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3話目です。

 なぜ新しい家に引越したのか、学校へ行かなくてよくなったのか理解するのに随分と時間を要した。肌身離さず持っていた携帯電話の電波はなく、インターネットを使うことすらできない。友達、親しかった近所のおばさんたちとこれからどうやって連絡をとればいいのだろう。

 家族を失ったかのような悲しみを抱いていたのは僕だけではなく家族全員がその事を考えいたのだろう。顔に出さずとも漂ってくる閉塞感が新居を包みこみ、行き先不明慮なこれからの生活の最後を最初から物語っていたのだった。

 新しい生活がはじまって一週間、僕は家族以外の人とは滅多に話すことはできなかった。というのも家から出ることができなかったのである。

 認証はされるが、ドアが開くことはなく開いたと思ってもそれは食事の配給のためにやってきた黒服の男で、僕達が外へ出ないように入り口をしっかりと守っているのだ。

 その人たち以外の来訪者といえば木本首相とその友達だという青田さんや峯川さんといったこれもテレビで聞いたことがあるような名前の人たちばかりで、僕目当てではなく、決まって僕を除いた家族と居間にこもりっ放しで話すばかりであった。

 その間に僕は黒服の強そうな男の人と別室で木本首相達が持ってきてくれた最新ゲーム機や玩具で一人遊びをして開放されるのを待つばかりでこれがどういう状況なのか僕自身に向き合って話してくれる機会など訪れなかった。

 しかし転機が訪れたのは二週間が過ぎた頃であった。

 隣の部屋から僕ぐらいの子供の声が壁を伝って聞こえてきた。

 その日から僕達の生活に自由が戻り始めた。

 まず外出許可が出たこと。これが一番大きいことであったし、喜びでもあった。

 次いで各施設が利用できるということ。聞けば僕ぐらいの子供がたくさん集まる公園のような場所があるらしくすぐさまそこへ出かけたいと父に懇願した。

 配給されていた作り立ての弁当生活も終わり、足りていなかった家具も増え、ここに来る前の生活が戻ってきたような感覚に囚われた。けれども外へ出て最初に僕達を印象づけたあの全体白一色のどこまでも続く廊下がそれを否定してくれたおかげで、まだ自由ではない気持ちを保つことができたのだ。

 その日もやはり僕らはここへ連れてこられた家族たちが訪れる唯一の超巨大スーパーマーケットで今晩のホワイトシチューの食材、新しい服、その他雑貨を買いに訪れていた。

「ちょっとこの服は大きいよ」

「我慢しなさい、これからすぐに大きくなるんだからそれぐらいのがちょうどいいの」

「肩とか首周りがだぼだぼで嫌な感じだよ」

 僕が駄々をこねて母がよこす服を元にあった場所へ戻そうとするのを祖母が阻止して、無理やりカートのカゴの中にやった。それは上手い具合にテフロン加工されたフライパンや洗濯ハンガーなどのバリケードを超えて一番下へともぐっていき、僕の手では届かない場所へといってしまった。

 カゴの下から覗き込んで確認できるそいつを恨めしく思いながら母の後を付いてレジへと並んだ。

 買い物を終えた後は父をこの施設の中でのみ利用可能な携帯電話を使って父に電話をする。

 スーパーマーケットのすぐ横のスポーツ専門店から電源を切らないままの父が手を振ってそれに応え、一家はこの区画から自宅のある日本人区画へ戻るための自動電気バスに乗り込み、自分達と同じように過ごした家族と共に帰路につくのであった。

 これが我が家の毎日であり、休日がなくなった現代人の理想な過ごし方の一例なのかもしれない。

「お父さん、何か良い物見つかった?」

「いいや、欲しい物は全部なかったよ。昨日は置いてあったんだけど誰かが買ったみたい」

 現金がないこの生活には買い物ポイントというもので必要なものを買い、物に応じて引かれてるというシステムをとっていた。ポイントは毎日振り込まれ、僕達の家族は余すことなく全て使い切っていた。

 バスが止まった。

 日本人区画と書かれた標識が立つ停留所についたのだ。

乗り合わせた全ての乗客が降りる。

 その中に友達のあっちゃんがいた。

「あっちゃん」

「あ、こうちゃん」

 ここに来て初めて出来た友達のあっちゃん、澄川敦君は僕よりも一つ年上で岡山という所から来た家族であった。話す言葉も少し癖があるが、それはさして問題にならず僕達は少年というこれ以上ない共通点のためすぐに打ち解け、家族同士での交流もあった。

 こうちゃんも家族で来ていたらしく彼の4つ上の姉と父と母が僕らに挨拶をした。

「三重さんもお買い物でしたか」

「ええ、いつもより多く買ってしまいました」

 僕はこうちゃんと二人きりで遊ぶ約束を取り付け、家に帰ることはせず近場の公園へ向かった。

 僕たちはお気に入りのブランコに乗って遊ぶことにしたが、既に先客がおり代わりに誰も使っていない不人気の砂場で遊ぶことになった。

 こうちゃんが僕の飛ばした靴を拾いながらこんなことを話してくれた。

「あっちゃんの家っていつここに来たの?」

「ちょっと前だよ。こうちゃんが来るほんとにちょっと前」

「ふーん。そういえば、学校がはじまるって知ってた?」

「学校?でもここにはそんなものがあるって聞いたことないよ」

 僕は大きく足を思い切り後ろに高く上げ、勢いをつけて前の方へと靴を飛ばした。

 こうちゃんが先に飛ばした靴よりもそれは遠くに飛び、向こう側で地面に絵をかいていた女の子のグループの手前に落ちた。

「昨日出来たんだってさ。あーもうせっかく毎日が夏休みみたいだったのに」

 その時帰宅のチャイムが鳴った。

 夕暮れが存在しない場所では時間とこのチャイムだけが帰宅を知らせるだけでその場で遊んでいた子供たち全員が真ん中に設置してある時計柱を見た。

 遊びに熱中していたせいかいつの間にか6時を過ぎている。

 子供たちを迎えに大勢の大人たちが公園のあちこちから姿を見せ、こうちゃんのお父さんがその中にいた。僕の家は誰も迎えに来ることはなく、一人で帰ることになっていた。

 公園から歩いて10分の所にあるので同じ方向の子供たちと混じって明日のことやこれからのテレビのことを話しながら帰宅した。

”認証しました”

「ただいま」

 元気よく帰宅したことを告げると祖母が現れ、料理途中であったザルの中にはいった熟れたトマトを僕にさしだしてくれた。それを食べようとすると祖母を探していた母が僕を見つけ、トマトを取り上げ手洗いをしてから言い、晩御飯の手伝いをするようにと言い付けた。

 元の家にいたときは手伝えなんて一言も言わなかったのにと僕は内心腹立たしく思った。

 汚れを落とすために洗面台に向かうがその時ドアがちょうど開き、新聞に気をとられたまま前を見ないで歩く父とぶつかりそうになった。

 今日の献立は宣言通りホワイトシチューであったが、母のオリジナルなのか匂いに違和感を覚えた。

 それを食卓にこぼさないように運び、食器やらを用意したところで夕食となった。

「光一」

 父が僕を呼び、運びかけていたブロッコリーを落としてしまった。

「なに?」

「来週から学校があるぞ。今日その通知の紙が来た」

「知ってる。こうちゃんに聞いた」

「そうか。必要なものは明後日に届く予定だ」

「うん、わかった。ありがと」

 僕はそれだけの会話で父と話を止め、シチューのおかわりをもらった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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