ゴミ捨て役の下女は王子と身分違いの恋をする
ばしゃん!
凍えるような冷たさにナタリーは目を開けると、ルブラン伯爵家の令嬢であるカミーユお嬢様が仁王立ちしていた。その手には逆さになった鉄のバケツ。
「起きなさい、ドブネズミ。仕事の時間でしょ?」
「……承知いたしました。起こしていただきありがとうございます」
「ドラゴンに焼かれる前にルブラン伯爵家で働けるわずかな時間をしかと噛みしめることね」
侮蔑の笑みを浮かべて投げられたバケツがナタリーの頭にぶつるのを見届けたカミーユお嬢様は小屋から出て行った。
土の上に藁を敷いただけの寝具から起き上がると、茶色の古びたワンピースから水がぽたぽたと垂れる。
小屋を出ると外に置かれているゴミ袋から漂う腐臭に右手で鼻を覆った。
ナタリーが住む小さな木製の小屋はルブラン伯爵家の裏手に建てられている物置小屋だ。昔は馬小屋として使われていたらしく、床は土がむきだしの地面。
一月前、ちょうど一五歳になった時、使用人として連れてこられた当初は屋敷の壮大さに目を奪われたが、場所の美しさと住む人間の気品は必ずしも一致しないことにすぐ気づかされた。
防風林に囲まれた人目が届かない裏庭は荒れ果て、雑草が生えっぱなしになっていた。その地面へと無造作にゴミが捨てられている。それを焼却炉に入れるのもナタリーの仕事。だが、その前にレッドドラゴンの餌やりに行かなければいけない。
「よいしょっ」
ナタリーは裏手の扉近くに置かれた大きな餌袋を肩に背負って、ドラゴンのいる一際大きな鉄製の建物へと足を運んだ。
建物の中は無機質な空間で、頑丈な鉄柵が中央に下りているだけだった。その奥には大人一人を丸ごと飲み込めそうな大きなレッドドラゴンが首を丸めて眠っている。
赤い大きな胴体と鋭い爪がついた手足。ヘビのように長い首。そして、尖った尻尾。フランチェ王国の国竜として指定されているレッドドラゴンだ。気性が荒いことで有名で、これまで何人もの世話役がドラゴンを恐れて辞めていったらしい。
ナタリーはいつものように格子の扉を開けて袋を投げ入れ、檻を背中に座り込む。
ひんやりとした冷たい感覚を背中に感じながら、ポケットからここに来る間に拾った緑の葉っぱを取り出し、口に当てるとメロディーを奏でた。その曲調は幼少の頃から孤児院の寮母が口ずさんでいたもので、貧しかったけれど温かい生活を思い出す。
「グルルルルウゥ……」
レッドドラゴンが音に反応し体を起こした。そして、袋に入っていた果物を器用に取り出して食べ始めるのを横目に演奏を続ける。
「グルルルルウゥ……」
草笛の音に合わせるように鳴き声を上げるレッドドラゴンの頭をナタリーは優しく撫でた。
(世話役がドラゴンに焼かれたなんてお嬢様はおっしゃっていたけど、この子が人を傷つけるなんて信じられないわ……)
「グルルルルウゥ……」
そんないつもの穏やかな時間を遮るように、外からカミーユお嬢様の声が聞こえてきた。
(また、お仕置きされる……)
そう思った矢先、聞きなれない男性の低く響く声が鼓膜を揺らす。
「さっきの音はここらへんから聞こえていたな」
くぐもって聞こえてきた声にナタリーは慌てて草笛をポケットにしまった。
「ミカエル様! そちらにはレッドドラゴンがいますので危ないですわ!」
「そういえば、父が送ったのだったな」
「愛を運ぶドラゴンらしいですけど、正直扱いに困っていますの。戦で使う竜なんて野蛮ですわ」
「ははは……」
ナタリーはそっと鉄製の扉を開けて外にでた。すると、近くにいた金髪の男性と目が合う。
さらりとした金髪に、青空のような瞳。汚れ一つない白いタキシードの胸元に金の刺繍で国竜であるレッドドラゴンが描かれていた。
「君は……」
その瞬間、一陣の風が二人の間を駆け抜ける。
建物から伸びる陰がナタリーと彼を二分した。
「ミカエル様! この子はただの使用人でございます。ほら! さっさとあっちに行きなさい!」
吊り上がった瞳でカミーユお嬢様が手を払う。
ナタリーは一礼してその場を後にしようと背を向けた。
「待て」
「っ……」
だが、その一言にナタリーの足はその場に縫い付けられる。
まるで命令しなれているような威厳のある一声にお嬢様ですら息を呑んでいた。
「カミーユ。そなたの家は使用人に対してこのようなぼろぼろのワンピースを着せているのか?」
剣呑な視線で彼はカミーユに問うた。
ナタリーが身にまとっているのはところどころに小さな穴が開いた茶色のワンピース。
目の前のタキシードとドレス姿の二人とは天と地の差があった。
「い、いえ。そ、その……この子は孤児でして、私も、もっといい服をと勧めたのですが、これがよいと言って聞かないのです……」
カミーユお嬢様の発言に彼は顎に手を当て考え込み、
「それは、本当なのかい?」
ナタリーに向かって優しく問いかけた。
その後ろではカミーユお嬢様が顔を歪めて睨んでいる。
ルブラン伯爵家に仕えることになってから、この一着以外にもらったことがなかった。でも、それをこの場で言うことはできない。後でどんなお仕置きをされるか分からないから。
「……はい。このワンピースは私のお気に入りなんです」
目を伏せて、ナタリーはか細く呟く。
「……そうか」
「おほほ、ほら、この子もそう言っていますでしょう? 庶民の好みは貴族とは違いますのよ。おほほ」
明らかにホッとした様子のカミーユお嬢様に今度こそナタリーは一礼をし、その場を後にしたのだった。
夜の闇が深くなった頃、小屋の小窓から月の光が零れる。ガラスなどはなく、ただ四角く切り取られただけの隙間からは綺麗なお月様が顔を覗かせている。
(孤児院にいたときのほうが、いい暮らしができていたな)
貧しいけれど、暖かい団欒を思い浮かべていると、コンコンと小さな音が小屋に響いた。藁の上に寝転がっていたナタリーは扉を叩く音に体を起こす。
(お嬢様ではない)
ここにはナタリーを人間のように扱う者はいない。まして、ノックなどありえないのだ。この屋敷の男主人であるピエールはナタリーが屋敷内に入ることすら禁じている。
(……どなたでしょう)
いそいそと立ち上がり扉に歩み寄る。そして恐る恐る開けると、夜風が吹き前髪をわけるように揺らす。
ナタリーの見開かれた瞳の先には、月明かりに照らされて光り輝く金髪の青年が柔らかい笑みを浮かべて立っていた。
「夜遅くにごめんね。今いいかな?」
「あなたは、確か……ミカエル様?」
カミーユとの会話から聞き取れた名前を思い出しながら呟くと彼はナタリーの返事を待たず、小屋の中に入り、土の地面に腰を下ろしてしまった。
あまりに自然な動作に呆気に取られてしまう。
「あ、あの……そこじゃ服が汚れてしまいます」
「気にしないよ。それに、君はここに住んでいるのだろう?」
低く響くその問いかけに曖昧にナタリーは頷くと、
「なら、汚いところなんてどこにもないさ」
純白のズボンに土がつくのも気にせず、ミカエルは月のように優しく微笑んだ。
ポンポンと隣の地面を叩いて手招きされたナタリーは彼の横で縮こまるように座る。
「あの、私に何の御用なのでしょうか」
「実は、ルブラン伯爵家が奴隷法に違反している疑惑があるのだ」
「奴隷法……ですか」
学び舎に通っていないナタリーは難しい言葉に首を傾げた。
「僕とカミーユ嬢は婚約を結んでいてね。王家の身内となる家が法律違反しているとなれば民からの信用も落ちる。それを確認しにきたのさ」
「お、お、王家!?」
学がないナタリーにも王家が偉い人だということぐらいは知っている。
カミーユお嬢様と親しくしていたところから、貴族なのだとは思っていたけれど王家なんて予想外だった。
「ん? もしかして、僕が誰か知らなかったのかい?」
「っ……!? 申し訳ございませんっ」
青ざめた表情でナタリーは頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
何か悪いことをしてしまったような気がしたからだ。じゃないと、そんなお方がボロ小屋まで訪ねてくる理由が見当たらない。
「いや、いいさ。改めて自己紹介をしよう。僕はフランチェ王国の第一王子、ミカエル・フランチェだ。顔を上げよ。そう畏まらなくてもいい」
ミカエルの青空のような瞳が優しく細められる。
木窓から差し込む月明りも相まって、ナタリーにはとても神秘的に映った。
「ナタリー。この屋敷で君がしてきたこと、いや、されてきたことを教えてもらえないだろうか」
自らを王子と名乗る突然の訪問者。
だけど、立派なズボンを土で汚しながら庶民と同じ高さで話すミカエルにナタリーはすでに心を許していた。
自分が孤児であること、毎朝バケツの水をかけられること、屋敷への立ち入りを禁止されていること、レッドドラゴンの餌やりをしていることなどを話すと、ミカエルは険しい顔になる。
「大変だったろう。でも、もう大丈夫だ」
そう言うと彼は立ち上がり、ズボンに付いた土を払うと小窓から月を見上げる。
月明かりに照らされた整った綺麗な顔はとても凛々しかった。
それから一月がたった。
相変わらずカミーユお嬢様からの嫌がらせは続いていたが、今夜はお城で婚約お披露目パーティーがあるということで、青のドレスを着て馬車に乗って出かけて行った。
ナタリーはレッドドラゴンの夕飯を運んで、いつものように鉄の檻に体を預けていた。
「はぁ……なんでこんなに胸が苦しいのだろう。お嬢様はミカエル様の婚約者。家柄も立派で、二人が結婚するのなんて当たり前なのに」
「グルルルルゥ」
檻の間から顔を出して、レッドドラゴンが頬を舐めてくる。
もしこの光景を他の人が見たら、青ざめるだろう。ドラゴンは決して人に懐かないと言われているからだ。だが、ナタリーにとっては日常風景。
「私を慰めてくれているの?」
レッドドラゴンの頭を撫でてやると気持ちよさそうな顔を浮かべる。
「あなただけだよ。私に優しくしてくれる人は……」
そう口にした途端。ミカエル様の顔が思い浮かんだ。
小屋の中から月を見上げていた凛々しい顔が棘のように胸に刺さってずきずきと痛み出す。
「……ミカエル様。私……あなたのことが忘れられません」
ナタリーの目から涙が溢れ出す。
「グルルルルゥゥ……」
「こんなボロいワンピースをまとった孤児の私なんて、相応しくないって分かってる。でも、それでも……あなたのそばにいたいよ……」
気づけばレッドドラゴンの頭を抱きしめて、ぼろぼろと涙を流すナタリーがいた。
「グルルルルル!」
「きゃっ! ご、ごめんなさいっ! 痛かった?」
突然起き上がったレッドドラゴンにナタリーは声をかけるが、大きく口を開けて、火球を頭上に吐き出してしまった。
「きゃあああああああ」
大きな音と共に天井が崩れて、尻尾の一振りで鉄の檻が切り裂かれる。
ナタリーは咄嗟にしゃがみこむ。落下物から身を守ろうと両手で頭を覆うと、天井から落ちてくる鉄の塊の衝撃が襲う代わりに、重力が消えたような浮遊感が全身を包み込む。
(なにが起きているの?)
「グルルルルルル」
目を開けると、そこは満天の星々が広がっていた。
そして、バサバサと大きな羽の音が両耳を叩く。
遅れてナタリーはレッドドラゴンの背中に乗っていることに気が付いた。
「わっわわわっ!」
言葉にならない言葉が口から出るも、レッドドラゴンは止まらない。
ルブラン伯爵家が石ころのように小さくなったころ、冷静になったナタリーは真っ青になっていた。
「ど、ど、どうしよう……。ルブラン伯爵家のレッドドラゴンを野生に放っちゃった。この責任はすべて世話役の私に……」
そんな動揺を感じ取ったのかドラゴンの尻尾がナタリーの背中を優しく撫でた。
子供のころ、寮母に抱っこしてもらった時を思い出して、心が落ち着いていく。
「ありがとう。いつも優しいね」
ナタリーは背中をポンポンと叩くと、レッドドラゴンも高い鳴き声を上げた。
「でも、どこに向かって……」
風になびく前髪を押さえながら前方を見るとフランチェ王国の大きな王城が視界に映った。
木々に囲まれた丘の上に建てられた立派な白銀。
その中でも暗闇の中一際光を放っているのは、パーティーが行われている会場だ。
「ちょ、ちょっと! そこはまずいよ。お嬢様だっているし、レッドドラゴンが逃げ出したって知られたら……」
そんな声を無視して、レッドドラゴンが鳴き声を上げるとナタリーの体が小さな火の粉に包まれた。
「きゃっ! な、何これ。火花みたいだけど、熱くない」
火の粉が一粒ずつ体に張り付いて一瞬にして真っ赤なドレスが出来上がった。
どんな高級な素材でも再現できない、鮮烈な紅いドレス。
「こ、これって……魔法? 初めて見た……」
驚いている間に、レッドドラゴンは急降下を始め王城のバルコニーに着地。
すると、息を呑む音が聞こえてきた。
「……君は、ナタリーなのか?」
レッドドラゴンの背中から見下ろすと、そこにはワイングラス片手に目を見開いたミカエル様がいた。
ナタリーは背中からゆっくり降りる。
「はい、その通りでございます。実は……」
事情を説明する前にミカエル様がその場でひざまずく。
「ミ、ミカエル様! 私なんかに……」
「いいえ、フランチェ王国にはこういう言い伝えがあるのです。真の王族の元には、婚約の儀式のさいにレッドドラゴンの背に乗りし運命の女が現れると」
「私が……?」
「僕では釣り合わないでしょうか」
顔だけ上げたミカエルの青い瞳が不安そうに揺れる。
「そんなことありません! 私はミカエル様のこと……好きです」
思わず本心を叫ぶと、立ち上がったミカエル様に手を取られ、そのままバルコニーから室内のパーティー会場へと連れられる。
会場に足を踏み入れた瞬間、楽器による演奏がナタリーの全身を叩いた。天井に吊り下げられた大きなガラスのシャンデリアが宝石のように輝いている。中央では男女が踊っており、それを囲むように低位のテーブルの上に豪勢な料理が並んでいた。
「夢みたい……」
「ナタリーにそう言ってもらえて嬉しいよ」
「ちょっと! 婚約者を差し置いて誰と手を繋いでいるのよ!」
そこに激怒したカミーユお嬢様の声が割り込んできた。
びくりと震えるナタリーを見て目を丸くさせる。
「ナタリー! なんであなたがここにいるのよ! それにそのドレスは何!? 私の家から盗んできたの!?」
そう言ってナタリーに掴みかかろうとしたカミーユお嬢様の手首をミカエルが掴む。
「彼女に手を出さないでもらおうか」
「……は? 何? どういうことなの。もしかして、ミカエル様は私の使用人と浮気でもしていたというの?」
二人のやりとりに、周囲に人だかりができていた。
そこには、ルブラン伯爵家の当主ピエールやミカエルの父であり現国王、ニコラ・フランチェも成り行きを見守っている。
あたふたするピエール様と対照的に白髭を生やした国王は冷静にナタリーとバルコニーで横になっているレッドドラゴンへ視線を向けていた。
「使用人か……カミーユ・ルブラン嬢。そなたとの婚約はこの場で破棄させてもらう」
「なんですって!?」
「ルブラン伯爵家は奴隷所持を禁ずる法律に違反していることが確認できた。それにより国外退去を命ずる」
「お、お待ちください!」
図星を突かれたように固まるカミーユお嬢様の横に当主のピエール様が慌てた様子でやってきてゴマすりをした。
「ミカエル様。何か勘違いしておられるようで……私たちは奴隷なんて所持しておりません」
「すでに証拠は得ている。ナタリーを使用人という名目で雇い、奴隷として働かせていることのな」
「な、何をおっしゃられますか。この子は孤児でして、それを使用人として雇っているだけでございます。そうだろ? ナタリー」
ピエール様がものすごい剣幕で近づいてきたので、ナタリーは思わず一歩後ろに下がった。
すると、ミカエルが腰から剣を引き抜き、二人の間に振り下ろす。
「衛兵! この場からルブラン伯爵家の者どもを追放せよ!」
会場内に伝わるほど大きな声をあげると、隅に控えていた鎧を着た兵士達がカミーユお嬢様とピエール様の二人を締め上げた。
「ちょっと! 離しなさいよ! 私を誰だと思っているのかしら!?」
「お、お情けを……」
そうして会場内から二人は連れ出されていった。
一連の出来事に唖然としていたナタリーにミカエルはひざまづいて手を取る。
「ナタリー嬢。僕と婚約を結んでもらえないだろうか」
「わ、私がでしょうか……。でも、私は孤児で、王子様となんて不相応です……」
そう言うとナタリーの肩に手が触れる。
そして震える瞳を逃がさないように真っ直ぐ見つめられる。
「確かに、僕はまだナタリー嬢に相応しい人間にはなれていないのかもしれない。人に懐かないレッドドラゴンの背中に乗り、その魔力で編まれた立派な深紅のドレスを着た貴人とはね」
その瞳には冗談の色がなかった。
それがナタリーを慌てさせる。
「そ、そういう意味ではっ……!」
ミカエルは立ち上がり、国王へと振り返る。
「お父様。ナタリー嬢を客人として王城に迎え入れたい」
「……っ」
ナタリーは周囲の空気に息を呑んだ。
孤児で使用人だった自分が貴族たちの注目の的になっていることに。
国王の鋭い眼光が貴婦人の好奇の視線が……そしてなにより、第一王子であるミカエル様がナタリーのために頭を下げている状況に。
「ふふふ……はははっ! 我が息子よ。お前が女のために父に頭を垂れる日が訪れるとはな」
国王はそう言ってミカエル様の横を通り過ぎると、そのまま真っ直ぐ歩きナタリーの目の前で立ち止まった。
「ナタリーといったか」
「……っ」
緊張で声が掠れてしまう。
心臓が早鐘を打つ。
「あのレッドドラゴン……あれは、我がルブラン伯爵家に友好の証として贈ったものだ。それが、こんな形で帰ってくるとはな」
レッドドラゴンを逃がしたことを怒られるのかとナタリーは身構えたが、厳つい顔の国王は頬を緩ませた。
「懐かしい気分に浸らせたもらったお礼だ。お主を客人として出迎えよう」
その一言で会場内がわっと沸いた。
いつの間にか止まっていた演奏も再び流れ出す。
「えと、その……」
「どのみち、お前に帰る場所はない。ルブラン伯爵家はついさっき消滅したのだからな」
自分が仕事を失ったことにナタリーは今更ながら気がついて真っ青になった。
「あ、あの……ありがとうございます」
「では我が息子を頼んだぞ」
そういうと、国王は離れていく。
集まっていた貴族たちも見世物が終わったと各々の歓談に戻っていった。
とはいえ、周囲から聞こえてくる話はミカエルとナタリーの恋路ばかり。
好奇の視線にいてもたってもいられなくなり、ナタリーはバルコニーへと逃げたのだった。
ナタリーの姿を見たレッドドラゴンが甘えるような鳴き声を出す。
全ての元凶であるにも関わらず、我関せずの様子にため息をついた。
夜風に吹かれながらフランチェ王国の豊かな土地を眺めていると、
「ナタリー嬢」
その声にレッドドラゴンを撫でる手を止めて振り返ると金髪をなびかせたミカエル様が目を細めていた。
「僕はここフランチェ王国を世界一平和な国にする。誰も傷つくことがない自由の国だ」
ミカエル様は夜景を見渡すように柵まで歩み寄り、ナタリーのほうを向くと、
「どうか協力してもらいたい」
あれだけ恋焦がれていた凛々しい顔が手の届くところにあった。
その瞳は初めて会った時と変わらず、ナタリーを対等な人間として映している。
どこまでも透き通る青い瞳。
ナタリーが恋をした理由。
「……私でよければ」
満天の星々の下、月の光に照らされながらナタリーはミカエル様と誓いの口づけを交わしたのだった。




