第2話 無意識の縁結び④
『はいはーい。こちらカレンです』
と携帯電話の受話口から陽気な声がする。
この様子だと、いいものが見つかったのだろう。
「もしもし、カレンか」
『あ、その声はネロさんですね』
「その声は、って。番号、表示されているだろ」
『見てませんでした』
「……見てないのか」
はっきり言いやがる。
なら、なぜあんな電話の出方をしたんだよ。
違ったらどうするんだ。
もしロゼさんだったらフランの二の舞だぞ。
「……まあいい。おまえ、買い物は済んだのか?」
『はい。ちょうど終わったところです』
予想通りカレンは買い物を終えていた。
何を買ったのか聞きたい気もするが、今はそんなことを話している場合ではない。
「そうか。それはよかった」
それだけ言って、僕はカレンにある頼みをする。
「カレン。昼食後に見た金色の髪の女の子を覚えているな」
『はい。その娘がどうかしましたか?』
「まあ、ちょっとな――」
僕はカレンに先程ニコルさんとレンさんとした会話の内容を手短に説明した。
『――あら、そんなことが』
「ああ。だから、ティアさんを見つけたらどんな手を使ってでも一階の休憩所に連れて来てほしい。今から僕も探すから。見つけたら連絡をくれ」
『はい。了解しました。どんな手を使ってでも連れていきます。ですが――』
すると、予想外の返事が返ってきた。
『ネロさんはそのお二方のもとに居てあげてください』
――はい?
僕は眉をひそめて訊き返す。
「カレン、どういうことだ」
『言葉の通りです。そのティアさんって人、つい先程見かけたのです。今から追いかければ間に合いますよ』
「だが」
『大丈夫です。わたしを信じてください』
そう落ち着いた口調で言う。
どこからそう言える自信が出てくるんだ。
「だがな、カレ――」
『――ブチッ、ツーツーツー』
電話から通話終了の音がする。
「あいつ切りやがった!!」
ふざけるな。なに考えているんだ、あいつは。
苛立ちもあるが、それ以上に心配である。
ただしこの場合にかぎりカレンが、ではなく周りの関係ない人たちが、だ。もし迷惑をかけることがあればこっちも困る。
力に任せてティアさんを連れてこようとするものなら、警備員の人は黙って見ていないだろう。
「――ったく。一人で大丈夫って、本当かよ。どうするか。もしものことを考えて僕も探しにいくか。いや、まずはもう一度電話をかけて……」
そう独り言を発していたとき、不意に肩を叩かれる。
はっと息を飲み振り向くとレンさんが不審者を見るような目付きで僕を見る。
「あの、どうかされましたか」
「ああ。僕の連れにカレンという女の子がいるんだが、そいつにティアさん探しを手伝ってもらおうとしたんだ。そしたらあいつ、一人で探すって言うんだよ。まったくどうしたんだよ」
そう愚痴を言うとニコルさんはこう訊いてくる。
「あのさ。あんた、よく過保護って言われない」
「そんなこと言われな……」
言おうとした瞬間、不意にミラさんの声が頭に流れる。
――あなたはカレンに対して過保護すぎるのよ。
そう、鮮明に。
……ははは。
「言われる」と肩を落としながら答えた。
やっぱり、と笑うニコルさん。
これが彼女の本当の顔のようだ。いい顔をしている。
カレンにもいつか、この娘のように本当の意味で笑える日が来ればいいのだが。
「何にやけてんのさ」
「え、そんな顔してた」
「してた。何考えてたのさ。もしかして、電話相手の彼女?」
「そんなんじゃないって。それに彼女でもない」
その会話にレンさんも交ざってくる。
「でしたら、そのカレンって人とはどのような関係なんですか?」
「君も訊いてくるのか?」
「気になりますから」
続けて、無理矢理連れ回していれば大問題ですからね、と言う。
はっきり言ってそれだけはない。
そうだな。なんて答えるのが適切だろうか。
「――カレンはただの、家族だよ」
「なんと、恋人以上でしたか」
「そんなわけないだろ!」
まったく、何なんだこの二人は。
見た目から読み取れる雰囲気や口調は全く違うのに、二人の考え方はとても似通っているようだ。
僕はとにかく話題を変えるために、二人に聞こえるようわざと大きな咳払いをする。
「とりあえず、だ。カレンはすでにティアさんを見つけていたらしい。何とか話をつけてここまで連れて来ると。うまくいけばいいんだが。まあ、少しの間、期待して待っておこう」
僕の言葉を静かに聞く二人。
騒がしい娘たちではあるが、そういう相手を気遣う姿勢はしっかり持っているようだ。
「うん。わかったよ。それまで待っとく」
そのニコルさんの言葉を聞き、僕は頷く。
ここで僕の役目は一段落ついた気がする。
僕に出きることはもうないだろう。
そう思えば、急に疲労感が身体を襲う。
ただ話をしていただけなのに、これほど疲れるとは思わなかった。
僕は今、どうしようもなく休みたい気分だった。
しかし「それにしても」とニコルさんに声をかけられる。
一息つきたかったが、それすら彼女たちは許してくれそうにないようだ。
「あんたの使ったそれ。いいよな、携帯電話だよな。あたし持ってないんだ」
「そうなのか?」
と表情には出さず心の中で驚きもしたが、考えてみれば当然である。僕は普通に使っているが、携帯電話なんていうものはまだ完全に普及していない。恐らくこの存在を知らない人だっているはずだ。
そのため、彼女がこういう反応を示すのもわからなくはない。
でもそう嘆くことはない。ロゼさんの見立てではあと一年か二年で値段も落ち着き、誰もが持つ必需品になるだろうと予測している。
ただし、絶対とは言えないが。もしかすれば数年の遅れも生じるだろう。
「ネロさん、それ見せてよ」
ニコルさんは目を輝かせて僕を凝視する。
「え? なに言ってるんだ。駄目に決まっている」
戸惑いながらも断る僕に「けちですね」と言う。
「なんとでも言え」
――あれ?
このやり取りはついさっきした記憶がある。
それがカレンとの会話だと思い出した時、ニコルさんはすでに席を立ってどこかに行こうとしていた。
「それじゃあ、しょうがない。あたしは今のうちに飲み物でも買ってくるよ」
その様子を見て、さっきまで黙っていたレンさんは「あ、わたしの分もお願いしていい?」と頼んだ。
「別にいいよ。何がいい?」
「ミルクティーで」
「はいよ。ネロさんは何かいる?」
「僕は遠慮しておくよ」
特に喉が渇いているわけでもなかったので、そう断った。
「あらそう。じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃーい」
レンさんは手を振ってニコルさんを見送った。
お互いしばらくの間黙っていた
そしてレンさんはふふ、と前触れもなく微笑み言う。
「――ネロさん。わたしもよくお節介なやつって言われるんです。主にニコルちゃんに」
突然のその話題に「そうなんだ」とだけ答え、その続きを待つ。
「今回のお買い物を企画したのも、三人で行こうって言い出したのもわたしなんです。ずっと一人でいてなかなかクラスに馴染めないティアちゃんを放っておけなくて。学生寮でも隣の部屋なのに、何も接点がないなんて寂しくて。
強引ではありましたけど二人を連れだしてこのようなことを……。あのですね、正直に言ってください。わたしの性格は直した方がいいでしょうか?」
知り合って数分の男に何を聞いているんだ、とは思う。しかし、彼女も考えてのことだろう。
似たような性格の持ち主でありその性格であることを指摘される人であれば、答えがわかるのではないか、と。
「僕は、直す必要は無いと思う」
と少し考えてから率直に返答した。
「たしかにその性格が迷惑に感じる人もいるだろう。そういう人は君の性格を批判するかもしれない。でもその逆。君のその性格が一筋の光となって救われる人もいるはずさ。
だから自分の持つお節介という性格が嫌いで仕方がない、とまで思わないのであれば無理をして捨てる必要はない。何者にもとらわれず君の正しいと思うようにすればいい。君は君なのだから」
それを聞いたレンさんは何故か驚いたような表情をする。
「変なこと言ったかな」
「い、いえ。そんなことありません。てっきり直した方がいいと言われるものかと思っていましたから。すこし驚いてしまいました」
「意外だったか?」
「はい。そう言われたのは初めてですから」
そして、彼女の顔は徐々に顔がほころんでゆく。
「ちょっと……ううん。すごく嬉しかったです」
そう僕の目を見てはっきりと言った。
レンさんは僕を見つめ続ける。
すると、何かに気がつき観察するように目を細めた。
「――あの、つたないことをお聞きしますがネロさんは外国のかたですか?」
「まあ、こっちの人から見ればそうなるな。どうしてわかったんだ? 話し方、それとも髪の色か?」
レンさんは首を横に振る。
「いいえ、どちらも違います。それに髪の色だとニコルちゃんも外国の人になっちゃいますよ。ニコルちゃんは染めてるだけですし」
そして、自分の目を指差して言う。
「目の色や鮮やかさですよ。わたしたちのそれと違いましたから」
「――あ」
言われてみるとそうだ。
彼女たちは薄茶色の目をしている。ニコルさんもたぶんそうだった。
対して僕の目は薄い緑。
彼女たちとは違う。
「そっか。そういう見分けかたもあるのか」
思い返せばカレンも――
……あれ?
何色だったっけ。
カレンとはよく話をするが、しっかりと目を見て話をした記憶はなかった。
後で確認するか。
「となると、ネロさんたちは、そのカレンさんとお二人で旅行なのですか?」
「旅行と言えばそうなるな。この店に来たのも観光のひとつだし」
「でしたら、すいません」
「なぜ謝るんだ?」
「だって、わたしたちのために貴重な時間を裂いてくださっているのですから」
「気にすることはないよ。僕たちの行きたい所はあと一ヶ所だけだから。夜になっても平気さ」
というより夜でないと駄目なんだけどな。
「夜でも平気? それってどこでしょうか」
「すまないが、それは言えない。でも、そこは君のよく知る場所だと思うよ。たぶん」
「そうですか。では、深くは訊きません。そこによったあとに家に帰るのですか?」
「そうなるな。でも、すぐにってわけじゃない。一旦ホテルに泊まって、それから明日の朝にテレジア中央駅から列車に乗って帰るつもりにしている」
といい終えた瞬間――
「男女二人きりで夜にホテルだと!」
飲み物を買ってきたニコルさんが突然顔を赤くして叫んだのだ。
「何を考えているんだ君は!?」
「い、いや。ただの冗談だよ。ごめん、気にしないで」
はい、とニコルさんはレンさんに缶の飲み物を渡した。
「ミルクティーだ。お金は返せよ」
「わかってる。ありがと……って熱! 何でホットなの。わたし熱いの飲めないんだけど。猫舌だし」
レンさんはべぇーと舌を出す。
「あれ、そうだったっけ? まあいいじゃん。そのうち冷めてくるって」
どうでもいいことかのようにニコルさんは手を振り笑いながら言った。
その後も彼女たちの何往復か会話のやり取りが続き、僕はそれに口を挟まず聞いていた。
何とも微笑ましい光景だ。それとも羨ましい光景だ、と言うほうが正しいのかな。
本当にいい意味で平和だと思う。いつ死ぬかわからないような世界でなく平和な世界でカレンと、その他のみんなとお喋りをすればまた違った気持ちで笑えるのかな。
そう空想を描いていたところでプルルル、と携帯電話の着信音が響く。
番号を見れば、相手はカレンだった。
彼女たちもその音に反応して、音の発生源を見る。
「ちょっと失礼」
と言ってから電話にでる。
あれから約十分。
説得してたにしては意外と早い連絡だ。
カレンは無事にティアさんを捕まえることができたのか。失敗して取り逃がしたか。それとも、騒ぎになって警備員に取り押さえられたか。
いよいよ、その結果が分かる時だ。




