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排気口の中を進む途中に大人たちと入れ違いとなった。
しかしこちらに気づくことはなく両者は通り過ぎ、僕らはススとあまりよろしくない空気が立ち込めた狭い通路を少しずつ進み、やっとのことで光を見つけた。
目を凝らしてみると、ぼやけていた外の様子が徐々に分かり、今の時点で分かることは間違いなく外に続いているということであった。僕は危機を乗り越えたことに安心し、気を緩めずに匍匐を再開した。
光が近づくにつれ、後ろの二人にも分かったらしく急かす声が聞こえる。
その声に応えるべく両手両足を素早く動かし、残り数メートル先の世界に期待をかけた。
「待って」
彼女が呼び止めた。
いつの間にか、いや最初から彼女はリーダーであった。ここにきてもそれは変わることはないらしく、思考することを飛ばして体が先に従順となった。後ろを振り向けないので僕は次の言葉を待つ。
排気口の外から僕らの名前を呼ぶ声が聞こえる。僕の心臓は震え、一瞬にして額に冷や汗を沸かせた。
しかも学校のクラスから住んでる場所まで声を大にして呼ぶのである。
その中で野太いドスの利いた郡の中で一際目立つ声があった。
本人はどういうつもりなのかはさておき、その声は僕らの恐怖心を更に煽った。
正志のすすり泣く声がすぐ後ろから聞こえた。岬は黙りこんだまま何も言わない。
声を押し殺して泣いているのかもしれないがそれも分からない。
僕はというと泣きたい気持ちもあったが、強大な恐怖の前にかえって放心状態となり、涙も出ない状態であった。
時間の経つ感覚も手足の感覚も麻痺し、頭が思うように動かない。
どうすればいいかなんてもう考えることもできないし、逃げたいというのが本心である。
全力で排気口から這い出てデタラメに走って逃げてみるべきか。それとも友達を囮として僕だけ逃げるか。
苦肉の策で絞りだした二択はあまり現実的ではないし、後者を思いついた自分を強く後悔した。
やはり大人しく降参するべきなのだろうか。その後でどうなるかを想像するだけ再び恐怖が湧き立つ。
ついに僕にも目元に涙が溜まりはじめ、決壊の前触れとして小さく嗚咽してしまった。
「出ましょう」
沈黙していた岬が言った。声は恐怖と決意が込められている。
僕は指示通り力無く鈍い動作で外を目指した。
「おーやっと出てきたか」
野太い声、つまり僕らを震わせていたあの大人が僕らの姿を見て、第一声を発した。
排気口の終わりは裏口の扉から離れた場所にあり、僕らは大人たちの手を借りて排気口から出た。
そしてビルの壁を背にして取り囲まれた。デタラメに走るなら今だぞと念じたが、自分よりも背丈のある大人を前にして小さな志はすぐに折れた。
正志はまだ泣いていた。顔中くしゃくしゃにして、大粒の涙が頬を伝って落ちていく。
岬は顔が分からない様に俯いてつま先で地面を蹴っている。
「やーやー困ったなあ」
野太いのが禿げた頭部を撫でながら困惑している。周りの大人たちも僕らをどう扱えばいいか分からず、その場で慌てふためている。
正志が大声をあげて泣き、岬は蹴るのをやめ、僕はというと予想していた事態と全く一致しないこの状況に不思議な感覚をおぼえ、立ち尽くしていた。
「ワシらはそういうつもりで君らを呼んだわけじゃないからな?」
「うそ」
岬が消えそうな声で否定してのけた。彼女の目は冴え渡る色をしており、まだ諦めてはいない。
女の子でいるのは非常に惜しい、僕が女の子だったら好きになっていたかもしれない男気溢れる態度に大人たちはさらにたじろいでみせた。
野太いのが一歩前に進み、僕らと同じ目線にするべく片膝をついてしゃがんだ。
それから一人ひとりと目を合わせ、語りかけた。
「君たちは確かに悪いことをしてしまったが、ワシは罰を与えようとはせん」
「なんでよ?」
「罰がほしいのか?」
「そうじゃないわ、私は自分がしたことくらい分かるわ」
「君はちょっと賢い子だな。ならワシが言う意味を考えてごらん」
「私たちが子供だから、そういうんでしょ」
「それもあるがね。ま、とにかくこのまま帰ってもいいから。おい、お前ら。住居区まで送ってやれ」




