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0.薄紅色の招待状

 少し塗装が剥げたポストには、数通の手紙が入っていた。

 毎日の習慣でそれを回収し、ポストから扉までの数メートルを歩きながら一通ずつ確認する。見慣れた送り主は行き着けのパン屋だったり、チラシだったり、様々だ。慣れた様子で目を通していったが、途中、その手が止まった。

 一通だけ見覚えのない薄紅の手紙があった。

 宛名には『シンシア=ディエラ嬢』とあり、裏返してみると王国の印が押してある。


(……陛下から?)


 首をひねりながら、屋敷に戻った。



 ディエラ家は、貴族だ。

 とはいっても没落寸前の男爵で、生活は庶民と変わらない。当主はまだ歳若い青年で、妹と二人で暮らしている。

 シンシアがリビング代わりにしている応接間に戻ると、青年が紅茶を片手に新聞を読んでいた。上流紙ではなく大衆紙なのが悲しいところである。

 青年の名はラズ=ディエラ。手紙を持つ妹の名はシンシア=ディエラだ。

 どちらも黒髪に灰色の瞳。

 二人が住むのは、屋敷と胸を張って言えるほどの豪邸。あまりに人数と、それから経済状況に合っていない広さだ。数年前まで両親と共に住んでいたのだが、両親が事故に遭い、二人そろって死んでしまってから生活は激変した。それなりに裕福だったはずなのに、収入が突然途絶えたのだ。その理由をシンシアは知らない。

 そしてそろそろ、亡き両親が貯めた貯金が尽きかけていた。屋敷の維持費が多すぎるのだ。いくら食費を切り詰めても、その分の二十倍ほどのお金が屋敷の維持費に消えていく。せっせと二人で働いているから、シンシアにも結婚の話がやってこない。

 悪循環だと自覚しているが、循環を止めてしまえば二人は生活ができなくなる。

 シンシアは手紙を持ったまま、ラズに近寄った。


「兄さん」


 蛇のようにうねうねとうねっている黒髪。結わずに肩に落としている。装飾品は何一つなく、喪服と兼用できそうなドレスを着ている。妹に甘いラズは明るい色のドレスを買えと言ってくれるが、黒が一番汚れが目立たなくていいのだ。それに、現実的な話お金がない。


「ん? どうした? シンシア」

「これ……」


 薄紅色の手紙は、他に比べて厚い。言い方を帰れば上等な紙が使われている。金糸がすかしこんでありそうな雰囲気の封筒は明らかに他と比べて異彩を放っており、手渡されたラズも怪訝そうに眉をひそめた。


「誰からだ? パルテルの坊ちゃんにしては物々しいな。遂にラブレターでも、」

「王城から」

「何だと!?」


 ラズは、普段外を歩くときは服装にそれなりに気を使っているラズだったが、家の中では下町の少年とそう変わらないような服装をしている。周囲から浮いている家主は、丁寧に丁寧に手紙を開けた。

 まるで宝石でも扱うかのように恭しく封筒を机に置き、ぱらりと便箋を開く。シンシアは何気なく封筒を手にとって、もう一度宛名を読んだ。シンシア=ディエラ嬢……自分だ。


(何でわたしが?)


 ラズ宛てに王城から手紙が届くことなどここ数年に一度あったか無いか程度だ。けれど、シンシアに届くよりは余程確立として高いこと。こんな落ちぶれた男爵家の、しかも嫁き遅れ間近の妹になんの用事があるというのか。

 持っていた手紙を全て机において、布巾の上においてあるヤカンからお湯を注いで紅茶を作る。少し覚めているが、飲めないほどではなかった。パン屋のお知らせや雑貨屋の開店セールのチラシを呼んでいると、ラズがカッと目を見開いた。


「シンシア!」

「わっ!……っえ? なに?」

「読め」


 先程までラズが読んでいた便箋。封筒とセットになっているのか、やはり薄紅色のそれからは微かに薔薇の香りがした。どこかでかいだことのある香りだった。

 便箋には美しい文字が並んでおり、しっかりと乾かしてから畳んだのか滲んだあとが全く無い。とても読みやすい手紙だ。

 一々小難しい言葉を多様してはいるが、内容は読み取れる。

 一通り目を通してから、シンシアは頬を引きつらせてラズを見上げた。


「これ、」

「ああ」

「あの、」

「ああ」

「……強制?」

「ああ」


 何を言っても同じ言葉しか返さないのは、ふざけているわけではなくそれが最も適切な答えだからだろう。

 簡単内容を訳すと。

 王子様の花嫁を探す舞踏会が開かれます。

 この手紙は、貴族の一定の年齢の方全てにお送りしております。

 必ず参加するようにしてください

 とのことだった。


「い、いやいやいや! こっちの都合も考えなさいよ!」


 一瞬の沈黙の後、大声で舞踏会の招待状に文句をつけたのはシンシアだった。心なしかうねる黒髪さえも主に同調するかのように蠢いて……いるように見えるのはラズだけだったが。

 ここに兵士がいれば絶対に文句など言えないが、ここにいるのは兄一人。シンシアも心置きなく文句が言える。


「無理でしょう! ドレスがないわ! 装飾品もないし! 極め付けに! 馬車がない!」


 テンポよく文句。シンシアの言葉はどれも事実だった。

 参加なんてしたら、かく必要のない恥をかくことになる。それだけは避けたい。

 この赤貧生活が恥ずかしいかと言われれば微妙だが、着飾ったご令嬢達の中にこの喪服のようなドレスで立つほどの誇りはあいにく持ち合わせていない。素直に恥ずかしい。

 できることならば行きたくない!

 そんな気持ちをオープンに示した妹に、ラズは真意の読めない笑みを浮かべた。


「王子だぞ、シンシア」

「だから?」

「5歳の幼女から70の老女まで、女なら誰でも一度は憧れるというフィルシャス王子だ。ちなみに期待を裏切らない金髪碧眼だ」

「実はわたしも13歳ぐらいまで憧れていましたが」

「え? 俺それ聞いてないよ?」

「最近はごたごたしていて忘れてたけど」


 まあ、シンシアも礼に漏れず憧れていたり、そうじゃなかったり。ぶっちゃけ憧れてた。別に付き合いたいとか、キスしたいとかではなく、ただ単に格好良いからだ。絵本で大抵王子様は金髪碧眼・優しく聡明だが、フィルシャス王子は絵本の王子様がそのまま飛び出てきたような方! というのが新聞での評価だったりする。実際は分かったものではないが、国民は皆それを読んで様々な妄想を繰り広げるのだ。


「花嫁探しの舞踏会ねえ。お父様にあやかってるの?」

「貴族令嬢になったあたり、前回の失敗を生かしてるよな」


 フィルシャス=ドルン王子の母親は、かの有名はシンデレラ=ドルンだ。

 どう有名なのかというと、別に彼女が王妃という立場になる過程が少々特殊だったことにある。

 フィルシャス王子の父親、今のドルン国の国王が王子だった頃、なかなか結婚しない息子に焦れた母親が勝手に花嫁探しの舞踏会を開いたのだ。当時の国王や本人でさえそれを知ったのは当日の7日前で、既に国の結婚適齢期の少女に招待状を送った後だった。当時の王妃は、凝り性なのかただ単に面倒だったのか、本当に国中の結婚適齢期の少女全員に招待状を送っており、その舞踏会は5日ほど続いたとか、10日ほど続いたとか色々と説がある。

 シンデレラはその舞踏会に招かれた、庶民の少女だった。姉妹と共に参加し、たまたま王子の目に留まったのが出会いだった。

 一曲踊ったところで他の女の子に押しのけられたシンデレラが落としたのが、革の靴だったのだ。

 王子はそれを片手に一軒一軒国中の家を回る……ようなことはせず、兵士に命じて片方の靴を履いていない子を探させ、そしてシンデレラが捜し当てられた。

 人数の多さが問題になったのだが、今回は貴族に限定されるらしい。


「妃になって、くださいますか」

「……」

「ええ、喜んで、殿下……」

「……」


 裏声を使って男役と女役をこなすラズに冷ややかな視線を向け、シンシアは肩を竦めた。

 ドルン王国の、灰かぶり物語。

 今でこそシンデレラは国母として国王陛下を支えているが、もしも彼女が愚かで浅慮な娘だったらどうするつもりだったのか。


「フィルシャス殿下は、陛下のように行き当たりばったりじゃないわ」

「……と言うと?」

「一度踊っただけで王妃を決めるようなことはしないって言いたいの」

「お前は陛下の即断即決を馬鹿にするのか」

「偶然当たりを引いたから良いものの、もっと別の人が王妃になる確率だってあったのよ」

「だから、陛下は一度踊っただけで妃殿下の性質を読み取ったんだよ。なんでわかんないかなぁ?」


 己はいつからそんなに国王に対して盲目的になったのか。

 そんな突っ込みをしようかシンシアが迷っていると、ラズは先回りしてその答えを教えてくれた。


「素晴らしくないか、シンシア」

「何が?」

「陛下はさ、というか妃殿下はさ、こう……全ての人間に希望を与えてくださっているわけだよ」

「……?」

「つまり、俺も王族に名を連ねることができるわけだよ……」

「兄さんが? 無理よ」


 話が一気に飛んだ。この流れでどうしてラズが王族になるのかが分からなかった。


「無理じゃないさ。いいか、シンシア。自身を持て。お前はまあ可愛いし、性格だって、まあまあだ。狙えるぞ」

「まあまあ煩いわ」


 つまり、シンシアがフィルシャス王子を射止めることができたことを想定しているらしい。ラズは。 

 まあ可愛いとか、性格もまあまあだとか、そんな及第点で王妃になれるなどと思っているらしい兄に、シンシアは呆れた。苦笑すら出てこない。家族の欲目を持ってしても「まあ可愛い」レベルの自分が、国民の憧れに選ばれるわけがない。


「兄さん。あのね、現実を見て。ドレスはどうするの? 馬車は? 王城の舞踏会に乗り合い馬車でいくつもりじゃないでしょうね?」


 普通の貴族ならば、数台の馬車を持っているのが普通だ。家紋を大きく載せ、専属の御者を雇い、堂々と王城に乗り付けるのだ。そんなことをした覚えは、ここ数年ない。シンシアとラズの両親が生きていた頃はしていたかもしれないが。


「ドレスは、俺のへそくりで何とかしよう」

「……へそくり?」

「馬車は……そうだな。俺の知人に頼んで、借りてこようか。うん。俺が王族になって公爵位を戴爵したらお礼をすればいいわけだしな」


 一人で盛り上がってくふくふとほくそえむラズになんだか怖くなって、シンシアは立ち上がった。なんだか、一緒にいたら自分まで変な希望を夢見そうな気がしたのだ。

 シンデレラの時に比べて倍率は減ったとはいえ、それでもシンシアの勝率は1%も増えていない。いや、もしかしたら下がったかもしれない。着飾った令嬢10人に囲まれるよりも、垢抜けない街娘20人に囲まれたほうが選ばれる確立は高かったかもしれない。


「シンシア王妃かあ……俺、シンシアのこと呼び捨てにしていいのかな」

「~~~、知らないわ。わたしもう出るからっ」

「え、もう?」

「兄さんの変な妄想話聞くより、坊ちゃんと話してたほうが楽しいわ」

「え、シンシアも話せよ。王妃になってからじゃ、こんなこと打ち合わせできないぞ」

「多分、今日この瞬間に似たような話を何人もの貴族がしてるわよ。そう思うと笑えるけど」


 とらぬ狸の何とやらである。

 そんな話をしているよりも、お金を稼いでいたほうがよほど効率的である。

 そう結論付けて、シンシアは軽く髪を結って化粧を施してから家を出た。

 向かう先は、彼女の職場。

 最近貴金属の輸入の仲介業で力をつけてきた、いわゆる成金のパルテル家である。シンシアはパルテル家のディレク=パルテルの侍女をしているのだ。


 舞踏会まで、あと20日。



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