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第2話 無意識の縁結び②

「ネロさん見てください。このぬいぐるみ、すっごく可愛くないですか?」


 と小さな子供のようにはしゃぐカレン。

 あれから一時間は経っただろうか。元々は昼食を摂るためだけに立ち寄ったのだが話の流れでカレンの買い物に付き合うはめになり、気がつけば一時間。

 今はぬいぐるみの専門店らしき場所にいる。


「おいカレン。まさかそれを買えというのか」


 カレンが今抱えているものは熊の形をしたぬいぐるみだ。実物に則した等身大サイズとかいう物で、その高さはカレンの身長より三十センチメートルほど高い。

 とすれば、ぬいぐるみのサイズはおよそ二メートルといったところか。数センチの誤差はあるだろうけれど。ちなみにカレンの身長は一七〇センチだ。

 体重は知らない。以前聞いたら「七……」と言いかけ、顔を赤くしてどこかに行ってしまった。


「買っちゃだめですか?」

「駄目だ。元の場所に戻してこい」


 とはっきり言う。

 カレンはしゅん、と落ち込み等身大熊さんを戻しに行く。

 棚に置いた時、ドスンッ――


「――はい?」


 何だか重量感のある音が発せられた気もするが無視しておこう。まさか重量まで同じように作っているなどあり得るはずがない。

 あれの商品名は熊さんではない。等身大熊さんぬいぐるみだ。

 カレンの手を引っ張りその店を出る。


「カレン。おまえは一体何を目的に店を回っているんだ。言ってくれないと僕は一緒に考えることもできないじゃないか」


 そう言うとカレンは口を尖らせる。


「さっきからはっきり言いますね、ネロさんは」


 と不機嫌そうに言ってから続ける。


「何が買いたいって、それはお土産ですよ」

「お土産?」

「はい。わたしは今まで貰ってばかりでしたから、今回くらいはあげる側になってみたいなって思いまして。……駄目ですか?」


 不安そうな目で僕を見てくる。

 それに対して僕は「そんなことはない」と首を横に振った。


「それならそうと先に言えば良かったのに。一緒に探すのを手伝うよ」


 それに対してカレンは満面の笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。お支払はお願いしますね。ネロさん」


 と深く頭を下げた。

 お金はちゃんと今回の報酬で返せよ、と言いたいところだったがそれはもういいだろう。こんなに嬉しそうにするカレンは久しぶりに見た気がする。それを些細な一言で崩すのはどこかもったいなく感じた。だから、ここではこう返すことにしよう。


「了解。だが、控えめに頼む」



          ◇



「みんなへのお土産はどんなのがいいでしょうか。いっぱいお店があって困ります。だからって時間をかけすぎるのもいけませんし……」


 それに続けて僕も言う。


「調査を始める夜までまだ時間もある。しかし、買うにしても買わないにしても仕事の打ち合わせや休憩のためにも一旦ホテルまで戻りたいと思ってる。その時間は考慮しておくように」

「はい。了解です」


 答えると、指を唇に当てて思考する。


「ところで今から使うお土産代も列車代も宿泊代も全部ネロさんの財布から出ていきますよね。でもそれは所長から頂いたお給料や交通費なのですよね?」


 と疑問を口にした。


「ああ、そうだが。それが何か?」

「そのお金を用意する所長って一体何者なのでしょう。一人であれだけの人数を養うお金はどこから出ているのでしょうか」

「ああ、そんなことか」

「そんなことか、って」

「よく考えてみろよ。ロゼさんは研究者だ。それもかなりの実力を持った」

「それは知っています。……知っている、つもりですけど。……すいません、教えてほしいです」


 若干弱めの口調で言うカレン。

 何でそんな口調になるんだよ。

 ここにロゼさんはいないぞ。


「ロゼさんは自分の研究成果を他の魔術師に売っているんだ。それも、かなりの高額でな」

「そのようなことをなさっていたのですか、あの方は。でもそれって勿体なくないですか。自分の研究成果を他人に渡すなんて。自分で使えばいいのに」


 確かにその通りで、魔術師は通常、自分の研究成果を他人に譲渡することはありえない。公開することすら控える魔術師も少なくはないのだ。それは自身の人生を無駄にしているようなものだから、らしい。


「僕もそう思ったよ。多分それが当然の考えだ。時間をかけて開発した術を売るなんてどうかしているって。でもさ、多分ロゼさんは、もうそんな次元で生きていないんだ。他の魔術師に術を渡してもどうってことないくらい、ロゼさんはすでに魔術師を超越してしまっている」

「と言うことは、所長はそれだけ強いってことですか?」

「強いって表現はちょっと違うかな。魔術は攻撃力の高さで優劣を決めるわけじゃないから。でも、カレンの言うようにロゼさんは強いよ。強いって言葉で表していいのかってくらいに。僕やフランのように戦闘特化の能力者でもかすり傷一つつけることはできないだろうな」


 カレンは「嘘!?」と大袈裟な仕草で驚く。


「ちょ、ちょっと待ってください。ぜんぜん想像できませんよ。どれだけ強いのですか、あの方は」

「そうだな。僕の知る限りロゼさんと対等に渡り合える魔術師はこの世で二人だけだと思っている」


 一人はアーネスト・マーベル。

 彼については数回だけ研究所で目にしたことがある。

 水属性魔術の使い手で主に回復に特化している。それは命に関わる重傷でも瞬時に回復させるほど。

 戦闘方法は主に身体強化と魔力を纏わせた刀による接近戦。魔術師でありながら戦闘で攻撃系の魔術はほとんど使わない。

 彼の真の強さは習得した魔術にあるのではない。限界まで鍛え上げられた剣術にあるのだ。


 ここで疑問が浮かび上がる。何故、回復魔術を極めたのか、だ。彼ほどの魔術師であればそう簡単に傷つくことはない。一体彼は何が目的で回復に特化した魔術師になったのだろう。


 もう一人はシェリー・レイヴァース。

 主属性を炎とする魔術師だ。アーネストとは逆に彼女の魔術は破壊に特化している。

 戦闘方法として、主に魔力で編んだ多種多様の弾を銃に装填して攻撃を行う。さらに彼女は支配・暗示の魔眼を持ち敵対者を意のままに操ることができるらしい。


 実のところ彼女については名前と特徴を聞いただけで実際に会ったことはない。ロゼさんの知り合いでもあるらしいが、ここ数年ロゼさんは彼女と会ったことはなく連絡もとれていないようだ。


 そんなことを思い返していると横からカレンに質問をされる。


「それなら所長が今も研究を続けているのはお金のためってことですか?」

「さあ、どうだろうな。目的がお金であってもそうでなくても研究を続ける確かな理由がロゼさんにはあるのだろうさ」


 ロゼさんは本当につかみどころのない人だ。

 僕はロゼさんと会話する機会が多いのだがそれでも彼の気まぐれさから本質を見抜くことは不可能だと感じている。


「さらに言うならロゼさんは魔術関連の研究者であるが一人の魔術師としてもかなり有名な方だ。そのせいか、よく他の魔術師から依頼がくるんだ。魔術の開発だったり、いわゆる外敵からの護衛だったり。まあ、頭を使うこと以外は僕たちがやっているんだけどな。いつも言っていた仕事ってやつだ」

「それの報酬として依頼主からお金を貰っているのですか?」

「まあ、そんなところ。だが、そのぶん危険な仕事だぞ。金額次第で殺しや明らかな犯罪以外何でもやるってスタンスだからな」

「わたしもいよいよその世界に突入するのですね。今までも思ってましたが、すごく不安です」

「不安なのは当たり前さ。そのうち慣れる。それまでは僕が付き添うから」

「お願いしますね。その時までは」


 そんな会話をしたものの、僕の方こそこれを考えると不安で仕方がなかった。

 カレンを一人にして大丈夫なのか。

 カレンを仕事に出していいのか。

 そもそも、僕の想いはどうなんだ。

 そう頭の中で騒ぐ声がする。

 はあ、と心の中で嘆息する。

 これはどう考えても過保護すぎるよな。



          ◇



 僕たちはまだ百貨店を彷徨いている。

 仕事はどうした、と言われてもおかしくないくらいに。


「そうだな。店の数も多いから見るところは絞っていこう。このテレジア市にしかないもの、または有名なものがありそうなところを優先して見ていこう」

「ふむふむ。でしたら……」


 と言ってカレンは側の店に走っていく。

 走っていった先を見ると、そこにはパン屋があった。焼きたてのパンを売るためか奥には大きな窯がある。


「パンでも買うのか?」

「パンも良さそうですけど、焼きたてを食べてもらうことができないじゃないですか。お土産ですし。だから――」


 とカレンは店の入り口付近にある棚に置いてあったビンを一つ手にとる。


「これなんてどうですか?」


 そのビンには大きく林檎の絵と林檎ジャムという文字の描かれたシールが貼られていた。


「林檎のジャムです。カルデア市ではあまり見られませんし」


 確かに研究所でそのジャムを使ったことはない。


「いいかもな。お土産としての品ではないが、珍しいことに変わりはないし。でも食べ物ばかりはやめとけよ」

「わかってます。シェルプちゃんは食べれませんしね」


 カレンの言うように、僕たちと違いシェルプのように全身が機械のために、食事ができない人だっているのだ。そんな人にお土産が食べ物だとそれはあまりに無神経である。


「あと、フランは林檎が苦手だ」

「え、そうだったんですか」

「ああ、そうだ」


 これはフラン自身から聞いたことだ。あの甘いような酸っぱいような味が苦手なんだと。


「じゃあ、ミラさんは? これでも大丈夫でしょうか?」

「ミラさんは何でも喜んでくれるだろうさ」


 きっと大人の対応をしてくれる。


「それなら一つ目は林檎ジャムで決定ですね」


 というわけで、お土産の品が一つ決まった。

 僕たちは林檎ジャムを三つほど買ってから他の店を回ることにした。

 さすがテレジア市一の百貨店だと言える。生活に必要な品は全て揃っている。それ以外にもお土産類はもちろんのこと、様々な衣服や娯楽用の品も数多く売っている。


 僕とカレンは皆へのお土産を探すと同時にそれらに驚き、そして楽しんだ。

 時間も忘れてしまうくらいに。

 結局気がつけばさらに一時間もの時が経ち、現時刻は午後三時を過ぎてしまった。


「なあ、カレン。もうそろそろ行かないか? 今まで忘れていたけど、僕たちはここに仕事に来たんだ。決して遊びに来たわけではない」


 ホテルに戻って、至宝の在処までの侵入経路も再確認しないといけないし。


「後もう少しだけ駄目ですか? まだ三階の部分を完全に見きれてないじゃないですか」

「仕事が終わって余裕があればまた来たらいいじゃないか。帰る時間に厳密な制限はないんだし」

「ですけど……」


 しゅんとするカレン。

 僕もこのままカレンと買い物を楽しみたい気分ではあるが、やはり仕事はしっかりしないと。このお土産探しも仕事の合間の息抜きだったはずだ。


「数時間後にこの店が消えるなんてことはないんだから、焦る必要なんてどこにもない」


 そしてカレンは少し考えるようにしてから言う。


「ではでは、あのお店屋だけでもかまいません。少しだけ時間をください」


 彼女の指をさした先にはアクセサリー類の店があった。


「お願いします。わたしの捜しているものがありそうなんです」


 そう言って頭を下げる。

 何を探しているのかはわからないが、真剣なその眼差しに、その必死なお願いに僕は折れそうになる。今日くらい大目に見てもいいのでは、と。

 僕はため息を吐いた。


「仕方がない。少しくらいなら見てもかまわないさ」


 カレンは「本当ですか」と微笑んだ。


「ああ。ただし制限時間は三十分だ。僕は少し疲れたから一階の休憩所で休んでおく。ちゃんと時間を守って帰ってこいよ」


 そう言ってからカレンに財布を預ける。


「ほら、財布だ。決して一番高い物は買わないように。常識の範囲内で買える物を一つだけだぞ」


 あと、と付け加えて連絡用の通信端末と番号を書いた紙を渡す。


「これって何ですか?」


 と、それを観察する。


「ただの携帯電話だ。使い方は普通の電話とほとんど変わらない。何かあれば電話する。もしお前にも何かあれば電話してくれ。番号は一緒に渡した紙に書いてある」

「はい。わかりました」


 とカレンは頷く。


「じゃあ、また後で」


 と僕は言った。


「はい。ありがとうございます」


 とカレンは再び頭を下げた。

 そして僕たちは別行動をとることになった。

 カレンが店に入るところを見届けた後、僕も動くことにした。

 カレンは一体どんな思いであの店に入ろうとしたのか。

 今の僕にはわからなかった。

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