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非日常の始まり

日々の空想を書いていきたいと思います。

母の呼ぶ声が聞こえる。

それと同時に自身の腹の空く音が聞こえ、夕飯だと知った。

彼はおもむろにベッドから起き上がり、階段を降り居間へと向かった。

居間ではいつのまにやら父が仕事から帰宅し、今朝読んでいたものと同じ新聞を読んでいた。彼に気づくと父は落ちかけてもいないメガネを直し、椅子に座るよう目で伝えた。

母は忙しく台所で煮付けの味見を、祖母はまだ席についておらず、障子の扉越しから聞こえる賑やかな笑え声と観衆の声から察するに、おそらくはまだ自分の部屋でテレビを見ているのだろう。

「おばあちゃん呼んで来て、ご飯だって」

 彼は頷いて、廊下を挟んで隣の祖母の部屋の前に立って呼んだ。

しばらく経ってから返事があり、それで彼は納得したのだが、前に一度祖母がそれを忘れていたことを思い出し、障子を静かに開けてテレビの音を消してから祖母の耳元で囁くように、けれども言葉はハッキリと母の旨みを伝えた。

祖母はふきげんそうな顔をし、立ち上がるのを手伝ってくれと言われたので肩を貸してやりゆっくりと二人で食卓へ戻った。

いつの間にやら中央に今日のメインである肉じゃがが鍋ごと置かれ、食器など母が一人でせっせと配置している。父はまだ新聞を読み続けており、母の忙しさなど気遣う様なものは見せない。

祖母の席まで付き添いゆっくりと下ろしてやると、口元に集中してできた皺くちゃな口でお礼をいい、彼もようやく自分の席についた。

「母さん。何か手伝おうか」

 全て読み終わったのか新聞を丁寧に折りたたんだ父が言う。

「なによいまさら」

 そんな態度の父に母は半分ほどの怒りで答え、相手の顔を見ようともせずに祖母の茶碗に白米をよそいで僕に渡した。

「すまない。どうしても気になっていた記事があって。朝の時間だけじゃ読みきれなかったんだよ」

「食べた後に読んでくださる?大体、誰のおかげで毎日食べれると思ってるのかしら」

「それをいうと君は誰のおかげで飯が食えてるのか分かるかい?」

 父も静かに怒りを燃やし、母はさらに怒りをむき出す。

僕と祖母はそれに加わることなく各々にいただきますを言って、まだ半煮えで硬いじゃがいもを突いて食べるのであった。


 夕飯を終え、僕は自分の部屋へと戻ろうとする階段の途中で父と母との口論がまだ行われている。

そして反対側では大音量のテレビの音。

もう慣れたことなのでいまさら腹立たしいことではない。

日常の慣れであって僕は別段なにも感じることなくそそくさと部屋に戻った。

充電途中であるが中学校の入学祝として遠くに住む祖母からプレゼントしてもらった新型の携帯電話機を起動させ、わずかの間に大量に溜まった自分宛のメッセージを処理していく。小学校からの友達や同じクラスで友達になったばかりの新しい友達とのやりとりは楽しく、ここ一週間ほどはそれにどっぷりと漬かってしまっている。

寝る間を惜しんでやることもあるため、寝不足な日もあるくらいだ。

僕が何か一言書くと数十秒の内に賛同する意見や否定な意見が返ってくる。

それを見ているだけでも面白い。

友達の一人で中学で知り合った雄二のメッセージには何人もの返信があり、人気者であると伺わせる。しかもそれらはみな現実で知り合った人ばかりではなく、インターネットを通じて知り合った顔も知らない人からのほうが圧倒的に多いのだ。

僕は返信の中から自分の友達リストに登録されている人だけを探し、何を書いているのかチェックする。他愛のない事やまじめに書かれているメッセージ。

僕も知りたかった答えもあるのではないかと半ば期待して、上から下へとスクロールしながら一文を目で追いながら読んでいく。

と、そこで自身が書いたメッセージに返信が来た。

相手は母からであった。

母とは監視の目的でフレンドとなっている。内容は早く風呂に入れ、とのこと。

態々ここに書かなくともと思いながら、再び充電プラグをさし昇って来たばかりの階段を再び降り、そのまま浴場へと向かった。

僕が扉を開けようとした瞬間に扉が開く。湯上りの父が現れ、何もいわずにすれ違って行った。

「善治ー善事ー」

 祖母が父を呼ぶ声がする。


その日はすぐに寝ることになった。とりわけすることなど何もなく、つまらぬ話で夜があけ明日になった。しかし現実の変わり時は急にやってくる。

夜中の二時ごろに電話が鳴り始めた。

僕はその音で目を覚まし、そのうち切れるであろう間違い電話を待ち続けたが、切れるごとに再度リダイヤルしてくる。

4回目のリダイアルの時、急ぎ足で降りていく足音が聞こえ察するに父であると直感した。電話は長くはなく、時間にして1分足らずで終わった。

階段を登ってくる音が聞こえるが、足取りがなにやら重い。

何かあったのだろうかと好からぬ感覚に奮い立たされる。

思わず僕は扉を開けてしまい、ちょうど寝室の部屋を空けようとする父と目が合ってしまった。

「おばあちゃんを起こしてくれ」

 父はそれだけ言い、静かにドアを閉めた。


父と母、祖母と僕は間も無く夜中の三時になるというのに、一同は食卓に集っていた。

父は不安そうな顔で母はそれを気遣う顔、祖母と僕は眠気がまだ完全に覚めていた状態で夢ごとのように座っていた。

「こんな時間に起こしてしまってごめん。みんなに言いたい事がある」

 父はメガネをかけなおし、全員の顔を見渡した跡に深く呼吸をした。

「今から3時間後に首相がやってくる」

 僕はそれが理解できなかった。首相とは何だろうか。先週遊んだテレビゲームに出てくるような悪いやつなのか。

母は驚く様子はなく、おそらくは寝室でこのことを聞いていたのだろうが、祖母は違った。

「何を言ってるんだい善事」

「母さん……」

「こんな時間に私を起こして言うことはそれかい。いい歳こいて何てことを」

「母さん聴いてくれ」

「嫌だよほんとに。光一はもう十になるってのに父親のあんたはまだそんなこと」

「まだってなんだよ。それに歳は関係ないだろ」

「ちょっとあなた、お義母さんも」

 なぜ喧嘩みたいになってるんだ。僕はこの不可解な状況と怒声をあげる家族に寂しい気持ちになった。

僕の不安な視線に気づいた母が口を閉ざし、父も察したため口論は終わった。

父が僕の前にしゃがみこみ、両手を肩に乗せる。真摯な目で僕を見つめ、何かを話そうとしている。

やや間をおいて、父が話し始めた。

僕の耳にその内容はあまり伝わらなかった。

あまりにも漠然とした漫画やアニメのような内容でそれは今度上映予定のある前から見たいと思っていた映画の内容に近しいものであったためだ。耳から耳へと抜けていくが、拾える言葉もあり、それらをつなぎ合わせていくうちに全体の内容がぼんやりと判明しだした頃には、最初の驚き以上のものを感じ取った。

「あと4時間。それまでに少し準備をしておいてくれ」

 父は最後にそう言って、寝室へと続く階段を上って行った。


僕は家族の邪魔にならないようにとテレビの前に座り、そのときが来るのを待つことにした。

朝方のテレビは虹ばかりを映したチャンネルが多く、番組を見つけたと思っても大抵、母が見るような商品を紹介するものばかりで僕が見たい内容のものは何一つとしてなかった。

父と母は居間を行ったり来たりするばかりで時折、口をあけて眠たそうにしている。

それが祖母に移り、ついには僕もあくびをしたところで玄関のチャイムが鳴った。

 忙しそうな二人に代わって僕が出ようとしたがすぐに制され、父が足早に玄関のドアをあける。

覗こうとしたが祖母が行ってはいけないと首を振るので、仕方なくつまらない番組の続きを見ることにした。

 玄関のドアが閉まる音が聞こえると同時に父以外の足音が聞こえた。

母があわてて台所に行く。

「どうもお邪魔します」

サングラスをかけた男が二人、その後にテレビでよく見る顔の人が現れた。

眉毛の間に寄ったシワが印象的で分厚い唇のすぐしたには大きなホクロがある。

僕がそれに気をとられている間にその人は父の座っていた席に勝手に腰を下ろし、対面の僕に不気味に笑いかけた。

「ごめんね。こんな朝早くから知らないおじさんが来てびっくりしたよね?」

「ううん。おじさんは誰?」

 名前は知っていたがあえて聞くことにした。何かの勘違いであるとどこかで思いたかったからだ。

「私はこの国の総理大臣をやってる人だよ。テレビで何度か見たことあるでしょ?木本って言います、よろしくね」

 差し出された手を拒むことはせず僕は握りしめた。分厚い皮の手にほんのりと温かみのある手で木本首相は軽く握ってるつもりなのだろうが、僕には力一杯に感じた。しばらく握りしめていた手であったが、首相のために椅子を持って現れた父を見て、用件を思い出したのか席から勢いよく立ち、父にお礼を言ってその椅子に座り直した。

「ではみなさん。参りましょうか」

 僕は家族と共にわけがわからぬまま家の外で待っていた真っ黒な長い車に乗り、そのまま行き先も聞けぬままに車は発車した。



 車の中で祖母だけは冷静でいた。寝ているのかわからぬシワが垂れた目で時折、車内の豪華な作りに目をやり、少し黒がかったガラスから朝の静かな町の様子を眺めている。

通りかかる新聞屋や牛乳屋さんのバイクの音が聞こえる。

僕はというと眠くなっていた。こんなに早起きなのは一年前、田舎の父方のおじいちゃん家で夏休みの自由研究にしていたカブトムシ採取のために起きた以来だ。霞がかかりじっとりとした町の雰囲気の中で僕と祖母だけは心配事など知らないでいた。

 父と母、そして木本首相は深刻な顔で少し僕たちと離れた場所で何かを話しあっていた。

聞こえてくる言葉は全く知らないものばかり、これから何が起こるのか予想させてくれない。

さらに眠気が強くなる。

最早聞こえてくる音はどれも間延びした音だけでそれが言葉なのかさえもわからぬ音となっているだけである。

夢心地となっていたが急に僕は現実に戻った。

車が止まり、動いていた景色も止まった。

男の人がドアを開けてくれ、僕は一番に外に出た。

どれくらい移動したのだろう。

太陽が見え、光が僕の顔を照らしている。

「おおー元気いいねえ」

 木本首相が笑って僕を見た。ついさっきまでとは別人の顔だ。

「光一。あんまりはしゃぐんじゃないよ」

「わかってるよ、おばあちゃん」

 黒服の男の人に支えられながら威厳な顔つきの祖母が降り、母と父が反対側のドアから降りた。

「それじゃあ行きましょうか」


 僕らは本当にどこへ向かっているのか

最初降りたときには見知らぬ街の中であった。ただ目の前に大きな建物、文化会館のように横に長い建物があって、その中に入ってからずっと知らぬ場所を歩いている。

 建物に対してあまりにも歩いてるのがわかるが、それがどういう訳なのか理解できない。

 時折、坂を上ったり下ったりとしている。道は病院を思い出させるような真っ白で両側にたまに現れる番号がかかれた扉のみで時計さえもない。

 父達の異様な空気を感じ取って僕は黙っていた。映画で見たどこか恐ろしい場所へまで連れて行かれる最中のそんな空気なのだ。怖くもあり、しかしそれが確実でない今は沈黙が正解であるだろう。

やがて一行は止まったが、そこは行き止まりであった。

「行き止まりだよ」

僕はここに入って初めて口を出した。

「大丈夫。ちょっと待っててね」

木本首相が壁の中央に当たる部分に手のひらを押し当てた。

 一瞬光ったかのように見え、ついで、中央に細い線が入った。

 壁は二つになって両端へと広がり、コンクリートの白壁であった場所に道が現れた。

 その道の先にはガラス張りだけのドアがあり、中の様子が見える。

 大きな格納庫のようであり、体育館のあの開放感満ち溢れる場所でもある。

「おお」

 父が溜まらず声をあげた。

 母は僕の手を握りしめ、祖母は僕に寄り添った。

「すごい」

「三重さん、では中へ」

木本首相は淡々とそういって僕たちを中に入れてくれた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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