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ジュヴナイルSFになってきました

 それからしばらくして学校がはじまった。

 心にあいた大きな穴はほとんどが塞がり、僕自身も本来の生活を取り戻せていた。

 同じクラスの子供たちの何人かと友達にもなれ、佐川敦という人物は最初から存在していなかったのではないかと思えるほどである。

 しかし勉学の方は大いに苦戦していた。

 なにせ教科書の水準は都心のしかも名門私立小学校の子達に合わせて作成されたものらしく、僕のように県立の学校へ通っていた生徒は先生の話などに耳をかす暇もなく、電子帳に並べた語句の意味合いを調べる所から始まり、それと同時に問題を解くという平行作業に追われていた。

 放課後は僕たちだけ残り、手のあいた先生が付きっ切りで熱心に教えてくださるので置いてけぼりをくらう生徒はおらず、期末試験における追試を受けた者は一人もでずに済んだ。

 僕はその県立出の者たちの中に二人の友達以上の存在を見つけることができた。

 一人は立川正志君といって、僕と同じ千葉の出身で住んでた場所も近く、男の子とあって趣味も癖も分かち合えた。あと一人は女の子で名は向井岬。彼女は茨城出身で僕たちの中心的存在でその役割をクラス全体でも発揮しようとしているが、空回り続きで煙たがれている。

 彼女は算数が、僕は国語が、正志君は理科が得意で居残り授業の時は机を合体させ、各々の得意科目の時には真ん中の席に座り、左右交互に教えあうのであった。


「ねえ今日付き合ってよ?」

 珍しく居残り授業がなかった日、唐突に岬が言いだした。

 彼女が放課後に僕らを誘うなんて初めてのことだったので僕たちは顔を妙な顔を見合わせた。

 とりわけ僕も正志も用事はなかったのでそれに頷き、私立組の子供たちの冷ややかな目を余所目にし校門を出、小中高が三角にして建てられた学区から出るバスに乗り、降りるべき住居区の降車ボタンを押さずに乗り過ごした。

 バスに乗っているのは僕らの他にはおらず、無人化されたバスの中で注意してくる人はいなかった。

 なので僕は不安になってついつい大声で彼女に尋ねた。

「どこに行こうとしてるのさ!」

 彼女は両耳で半年前に流行っていた歌手グループの音楽を聴いていたせいで近くで怒鳴ったはずの僕の声に煩がらず、はずす事なくそのままの状態で、次で降りるからと言って、目を閉じ、再び曲に集中しはじめた。

 そしてバスはトンネルに入り、しばらくして出たときに僕らの目は驚きとなった。

 巨大と分類するには小さすぎるほどの工場地帯が現れたのだ。

 社会科の教科書に申し訳なさそうに映る工場地帯とは比較にならない程、それは横に長く縦にも長い建物が隙間なく建てられ、バスの車道のすぐ隣に設置されたフェンス越しには大人たちが働く姿がある。

 所々に赤く点滅したりする場所があり、正志がいうにはバーナーという工具を使って鉄を裂いたり、くっつけたりしているらしい。

 しかし彼女だけは僕らのようにガラスに張り付いてその壮大さに見とれることはせず、退屈そうに反対側の白壁を見つめるだけであった。

 いつまでも飽きの来ない景色であったが、終わりが見えてきた所でバスは止まった。

 どうやらここが最後の終着点らしく、降りてみると道路の続きはなく僅かに進んだ場所は壁であった。

「行くわよ」

 彼女は僕らを引き連れ、フェンスに沿って来た道を戻り始めた。

「え、どういうつもり?」

「いいから黙って付いて来てよ、もう少ししたら面白いものが見れるわよ」

「それってもしかしてとんでもなくヤバイものじゃない?」

 正志が恐る恐る聞く。だが彼女は嬉しさを我慢するような笑いで質問には答えず、その面白いものとやらを目指して前進するばかりであった。

「なあ帰ろうぜ」

 僕は正志と違って恐怖のために言ったのではなく、めんどくさいことには巻き込まれたくない一心で彼女を説得しようとした。彼女は振り向こうとはせず、その言葉を無視してしまった。

 やろうと思えばトンネルを抜けて家に帰ることもできるが、彼女一人を残して帰ってしまうわけにもいかず己の道を突き進む彼女の背を追い続けるしかなかった。

 やがてひとつだけ形の不恰好なフェンスを見つけた。フェンス上にあるはずの有刺鉄線がここだけ切られており、網目の下部分が黒くなっている。誰かがここをよじ登ったかのように、と考えたところでそれは岬であるのは間違いないとわかった。

「ここに来るのは4回目よ」

 それを聞き僕らが呆気に囚われている内に驚くべき身のこなしでフェンスを越えて向こう側で手を振ってみせた。

「簡単よ。恐れず怖がらず、好奇心を一番に持つの。やってみないさい」

「やってみなさいっていわれても」

 正志は恐れを克服できず、僕は難儀な気持ちになってしまっている。

 確かにここへ来た時に抱いたのは好奇心よりの興奮なのだが、自分たちがそこに突っ込んでいくとは思いもよらなかったのだ。彼女には悪いがこれ以上付き合う義理はない。まだ知り合ってそんなに経たないし、何より女の子に促されるのがどこか癪に障る。

 僕はトンネルがある方を向き、歩き出そうとしたがすぐさまフェンスを飛び越えることとなった。

 トンネルの奥の方から二つの明かりが見える。それはバスであり、僕たちが乗ってきたバスとすれ違い様に顔を出した。

「やばっ!ほら、はやくこっちにきて」

 僕は慌ててよじ登り格好の悪い着地をした。正志はまだオドオドしているが、タイヤの音が大きくなる頃には僕と同じで尻餅をついてフェンスを越えた。

「あそこに隠れましょ」

 岬が指さす先には大きなコンテナが丁寧に山済みされた場所があり、子供ぐらいの体格なら隠れることができそうな隙間があった。

 バスが僕らに気づく前にかけ足で隙間に入り去っていくのやり過ごした。

「ちょっと待って」

 岬ではなく正志が僕らを引きとめた。

 彼はまだここから動かないように指示した。

 岬も理由を察したのか小さな体を更に屈めて、よつんばとなって道路をじっと観察した。

 先ほどのバスから降りたのであろう大人たちが数人フェンスに沿って歩いているのが見えた。

 それを目で追っていくと、僕らが気づかなかった他と変わらぬフェンスの一つが大人たちが示した何かによって門へと変わり、彼らが中に入ると再び同胞と同じフェンスへと姿を変えた。

「今度からはきちんと正門から入ろうよ」

「無理よ。私たちがあそこに立っても何も変わらないわ。あそこが大人専用ならここは子供専用よ」

 そういって、彼女は周りに気を使いながら工場地帯で最も繁栄している場所へと移動を開始した。


読んでいただき、ありがとうございました。

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