第2話 無意識の縁結び③
淡々と寄り道もせずに真っ直ぐ休憩所を目指して歩く。
一人で歩くと急に僕の回りは静かになった。
正確にいうなら店内は今も変わらず賑やかで僕の周囲だけ違う世界のように感じるのだ。いつも隣にカレンがいたせいかこの静けさにどこか違和感を覚える。
いや、仕事の時はいつも一人だったのだから今日のほうが例外なんだよな。むしろ騒がしい方に違和感を覚えるべきなのだろうが……。
数分歩いて目的地にたどり着く。
昼時をとっくに過ぎているせいなのか休憩所には昼のフードコートほど人に溢れてはいなかった。
休憩所にはフードコートにあるようなテーブルはなく長椅子が列になって置かれているのみ。他にはなにも無い。
「――ん?」
ここで僕は目を凝らす。休憩所で腰を下ろしている人の中に先程すれ違った三人組の少女たちがいたのだ。
ただそれだけならば僕も気にせず空いている椅子に座り物思いにふけっていただろう。
しかし、そうはならなかった。
それは何故か。そこには金色の少女を除いた二人しかいなかったのだ。そして、その二人は店のにぎやかな雰囲気とは対照的に暗く沈んでいた。
間違いない。
あの少女たちに何かが起こったのだ。
僕は情報を得るために何気なくこっそりと彼女たちの近くに腰を下ろそうとする。
いい趣味をしている、と自分でも呆れてしまう。
桃色の長髪の少女から数メートル離れた所に座ったところで耳を澄ます。
「――レン。やっぱりあたしはあいつのことが分からないよ」
と桃色の少女が言う。
「そんなこと言わないで。ティアちゃんにも何か事情があったんだよ」
小麦色の髪の少女はなだめるようにそう言った。
「でもさ、ありえないだろ。レンはあいつのことを思ってやってることなのに。もうわたしに関わるな、だなんて」
「ニコルちゃん……」
意見が合わないことによる喧嘩だろうか。
このままにしていても彼女たちの話がここから進展することはないだろう。
どこにでもあるようなくだらない意地の張り合いだったとしても、下手をすれば三人の関係が崩れさってしまうところまで発展してしまうかもしれない。
何もせず見て見ぬふりはできない。せっかく居合わせたんだ。ここは僕が手助けをした方がいいかな。うまくいく保証は全くないが。
では早速、腰を浮かして詰め寄る。
「――ちょっと失礼」
僕はそう言って彼女たちの会話に割り込んだ。
少しでも警戒心を解いてもらうため、さりげなく笑顔を作る。
小麦色の少女が「誰?」という表情で僕を見た。
「どうかしたのかい? そんなに深刻そうな顔をし――」
「部外者は引っ込んでろ!」
桃色の少女は僕の言葉を断ち切る。怒りを剥き出しにして邪魔者を凪ぎ払うように腕を大きく振った。
スパッと風切り音が聞こえる。僕としたことが全く迷いのない彼女の行為に反応できず、彼女の爪が鋭利な刃物のごとく頭を切り裂く。
それだけなら問題なかった。普段の僕であれば、ただの少女の一撃に大した痛みも感じなかっただろう。
しかし、僕は数日前の怪我が完全に治っていない状態なのだ。
「――痛!!」
僕は予想外の痛みに声を上げ、反射的に痛みがある部分を押さえる。恐る恐る手のひらを見てみると、うっすらと赤い液体が付着していた。
「血? 傷口が開いてしまったのか。……カレン、ハンカチかガーゼは持っているか?」
と言うものの、カレンはこの場にいない。
先ほど別れたばかりだった。
「そうだ、今はいないんだった……」
血がおさまるまでどうしよう。このまま手を当てておくのも衛生上良くないし、タオルなどの布類はカレンのバッグ、またはホテルにある。
消毒液と絆創膏が欲しいな。今から買ってくるか。
と思うも財布はカレンに預けていた。
ああ、なんということだ。
「――あ、あの、大丈夫ですか?」
すると、もう一人の女の子、小麦色の少女が慌てて何かを手にして近寄ってきた。
「すいません。あの、これ使ってください」
そう言って差し出してきたのは空色のハンカチだった。
特別高級そうなものには見えないが、まるで新品のようなものだった。
「使っていいのか?」
「はい、どうぞ」
「そうか。ありがとう」
言って受けとる。
「桃色の君。突然危ないじゃないか。やるならやると言ってからにしてほしかったな」
僕はひりひりと痛みを感じる額にハンカチを当てる。
桃色の少女は「ふんっ」と口を尖らせそっぽを向いた。
「――ははは」
僕は苦笑いしかできなかった。
早速嫌われてしまったか?
ため息を吐きかけた時、小麦色の少女は桃色の少女に向かって「ニコルちゃん!」と怒鳴る。それにニコルちゃんと呼ばれた娘はビクッと肩を振るわせる
「ほら、ニコルちゃんも謝って」
「でもこいつが空気を読まずに話に入ってくるから――」
「でも、じゃないよ。ニコルちゃんはこの人を傷つけたの。どんな状況だったとしてもニコルちゃんのやったことは悪いことだよ。いいから謝って」
「――うう」
その剣幕に押されたのか桃色の少女、ニコルという少女は僕に向かって頭を下げて「す、すいませんでした」と謝った。
苛立ちながらも素直に謝るその姿勢に、なんだか僕の方が悪いんじゃないかという気になり僕も同じように謝った。
「こちらこそ、すまなかった」
桃色の髪の少女はニコル、小麦色の髪の少女はレン、という名前だ。彼女たちはこの街にあるテレジア学園という学校の高等部の二年生。
もう一人の女の子、ティアという金色の髪の少女と一緒に買い物に来ていたのだと。
ティアさんは今年テレジア学園に編入してきたようで、レンさんは親友のニコルさんを誘い買い物を楽しんで親交を深めようとしていたらしい。
しかし、ティアさんは予想以上に内向的な人だったらしくその行動にニコルさんは気が立っていた。
そして、極めつけのあの言葉。
――もうわたしに関わるな。
それに我慢の限界がきたニコルさんはティアさんと口論になった。
その結果、ティアさんは人混みの中に消えるようにその場を去ってしまう。
ニコルさんとレンさんはひとまずこの休憩所で待機することにした。
「君たちとティアさんの関係と現状をまとめると、こんな感じいいのかな」
「はい。そう考えていただいて構いません」
とレンさんが言う。
「それにしても、わたしに関わるな、か。彼女がそう言った原因やきっかけは分からないのか」
それにニコルさんが答える。
「あたしには分からないよ。あいつが何であんなことを言ったのか全然。レンはあいつのことを思ってここまでやっているってのに」
「レンさんが言ったように、ティアさんには何か事情があったんじゃないのかな?」
「だから、事情ってなんだよ」
「さあね。僕にはなんとも言えないよ」
内向的と言えど、ティアさんが買い物に行くことに賛成したということは、ティアさん自信はこの買い物が嫌というわけではないはず。
しかしティアさんは何の前触れもなく次第に身体を震えさせていき、あの言葉を言ったらしい。
そこにどんな意味があるのだろうか。
「ティアちゃんにはわたしたちに言いづらい何かがあったんだよ。まずはそれを訊いてみようよ」
「……あいつは言わないよ。今までもそうだったんだから」
「でも……」
……事情か。
例えば、だ。彼女たちが僕の過去について訊いてきたとしよう。僕はその場合、二人には何も教えないだろう。知り合ったばかりだからという理由は無しにして。
僕には過去が無いという『事情』があるから。
ティアさんにもそういった言いづらい事情があるのなら、彼女たちに言わない気持ちもわかる。
そうなのであれば、無理に聞き出そうとする事はかえって逆効果だ。
だから僕は、敢えてこう言ってみることにした。
「言わなかったら言わなかったでいいんだ。それ以上問い詰める必要はない」
二人とも不思議そうに僕をみる。
「僕が言っていいことか分からないけど、君たちはティアさんのことを全て知っているわけではないだろ。だからといって、それを全て知る必要はないんだ。というより、全てを知ることなんてできない」
ここで、僕とカレンの関係をあげてみる。
僕はカレンのことを全て知ってはいない。カレンも僕のことを全て知っているわけではないだろう。
僕はカレンに隠し事をしている。
カレンも僕に隠し事をしているだろう。
「実は僕にも仲の悪い人がいた。でも、今ではその人とも仲良くやっている。だから、そういう過去があったとしても努力次第で人はうまくやっていけるんだ。最初は気の合わない相手だったとしても――」
僕とカレンは性格や考え方が全くの逆と言っていいくらいの違いがある。
それで食い違いやいざこざがあったとしても、僕たちは愉しく話ができている。
一緒に暮らしていくことができている。
それは僕たちがお互いがお互いの在り方を受け止めることができたからだと思う。
「もし、二人が本当にティアさんとの関わりを続けたいと思うなら、まずはティアさんがどういう人物かを理解してあげるといい。人は誰でも隠したい事実の一つや二つはあるだろう。それが当たり前だ。それを踏まえて、受け止めてあげればいいんじゃないかな」
決して口にするほど簡単なことではないけれど、これが今の君たちにとって、関係をよりよくするための近道だと思う。
「そうすれば、ティアさんも次第に心を開いてくれるさ。きっとね」
ニコルさんとレンさんは共に無言で頷いた。
「――ところで、注意が一つだけある」
もしかすると、これは不要なことかもしれないがとりあえず言っておこう。
「君たちが深く関わろうとしてくること自体が彼女にとって苦痛であった可能性もある」
「そうなのかな。それじゃあ、わたしが無理矢理買い物に誘ってしまったことも、ティアちゃんにとっては迷惑だったのかな?」
レンさんは不安そうに訊いてくる。
僕は先程の発言を補うように言った。
「あくまで可能性の話だよ。実はとても嬉しかったって可能性もあるかもな」
「そうは見えなかったけど」
すかさずニコルさんが批判してきた。
「だから可能性の話だって」
僕は少しだけ苦笑いしながらそう言った。
すると、ニコルさんは囁くように言う。
「――嬉しかった、か。もしそうなら意外だな」
そして、ニコルさんは苦笑する。
「あいつが何も言わないってのもあるけど、もしあいつがそう考えていたのなら。……やっぱりあたしはあいつのこと何も知らないんだよな。あいつがあんなことを言ったのも、あたしたちには言えない事情があった。それなのにあんなにきついこと言ってしまった」
そう冷静に今までの会話の確認をする。
「それなら、ちゃんと謝らないと、だね」
ニコルさんの言葉を聞いたレンさんは嬉しそうに言った。
「うん。そうだな」
そうニコルさんは反省するように頭を掻く。
「絶対に仲直りできるって確信はないけれど、それでも騙されたと思ってやってみるよ。ネロさんの言うように、誠意一杯あいつの気持ちを受け止めてみようと思う」
「うん。それが一番いい」
僕も微笑み同意した。
「――だけど、どうしよ」
レンさんはまた不安そうに言う。
「ティアちゃんがどこにいるか分からないよ」
「ああ、そっか。どうしようか。あいつがどこにいるのか見当もつかないしな」
そう悩む二人。
「――それなら僕に任せてほしい」
そこで僕は待ってましたというかのようにそう言った。
二人が同意の頷きをするのを確認してから、僕はポケットから携帯電話を取りだした。
連絡先はもちろん、あいつだ。




