自分だけの神官
この話は【緑の夢、光の目覚め】と【人の世の安らぎ】の続編となりますが、前作を読まなくても大丈夫な仕様になっていますので、初めての方も安心して(?)お読み下さい。
ルシフでの生誕祭を終え、其々の王族が国へ帰って数ヶ月が過ぎた頃、マレーリア国の神殿に珍しい訪問者が訪れた。
金色の長い髪に青い瞳…光の神の祝福を受けた者の特徴を持つ少年が、この国の全ての神々を祀る神殿へ訪れたのだ。
白地の騎士服の上に同じ白地に月と太陽の装飾と、紫の葡萄の粒の装飾を施された膝までの長さの上着を羽織った彼は、神殿の中から姿を現した。
彼を見つけた黒髪と紅い目の神官は、解き放たれた膝位の長さの髪によって、装飾の見え難い後ろ姿だけで光の精霊騎士だと思い、声を掛けた。
「あれ?光の精霊騎士様ですか?
今日はどの様な御用件で、御出でになされましたか?」
その声に少年は振り返り、神官を見た。真っ白いだけの、装飾が全く無い神官服に身を包んだ神官…神の象徴を表す装飾を持たない、見習いの神官であった。
神官は驚いた顔で少年を見ていたが、少年の纏う気をも読めない見習い神官へ、彼は微笑んだ。
「大神官殿は、御滞在か?話は彼に…。」
彼が用件を言い終る前に、白い髭を蓄えた壮年の大神官がこの場へ訪れた。少年の姿を見つけると、跪かずに普通の敬礼を施す。
「ようこそ、御出でなされました、光の神と大地の神の神子様。
本日、この神殿に来られた御用件は何でしょうか?……これ、バルラム・ルシアラム・カルダルア、突っ立っていないで敬礼をなさい!」
「??…あ…申し訳ございません。
神子様と気付かず、無礼を働いてしまいました。」
大神官に指摘され、慌てて見習い神官は、彼と同じ敬礼をする。その拙い仕草に、神子である少年は優しい微笑を返した。
「フォルムルシム・ラル・ルシアラム・リンデルガレ、見習いでは、神子と精霊の区別が付かないのも仕方の無い事。
それに私の気は普段と違う故、余計に判り難い。」
「はて?神子様。私は、名を教えましたか?」
目の前の神子から教えていない筈の名を呼ばれ、不思議そうな顔をする大神官へ、少年が己が名を教えた。
「我が名は、リシェアオーガ。以前は…」
「え…あ…やっぱり、ラングレート家のオーガ様!!」
前の名を教える前に、見習い神官であるカルダルアの確信のある声がした。その声に一瞬キョトンとし、少年・リシェアオーガは大笑いをし始めた。
「カルダルア…カルディだったな。良く覚えていたな。
……そう言えば以前も、私の事だけを敬称呼びしていたが……
詳しい理由を言えるか?」
姿が変わってしまった為、判らないと思っていた彼は、見習いの神官が見抜いた理由と、以前敬称を付けた理由を尋ねた。
すると神官は、言い難そうに答える。
「あの…その…私が御仕えしたいと、思ってしまった様で…気付くとつい、敬称を付けてしまっていました。
その頃からオーガ様だけは何故か、判るようになったんです。
あっ、でも、今は光の神と大地の神の神子様なので、敬称は付けたままで御呼びしても宜しいですよね。」
告げられた答えに、リシェアオーガの笑いは止まった。
以前の彼は、人間の気配と精霊の気配のみ。その彼に仕えたいと願った神官…。
彼へ真剣な視線を向け、言葉を掛けた。
「カルディ、この姿の我にも同じ事を感じるのか?」
「…はい、私は…今の姿のオーガ様にも御仕えしたいです…。
…ですが、私は神官である身。神に仕える者であって、神子様や精霊の方々に御仕えする事が出来ません。
………所詮、見習いですね。神々で無く、神子様に御仕えしたいだなんて…。」
カルダルアの言葉に、リンデルガレは溜息を吐いた。
己が仕える神を示しての準神官であり、正神官である。それが出来無い神官は、何時までも見習いのままで、正式な神官には成り得ないのだ。
彼が一生見習いという確定した事実に、大神官は落胆していた。だが、次の瞬間、思いも依らない言葉が、リシェアオーガの口から出る。
「バルラム・ルシアラム・カルダルア、我に一生仕えると、誓えるか?」
「はい!…あ、御仕えする事が出来るなら…そうしたいです。」
反射的に答えた見習い神官へ、リシェアオーガがそれに応じた質問を投げ掛ける。
「では誓って貰うが、良いか?…誓いの言葉は言えるか?」
この言葉で素直に頷いたカルダルアは何故か、神殿で教えられた神々に仕える為の、誓いの言葉を口にしていた。
『我、バルラム・ルシアラム・カルダルアは、リュージェ・ルシアリムド・リシェアオーガ様に、この命果てるまで、御仕えする事を誓います。』
正式な名を名乗っていないリシェアオーガであったが、神子の名だけでも言霊になったらしい。この綴られた言霊に、リシェアオーガが返した。
『我、ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガは、汝、バルラム・ルシアラム・カルダルアを我に仕える者として認め、此処にその証として、バルラム・ルシアラムの名の代わりに、ファムエリシル・リュージェ・ルシアラムの名と誓いの金環を与えん。』
返された名と言葉に驚きながらカルダルアは、教わった通りに、自分の利き腕の左をリシェアオーガへ差し出した。
リシェアオーガの方も遣り方を教わったばかりで、これが初めての実践である。
己が髪を手に取ると一房が自然に手に残り、神官の腕に巻き付けるのに程良い長さへ変化する。それを巻き付けると金色の腕輪に変り、これに口付けを落とす。
するとその場所に、初めて見る装飾文字が刻みこまれる。
彼の名と共に誓いの言葉が刻まれたそれは、リシェアオーガのみの神官の証しとして神官の腕に存在する。
カルダルアの腕に輝く金環に、リシェアオーガは嬉しく感じていた。
「……ええええ、オーガ様って、神の役目を持たれたのですか???」
誓いの儀式が済んで間も無く、カルダルアが大きな驚き声を上げた。
傍に居た大神官も同じ心境だった様で、緑の目を大きく見開き、陸に上げられた魚の様に口をパクパクと動かすだけだった。
彼等の様子に、リシェアオーガは再び笑い出した。まるで、悪戯が成功した子供の様な無邪気な笑い声に、他の神官達も集まって来る。
何事かと思い集まった先では、大神官が驚いた顔をして佇み、見習い神官も自分の腕にある金環を見つめ、驚いていた。その傍らで光の神の祝福を受けた少年が、窓に寄り掛かって楽しそうに笑っている。
「カルダルア、お前…その金環は、如何した?」
駆けつけた内の一人の神官が、元見習いの神官に尋ねる。彼の声で我に返ったカルダルアは、声のした方へ向き、驚いたままで答える。
「今…この御方に…オーガ様に…授かりました…。」
呆然としながら、リシェアオーガの示すカルダルアの声で、集まった神官達の視線が金髪の少年へ集まった。
楽しそうに笑う少年に神官達は、何の抵抗も無く見惚れる。その視線に、未だ微笑みを浮かべているリシェアオーガが口を開く。
「久し振りだな、マレーリア国の王都の神殿……エリアレナム大神殿の神官達よ。
我が名は、リュージェ・ルシアリムド・リシェアオーガであり、ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガでもある。今後とも宜しく頼む。」
光の神と大地の神の神子の名と共に、新しい神の名を告げられ、周りの神官も唖然となった。先の大戦を起こした、あの元凶とも言える人物が目の前に現れ、しかも神の御名を名乗ったのだ。
かの少年が、光の神の預かりとなった事は知っていたが、リシェアオーガという名の神が存在し、その名を黒き王が利用した所までは判っていた。
しかし、新しい神の姿は、未だ混乱中にあるこの国まで伝わっていない。
噂では緑の髪と瞳とか、光の神と瓜二つだとか言われている。
彼等の前にいるのは、後者の姿の少年。
纏う気は神気では無いが神聖な物に感じられ、以前とは別人と言っても良い程である。
その声、背格好は前と同じでも、姿と態度、纏う気は全く違う物であった為、神官達は困惑していた。
余りにも彼等がオロオロするので、リシェアオーガも困った顔になってしまった。
「混乱させて、申し訳無い。
私は先の大戦と混乱の罰として、七神から戦の神の役目を授かった。私自身、それに不服は無いし、生まれ持った役目もある。
…私はファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガの名と共に、ルシム・ラムザ・シュアエリエ・リシェアオーガの名を持つ。」
己の身に降り注いだ真実を告げる少年神へ神官達は、驚きの声と視線を浴びせ掛ける。その中で、彼等の代表である大神官が、一際大きな驚きの声を上げる。
「神龍王様…ですか?では…今まで貴方様の歩んで来た道は…神龍王様である証しなのですか!?」
大神官の叫びにリシェアオーガは、真剣な顔で頷いた。そして、上着の下に隠していた、神龍王の剣を晒す。
様々な神龍が描かれている鞘を持つそれは、誇らしげにリシェアオーガの右腰に収まっている。彼の剣を見つめ、大神官を始めとする神官達がその場で跪く。
神官達の捧げる最敬礼…光の神子では無く、戦の神へと捧げる敬礼をリシェアオーガは、真摯な面持ちで受け止める。
自分が戦の神である自覚と共に、ここに居る神官達の偽りの無い神を慕う想いを受け止め、彼等を護りたいと感じていた。
己の直ぐ傍で跪く、初めての己だけの神官と共に……。