこっちは、べルア様から、お説教を聞かなきゃならない羽目になったんだから!!」
レトヴァルエの言葉に、エニアバルグとファムトリアが素早く反応し、その真実を聞き出そうとしていた。
彼等へそっと真実を耳打ちする少女に、未だ怒りを見せているレトヴァルエ。
彼女から理由を聞いた彼等は、口を揃えて言う。
「自業自得だ!!」
「自業自得です!!」
二人分の声に周りが笑い始め、レトヴァルエは反論処では無くなっていた。恥を掻かされたとばかりに少女を睨むが、相手は何食わぬ顔で何かを持って来る。
「レトも、御腹が空いているのでしょう?
御腹が空くと、人間は怒りぽくなるって、精霊達が言っていたわ。だから、はいこれ、好きでしょう?」
手渡されたのは、彼の好きな鳥の香草焼きであった。
確かに彼の好物であったが、彼女に言った覚えは無い。不思議そうな顔で受け取り、知っている理由を聞く。
「何で、僕の好物を知っているんだ?…ん?んんん???……もしかして…操っていた時か!!」
「そうだけど…今は好みが変わったの?」
首を傾げながら言う少女に、レトヴァルエは一瞬止まった。
あの少年の癖である仕草だったが、目の前の少女がやると、可愛く見えたのだ。顔を赤く染めながら、如何にか反論を言う。
「か・変っていない。…そ・その姿で、それをやるのは…卑怯だ…。」
卑怯と言われ、キョトンとする少女の姿にエニアバルグが、彼の代わりとばかりに理由を述べる。
「だろう?女の子だって判ってたら、オーガのあの仕草って、物凄く可愛いだぜ。レトがたじろいで、赤くなるのも判るぜ。
俺も同じだ。」
軽くレトヴァルエの方を叩き、同感の意を示すエニアバルグに、判るかとお互いに言い合っていた。その姿を見たリシェアオーガは、ちらりとファムトリアを見る。
「ねえ、ファムもそう思うの?…私は私なのに、二人とも変。」
「私は何時もの姿でも、可愛いと思っていますよ。
まあ、女性の姿の方が一段と可愛いのですが、彼等より免疫があるので、大丈夫な様です。」
免疫と言われて、少し考え込んだ彼女は、思い付いた事を口にする。
「免疫って…ファム、若しかして、婚約者がいるの?」
彼女の弾き出した答えに、はいと答えるファムトリア。
その言葉に今度は、エニアバルグとレトヴァルエが反応する。
「ファム、何時の間に、婚約者なんて作ったんだ!!」
「ファムトリアに…先を越された…・。」
自分に婚約者がいる事で、文句を言われたファムトリアは、二人の意見に少し不機嫌そうな顔をして、口を開いた。
「作ったなんて…人聞きの悪い…。私が5歳くらいの時から、婚約者はいますよ。
勿論、凄く可愛らしくて、凄く綺麗な子ですよ。」
前半の怒った様な反論とは裏腹に、後半部分で嬉しそうに婚約者の事を語るファムトリアの姿に、二人はがっくりしている。
リシェアオーガはというと、おめでとうと言って、少し考えていた。そして、くるりと扉の方を向き、走り出した。
「リシェア様、何処へ行くのですか?」
ファムトリアに尋ねられ、彼女は正直に答える。
「エニアやレトが可笑しいから、着替えてくるの。このままだと、何時もの調子が出なくて、つまんないもの。」
捨て台詞の様な言葉に、エニアバルグが右手で頭を抱える。
「…つまんないって……。オーガ、他にも理由があるだろう?」
エニアバルグの突込みに、ばれた?と呟き、本音を言う。
「動き難いし、悪戯も終わったから、もうこの姿でいる必要が無いの。
それに、この姿のままだとエニアとレトに、距離を置かれている気がするし…だから、着替えるの。」
そう本音を告げて、侍女姿の緑の騎士と光の騎士を伴い、リシェアオーガは一旦部屋を出て行った。
着替えの為の部屋に着くと、緑の侍女と光の侍女の姿の神龍を伴った当の本人が、服装を脱ぎ始める。
勿体無いと、彼女達の声が聞こえるが、お構い無しに装飾品を取り、ドレスを騎士服へと変え始める。性別も女性から何時もの無生体へ変えた時、ふと、どの騎士服に着替えるか、リシェアオーガは迷う。
神子としての服装か、戦の神としての服装か、神龍王としてのそれか…。
エーベルライアムが連れて行きた騎士達は、リシェアオーガが戦の神であり、神龍王である事を知らない。その為、彼は神子としての装いに決めた。
白地に月と太陽、葡萄の房をあしらった騎士服と、長い方の上着を纏い、装飾品は母と父の輝石と、自分の輝石を身に着ける。
たった一つだけ、リルナリーナから初めて貰った輝石を服の下に、カーシェイクから貰った物を襟に着け、己が剣をも着ける。
普段の服装になって、ほっとしたのか、足早に元の部屋へ戻ろうとした。
「リシェア様、本当~に、その服装で戻られるのですか?」
残念そうな声で尋ねる光の神龍へ、頷きながら答える。
「父上達がいないし、この方が動き易い。それに、女性の口調も飽きた。
エニア達といるなら、こっちの方が良い。」
リシェアオーガの言葉に、緑の神龍は理由を察した。
「あ…そういう事ですか。
ご友人達と戯れるなら、異性扱いより、同性扱いの方が気楽ですね。仲良さそうでしたし、特に銀色の髪の青年には好感が持てますね。」
「ノユもそう思う?あの子は、リシェア様の心配をしてくれていたのよ。わたしも彼等なら、リシェア様のご友人として扱えるわ。
もう一人の子は、警戒心が強かったけど、ちゃんと判ってくれたしね。
最後に来た子は…からかいがいがあるわ♪」
光の神龍に玩具認定されたレトヴァルエへ、リシェアオーガは少し同情した。が、身から出た錆であるが故、放って置く事に決める。
着替え終わり、楽しげに廊下を進む神子に、彼女等も付いて行った。