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RE:新撰組

山崎

作者: 翡翠 樹


「なして、東京はああも値段が高いねん」

 ドアを開けたとたん進は文句を言った。

 モデルの仕事で東京から大坂の自宅に帰り着いたのだが、スケジュールの都合で三日ホテル住まいしたら、ギャラがほとんど飛んでしまったのだ。

「ただ働きやン」

 ブチブチ言いながら、自宅の二階へと上がる。

 部屋にはいると鞄を放り投げ、ベッドに大の字になってひっくり返った。

「兄貴、帰ってきてたんか」

 部屋に入ってきた弟が、その様子にあきれかえる。

「ファンが見たら幻滅するで」

 ひっくり返っている兄貴といわれた線の細い華奢な感じのする男、山崎進はモデルである。コーディネーターとしての腕も確かなこの男。そのセンスは女性的で、華やかだ。

 自らもモデルとして雑誌に載るが、女性モデルのコーディネートもする。

 今日は東京の仕事を終え、四日ぶりに帰ってきたのだ。

 自宅は古くから続いている『山崎鍼灸院』という。

 十二畳はある和室にでんと置かれたダブルベッドにひっくり返りながら、顔だけ持ち上げて入り口に立っている大学生の弟を見た。

「なんや、続。なんか用か?」

「親父が呼んどる」

 げんなりした顔で起きあがると一階に下りる。

 居間のテーブルに座っている父親を見るとさらに顔をしかめた。

「なんや、親父」

「進、ちょっと座り」

 ぼそりと言う。

……またかいな。

 腹の中で進は愚痴った。

 その後延々、父親はモデルを止めてこの鍼灸院を継げと言った。

 もちろん進にそんな気はない。

 適当に言葉を濁して二階へと逃げ帰る。

……今の仕事を続けるには家を出にゃならんな。

 部屋に行くのも何なので弟の部屋へと押し入った。

「親父なんやて」続が訊く。

「いつものことや」と進。

「兄貴は継ぐ気ないんやろ」

「今の仕事が楽しいさかいな。……俺、家、出るわ。ここにいたらいつもこうやし、仕事の中心は東京やさかいな」

「で、どうすんねん」

「ただ、東京の家賃は……高い」

 ため息をつくと、手近にあった雑誌を手に取った。

 弟の続は大学でバスケットをしているせいか、スポーツ関係の雑誌が多い。

「ん?」

 ふと目にとまった本があった。

 ほとんどが野郎が表紙の中にあって、女の子が二人表紙だった。グラビア誌かと思って引っ張り出そうとしたとき、

「あほッ。乱暴にすなっ。その本貴重なんやぞ」

「なんや?雑誌ちゃうんか」

「バスケの本や。ただ、その号人気で入手困難なんや。俺もようやく手に入れたんやからな」

 見ると『月刊バスケットボール』とある。

「高校の全国大会特集号や。優勝した関東代表の都立日野高校の特集がある。『日野の双璧』といわれる近藤・松平コンビのインタビューが載ってるのや。ルックスもいいからファンが多いねん。その本もネットで競り落としてようやく手に入れたんやからな」

 確かにその少女達の着ているのはバスケのユニフォームだ。

「へぇ、かわいいやん」

 進はぺらぺらとページをめくる。

「ん?」

 何か既視感がある。

 無性にこの子、近藤勇という子に会いたいと思った。

「!」

 勇のインタビューに、

「家はずっと剣術の道場で、内弟子もいるんです。ええ、家に下宿ですよ。大所帯で……」

……これや。

 進はぽんとひざを打った。


 勇が学校から戻ったとき、家の前でためらいがちにうろうろしている影に気がついた。

「あの、うちに何か御用ですか」

 ぱっと振り返ったその人物は、勇の顔を見るとうれしそうに駆け寄ってくる。

「いやぁ、よかったよかった。どうやってお邪魔しようかおもてたんや。君、近藤勇君やな」

「はい、そうですけど。どちらさまで」

「わい、山崎進いうねん。君とこ下宿させてもらえんやろか」

 いきなりの言葉に、勇は面食らった。


「断る」

 怖い顔で、長兄勇一郎が即断した。

「大体、下宿したいから入門させろたぁなんだ。しかも、勇を見て決めただと。そんな危なっかしい奴を家に入れられるか」と怒鳴る。

「そうだよね。ただでさえ勇目当ての手合いも多いし。歳也の馬鹿が来るのにだって気に入らないのにさ」と、これは家一番の美男、皮肉屋の三男勇三。

「まぁまぁ、そういわずに。でも、不遜な理由ですね」と、眼鏡を押し上げながら穏やかに笑ってはいるが目が笑っていない次男の勇次。

 ただでさえ勇に対して過保護な兄たちである。近寄ろうとする男の子たちをことごとく蹴散らしてきたのはこの過保護な兄軍団なのである。誰がかわいい妹に近づけるものか、目がそう言っていた。 

「でも、悪い人じゃなさそうだよ。自分の身元もちゃんと言うし。あたしはそう悪い人じゃないと思うんだけど」

 取りなすように勇が切り出した。

「あまい。お前は人を信用しすぎる。危ないのはお前なんだぞ」

 勇に向かって勇一郎が声を荒らげた。その横で勇次が携帯電話でどこかに架けている。次男はマスコミ関係の仕事に就いてるので顔が恐ろしく広い。

「まぁ、言ってることに嘘はなさそうだね。裏はとれたよ。ただ、いい感じは持たないが」と、携帯を閉じながらすっぱり斬り捨てる。

「大体、僕らが勇に言い寄る野郎どもを駆除するのにどんだけ苦労してると思うのさ」

きれいな顔で三男は毒舌と供に鼻で笑う。

 いたたまれずに下を向く山崎だった。根回しもせず来たのはさすがに無謀だったかと悔やんだとき、助け船を出したのはまたも勇だった。

「ねぇ、あたしこの人嫌いじゃないよ。なんか初めて会う気がしないって言うか。だから入門テストだけでもしてあげない?後はお父さんに聞こう?ね?」

 渋々、勇一郎は同意し、道場へ向かう。

「山崎さん、入門って言うけど何かやってる?うちは全くの初心者じゃやってけないよ?」 勇も一緒にあるきながら聞いてくる。

「うちは鍼灸院を江戸時代からやっててな、家訓的に必ずやらされる武芸は棒術と体術なんや。ご先祖に新撰組の監察にいたって言う山崎烝がおるさかいな」

「へえ。そうなんだ。じゃ、おじいちゃんがお世話になってたんだね」

「え?ここは……」

「うちは新撰組局長近藤勇の末裔だよ」

 道場へと着いたとたん勇の目がかわる。

「一にい、先手はあたしでいいよね」

 うなずく長兄を確認すると、壁から竹刀をとり、棒を投げてよこす。

「甘く見ちゃダメだよ。これでも中極意目録なんだからね」

 にやりと笑った瞳には殺気すらこもっていた。


「山崎進。勇とは二敗一引き分け。勇一郎とは三敗か。で、どうだね」

 道場主でもある父、近藤勇介は勇一郎に聞く。

「未熟です。まぁ、筋は素直と言うところですか。太刀筋は正直です」

「あたしは入門させてもいいと思うよ」と勇は感想を言った。

「勇、お前は甘いんだって」と勇三がため息をつく。

 しばらくの沈黙の後勇介が出した答えは、可だった。

 座敷の座卓に付いていた山崎はぱぁっと顔を輝かせた。

「山崎君。入門を許可しよう。内弟子の件も了解した。ここには原田というものと永倉という者がいるから仲良くやってくれ」

 この二人がまたくせ者なのを、山崎はまだ知らない。



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