予想通りの訪問者
光の屋敷の門前では、二人の騎士を連れた貴族の姿があった。薄金の髪で紫の瞳の貴族は、楽しげで、連れ添った騎士からは溜息が出ていた。
門前で、絶対に止められると思った騎士達だったが、彼等の姿を見た光の精霊達に笑われている。その中の一人が、彼らに声を掛ける。
「ようこそ、御出で下さりました、エーベルライアム殿。
中で、御待ちかねですよ。」
「……な…あの…人違いじゃあ…。」
一人の騎士が誤魔化そうとするが、精霊は更に微笑み、返事を返す。
「間違いございません。御久し振りです、ライアム殿。
っと、代わりの者が来たようですね、私が中まで御案内します。」
「ジェリリアム様、交代しますよ。国王陛下のご案内、お任せします。」
同じ光の精霊騎士が、屋敷の中から門へ赴き、対応している精霊へ声を掛ける。敬称を付けた呼び名で、目の前の精霊が光の騎士で、然も、神の側近だと判る。
エーベルライアムと知己であれば、あの改革の時にいた者だとも、判断出来た。
光の神子が、この屋敷に滞在していると、報告を受けていた騎士達は、彼等がいる事で、齎された話が真実だと確信した。
光の騎士に連れられ、屋敷に入った彼等は、そこで騎士達と侍女を連れた少女と出会った。
今は夕刻の為、その髪は徐々に金から銀へと変って行き、その瞳も昼間の色から、夜の色に変わりつつある少女へ、騎士達の視線は釘付けとなる。
目の前の美しい少女は、如何見ても光の神の特徴を持ち、祝福された物と間違えそうになるが、彼女の衣装の装飾は神子を示している。然もその身を飾っている宝飾品は、全て輝石で出来た物だと判れば、尚更だった。
「ようこそ、当光の屋敷に御出でなさりました。
エーベルライアム国王陛下殿と、その護衛の方々。」
少女らしい高い声に呼ばれた国王は、優雅に一礼をして彼女へ挨拶を返す。
「御久し振りですね、光の姫君。
その装いをしているという事は、既に彼等も来ているのですね。
…何を言われるかな…?」
つい、本音が出る王へ少女は微笑み、言葉を返す。
「私の供の者は、ライアムが来る事が判っていましたが、紅の騎士の連れの方々は、知らないと思います。でも、私が出迎えに来た事で、御判りになりましたわ。
ライアムも覚悟を決めて、会って下さいな。義兄様達も、揃っていますよ。」
楽しそうに国王へ話し掛ける少女を騎士達は、驚きの眼で凝視した。
「え…?義兄様??……って、まさか、オーガ君?」
「えっ、あの…私達を操った…あの…。」
エーベルライアムの両脇にいた騎士は、彼女の【義兄様達】という言葉に反応し、剣に手を掛けていた。
彼等の行動で、少女の傍にいた騎士達が、彼女の前に出る。背に少女を庇うようにして、出て来た騎士達を見て、彼等は驚いた。
一人はあの王宮解体の際、光の神の傍に控えていた光の精霊騎士で、もう一人は、大地の女神の祝福を受けた騎士だった。
邪気を寄せ付けない光の精霊と、神の祝福を生まれながらにして受けた為、邪気に操れない大地の精霊騎士の二人に、少女は護られているのだ。
無言の圧力に、晒された王宮騎士達を見た少女は、溜息を一つ吐いて言葉を掛ける。
「レス、ルシェ、私は大丈夫よ。
だから、その殺気は抑えて、控えてくれないかしら?…過保護になるのは判るけど、この方々は敵ではないわ。警戒されているだけよ。
…それより、表が騒がしいようだけど……御莫迦さんが来たみたいね。
ジェリア、警備は今、誰?」
「光の精霊騎士のラムディラトと、風の精霊騎士達です。
…ああ、確かに、馬鹿が寄って来てますね。リシェア様、如何されます?」
愛称を呼ばれた精霊騎士の答えと質問に、少女は考えを巡らせ、
「取り敢えず、屋敷に入れないで、逃がしてね。
彼等がいるなら、問題無いでしょう?」
と答える。暗に泳がせて後ろを探れという指示に頷き、それを伝える為に光の精霊騎士は、彼等を残して外へ帰って行った。
指示を終えた少女は、再び国王とその従者達へ向き直し、淑女の礼をする。
「御久し振りですね、レニアーケルト分団長さんと…何方だったでしょうか?」
「ちょ…、何方だったでしょうかは、ないだろう。
人を散々な目に遭わせておいて、操った癖に。」
若い方の騎士に文句を言われ、クスクスと笑う少女は、相手に向かって話し掛けた。
「冗談ですよ。確か…べルアに近付いたとかで私に因縁を付けて、初めて私の利き腕の報復を受けた方でしたね。
ヴアントアレス侯爵家の、次男坊さん。」
「…レトヴァルエだ。」
「そんな名前でしたね…無謀者の御莫迦さん。」
目の前の騎士を楽しそうに、からかう少女へ、隣にいた大地の騎士が窘める。
「リシェア様、もう、その位にしてあげた方が、宜しいのでは?
皆が待って…待ち切れなかった方が、来られたようですよ。」
近付いて生きた気配に気付いた大地の騎士は、その人物の為に道を開けた。
紅の髪と紅金の瞳の炎の騎士…エーベルライアムに仕える紅の騎士・アーネベルアが、何時の間にかここに来ていた。
「レト、今の事は本当かい?
オーガ君に因縁を付けて、逆に反撃されたのは。」
紅の騎士の言葉に呼ばれた本人は、緊張を顕にして、冷や汗を掻いているようだ。言葉を如何返そうか、考えている彼の代わりに、少女が答える。
「本当ですよ。私に怪我は全くありませんでしたけど、彼等の方に…かなり怪我をさせてしまいました。」
申し訳なさそうに告げる少女へ、光の騎士が近付き、視線を合わす。
「リシェア様、それは自業自得です。
騎士ならば、目の前の相手の技量を、ある程度判断しなければなりません。然も、悪質な嫌がらせをするとは…情けない話ですよ。」
今まで、無言で佇んでいた光の精霊騎士の、辛辣な言葉が響く。
ぐうの音も出ないレトヴァルエに、エーベルライアムは笑いながら、声を掛ける。
「レト、君の負けだよ。神子様…いや、光の姫君は、君より遥かに御強いからね。
リシェア様、私の行動が予想されている事は、彼等の参加も予定内ですね。」
国王の言葉に微笑み、はいと答える少女は、彼等を会場へと案内する。
途中何度か、国王に言葉を掛けようとする紅の騎士に、少女は会場でと念を押す。以前と違う彼女(彼)の表情に、レニアーケルトは安堵の微笑を零す。
「陛下、あの子は、幸せそうですね。
あんな楽しげで、優しそうな表情が出来るなんて…信じられない程ですよ。」
「レニア、レト、オーガと呼ばれたあの子は、今、幸せなんだよ。
家族がいて、自分の在り方を持ったあの子は、神子としてここにいる。判るよね。」
「陛下がそうおっしゃるのなら……真実なんでしょうが…私はまだ信じられません。
それに…何で女性なんだ!!」
疑惑だらけのレトヴァルエの声に、少女は振り向き、その答えを言う。
「ああ、それはね、私が両性体だからよ。
この姿だったら、オーガの時を知っている方々が驚くから。
ふふふ、ハルト義兄様とエニアの驚きぷりったら、中々の見物だったわ。」
悪戯っぽく笑う神子の姿に、あの頃の精霊の子の姿は無い。悲しみ帯びた微笑が、表面だけの微笑が主だった彼に、今の姿は重ならなかった。
義理の兄達や、エニアバルグ達と一緒の時に、たまに見せる微笑が今の彼女を彩る。
楽しそうだなと、以前の上司は和やかに見ていた。